アフター5の女子ロッカー室には、制汗スプレーの匂いと絶え間ないお喋りが渦巻いている。
さんは、明日は有休だったわね」
「もしかして、例の彼氏とデートですか〜?」
 着替えながら顔を覗き込んでくる後輩に対し、は自然にこぼれる笑みを隠せない。
「あ〜やっぱりそうなんだ、いいなー。確か遠恋なんですよね?」
「へー、さんの彼氏って、どこに住んでるの? 何してる人?」
「えーっと、それは、ヒミツってことで・・・」
 詮索好きの先輩に捕まったらかなわない。はバッグを持ち、ロッカーを閉めた。
「出発の準備もあるので、お先に失礼します!」
 爽やかに去って行ったを見送り、残されたOLたちは顔を見合わせる。
センパイ、彼氏のこと聞こうとすると、いつもあの調子なんですよねー」
「・・・気になるわね。海外にでもいるのかしら」
「ああ、彼氏って外国人・・・ありうるかも!」
 盛り上がる女子たちに、口が裂けても言えません。
 外国人どころか、宇宙人だなんて・・・。


 
宇宙的遠距離恋愛


「・・・休暇だと?」
 歓迎ムード満点の海岸に降り立ち、ケロン軍ガルル小隊のガルル中尉は、いぶかしげに隊員たちを見やった。
 次の任務地に向かっているものとばかり思っていた−事実、モニタには荒野の広がるコーヤ星が映っていた、というのに、着いてみれば対照的な楽園の地。まるでキツネにつままれたような気分だ。
「ええ本部には今日一日の休暇を届け出ています。ここはコーヤ星近くのリゾート星です」
「プププー、びっくりした?」
 いつものようにてきぱき告げるプルル看護長と、ハンバーガーをかじりながら面白そうに笑うトロロ新兵。
 モニタ画面はトロロが差し替えていたのだろう、どうやら一杯食わされたようだ。
「なぜこんな手の込んだマネを・・・」
「へっへー」
「・・・・・」
 タルルとゾルルが何やら横に細長い紙を取り出して、左右に引っ張りながら持つ。
『ガルル隊長 ハッピーバースディ!!』とカラフルに書かれた文字や絵が目に飛び込み、中尉は言葉を失った。
「今日は・・・、ガルル隊長の、たんじょう・・・び・・・」
「あ、そのリアクション、やっぱ忘れてたんスね」
「・・・そうか・・・」
 自身の誕生日、確かに今日は。
 カッコつけてたわけじゃない。本当に、失念していた。
「お前たち、それで・・・」
 隊員たちからの、バースディサプライズといったところか。
 ようやく合点がいったガルルが、更にも何か言おうとするのを、プルルが素早く遮った。
「これだけじゃありませんのよ」
「なに?」
「プププー、とっておきのプレゼントがあるんだヨ」
 トロロが砂の上に似合わぬノートパソコンを開き、カタカタとキーを叩く。画面にはこの星を示す青丸と、そこに彗星のように近付いてくる光が映し出されていた。
「そろそろ来るかナー」
 青空に光る点を、ガルルは認めた。
 ギュンと急接近し、砂を蹴散らして着陸したそれは、一人乗りの宇宙艇。
 反射的に身構えるガルルの目の前で、ウィーン・・・自動的にハッチが開き、中から白くすらりとした脚が伸びる。
 サンダルをはいた足が焼けた砂を踏み、一人のペコポン女性が降り立った。
「−!?」
 目を丸く(?)して叫ぶ隊長を、他のメンバーたちは好奇心丸出しで見守っていた。

 そう、とガルルは、宇宙を超えた恋人同士−。

「久し振りね」
「ああ」
 波の寄せ返す砂浜に、二人きり。海と空と光の美しさに目を細める。
 プライベートビーチもプレゼントなのだとプルルは言い、「お邪魔はしませんから」と、邪魔したいオーラ全開の他メンバーを引きずるようにして去っていってしまった。
「元気そうで何よりだ」
 仲間の心づくしを気持ちよく受けることに決めたときから、の目に見えて声や物腰が柔らかくなった。ガルル中尉、公私の切り替えの早さはさすがといえよう。
 まなざしすら優しい。胸が温かくなって、はレジャーシートの上のお尻を移動し、もう少し、彼に寄り添った。
「変わりはないか、弟たちも」
「うん。ギロロたちも元気よ。任務頑張ってるわよ」
 いつも弟を気にかけているお兄ちゃんのために、は事実よりかなり甘く報告してあげた。
「・・・そうか」
 ガルルにはお見通しなのだろうけど。
「でも、恋の方は現状維持で進展ナシね」
 日向家の長女、夏美に対する好意はあからさまなほどなのに、口にもできず行動にも移せないギロロのじれったい様子を、もたびたび目にしていた。
「おくてだな、我が弟ながら」
 ガルルも少し笑う。
「ホントにねー。兄さんはこんなに手が早いのに」
 からかったつもりなのに、
「俺は自分の気持ちに忠実なだけだ。欲しいものに対して遠慮はしない」
 目を見て真面目に返されて、逆にの方が赤くなってしまう。
 自信に満ちた宇宙人に、ハートを攫われてしまった、あの瞬間のことを思い出すと、ますます熱が上がる。
「・・・あ、そうそう、二人きりだし、今日は私がプレゼントだから・・・」
 思わせぶりにシートの上に立ち上がると、パイル地ワンピースの胸元に結ばれた大きなリボンを、恥ずかしかるそぶりでしゅるりと解く。片膝立てて座ったままのガルルが見上げる先で、ワンピースをすとんと足元に落とした。
 一瞬ドキッとしたガルルだが、目の前には、水着姿のがいた。
「なんか、ヘンな期待、しなかった?」
 舌を出してみせる、いたずらっぽい笑顔が眩い。
「フフ・・・そっちは後のお楽しみ、かな」
 余裕の顔して立ち上がる藤色の彼氏に、再び赤くなってしまって。
 反撃のつもりだったのに。やっぱりこの人にはかなわないなぁ・・・と、白旗揚げてしまう。
 でもは先に立ち、波打ち際めがけて元気に走った。
「今日は、思い切り遊ぼうね!」
 しぶきを跳ねさせ、きらきらしい雫を髪や肌に宿し。
「ああ、そうしよう」
 差し出された手をしっかりと握って。
 この夏最高の思い出を、二人で作ろう。

「あー、疲れたー!」
 全力で遊んで、一休み。
 海から上がると、はシートの上に寝転がった。
「この星の海って、ちっともしょっぱくないのね。びっくり!」
 口の周りを舐めて、無味を不思議がる。
 その様子、無防備さが、ガルルを突き動かした。
「−
 視界いっぱいが、藤色。
「・・・ガル、ル・・・」
 噛み付かん勢いで、唇を奪われた。
「・・・ん・・・」
 口の中で、ほんの少し、砂がじゃりっとした。

「最高の休日、最高の誕生日だ。礼を言わねばなるまいな。隊の皆にも、もちろん、お前にも」
 が腕によりをかけて作ってきたお弁当(おにぎりにサンドイッチに、おかずもどっさり)をおいしそうに食べながら、ガルルは多分、微笑んでいる。
「うん・・・」
 嬉しいと同時に、胸が痛い。自信作の卵焼きが喉に詰まりそうで、はペットボトルのお茶を流し込んだ。
 今日は、特別。ガルルの仕事を邪魔することになるし、宇宙艇もレンタルだから、そうしょっちゅう会いに来るわけにはいかない。
 これからまたしばらく会えなくなる、と思うと、寂しさが胸を覆う。
 何しろ、宇宙を挟んだ壮大なスケールの遠距離恋愛−。
 物理的な距離のみに留まらない。ケロン人の彼と地球人の自分とでは、姿かたちから文化に至るまで、全てが異なっている。
 ガルルはとても優しいし、一途に想ってくれているのも伝わっているけれど、先々のことを考えると、どうしても不安になってくるのだった。
「どうかしたのか、
 さっきまで元気いっぱいだった恋人の、うつむく横顔を、ガルルは心配そうに見上げる。
「・・・あの、ガルルは寂しくない? 私とガルル、いつも会えるってわけじゃないでしょ・・・」
 正直な想いは、波音にかき消されそうにささやかな声で告げられた。
「・・・そうだな、寂しくないと言えば、嘘になるな」
 肯んじて、ガルルはの顔を下から覗き込んだ。
 茶色い瞳が、海を映さず哀しい色に染まっているのを、残念に思う。
「・・・だが、お前という存在のおかげで、俺は今まで以上に頑張れるよ。そして、頑張っていれば、今日のようないいこともある」
 立ち上がって両手を伸ばし、の頭を自分の方に引き寄せた。
「この広い宇宙・・・たくさんの星があって、たくさんの人がいる中で、出会えたのだし気持ちが通じた・・・すごいことだ」
 奇跡といえるほどの。
「ガルル・・・」
 先刻まで憂いに沈んでいた瞳が、今は藤色を映している。
 ガルルはの眼の中の自分を見つめていた。
「・・・必ず、きちんとした形で迎えに行くから。待っていてくれ」
「−−!?」
 それってプロポーズ!? ねぇ、プロポーズなの!?
 なんて、茶化しも出来ない。
 突然の幸福に、波音すら遠い心地で、はただただ、まん丸の頭を凝視していた。
「返事は?」
「サーイエッサー・・・」
 オンの、軍人としての顔が覗けたもので、思わず軍人ふうに答えたら、ガルルは肩を震わして笑い出した。
「・・・フフフ・・・お前には負けるよ、・・・」
「・・・そうかな、私はいつもガルルにはかなわないって思っちゃうけど」
「いいや、俺の方が参ってる」
 ぐっと顔を近付けて、もう一度、キスをする。
 今度はゆっくりじっくり、をさぐって味わった。
 とろんと力が抜けてゆく手ごたえに、征服欲が刺激され、やや強引にの体を押し倒す。
「・・・ガルル・・・」
 うるんだ瞳は、誘っているようにしか思えない。
「今日はお前がプレゼント、だったな・・・」
 上に乗って、肌で肌に触れる。熱い吐息が頬にかかる。

 異星間の二人は−、
 思い出や記憶などという淡いものではなく、絶対に離れられない、絆で結ばれた。


さん、このお土産、どこのなの?」
「ちょっと変わった味ですよね。美味しいけど」
 リゾート星で買ってきた、その名も「リゾート饅頭」(ひねりナシ)は、原材料不明であるものの、同僚たちの評判は上々だった。
「ねえったら、一体どこに行ってきたの?」
 更にも質問を重ねる先輩に、は微笑んで返した。
「宇宙です。私の彼氏、宇宙人だから」
「・・・またまたァ・・・」
「冗談キツイですよぉ、センパーイ」
 正直に言ったのに、笑い飛ばされ信じてもらえず・・・当然のことながら。
「さ、仕事仕事ー」
「張り切ってるわね、さん」
「ハイ、お休みもらった分、頑張らなきゃ!」
 笑顔で頑張っていれば、きっといいことがある。
 恋愛は最高のポジティブエネルギーなんだと、教えてもらったから。
 嘘をつかない彼が、その言葉を違えず、迎えに来てくれるその日まで。
 この地球で、自分の出来ることを精一杯、やっていこう。
 オフィスの窓から、よく晴れた空を見上げる。
 青いキャンバスに、ガルル中尉の姿を思い描いた。
 タルルやトロロに冷やかされても表情ひとつ変えず、「今は任務中だ」と冷静にいさめる様子が、ありありと浮かび、は微笑んだ。

 宇宙的遠距離恋愛は、幸せ気分のまま、今しばらく進行してゆく見込み−。






                                                             END



       ・あとがき・

強面のガルル中尉。彼はきっとこんな男性なんだろうなぁ、と思って書きました。
からかおうとしても、照れるどころか堂々と返されて、こっちが赤面してしまうような。一枚も二枚も上手の感じ。
付き合うきっかけも、ガルルの方から押してきたに違いない。

宇宙人との遠距離恋愛なんて、遠くて遠くて不安もいっぱいだろうけど、どんな恋愛でも大なり小なり不安はつきものだよね。違う人間なんだから。いつも、相手のことは分からない。
恋愛において、ガルルとギロロは正反対の兄弟だけど、正直さや一途さは共通しているんだろうな、という妄想(笑)。
しかしガルルがプロポーズしてくるとは、私もビックリの展開でした・・・。

ところでガルル小隊って、24時の事件の後、一体どういう任務を負って働いているんですかね。
私、原作もアニメも、飛び飛びにしか見てないんだけど。
ケロロ小隊を引き継ぐというのに失敗したけど、解散にはならず、ガルルが隊長になり(隊長の資質が足りないハズだったけど)プルルが配属され、本部からの指令であちこちの星に飛んでいって色々やっている(←曖昧)というイメージで書いてみましたが。






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