秘密の地下室




「竜崎これは・・・」
「ローライト様と呼べ」
 冷たい声音に、背筋が凍りついた。

 ほんの、軽い気持ちだったのに−。

「竜崎の本名って、教えてくれないの?」
 恋人として付き合ってきて数か月、Lの立場からすればトップシークレットのそれを、もしかしたら自分にだけ教えてはくれないだろうか。
 とはいえ、言うほどの期待があったわけでもない。としてはごく軽い気持ちに過ぎなかった。
 Lは親指をかじって何か考えていたようだけれど、甘い甘い紅茶を一口含み、それからこう言った。
「いいですよ・・・ただし、ここでは何ですから」
 そうして連れてこられたのは、謎の地下室。
 足を一歩踏み入れて、は絶句した。
 狭い、殺風景な部屋の中央に、変わった形の椅子・・・ベルトや鎖や輪っかがジャラジャラくっついた、どう考えてもお茶するために座るものではない・・・が、据え置かれているではないか。
「捜査の裏を取るための部屋です」
 ギィ・・・バタン。ガチャ・・・。
 後ろ手でドアを閉め、鍵・・・を?
「目的によって監禁や拘束、また拷問に近いことをしたりもします」
「・・・」
 彼が・・・Lが、探偵としての仕事を遂行するために、多少の嘘や理不尽な手段をも厭わないのは知っている。
 しかしこんな密室で、禍々しい拘束具を目の当たりにしては、さすがのも腰が引けてしまう。
「これは特別製です。色んなポーズで拘束することが出来るんですよ」
 ガチャッ、とひじ掛けの部分を動かしながら、解説を加える。
「立位でも座位でも・・・開脚で固定することだって、ほら」
 ガチャガチャと、まるでブロックを組み替えるように、形を変えてゆく。
 でもその異様さに恐怖を感じたとき、Lは彼女の名を呼んだ。

 指をくわえて、上目で見つめながら。
「ここにあなたを括り付けたいと・・・思うように、なっていました」
「・・・またそんな・・・冗談・・・」
 笑顔は引きつってしまう。
 無意識のうちに、目で出口を探していた。
 ドアは自分たちが入ってきた、あの一つだけ。窓もない・・・当然だ、ここは地下室なのだから。
「鍵、かかってます」
 のそり、歩いて、拘束椅子の陰からいきなり引き出したのは・・・銀色の、ジュラルミンケース・・・。
「冗談じゃないですよ・・・。本来、自白を取るための器具ですが、これにを拘束して、色んないたずらをしたいと・・・道具もこんなに揃えておいたんです」
 蓋を開ける。映画なら札束がギッシリ詰まっていそうな銀色のケースには、が見たことのないような−だが目的は何となく分かる−卑猥な器具たちが無造作に収納されていた。

「竜崎これは・・・」
「ローライト様と呼べ」
 いつもの敬語が、忘れられている。
 はびくりとして振り向いた。鼻先にムチを突きつけられ、その場にへたりこむ。
「どうした
 ムチを手に、見下ろしている彼の目は、いつもより少し熱っぽく、口もとは愉悦に歪んでいる。
「それがおまえの知りたかったことだ。呼べ」
 ピシッ・・・! 床を打つムチの音に、可哀想な娘は身体を震わすばかり。
「・・・あ・・・」
 色を失いこわばる顔を、無理矢理上向ける。
「名を教えたからには、嫌とは言わせない。本名だけではなく、全てを知ってもらおう・・・私の性癖も・・・」
「りゅう・・・ざき・・・」
 潤んだ瞳に、恋人の顔が歪んで映る。
「−同じことを二度は言わせるな」
 ムチをちらつかせながら、容赦もなく。
「ロ・・・ローライト・・・様」
 たどたどしく紡がれた名に、ようやく満足する。
 Lは立ち上がり、拘束椅子にいつもの座り方で乗った。ムチは手放して指をくわえる。
「・・・これは、ほんの戯れだ」
 目線を辿り、ムチのことだと悟る。
「痛がる顔なんかじゃない・・・私の見たいのは、絶対的な服従」
 愛のセリフを甘く浴びせながら、ごくノーマルなセックスを繰り返しながら。
 一方で、妄想を膨らませていた。
 ここにを縛り付けて、思うさま責める情景を頭の中描き、猛り立つ自分自身を己が手で慰めたことも一度や二度ではない。
 いつか願いを叶えたいと・・・その機会を狙っていた。
 が「本名を知りたい」と言い出したのを、逃す手はなかった。
 名と引き換えなど、安いものだ。
 呼びたいなら呼ばせてやろう。いくらでも呼べばいい。
 外には漏れることの決してない、この秘密の地下室で。

「服を脱いでもらおうか」
 初めて聞くような硬質の声で言い渡され、は泣きそうな気持ちになる。
 無機的な瞳に、無表情・・・いつものそれらを、こんなにも恐ろしく感じたことはなかった。
「でも・・・あの・・・」
「私に逆らうことは許さない」
「・・・」
 いつもの優しい竜崎は、どこに行っちゃったの・・・?
 今はムチを手にしてはいけないけれど、それでも抗えない。
 逃げることはおろか、口ごたえすらもできない・・・。
 すがるようにLを見上げるも、「早くしろ」と顎で促されただけだった。
 観念して、自分の服に手をかける。
 緩慢にトップスを脱ぎ出したとき、体の芯を走り抜けた痺れを、このときはまだ恐怖としか感じることができなかった。

「立て・・・よく見えるように」
 何度も彼の目に触れさせた体ではあるけれど、地下室の照明の下、自分だけ全部脱いで見せるなんて・・・恥ずかしくて仕方がない。
 それでも結局はどうにもできず、ゆっくりと立ち上がる。
 Lは親指をくわえたまま、頭のてっぺんから足の先までを舐めるように見回した。その視線に、ぞくぞく震えた。
「手始めだ、今日は」
 道具の詰まったケースから何かをつまみ上げると、を手招きする。
 吸い寄せられるように近付くと、Lは両手をすっと伸ばし、の首に皮製の細長いものを素早く巻くと、バックルで止めた。
(・・・首輪・・・!?)
 ゆるく巻いてはくれたけれど、犬猫のような扱いに、は改めて愕然とする。
「・・・してくれ」
 短く告げ、自分は座ったまま、ジーンズの前を開けた。
 はおずおずと正面に膝をつき、手を添える。ただ突っ立って見られているよりは、屈んで、してあげた方がましのように思えたので、Lのそれを握り、口に持っていった。

 自分で脱ぎ首輪をつけた可愛いペットが、今目の前にひざまずき、奉仕してくれている。
 このシチュエーションだけで、全身奮い立つように感じてしまう。
 支配と服従が、普段とは比すべくもない快楽をもたらすのだ。
 長くはもたないだろう。半ば混沌としかけた意識の中、Lはそう、思った。

 なぜ言われるままにしているんだろう。
 そんな疑問も、「隷従している自分」を意識したとたんに、泡のようにはじけ消えてしまう。
 気が付くと、いつも以上に丁寧に、隅々にまで舌を使っている自分がいた。
 そばだてた耳が、Lの荒い息遣いを聞き取る。
 わずかな身体のこわばりも、彼がもうすぐにでも到達してしまうことを示していた。
「・・・っ離れろ」
「−?」
 てっきり、このまま口の中に出されるものだと思っていたは、Lの低い声に、はじかれたように唇を離す。
 その瞬間、飛び出した白い液体が、見る間にの顔面を汚した。
「や・・・っ」
 反射的に顔に持っていこうとした手を、からめ取るように掴み上げる。
 親指をの頬に滑らせ、生暖かく生臭い液体をぬるりと顔に広げ戯れて。
「似合いの化粧だ、おまえには」
 ごくごく小さく・・・笑った。
 体中、総毛立って。末端まで走り抜けた電流を、はようやく理解する。
 いつもとはまるで違う二人・・・強い命令、それに従順に従う・・・に、今までにない官能を覚えているのだと。
 認めたことで、全てを受け入れる姿勢になり、恍惚とした表情でLにもそれと伝わった。
・・・)
 喜んでくれている。
 ひとり夢見て膨らましていた、よこしまな妄想を、共有してくれようとしているのか・・・。
「おまえにも、してやろう」
 内心の感動とは裏腹に、高圧的なポーズを崩さず、Lは椅子から下りると手際よく組み替え、ベッドのように作った。
 首輪の隙間に指をかけ軽く引くと、は戸惑いながらもベッドに上る。Lは無言のまま押し倒すように横たえ、両手首に枷を取り付けた。
 無論、脚も縛り付けることは可能だが、今日は初めてでもあることだし、手だけで十分だ。
 全裸で首輪だけを着け、仰向けになり両手を拘束されている・・・そんなの姿を見るだけで、激しく興奮を覚えるから。

 くいと首輪を引き、目を合わせる。淫靡でうつろな瞳は、絶対的な支配がさして苦もなく成功したことを示していた。
 は決して逆らわない。
 この小部屋、日常とは切り離された空間にいる限りは。
「・・・ちゃんと言えるか?」
「・・・え・・・」
 冷たい器具に触れている、身体の震えが止まらない。
 は目を泳がせたが、支配する者に対する言葉は、自然に口からこぼれ出た。
「あの・・・、して、ください・・・」
「・・・・・」
 表情を変えないLにじっと見つめられ、これでは不十分なのだと悟る。
 目の前の男は、今や対等な恋人ではなく、無条件に従うべき相手なのだった。
「・・・お願いします・・・ローライト様」
 Lはまだ不満げに、をにらむような目つきをしていた。
 口の利き方を教える必要がある・・・が、それもおいおいでいいだろう。
「開け・・・もっとだ」
 恥ずかしがってなかなか広げようとしない脚を、声かけだけで大きく開かせる。
「こんなに溜めて・・・相変わらず・・・だな」
 近くで・・・息がそこに触れそうなほど近くで、見られている・・・。
「・・・やだそんなこと・・・っ」
「いやならやめるか」
「・・・」
 意地悪・・・。
 奥歯を噛み締め、ふるふる首を振る。
 Lは横目でそんな様子を見やりながら、手を伸ばした。ケースの中から目的のものを探り当て、つまみ上げる。
 ローターと呼ばれる小さな器具を、自分の眼前にブラつかせ、ニヤリとした。
 ここにを括り付けて、抵抗できない状態であれこれ玩ぼうと・・・半ば狂ったように夢想していたことが、今現実のものとなっている。
 奮い立たないはずはない。
「・・・やっ何・・・」
 初めての感触に、跳ね上がるほど体を震わす。
 Lはそんなを、ローターで容赦なく責め立ててゆく。
 歪んだ性癖に、こみ上げる悦びは、さほど表情に出ず、女体を前に淡々と続けるさまは、異様としか言いようがない。
 それでもは感じるままに声を上げ、自由にならぬ体で悶えた。
「やああ・・・ん」
 手を繋ぎとめる鎖が、ガチャガチャ耳障りな音を立てる。
 いくら喘いでも、暴れても、誰にも聞こえない・・・。
 だからこそ、は、自分自身を解放できた。
「・・・あああ・・・もう・・・イッちゃう・・・っ」
「・・・早いな」
 器具などで責め立てているのだ、早いのは当然だ。分かっていながら呟き、一番敏感な場所にぴたりとあてがい動かさない。
 単調な振動が、直にに効くのだった。
「あんっあっ・・・いく・・・いく・・・!」
 大仰なほどの声を上げ、は一人、達してしまった。
「はあっ・・・あ・・・」
 ぐったりとした体に休みは与えられず、今度はL自身を・・・。

 こうして−。
 秘密の地下室で、とLの、秘密の関係が結ばれた。

「竜崎ー、おやつ買ってきたよ」
「お茶を入れてくれますか」
 それからも、二人の仲は変わりなく。
 ただあの日以来、時には上目を使いねだるようになった。
「ねえ・・・地下室に、連れて行ってよ・・・」
 そうすると、おやつを食べながら、Lは軽いため息をついてみせるのだ。
「・・・仕方ないですね」
 今度はどうやって喘がせようか・・・。早速、頭の中で段取りを組み立てつつ、甘いケーキをゆっくり味わう。
 Lの深い瞳に、は早くも骨抜きになって、あの部屋でこれから始まる出来事に、思いをはせるのだった。






                                                             END










       ・あとがき・

しばらくHナシのドリームを書いていた反動か、急に書きたくなりました。
「true name」を書いたとき、「次は激しい本名ドリームを読みたい」というメッセージをいただいて、私それに対して「「ローライト様と呼べ」とかそうのですか」なんて冗談でレスしたんだけど、意外に自分で気に入ってしまって(笑)、本当に書いてしまいました。
Lが敬語じゃないドリームは二度目ですね。
いやー相変わらずの変態っぷりです。ちゃんにあんなコトやこんなコトをする妄想して、道具まで買い揃えておくなんて! それにノッてあげるちゃんも、さすが!

まず手始めでしたが、「秘密の地下室」シリーズ化するのもいかも。
あ、このタイトルは、「完全なる飼育」シリーズで松ケンが出演していた映画からもらったものです。

裏にしようかとも思ったんだけど・・・まぁとりあえず、オモテに置いておきますね。







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