頬に当たる風にも、ぴりり新鮮なものを感じるのは、新年という特別な期間のせいだろうか。
 夜神月は、コートのポケットに手を入れたポーズで、待ち合わせの相手を待っている。
 道を行き交う女の子たちが、こっちを見てキャッキャッと何か話して行くのもいつものことで、今更自意識なんてくすぐられもしない。
「あの娘、お前のことカッコイーとか言ってっぞ」
 そばに浮かんでいる死神リュークが、いちいちいらない報告をしてくる。
 むろん、死神の姿は他の者には見えないし、声も月にしか聞こえない。
 月は小声で答えた。
「知らない子が何を言ってようと関係ないよ」
以外眼中にナシだもんなー。早く来ないかな」
「何でリュークが楽しみにしてるんだ」
 は僕の彼女なのに。
 ぶつぶつ言っていたら、向こうから晴れ着姿も艶やかな女性が手を振りながらやってきた。
「ライトー」

 思いがけない彼女の大変身に、月の表情がほころぶ。
すげー!」
 月が何か言う前に、リュークが彼女の目の前に飛び降りた。
 はドッキリしたように片足を軽く引き、それから、微笑む。
「リュークったら」

 はうっかりノートの切れ端を触ってしまい、以来リュークの姿が見えるようになっていた。
 更に、月の理想も、そのためにしていることも、全て知っている。
 その上でリュークと親しく会話を交わし、月とも変わらず交際を続けていた。
 何一つ口出しすることもなく−自分の命が握られていることも分かっていながら−静かに見守るように、そばにいた。
「いーな、キモノ。によく似合うぜ〜」
「・・・ありがと」
 くすっと笑うの横顔を見て、月は仏頂面になる。褒め言葉を全部リュークに先取られたのだ、面白いわけはない。
 ノートを拾ってから常にデートはこんなふうで・・・新世界の神となるためにノートを手放すわけにはいかないものの、死神の存在は煙たくて仕方ない。
 今も、人ごみだからとと手を繋げば、「俺も!」とリュークの奴、ずうずうしくももう片方の手を握ろうとしている。
「リューク少しは遠慮しろ」
 月に鋭く叱られて、リュークはへいへい、と手を引く。知らぬ者からすると、まるで彼女が怒鳴られたように見えるかも知れないが、初詣に賑わう神社で月たちに注意を払う者はいなかった。
「ライトのケチ・・・。の手って柔らかくてすべすべなのにな〜」
 そんなこと分かっている(というか何故リュークが知っているんだ)。だからこそ他の者には触らせたくないんだ。
 月は独り占めにしたの手を優しく握ったまま、着物の歩きにくさを気遣いつつ境内に向かってゆく。
「ライトの手、あったかい」
 体温を分け合ってふたり、心もぽっかぽか。
(やってらんね〜)
 とはいえいつものこと。リュークは上空に浮かび、大勢の頭を眺めながら、二人についていった。

「何をお願いしたの?」
 お賽銭を投げ入れ、鈴をガラガラ鳴らして、ぱんぱんと手を打ち祈る。定型的な一連の動作を終え、二人(プラス一体)は今度はお守り売り場に向かった。
「別に、ただ手を合わせてただけ」
 そっけないが、月らしいといえば月らしい。
 これが他の人になら適当にでも祈った内容を話しているところだろうが、にはいつでも率直な態度の月だった。
は?」
「私は・・・、いい一年になりますように、って。ライトも私も。・・・それから」
 ずっと繋いだままの手を感じながら、は隣を歩く彼氏をそっと見上げる。
「今年も一緒にいられますように、って」
「・・・バカだな、そんなのわざわざ初詣で祈ることじゃないだろ」
 きゅっ、強く握る手が、「当たり前のことなんだから」と語っている。
 それ自体は嬉しい。は微笑みで返した。
「おみくじ引こう」
 月としては特に興味を引かれもしないが、はしゃいで手を引くに付き合わないわけにはいかない。
「やった大吉!」
 晴れ着姿で飛び上がる彼女を微笑ましく見やってから、自分のおみくじを開く。とたん月の表情が曇った。
「・・・凶・・・」
「クククッ」
 こんなの信じるわけじゃないけど、死神にさもおかしそうに笑われたのにはムッとする。
 だが、月が何か言う前に、の指がすっと凶のおみくじを取り上げた。
「こうして結んでおけばいいわ」
 のきれいな指が、白い紙を細長く折り、低木の枝に結び付けてゆくのを、月は珍しくぼんやりとした心地で見つめていた。
 着物のせいか、今日のはすべての所作が流れるように優美で女らしい。
 いや、幼なじみという長い付き合いの中で、彼女も大人になったのだ・・・。改めて感じた事実に、心臓の音が高鳴る。
「はい」
 次に自分のおみくじを差し出し、はそれを月の手に置いた。
「私の大吉をあげる」
 温かい手、優しい言葉と笑顔。
「・・・ありがとう」
 月は自然に微笑んでいた。
 紙を丁寧にたたみ、ポケットへ大事にしまう。
 げんかつぎだとかジンクスだとか、全く信じちゃいないけれど、これはのまごころだから。
「お前っての前ではホントいいヤツだよな。キラのときとは大違い」
 茶々を入れたとたんに肘鉄を食らいそうになり、リュークはククッと笑いながら避けた。
「これで今年も安泰だし・・・帰ろうか」
「うん」
 人ごみを抜けても、手はそのまま。
 もうすっかりお互いの体温に馴染んだことが嬉しくて、離そうにも離せない二人だった。
「うち寄ってく?」
「そうね。おばさんにも粧裕ちゃんにも、晴れ着姿、お披露目しちゃおうかな」
 袖を振って冗談めかすと、
「本当に・・・きれいだよ」
 不意に立ち止まって見つめられた。
 人通りのない細い路地上、肩に手を置かれ、はドキッとする。
 見慣れていても月はカッコいいから・・・。
 近くでじーっと事の成り行きを見守っているリュークを月は力いっぱい押しやった。「あっち向いてろ」のサインだ。
「ちぇーっ」
 落胆を隠しもせずに、背を向ける。
 見計らって、そっと素早く、の唇にキスをした。
 いつもだったら抱きしめてあげたいところだけれど、着物を崩しては大変なので、代わりに両の手を握って見つめ合う。
 月にとっては、家族同然に大切な、かけがえのない存在だった。
 ノートを拾ったとき、犯罪者を裁いていこうと決意をした裏には、を想う心も大きく働いていた。
 善人だけの世界で王となり、愛しいをそばに置く。
 恐怖に脅かされることもなく、平和な笑顔を見ながら暮らせるのだ。
(そんな夢の世界の実現も・・・、そう遠い未来じゃないよ、・・・)
(ライト・・・)
「何だ〜、二人とも固まっちまって。つまんねーじゃん」
「お前は邪魔しすぎだリューク!」
 恋人たちの甘い時間も、この調子でいつでも中断されるのだった。

 夜神家に向かって歩を進めながら、は、彼の整った横顔をそっと見上げた。
 そうするとき、いつも胸にわき上がる暗雲を、滲むような切なさを、くっと飲み込んで。ただそばにいる幸福を感じようと、自らに言い聞かせる。
 月は月。いつまでも、の一番愛する人。
 例えノートを手にしたことで、運命が変わってしまっても。
 あまたの命を奪い、それを正義と語っていてさえも。
(そばに、いるね)
 死神のノートを手にした者の末路を、は漠然とだが予感していたのだ。
 哀しいけれど、止められない。
 ならばせめて殉じよう。
 それが、の覚悟だった。
 堕ちるなら共に。
(ずっと・・・ここにいるね)
 この先に、どんな未来が待っていようとも。

 互いの望みは、決して重なることはないけれど。
 ただそこには、確かな絆が存在していた。
 愛という名の、揺るがない絆が。







                                                                END




       あとがき


新年なので、初詣の話でもと思ったのですが、時期がちょっとズレました(笑)。先々を見据えて計画的に書くってことのできない私です。
月のドリームは私あまり書いたことがなかったんですが、「月の大切な女の子」というリクエストをいただいたので、ちょっと書いてみようかなと組み立てました。
映画の詩織さんポジションですね。幼なじみ。
リュークがいつもそばにいては、二人きりベタベタもできないねぇ。

ちょっぴり哀しい感じの話になりましたが、私は昔から、殉じるというのもひとつの愛の形かな、と思っていますので。
例え間違っていても、最後までついてゆく・・・。もちろん「あなた間違っている!」というのが正しいのでしょうが、何を考えようとどうしようと、その人のことなら全てを受容して、まさに共に堕ちる覚悟というのも紛れもない愛なのではないかと。
私がそうだというのではなく、小説としてそういうのも好きだというだけですけどね。
世の中のモノサシは、正義と悪だけじゃないから。





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