幻想即興曲



 働きづめのLをシュークリームでつって、休憩時間になだれこんだ。お茶を入れてから、は何の気もなしにテレビをつけてみる。
 ピアノコンサートの放映か、舞台中央のグランドピアノに向かう男性ピアニストの姿が映し出されていた。
「あ、幻想即興曲」
 の耳にも馴染みの深い曲目に、チャンネルを変えることはせずリモコンを置く。
「ショパンですね」
 Lはもうシュークリームを両手に持っている。情熱的でテンポの速い曲に、そのポーズとシュークリームが似合わなくて、笑ってしまう。
「これ、好きなの」
 クラシックに特別興味があるわけではないが、とても有名なこの曲だけは昔からのお気に入りだった。
「いいわねぇ・・・」
 のうっとりとしたまなざしが、テレビ画面に注がれている。
 Lにはそれが、演奏者たる金髪の男に一心に向けられた憧憬のように思われ、理不尽と知りつつやきもきしてしまう。旋律のドラマチックな激しさが、気持ちをいっそうかき乱すのだ。
 自分の分を口に押し込んでしまうと、Lはのシュークリームに手を伸ばした。見知らぬ男(の演奏)に夢中の恋人は、そんなことに気付きもしない。むっとして、二つ目にかぶりついた。
 味なんて分からないまま、の横顔をじっと見つめる。
 こんなにも熱い視線、その先には、自分以外の・・・。
 プチッ。
 突然画面が真っ暗になり、は驚いて振り仰ぐ。Lがテレビのリモコンを手にしていた。
「ちょっと、せっかく聴いて・・・」
 文句の大半は、彼の唇にのみ込まれた。熱い・・・それに、甘い味。
「竜崎・・・」
 不意打ちのキスなんてズルい。怒りも萎えてしまう。
 ぽっとしているの手を取り、Lは立ち上がった。

「どこ行くの?」
 部屋を出るなんて珍しい。
 手を繋いだまま長い廊下を渡るLの、背中を見ていた。
 それでもには、彼の心の内にどんな波が起きたのか、はかることは叶わなかった。

 着いた場所はホテルのラウンジ、立派なグランドピアノの前だった。
 Lはの手をそっと離すと、椅子を引き出し座った。もちろん、いつもの座り方で。
 使わないときは鍵をかけているのでは、というの心配をよそに、軽々とふたを開ける。
「もしかして、弾くの?」
 彼の口からピアノのピの字も聞いたことはない。
 反面、の常識では計り知れない相手だと知ってもいるから、その問いかけには疑問と期待が同居していた。
 Lは答えの代わりに、両手をキーの上に置く。
 最初の一音が、重厚に響いた。
 ただ突っ立って目を丸くているの前で、曲は華麗に展開してゆく。
(L・・・うそ・・・)
 幻想即興曲。
 さっきのテレビと同じ、いや、生演奏であるぶん、直近に迫るような鮮やかさの。
 Lは例の両膝を立てた座り方で、前屈みにピアノへ向かっている。その節くれだった細い十指が白と黒の鍵盤上を自在に動き回り、激しくも美しい旋律を紡ぎ上げてゆくさまは、をしんから痺れさせた。
 音楽にそれほど明るくはないのこと、正直、巧拙はよく分からない。
 だけれど心にダイレクトに響く力強さに、魂を揺さぶられた。
 演奏にこめられた想いを、奥底で感じ取っていた。
 やがて穏やかな中間部に入り、今までのめくるめく激しさから一転、ゆったりとした流れに身を浸す。
 Lの横顔も、心なしか緩んだような。
さん・・・)
 静かに運指しながら、Lの気持ちは、すぐそばにいる愛しい人にばかり向いている。
 華やかでいて優しいこのメロディは、彼女によく似合う。
 だけど。
(私のものです。貴女は・・・貴女の全ては)
 他に目を向けるなど許さない。
 異常なほどの執着が、平穏を呑み込み、本能に近い部分まで衝き動かすのだ。この曲のように。
(・・・・)
 曲は冒頭部分に戻る。最初の波がまたを襲う。
 少しも衰えないスピードと強さで、曲はクライマックスへとのぼりつめてゆく。
 ピアノの上を這い回るLの指が、背中の丸いその格好が、軽く汗ばむ様子や尚も乱れる黒髪が。何より、旋律そのものが。
 の官能をかき立てる。
(L・・・)
 大きな声で名を呼びたかった。
 抱きつきたい、キスをしたい。
 もうこの場で、ピアノの下で、乱されたいほどに。

 中間部の緩やかさを少しだけ取り戻し、曲はそのまま終焉を迎えた。
 いつの間にか集まってきていた宿泊客らの賛辞や拍手の間を縫うように、Lはピアノの前から立ち去った。もちろん、の手をしっかりと握って。

「すごかったよ。竜崎がピアノを弾けるなんて全然知らなかったけど」
さんに見てもらうためなら、何でもします」
 さらっと言ってのけるLは、やっぱり掴めない人。
 は消えないゾクゾクを体に宿したまま、Lと部屋に戻ってきた。
「あっ、私のシュークリームがない!」
「今ごろ気付いたんですか」
 やれやれといったふうにソファに座ると、もう冷めてしまったコーヒーをすする。無論、砂糖とミルクは通常の何倍も投入済みだ。
「他のことに気を取られているからですよ」
 納得いかないふうにむくれているを、手招きする。
「それよりも、もっといいものあげます」
 頬を染めつつ腕の中におさまってくれる恋人に、たくさんのキスを浴びせた。
「竜崎・・・」
 しがみつき目を閉じる。
 の耳には、あの旋律が、止まらず流れ続けていた。




                                                             END



       ・あとがき・

ある休みの日、下の娘に添い寝して半ばウトウトしていたら、頭の中にいきなり幻想即興曲が流れてきました。
そのうちLが登場してきて、弾き始めた。
Lがピアノ・・・彼なら何でもやれそう。カンでヘリを操縦するような男だからね!
これは、Lが幻想即興曲を弾く話を書かなくては!
と思いついたものの、なかなか手をつけられずにストックしておいたネタでした。アンケートを取ったら「Lがピアノを弾く話」を読みたいという声が多かったので、今回書くことにしました。
最初はワイミーズハウスでピアノが得意な女の子の話にしようと思っていたんだけど、普通の子に変え、短めの話にまとめてみた。

幻想即興曲は、なかなかに官能的な曲だと思います。Lが弾くのをそばで聴いたなら、きっとエッチな気分になっちゃうんじゃないかな・・・。

これ書いている間中、私の頭の中にぐるぐる巡っていたよ。






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