私の心の中を見て



「ねえちょっと、カーサ!」
 背後から飛んできた張りのある声に、カーサはビクン、と跳ね上がる。
 聞こえませんでしたでは済まない距離だから、仕方なく振り向くと、案の定すぐ後ろにが立っていた。
「なっ何だ、用事なら手短に済ませろよ、俺は忙しいんだからな」
 この娘は苦手だ。雑兵たちのまとめ役で、指導係も兼ねているが、ビシバシと容赦ないので雑兵たちからも恐れられているのだ。
「今ポセイドン神殿から出てきたばかりのくせに、どこが忙しいのよ」
 仮にも七将軍に対してこの口の利き方。そしていつもズケズケ遠慮なく近付いてくる。
 だから苦手だ。
「実は、お願いがあるんだけど」
「お願い〜? パシリならごめんだぜ」
 マスク(ポセイドン様の招集に参じたため、鱗衣をまとっている)越しに見やると、は珍しくもしおらしい調子で、その願いを口にした。
「私の心の中を覗いてちょうだい」

「本当に、いいのか」
「ええ」
 心の中を覗き、そこに居る人間・・・つまり、が最も大切に想っている人物に、化けて欲しいと。リュムナデスの海闘士にとっては、朝飯前の頼みごとだ。
 けれど、カーサはちょっと躊躇していた。何しろ面と向かってやってくれと言われたのは初めてのことで・・・いつもは陰でこっそり敵の心を盗み見て、だまし討ちをするだけだったから・・・。
「こんなこと頼めるの、カーサしかいないんだから。お願い」
「そりゃ確かに俺しかいないわな」
 こんな能力、そうそうあっちゃたまらない。
 いつもの勝気な言動はなりをひそめ、一生懸命な瞳でこちらを見ている。
 なんだ可愛いじゃないかコイツ、なんて、不覚にも思ってしまった。
「じゃあやってやるよ」
 緊張気味に突っ立っているを見つめ、心の中の面影を探る。それはすぐに浮かび上がってきた。よほど大事に、そして強く持ち続けていたのだろう。
 自らに投影し、かりそめの姿を得た。

「・・・」
 目の前に現れた人物を見て、は口元を手でおおった。
 長い髪を揺らし、優しい微笑みで両手を広げ立っている・・・。

 慈しみを込めて、自分の名を呼んでくれる、その声も・・・。
「ママ!」
 感情のタガが外れたようには叫び、手放しで母の胸に飛び込んだ。
 ぬくもりと匂いに、遠い記憶がほどけ、心はずっと幼かったあのころへ戻ってゆく。
「ママ、会いたかった」
 ぎゅっとしがみつくと、髪を何度もなでられ、鼻の奥から胸までが熱くなった。
は、いつまでたっても甘えんぼさんね」
「うん・・・今だけ・・・」
 声の揺らぎを、自覚している。は目を伏せ、全身で母を感じていた。失ったはずの存在を、今、一度だけ。
「ママの思い出と一緒に、生きていくから」

 彼女の母になりきって、母として抱きしめているカーサは、の安らかで無防備な表情を間近で見つめ、心のざわめきを止められないでいた。
 戦闘だったらとどめをさしているタイミングだけに、ずっとこうしていることに戸惑いを感じてしまう。
・・・」
 思わず強く抱き寄せてしまったとき、「の母」というカラが破れてしまった。
 カーサがカーサとして、自分の想いで行動したとき、変身は不意に解けてしまったのだ。
(・・・やばっ)
 たおやかな腕が、鱗衣に包まれた自分のそれに戻ったのを見て、慌てる。
 それはすぐににも伝わった。
 ガバッと顔を上げ、カーサにしっかり抱きしめられている状況に目を見開くや、声より先にパンチが出た。
 バキッ!!
「ぎゃびりーん!」
 カーサの青白く細い体は、吹っ飛んで遠くの柱にめり込んだ。
「まじめにやりなさいよ、バカっ!」
 さっさと背を向けその場を立ち去る。
 そのくせ、無駄にドキドキし続ける心臓が、苦しくて仕方なかった。

の母親は、が子供のころに死んでしまったんだな)
 部屋に戻って着替えながら、カーサはずっとのことを考えていた。
 心の中に大切にしまわれていた彼女の母は、穏やかで、優しかった。そう、ちょっとだけ、に似ていたかもしれない。
「性格は絶対父親譲りだろ、あいつ」
 したたか殴られた箇所をさすり、顔をしかめる。
 でも・・・。
 大切な存在を、具現化して見せたときの、あの満ち足りた顔。
 今まで卑怯だと言われ続けてきた、自分の海闘士としての能力が、こんなふうに人を喜ばすこともできると、初めて知った。
 こんなのも悪くないと思うと、リュムナデス失格かな・・・苦笑する。
 ただの喜ぶ顔を見ることができて良かった。その気持ちだけは、素直に認めるのだった。

 それをきっかけに、とカーサは、二人で話をする機会が多くなった。
 ある日、柱のもとで缶コーヒーを飲みながら、は少しはにかむように、こう言った。
「私の心の中を覗いてもいいよ」
「鱗衣をまとってないと覗けねえよ。第一、誰がいるかなんてもう分かってる」
「そうかな?」
 含みを持たせ、は缶をあおる。
「私、ママより大切な人ができたかも」
 母を忘れるわけでは決してないけれど、あの日、心の中に一つの区切りがついたのは、確かだ。
 そしてどんどん大きくなってきた存在。
 じっと見つめていると、視線の先でカーサは居心地悪そうにもぞもぞしていた。
「誰なんだ、それ」
「だから、覗いてもいいって言ってるでしょ」
「・・・ふうん」
 気のない返事で、空になった缶をもてあそんでいる。
 血色の悪い指先を見つめながら、は少し困ったように、でも楽しげに笑っていた。
(ニブいんだから、この人は)
 自分の後ろに両手をつくようにして、少し体を倒してみる。
 空の代わりにゆらら広がる海を視界全体にとらえ、少しだけ、涙の出そうな心地に目をしばたいた。
「ねぇ、今度どっか遊びに行かない?」
「地上にか? 日焼けしそうで嫌だな」
「深海魚みたいな奴ね」
 くたくたとした会話が交わされる。
 海の底は、今日も平和だった。


                                                             END



       ・あとがき・

不意に思いついてしまった、カーサドリーム。
カーサのドリームをまた書くことがあるなんて、ねぇ(笑)。
でも今回もキスシーンなしで。カーサとキスって・・・想像が難しい。

カーサは人の心にある大切な人間に化けるという能力を戦いに使い、卑怯者の名を欲しいままにしていた(?)けど、使いようによっては人のためになるということに気づくような、そんなことがあってもいいんじゃないかと思って、こんな話を考えました。

ちゃんは強くて、七将軍に近い立場のようです。
こんな強い女の子、カーサに似合いそうな気がします。

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