川
約束の場所で会うとすぐに手を引いて、人気のないところに連れてくるや、唇を求めてくる。
いつまでも口腔内を貪りながら、強く強く、抱きしめてくるから。ボーッとする意識の中で、も精一杯、しがみつくのだった。
触れ合うのが大好きな恋人、毒丸の背に。
「・・・なっ、いいだろ」
「・・・嫌っ」
着物の中に忍び込んでこようとしている手から、身をよじって逃げようとする。がっしり押さえ込まれて、それでもいやいやをした。
結婚までは操を守りたいと、前々から拒まれ続けていたが(それでも毒丸は毎回手を出していたが)、それにしても今日はいつもと違う。
全身で抵抗し、必死で離れようとしている。もう触られるのもゴメンだ、とばかりに。
「どーしたんだよ、」
いぶかしむより鼻白んで、両手を放す。
は身体をかばうような格好で毒丸を見上げた。
乱れた髪や襟元が色っぽくて、またそそられる・・・なんて劣情の目でばかり見ている毒丸を、にらみつける。
「・・・血の臭いが、するの・・・」
今日会ったばかりのときには分からなかったけれど、密着した瞬間に気が付いた。
毒丸の軍服に、殺伐とした生臭さが染み付いていることに。
「ああ」
合点がいったように、スマン、と頭をかく。
「仕事の後、急いで来たモンだからさー」
任務遂行の際、どこかに返り血を浴びていたのかも知れない。だがとの約束の時間が迫っていたため、よく確かめもせず、そのままで来てしまった。
「毒丸・・・、軍のことは私よく分からないけど・・・、所属部隊を変えてはもらえないものなの?」
ほとんど泣きそうなの切実さも、毒丸には届かないのか、まだのん気に返り血を捜している。
「あーそんなに嫌だった? 次からは着替えてくるからさ。その代わり遅刻しても怒るなよ・・・」
「そういうことじゃなくて!」
割り込ませた声の意外な鋭さに、毒丸はようやく顔を上げた。唇を噛んで震えているの様子に、初めて事態は深刻であることを感じ取る。
「耐えられないの! あなたがそんな仕事をしているということが・・・!」
「・・・」
零武隊に属し、常に現場の第一線に駆り出されていること、危険な任務ばかりだということは、よく口にしていた。
毒丸としては半ば自慢のつもりだったそれが、には不安を与え続けてきたのだった。
「将来を誓い合ったじゃないの・・・」
旦那が早死になんて、たまったものじゃない。
「そうは言ってもなぁ・・・、俺、零武隊以外に居場所なさそうだし・・・」
多少のやんちゃも、暴れ過ぎも。他のどこにも属さない、零武隊だからこそ許されているのだと思う。
あの上官と、あの仲間と。
他でうまくやっていける自信など、はっきり言ってまるでない。
「・・・・・」
服装を整え終わると、は毒丸に背を向け、無言のまま歩き出した。
「おい、待てよ」
「今日は帰ります」
振り向きもしない。
「っ」
「・・・ちゃんってばよォ・・・」
すたすた歩き続けて、川にかかった橋の上、しつこくついてくる毒丸に肩を掴まれ、はムッとした顔で振り向いた。
「あなたは私のことなんて全然考えてくれないでしょ! いつも自分のことばっかり・・・。結婚のことも考え直しましょう」
プイっと再び歩き出したものの、ちょっと言い過ぎたかな・・・とちらり後ろを振り仰ぐ。
その瞬間、肩越しに、信じられない光景を見た。
毒丸が、橋の欄干によじ登って、今にも川に飛び込もうとしているではないか。
「毒丸!?」
慌てて駆け寄ろうとするに、ニッと笑ってみせて。
そして毒丸は、橋の下に身を躍らせた。
ザブーン!!
水音にハッとして下を覗き込む。水柱が波紋となり、すぐに川は元の流れを取り戻した。
それでも毒丸は浮かんでこない。
全身の血の気が引き、欄干にしがみついていなければ立っていられない。唇がわななき、そこに添える指も震えた。
何も・・・何も身を投げなくたって・・・!
「毒丸ーーーッ!!」
「おや、あなたは毒丸の・・・」
「・・・現朗さんっ」
偶然通りかかった現朗は、いつもやりすぎてしまう後輩・毒丸の唯一大切な存在であるが、尋常ではない様子でたたずんでいるのを放ってはおけず、近付いてきた。
「助けてください現朗さん! 毒丸が・・・毒丸がっ」
「落ち着いて。毒丸がどうしたんです」
「身を投げたんです、ここから」
必死に告げると、現朗は何だそんなことか、と明らかに緊張を緩めた。
「夏の盛りも過ぎた今時分に水浴びとは、相変わらず不可解な奴だ」
「そんなことじゃないんです!」
「奴は殺しても死にません」
を連れて橋を越え、川のほとりへ下りてゆく。まったく仕事を離れてまでも面倒をかけてくれる、と、ため息をつきながら。
「あれッ現朗ちゃん・・・なんでここに?」
やがて元気いっぱいに川から上がってきた毒丸に、は安堵のあまり力が抜けてしまった。「ほら言った通りでしょう」と言いながら、現朗がの身体をそっと支えてあげると、
「コラコラ〜は俺んだから、触んなよッ」
水の滴る軍服姿で怒りながら二人を引き離した。
「ああ、別に邪魔をする気はないよ。だが毒丸」
帰りかける仕草をしながら、手のかかる後輩に一言だけ、
「さんにあまり心配をかけるな」
言い置いて、行ってしまった。
「・・・ステキ、現朗さん」
冷静で、頭が良さそうで、おまけに美形なんて。毒丸とは正反対の完璧さに、うっとりだ。
胸の前で手を組んで、キラキラの瞳で現朗の後ろ姿を見送っているに、上着を脱ぎつつ毒丸は毒づく。
「ケッ、女ってのはエリートと顔いい男にゃ弱いのな」
絞ると、ジャーッと水が出てきた。
「ずぶ濡れじゃない」
「風呂と洗濯が同時に済んだだろ」
ほらもう血の臭いなんてしねぇぜ。胸を張られて、は頭を押さえた。
「毒丸・・・私の話を聞いてなかったでしょ」
血生臭さそのものを嫌ったのではなく、毒丸が危ない目に遭うのが耐えられないと言っているのに。
「大丈夫だって。俺もうヘマしねぇから」
やはり分かっていないらしい毒丸は、またに笑ってみせた。
少年みたいな笑顔に、は弱い。仕方なく笑い返すと、毒丸はズボンを脱ぎ始めたので慌てて目を逸らした。
「川に潜りながら考えてたんだけどさぁ」
「・・・うん」
「何だよこっち向けよ」
「だって・・・」
軍服を絞って広げて乾かしているから、ほとんど裸の状態だ。直視できるわけはない。
「どうせ夫婦になるんだ、照れんなって」
結婚のことも考え直しましょうと、言ったはずだったけど。
都合の悪いことは忘却の彼方か。
「・・・お前をもらったら、今よりもっとしっかり稼がなきゃなんないだろ。やっぱり零武隊をやめられねえなぁ、って」
水の流れる単調な音に耳を傾けながら、太陽を断片的に跳ね返す川面を眺めながら、毒丸の言葉を聞いていた。
少し眠くなる心地で、とても、気持ちが良い。
「俺、今まで自分一人が生きて行くことしか考えたことなかったけど・・・、なんかいいよな、そこにを入れて考えるのってさ・・・」
「・・・毒丸・・・」
孤独と幸福が織り交じって、の心を包み込む。
殺しても死なない。現朗の言葉を思い出しながら、隣を見た。
やはり気恥ずかしかったけれど、今度は逸らさず見つめる。
今まで軍服姿しか見たことがなかった。軍で鍛えられた体躯は、思った以上に立派だと感じ、は素直にそれを口にした。
「・・・結構、逞しいのね」
「へへ。に、やるよ」
ためらわず、抱きしめる。水に濡れるからと嫌がるのもお構いなしだ。
「全部・・・、やる」
宝物をあげると言う子供のように、笑いかけ、の唇に自分のそれを重ねる。
深い口づけを受けると、今までにない高揚感に、の全身が震えた。
毒丸の体のせい・・・? なんて、はしたない。はしたないけれど、こうして触れ合っていると、たたみかけてくるような愛欲と愛情に溺れそうになる。あえぎながら、抱きついた。
強く強く、求めるように、抱きしめた。
そうしたらいきなり押し倒され、悲鳴を上げる。
「何するのっ!?」
背中に当たる川原の石が痛い。顔をしかめるの上で、毒丸は息を荒げて迫ってくる。
「俺もう・・・我慢できねえ」
「・・・ダメだって言ってるでしょーー!!」
自分も流されそうになったことは否定しない。だけど。
よりにもよってこんな場所でなんて・・・。
「男ってどうしてそう目茶苦茶なの!?」
「何だよぉ、ここまで来てもまだ結婚してからって言うのかよ」
「当然でしょ」
しゅんとしている毒丸を構わず押しのけ、起き上がる。
「簡単には許させないんだから」
「・・・ちぇっ」
拗ねてそれでも擦り寄って、
「じゃ早く嫁になって」
「それは・・・色々準備もあるから・・・少しずつ、ね」
乙女らしい夢を込めて、は優しく答えた。
花嫁衣裳に身を包み、毒丸の隣で夫婦の契りを交わす・・・その日を楽しみにしているのは、も同じだから。
そのときこそ全てを・・・。毒丸がくれると言うから、自分も全てを、あげよう。
(だから絶対、死なないでね・・・)
気恥ずかしさと嬉しさと切なさと、何より愛しさ募らせて、は毒丸に体を寄せる。
ついぞ自分からそういったことをしなかっただ、毒丸も少し驚いたけれど、すぐに表情を緩め、彼女の細い肩に腕を回した。
触れ合って体温を感じながら、息遣いを聞きながら。
川のきらめきを、眺めていた。
ずっと長いこと・・・、そうしていた。
END
・あとがき・
瑠璃男以外のドリームは初めてですね。
零武隊では、毒丸が一番書きやすそうだと思っていました。ちょっとやんちゃっぽくて可愛い。
最初は毒丸が気になっていた女の子を初めてデートに誘う話にしようと思っていたんだけど、話の広がりを考えると恋人の方がいいかなということで変更。
入隊して五年目というから、結婚を考えてもおかしくない年頃よね。
この時代の貞操観念がよく分からない。結婚するまで守る、というのはあるとして、婚約者との婚前交渉はどうなんでしょう。
毒丸はスキンシップが好きそうだという勝手なイメージで、常にぎゅーしてちゅーしてる、というふうに書いてみました。
しかし好きな人の仕事が零武隊だったら、気が休まらないねぇ・・・。
現朗は友情出演。ちゃんひとりだと、動けなさそうだったから。
また別のメンバーでドリームを書きたいですね。
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