“0の世界”に属するの身は、老いることも死することもない。
にもかかわらず、針の塔において、彼女の笑顔やお喋りを見聞き出来るのはまれだった。
永遠のような時間のほとんどを、自室でひっそりと過ごしている。・・・今夜も、ただ一人の面影を月の中に描き出しては、切ないため息を落とすのだった。
愛する人のそばにいられぬ世界で、不老不死など何の意味があるというのだろう。
−だけど−
月明かりに照らされたの顔が、少しだけ微笑んだ。
まだ、絶望はしていない。
同じ空の下に、自分とあの人が存在している限りは。
愛の心にかけて
今日は、半世紀ぶりの“0”の月。
数年前から待ちこがれ、数か月前にはそわそわし出し、あと何週間というカウントダウンに入るに至っては、いても立ってもいられなくなっていたは、選びに選び抜いた洋服に袖を通し、念入りに髪を整え化粧を施して待っていた。
何しろ50年ぶりに会えるのだ、手抜かりがあってはならない。
ノックの音を聞きドアを開けると、廊下に現郎が立っていた。
「行くぜ」
いかにもかったるい、といったふうに、先に立って歩き出す。
浮き立ってどうしようもない気持ちが、足元に表れてしまう。はそれを何とか抑えることで神妙を装い、後についた。
「・・・アイツに、もう一度忠誠を誓うように言え。お前にとっても、それが一番いいことだろ・・・」
いつもものぐさな現郎が、あえての役目を念押ししたのは、彼自身の望みも同じところにあるからだろう。
500年前に反乱を起こし、針の塔を追われた激は、の恋人であり、現郎の親友だった。
激は、呪いにより珍奇なナマモノに変化させられたが、半世紀に一度巡る“0”の月にだけ、元の姿に戻れる。針の塔へ戻る意思の有無を確認させられるためだ。
一方、は、反逆者の恋人という理由で、塔の中に軟禁されていた。
“0”の月の短い時間にのみ、激に会うことを許されるが、それは恋人たちに対する慈悲などでは決してない。単に、激が針の塔へ戻る動機付けの一つとするため・・・はいわば、人質にされていたのだ。
それでも、ほんの短い時間でも、激に会えると思えば心弾む。現郎の導きにより3の世界サーに向かうの胸は、喜びと期待に膨らんでいた。
ばら色の頬に浮かんだ笑顔を盗み見て、現郎は唇を噛む。
繰り返す日々ひねもす、彼女は微笑みもしないのに−。
(激・・・)
親友だった男の、罪深さを思った。
(今日こそは、悔い改め、戻って来い−)
「“0”の月か・・・」
ヒゲともフネン仙人とも呼ばれるナマモノから一転、人間の男に戻った己の姿を、水に映してみる。
かりそめとはいえ、ほとんどのときをヒゲで過ごしている激にとって、懐かしさを通り越して新鮮にすら感じた・・・自分の顔なのに、おかしなことだ。
「激・・・」
優しい声に、立ち上がり振り返る。
泣きそうな表情で立ち尽くしている恋人に、屈託なく笑いかけた。
「久し振りだなァ・・・」
次の瞬間胸に飛び込んできた身体を抱き止め、しっかり抱きしめた。
実態のぬくもりが温かく満ちて、これまでの空白を埋めてゆく。
思う存分互いを感じ、唇越しに熱を伝え合う。
半世紀ぶりのキスは、甘くて、少ししょっぱかった。
こんなにも想い合っていながら、50年に一度しか会えない。キスも出来ない。愛を語れない。
針の塔に再び忠誠を誓いさえすれば、ずっと一緒にいられること、激ももよく分かってはいたけれど。
激は決して、許せなかった。
も、彼の頑迷さの裏にある悔しさや辛さを汲み取っていたから、おとなしく人質という立場に甘んじていた。現郎たちの言いつけに背き、激に針の塔へ戻ることを促すこともなく。
「私は50年に一度の逢瀬でも大丈夫だから・・・激の思いを貫いて」
と、けなげに笑っていたものだ。
「天姫が目覚められたら、時は動き出す・・・」
抱擁の中で、は囁く。
時折、姫の眠りがまどろみほど浅くなっていることに、気が付いていた。
何かが変わる、何かが起こる。近いうち、きっと。
希望があるからこそ、とらわれた身も厭いはしなかった。
愛の心にかけて、決して。
「・・・ああ・・・」
目覚めたらどうなるのか。何が起こるのか、あるいは何も起きないのか。
激には、分からない。
ただ、今、愛弟子のカイが爆たちと共に針の塔を目指していることが、何か作用するかもしれない。そう、直感していた。
それならば、この身体でいられるうちに、やりたいことがある・・・伝えたいことが。
「・・・」
静かに体を離す。さっき水面に映っていた本来の姿を、今度はの眼の中に見ていた。
「すまねえ。俺、行かなきゃいけないところがあるんだ・・・やらなきゃならないことが」
ただでさえ限られた時間だ、一緒にいられないとなれば、泣いてしがみつかれても仕方ない。
しかしは、そうはしなかった。
激の変わらぬ瞳の中に、真実の光が煌とひらめいているのを見たから。
「・・・行ってらっしゃい」
ギリギリまで抱き合っていたい気持ち、もう別れなければならない寂しさは、自分も激も同じはず。
一方的な押し付けなんかじゃない。彼は絶対に、そんなことはしない。
だからも、抑えることが出来た。
「恩に着るよ」
「後で、埋め合わせね」
「・・・いくらでも!」
たまらなくてもう一度、腕に閉じ込めた。
そして最後の、キスをした。
永遠のような、一瞬の、キスだった。
やがて、姫は目覚め、時は動き出す。
「・・・!」
引き裂かれていた恋人たちは、手と手を取り合い、もう二度と離れないことを誓った。
それから、更に7年の時が過ぎ−。
「激ー、カイー、お昼だよー」
修行熱心な師弟のもとへ、バスケットを提げたが歩いてゆく。
そのすぐ後ろから、小さな子たちがチョコチョコとついてきていた。
「コラーッカイ! 早く行って荷物持ってやれー!」
「? ハッハイ」
いきなりの師の怒号に、条件反射的に駆け寄り、カイはからバスケットや敷物を受け取った。
「カイにーたん!」
「にーたん!」
チビっ子たち・・・激ととの双子の子・・・にまとわりつかれ、よろけながらも、昼食に良い場所まで運んでゆく。
その間に、激は愛妻の手を取った。
「転んだりしたら大変だからな」
その言葉に、カイは思わず振り向く。
は、下腹に手を添える仕草で、照れ笑いをして見せた。
「オラぁ! もっと気合いいれろーッ」
昼食を終えるや、滝の前で午後の修行の始まりだ。
子供たちを遊ばせながら見物していたは、向こうから誰かが歩いてくるのに気付いた。
「・・・あッ」
同時にカイも、声を上げる。
岩石の上に座したままの激は、鷹揚に振り仰いだ。
「よお・・・元気そーじゃねーか・・・」
「・・・現郎・・・」
7年前、炎と共に新しい国づくりのため旅立った現郎が、訪ねて来てくれたのだ。は満面笑顔になる。
「オメーもな・・・!」
元気な子供たちと、の幸せそうな様子を見て取ると、現郎は安心したように口もとをほころばせるのだった。
「すっかりオヤジだなァ、激」
「うっせー。てめーの方はどうなんだよ」
「まあまあ。現郎、激もカイも、座って。ゆっくり話そう。今、お茶持って来るから」
「は動くな。茶はカイが持って来い」
「分かりましたッ」
サーののどかな昼下がり。
賑やかなお茶の時間が始まる。
END
・あとがき・
+Aming Dream Search+さん主催の「Spring Has Come!」、アーミンドリームのリクエスト強化企画というナイスなイベントですが、始まったときから参加する気ムンムン・・・いや満々でした。
需要があって書けるというのが嬉しい。
ジバクくんの激、というリクエストに挙手しまして、早速書きました。春っぽくできれば良かったんだけど、季節感ナシの話になっちゃった。
激は元々好きキャラで、この話の元も実はしばらく前に頭の中にあったものです。ラストのとこは考えてなかったけど・・・、7年後の激、おとーちゃんみたいだったから(笑)。
ただ嘆き耐えていたのではなく、希望を持ち信じていたところを書きたかった。
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