君にあげるために
狼国、壬生に本陣を構える心戦組には、今日、局長の姿が見えなかった。
「近藤さんは有給休暇か」
「山南さんもですね」
隊員たちは、その二人の他にもう一人、有給休暇を取っている者がいることに気付く・・・いや、気付かされる。
「うおー、は休みかァ、寂しいのォー!」
人一倍ごっつい、でも現役女子高生という怪奇の存在、ウマ子が嘆いているのだ、イヤでも耳に入るというものだ。
十番隊組長のウマ子と、十番隊に属するは、数少ない女の子(一応)同士ということで、仲がいい。
「おい原田、うっせーぞ」
「でもやっぱ、がいないと殺伐とした感じするよねー」
シンパチの言葉に、トシゾーは眉をひそめる。
「人斬りが仕事の俺達に、女は邪魔なだけだってェのに・・・」
空いた席−局長との場所をちらと見やりながら、副長はひそかにため息を吐いた。
だが、この中で唯一、二人の浅からぬ仲に勘付いていた彼でも、知らない事実がある。
この日、同時に有休を取っていた近藤局長と山南ケースケ、それにが出掛けていたのは、実は同じ場所だった、ということ。
「今年の『ワールドナイスミドル大会』優勝は、ガンマ団元総帥マジックさんに決定しましたー!!」
アナウンスが流れるや、会場を埋め尽くしたナイスミドル好きたちから、喝采が沸き起こる。
優勝トロフィーを手にしたマジックは、にこやかに手を振って応え、その後、惜しくも準優勝となったあさぎ色の羽織の男に、何事か声をかけた・・・勝ち誇った笑みで。
(・・・近藤さん・・・)
遠い場所から胸に手を当て、はその光景を見つめていた。
準優勝なら誇っても良い名誉だろうに、優勝を逃したのがそれほど悔しいのかと思わせるほど、近藤局長の落ち込みようは激しかった。
地に両膝をついて、肩を震わしている。背の「誠」の文字も、泣いている。
心戦組の局長ともあろう近藤さんのこんな姿、とても見てはいられない。
今すぐ駆け寄って励ましてあげたい!
だが、はその衝動を、努力して抑え込まなくてはならなかった。
恋人である自分にも何も言わず出た大会なのである(は出場を察して、勝手に応援に来たのだが)、皆の前で慰められるなど、局長にとっては不本意でしかないだろう。
それより何より・・・。
は、前方でビデオカメラを構えている、黒髪を結い上げたメガネの男を見やった。
(まさか山南さんまで来ているとは、思わなかった・・・)
マジックファンクラブ指定のハッピとハチマキを完全装備で、優勝したマジックに歓喜と狂喜の声を上げながらビデオを回している山南さんって、どうかと思う。
あそこにノコノコと出て行って、映像に残るなんて絶対に避けなければならなかった。
心戦組局長の近藤と、平隊員の自分が付き合っていることは、組の皆には内緒だからだ。
何かと鋭い副長の土方さんだけは気付いているようだが、苦い顔をしつつも黙っていてくれているし、隊の士気にも関わること、二人とも心戦組内では節度を持って接しているつもりだった。(もっとも、ソージに対する局長には節度などまるでないが・・・それもカモフラージュになっていいかな、と思っている)
だから、は、悔しさに打ち震え嘆く彼を見つめるしか出来なかった。
自身も、胸を痛めながら。
「近藤さん」
山南さんがマジック元総帥にくっついて行ったのを確認してから、は肩を落として帰途につく局長に、そっと声をかけた。
「おお、」
振り向いて笑ってくれる。いつもより少し寂しそうな笑顔に、はやっぱり苦しくなる。
でもわざと無邪気なふりで、隣の位置に駆け寄った。
「驚かないのね」
「来とるような気がしておったよ」
あんな大勢の観客に紛れていたのに。存在を感じてくれたのか、応援の声が届いたのか・・・。
痛みばかりが満ちていた心に、嬉しさが染みていって、の頬に本当の笑顔をのぼらせる。
それを見て取ると、近藤も、微笑んだ。
二人は並んで歩き出す。
「準優勝って、スゴイことだよ」
オレンジ色の舗道に引きずる、二つの長い影を見つめながら、近藤は懐の中のお地蔵フィギュアのような準優勝トロフィーを握った。
「だがなァ・・・、この大会だけは、どーしても優勝したかったんじゃ」
「どうして、そこまで・・・」
何にこだわっているのか、には見当もつかない。いつも明朗な彼だけに、戸惑いを覚えた。
「それにしても、マジックさえいなければ・・・」
もはや拭い去れない私怨は、口にすることで更に燃え上がる。
「八代先まで祟ってやるぅ〜!!」
「まあまあ」
はぽんぽん、と背中を叩いてあげた。
「いいじゃない。私にとっては、近藤さんが世界で一番なんだから」
「・・・・・・」
優しい声と、可愛い笑顔で、最上の言葉をくれる。
天使みたいなを抱きしめたくなるけれど、天下の往来だからと自制した。
そこで道端の宿屋が目に入り、コホンとひとつ咳払いをすると、近藤はの方に少し身を傾けるようにしつつ、囁いた。
「明日は休みじゃし、泊まっていかんか?」
誘いにドキンとする。赤くなりながらも、浮き立つ心で、は頷き返した。
宿屋には簡素ながら大浴場があり、が浴衣姿で風呂から上がってくると、部屋には布団が敷かれてあって、先に上がっていた近藤さんが座っていた。
「」
読むふりをしていただけの夕刊なんて、脇へ押しやって、愛し人を手招きすると、膝の上に抱き上げる。
子供にするようなこの抱っこが、のお気に入りだった。逞しい両腕の中は、何より安心できるから。
「近藤さん・・・」
甘えた視線で求めると、すぐにキスをくれた。
とっておきの、濃厚な口づけに、早くも熱が全身に巡り、淫らに乱れてゆく。
浴衣の下の素肌に触れられれば、息も弾んで。身を委ねると、しとねの上に重なり合った。
「はッ・・・いや、近藤さん・・・」
恥ずかしいほど溢れている場所を直接啜られ、身もだえするのも初めだけで、脳内を侵す麻薬のような快さに、ただあられもなく声を上げる。
「ね・・・近藤さんにも・・・してあげる・・・」
肘で身体を支えるようにして、ようよう顔を上げ、はあえぎの中で申し出た。
自分だけ気持ち良くしてもらっているのは、恥ずかしくもあったし、申し訳なくもあった。
だが近藤は、にっこり笑ってこう言うのだ。
「いいんじゃよ。わしは、が喜んでくれればそれで・・・」
だからもっと感じて欲しい。
全身全霊をかけて尽くすから、自分の腕の中で果てて欲しい−。
「あっ・・・」
再び快楽の海に身を投じながら、は愛しさに泣きたいくらいの気持ちになる。
彼はいつもそう・・・。人の喜びが自分の喜びなのだと言っては、損な役回りも笑って引き受けている。
ちょっとお人好しすぎて心配だけれど、心戦組はこの局長あってこそなのだし、が近藤さんを好きになったのも、そんな、懐の広さに惹かれたところが大きかった。
彼が人に対して誠実であるように、自分も誠実に愛したい。
そう、思わせるような、人だった。
「近藤さんッ・・・」
寄り添ってくれる彼に、今度は指で高められて、湿った音を聞きながら体を反らし感じ続ける。
「ひッ・・・やぁ、もう・・・」
理性を、手放してしまう・・・。
最も恥ずかしい瞬間だって、近藤さんのそばでなら・・・。
互いに結びついて、分け合うように穏やかに愛し合った後、一つ布団の中でゆっくり話をしていたけれど、ほどなくは夢の中へといざなわれていった。
(・・・)
小さな寝息を聞きながら、近藤はもぞもぞと床より這い出し、自分の荷物から小さな箱を取り出した。
手のひらの上でふたを開けると、一粒のダイヤモンドがわずかな光を集めて光る。
それは、の左薬指にぴったりの、婚約指輪。この間のボーナスで買ったばかりのものだった。
(世界一のナイスミドルと認められたら、晴れて申し込もうと思うとったのに・・・)
それがため、今日のワールドナイスミドル大会に、あれほど賭けていた。
しかし、優勝を逃してしまったから、プロポーズもお預けだ。
ため息をつきながら、元のように箱をしまっておく。
(・・・でも・・・)
温かな寝床に戻り、の肩にもそっと布団をかけてやる。
無防備な寝顔に、微笑まずにはいられない。
「ありがとう、」
私にとっては、近藤さんが世界で一番。
そう、は言ってくれた。
「あの若作りオヤジをギャフンと言わせたら、改めて、指輪を渡すからのぉ!」
再びマジックに対する憎しみが膨らんで、つい力が入ってしまった。
だがは起き出したりすることはなく、ただ、少しだけ微笑んだようだった。
良い夢でも見ているのだろうか。
近藤も、おとなしく目を閉じる。
すぐ隣に、最も愛しい存在を感じながら、自分も、楽しい夢に遊べそうだった。
密偵より、ガンマ団総帥の弟が逃げ出したという情報が入ったのは、その次の年のことである。
END
・あとがき・
あけましておめでとうございます。
平成ももう20年なんですね。今年の初ドリームは、近藤さんとなりました。
イヤ誰もリクエストしてないんですけどね・・・(笑)。
この間、久し振りにPAPUWAを1巻から読み返したら、たくさんの魅力的なキャラの中でも、なぜか近藤さんに目が行ってしまって。年が近いからかな(笑)。彼っていいなぁ。いいなぁと思う気持ちを逃さずに書いてしまいました。
近藤さんって、仲間の喜びが自分の喜び、恋人を楽しませて自分が楽しいってタイプなんじゃないかと。
考えてみれば、新旧通してパプワのドリーム書いたの久し振りです。
また、他のキャラでも書ければいいな。
多分、ちゃんは、一連の事件が終わってから晴れてプロポーズされるんでしょう。
近藤さんは、何かもう一押し、自信が欲しかったみたい。
オンリーワンよりナンバーワン。なんて、昨今の風潮の逆を行ってみました(笑)。
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