できちゃった


「竜崎っ!」
 ヒステリックに名を呼びながら駆け込んできた彼女を、クッキーかじりながら見上げる。
 世間はのどかな昼下がり、お菓子をつまみながらデータ解析をしていたときのことである。
「お・・・落ち着いて聞いてよね・・・」
 ゼエゼエ言いながらテーブルに近付いてくる、鬼気迫った様子のに、バタークッキーを一枚差し出した。
こそ落ち着いてください」
 は受け取らず、Lのそばに突っ立ったまま、一転して低く声を押し出した。
「私・・・っ、できちゃったみたい・・・」
 今にも泣きそうに。

「そうですか、それはめでたいことです」
「・・・って分かってんのっ!? パズルができたとか、彼氏ができたとか、そーゆー話じゃないのよ!」
「彼氏なんてできては困ります。まあ座ってください」
 顔色の一つも変えやしない。
 彼のリアクションを想像する暇もなかっただが、これにはさすがに不審感を抱いた。
「私・・・、妊娠したかも・・・」
 はっきりと言い直すと、事実の重さに改めて打ちのめされる。
 数日前から、おかしいとは思っていた。微熱が続きボーッとして、風邪でもひいたかと思っていたのだが。いつもは順調に来ていた生理の遅れに思い至ったとき、ハッとした。
 かなり思い切って妊娠検査薬を購入したのは、昨日のこと。
 今日、恐る恐る試してみると、浮かび上がってきたのは『+』のマーク・・・何度も何度も説明書を見直したけれど、結果は変わらない。
 陽性、だった。
 大ショックに気が動転して、とにかく連帯責任者のもとへ駆け込んだというわけだ。
 Lは手ずから入れたコーヒーをに差し出して、もう一枚クッキーをつまみ上げる。
「ですから、めでたいことです」
 お菓子を口にくわえたままよこす目線、死んだような黒目は「めでたい」という言詞にそぐいはしなかったけれど、すっかり肩透かしをくらったは力なくソファに座り込んだ。
「7週・・・いわゆる「妊娠2か月」ですね。予定日はといったところでしょうか」
「なんでそんなこと・・・私まだ病院にも行ってない・・・」
「最終月経の開始日を0週0日として数え、40週0日を予定日とするのですから、計算は容易です」
 常識だといわんばかりだが、そんな知識のないはますます混乱してしまう。
「私っ・・・どうしたら・・・」
「・・・私の子ではないんですか」
 冷たい声に、バッと顔を上げる。Lの変わらぬ表情に、むかむか怒りが湧き上がってきた。
「何言ってんのよ・・・あんた以外、誰の子だっていうのよ。責任逃れする気なの? これだから男って・・・!!」
 うなるような声から、徐々にわめき声に近くなる。体中熱くなって、元々の微熱とあいまりボーッとする。
 結局、勢いを失って、は背もたれに身を預けた。
「そんなに興奮しないでください大事な体なんですから」
 興奮させた張本人が、何か言っている。
「私の子だというのに、何を悩むことがあるんです」
「え・・・っ」
 何なんだこの落ち着きようは。これではまるで糠に釘、ことの重大さをどこまで認識しているものか・・・。
 とめどない脱力感にもはや言葉もないの目の前で、Lは少し居ずまいを正した(といっても、膝をちょっと揃えただけだが)。
、避妊法にもいくつか種類がありますが」
 の『何言い出すんだこの人!?』の視線はきれいに黙殺して、Lは唐突な話を続ける。
「私たちは常に、男性用コンドームを単独で使用してきましたね」
 同意を求められ、あっけに取られたまま頷く。
 こんな話でも、Lの口からだと、授業で聞かされるような真面目な話に聞こえてしまうから不思議だ。
「コンドームによる避妊での失敗率は14%・・・意外に高いということを私は知っていました。にもかかわらず、ピルや殺精子剤の使用もしくは併用をあなたに提案することもせず、その方法をとってきた・・・」
 コーヒーをかき混ぜながら、とつとつ語り、
「何故か分かりますか」
 いきなりこっち向かれて、はビクッとする。授業中、油断していたら指されたような気分だ。
「えっあのー分かりません」
 思わず起立してしまうところだった。
 Lはぬっと手を伸ばし、の手首をいきなり掴む。そのまま、下から彼女の顔を覗き込んだ。
「・・・あなたと私たちの子供を迎え入れる準備は、いつでもある、ということです」
「・・・竜崎・・・」
「一般の人のようにはいかないかも知れませんが、私に出来ることなら何でも協力します。言うまでもないですが、金銭面での苦労は一切させません。の望むように、ゆったりと、出産も育児もすればいい・・・」
 そうっと、のしなやかな手を持ち上げると、Lは自分のもう一方の手で、宝物にするように包み込んだ。
「心配せずに、私のもとに来てください」
「・・・・・」
 感極まって、涙が溢れた。
 よろけるようにLにしがみつき、その腕に受け入れられ包みこまれて、泣いた。
 涙が、混沌とした感情を洗い流してゆく。あとに残された安心と幸福に心満たされて、はいつもそうするように、Lに甘えて身をぴたり寄せた。
「・・・ここに、宿っているんですね」
 早くも慈しんで手を添える。
 Lの言葉と仕草に、本心からの喜びを知った。
 お腹に置かれた手に手を重ねる。じんわりと、温かい。
「まだ全然、実感ないけど・・・」
「病院へ早目に行った方がいいでしょう。産婦人科を探してみます」
 空いた手で、パソコンのキーを操作する。
 真剣に検索している青白い顔を見上げて、この人がお父さん・・・なんてやっぱり嘘みたいだけれど、黙っていても、くすぐられたように笑いの広がってくる、だった。


「竜崎・・・っ!」
 彼女のために厳選した病院から帰ってきたは、なぜかムッとしている。
「どうしました病院は気に入りませんでしたか」
「ううん、きれいだし、看護師さんも先生も親切だったわ」
「・・・では、まさか・・・」
 妊娠ではなかった、もしくは流産・・・?
 さすがにガッカリしかけたLに、はつかつか迫り寄る。
「7週、2か月。予定日は。全部竜崎の言う通りだったわ」
「・・・そうですか」
 心底、ホッとした。
「それより私、車の中で思いついたんだけど」
 Lの「私のもとに来てください」というセリフに感動し酔っていただが、ふと気が付いた。
 Lに、今まで結婚をほのめかされても、はぐらかしたり、『まだそんなことは考えられない』とやんわり断っていたこと。
 としては、まだ一人の男性に縛り付けられたくはなかったし、実のところ、Lの異常な執着心、独占欲に、心の奥底で恐れを感じ取ってもいたのだ。
 また、は子供好きで、「いつかは私も可愛い赤ちゃんが欲しいな」とLに語ったこともある(Lは「ではすぐに」と迫ってきたので、その勢いに驚いた)。
 そしてとどめは数ヶ月前、テレビでいわゆる「できちゃった婚」を取り上げていたときのこと。
「日本ではこういう形も一般的なんですよね。シングルマザーが少ないわけです」
 と呟きながらの方をちらと見た、指をくわえる彼のその目線に、どこか違和感を覚えていたものだが・・・。
 全ては、彼の策だったのではないか。
 Lはの「できちゃった」に毛すじほどの動揺も示さなかったばかりか、妊娠週数から予定日まで瞬時にはじき出したではないか。
 つまり、一番妊娠しやすい日を選び、ワザと失敗したのでは・・・!?
 企み一杯の不気味な光をたたえた眼をして、コンドームの袋にぷすっと針を刺すLの映像が、の脳裏に浮かんで消えない。
 状況から、あまりにハマりすぎているのだ。
「ワザとでしょう!?」
「私がスキンに針で穴を・・・。面白い推理ではありますが」
 の方は見もせず、親指をくわえる。
「・・・証拠、ありませんよね」
「〜〜〜!!」
 は、己の敗北を悟った。
 のみならず手招きされ、Lの腕に身を委ねてしまう。
に似た女の子・・・いえ、男の子もいいですね」
 よくも、ぬけぬけと・・・。
 怒りはお腹のところでしぼんでしまった。
 目にも見えない小さな存在が、その幸福をうたっている。怒りや悲しみなどマイナスの感情は、全て吸い取られてしまうようだ。
 原因はどうあれ−、自分とLの間に芽生えた命を、大切にしてあげたい。
 お腹をそっと撫でさする、も母性もまた、生まれたばかり。
 無言で見守りながら、父となる男は、二つのいとしい魂を、細いけれど強い両腕に抱きしめていた。
 心の底から求めていたもの。ずっと欲していた・・・叶わないと諦めていたこともあったけれど。
「ありがとう、
 不思議そうに上を向いた、その唇にキスをする。
 首に腕をからめて甘えてくるから、嬉しくて、もう一度。
(あなたの存在が・・・、大きな変化を、私にもたらした)
 そしてまた、これからも。
 澄んだ瞳に慈愛を満たして、ただ自分だけを見つめてくれている。理屈抜きの愛しさに、たまらなくてかき抱いた。
「くっ苦しい〜」
「あっすみません」
 バッと離れて、の腹部を気にしている。Lがこんなに取り乱したのを、初めて見た。
 おかしくて思わず吹き出すと、Lも照れたような仕草をして、改めて抱き寄せる。今度は細心の注意を払って、包み込んだ。
 命の温かさを、等しく感じ、それぞれの胸に、抱きとめた。






                                                                END




       あとがき


L部屋ではよく「赤ちゃんができた」という会話をしていく方がいます。
L部屋のLはかなりその気で答えてくれるんですが(笑)、皆さんそういうのお好きなのかな? と思って考えたお話です。
すでに母親である私からすると、結婚する前に「できちゃった・・・」という話は抵抗あるんですが(でき婚を否定しているわけではありません、決して)。
それにLが失敗するなんてありえないでしょ、彼は何でも完璧にやる男なんだから・・・と思ったとき、それを逆手に取った話が浮かびました。
彼の策に、ちゃん、まんまとハマってしまいましたね。
ヒドい話ではありますが、結婚を渋っていたちゃんの迷いを断ち切って、完全に自分のものにするために、Lだったらこれくらいはしそうです。
「証拠ありませんよね」なんてしれっとしながらね(笑)。
L以外ならこんなの許されない!

ちなみにコンドームの失敗率14%ですが、これは「一般的な使用法」のときで、「理想的な使用法」だと3%に激減します。
理想的って・・・何だろ。最初に穴開いてないか確認して、初めからちゃんとつけておくってことかな。
ともかく、避妊は確実に・・・。

平成19年の初ドリームがコレって、どうでしょうね(笑)。
下書きは去年の段階で出来上がっていたんだけど、休み中なかなか時間が取れなくて。
今年もかづなと「ワイルドファンシー」をどうぞよろしく。





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