死神インビテーション
「そらッ!」
片手で放った拳はバチリと火花を発し、相手の少年たちを軽くふっとばす。
「−いてて」
「さすがは強いや」
「当然でしょ」
腰に手を当て、と呼ばれた娘は、聖闘士候補生たちを悠然と見下ろした。
「白銀聖闘士、南冠座のの名はダテじゃないのよ」
ニッ、と、人好きのする笑顔を見せる。
この聖域で聖闘士になる修行に明け暮れている少年たちにとって、は憧れのお姉さんといった存在だった。埃を払ったり、ぶつけた箇所をさすりながら、彼女をやんやと取り囲む。
「のお師匠さんって、黄金聖闘士なんでしょ?」
「そうよ。最高に強くて、最高にカッコいいんだから!」
にとって師は最大の自慢でもある。「すげえなぁ」「いいなぁ」という感嘆の声が快かった。
「おっと、買い物があったんだわ」
「なんだ、もう行くの?」
闘技場を去ろうとするに、少年たちは名残惜しそうだ。
「また稽古つけてくれよな、」
「いつでもいいわよ。立派な聖闘士になるために、修練を怠らないでね」
にっこり笑って手を振る。希望に満ちた瞳の輝きを、眩しく嬉しく感じていた。
「買い忘れたもの、ないよね。先生も兄さんもいっぱい食べるからなぁ」
買い物袋を抱えて、市場を抜けた。人通りの少ない道まで来たとき、黒いもやのようなものが発生していることに気付き目を見張る。
「な・・・ッ」
視界がほとんどない。全てが手遅れだと悟るのと、身構えるのとは同時だった。
信じられない。殺気どころか、小宇宙も気配すらも感じなかったのに!
「何者!?」
誰何に応えるがごとく、もやが一点に集まり、中空に人の姿を形作った。
強大に過ぎる小宇宙に圧倒されるうち、そこに現れたのは、黒衣をまとった偉丈夫・・・頭から黒いフードをすっぽりと被っているので顔は見えないが、宙に浮かんだままこちらを見下ろしている。
この場にいられないほどのプレッシャーに、は知らず冷や汗をかいていた。
畏怖せずにはおられぬ存在。それが何であるか、もう気付いている。
「白銀聖闘士、南冠座のだな」
低い声は、地を這って腹の底に響くようだ。普通の人間なら、これだけで腰を抜かしてしまうだろう。
気力をふりしぼり、足を踏ん張っていなくては。
「あなたは」
「我は、タナトス」
「タナトス・・・」
それは冥王ハーデスが側近、死を司る神の名。
「死神・・・っ」
声が喉にはりつく。からからに、渇いていた。
「おまえに、死を与えるために来てやったぞ」
黒衣の下から小宇宙の塊が、目がけて襲いかかる。
「くっ!」
反射神経のみで、かろうじて避けた。
「なぜ、私を」
「「死」に理由などない。・・・が、おまえは特別だ」
音もなく地上に降りくると、タナトスは片手をへ差し出した。
「喜べ、おまえにエリシオンで暮らす栄誉をやる」
エリシオンとは、選ばれた者しか行くことのできない極楽浄土のことだ。面白おかしく暮らす毎日が永遠に続くのだと、も話に聞いていた。
「さあ、この手を取るがいい。苦しみも恐怖もない、美しい地へ連れて行ってやろう」
優しさなどかけらもない。傲慢さに満ちた口調は、半ば命令じみていた。
は唇を噛み、腕にほんの少し触れた神の手をバッと振り払う。
拒むなど思いもよらなかったのだろう、明らかに狼狽を見せたタナトスを、油断なくにらみつけた・・・といっても、相手の顔は相変わらずしっかりとは見えなかったが。
「私はアテナの聖闘士。アテナと地上の平和を守るためならいつでも命を投げ出すけれど、本懐をとげず死ぬわけにはいかない・・・断じて!」
「何を言う。エリシオンでの永遠が待っているのだぞ」
「それでも、死は、死よ」
身構える。
そんなの必死の様相は、タナトスに冷笑を運ぶだけだった。
「生になどこだわってどうする。死は決して免れられぬ。そう、全ての者は、私から逃れられはしないのだ」
暗黒の衣を翻す。踏み出すと、は一歩退いた。それでも、にらみ上げる眼の強さは変わらない。
「いずれ死ぬのは分かっている・・・けど、限りある命なら、愛するもののために、守りたいもののために、戦って生きたいのよ」
「フン。こんな汚れ切った世界のどこに、そんなにまでして守り抜くものがある」
神から見れば地上も人間も、荒んだ、救いようのない存在でしかない。
聖闘士とはいえ、卑小な一人の人間にすぎないがそこまでこだわる理由など、タナトスに理解できたものではなかった。
「・・・小さいのかもしれないけど」
痛いくらいに握った拳を、胸まで上げる。
「あんたたちにとっては、本当に些細なものでしかないのだろうけど」
ジャリ、と足をずらし、適度なスタンスを取った。
「それでも私は、信じて貫きたいものがある。運命に、神に逆らうことになっても!!」
高めた小宇宙を一気に放出すると、バチバチと電撃が一直線に走った。
「愚かな」
タナトスは避けようとはしなかった。にも関わらず、の渾身の一撃はかすりもしない。
これが、神の力・・・。圧倒的な差を見せつけられ、最後に残された気力すらも萎えてしまいそうになる。
「恐れを知らぬ奴め、人間ふぜいが」
体勢を整えている間に、やられる・・・!
歯を食いしばるに、タナトスの腕が再び差し出された。
攻撃をされるのかと思いきや、ふわり抱き寄せられ、は目を見開く。
「神罰を与えるべきところだが、私にはおまえを傷つける気はない」
声のトーンに二度、驚いた。
先ほどまでの見下したような感じは消え、感情の伴った、温かさすら伝わってくるような。
(どうして・・・)
混乱してしまう。そのうちに体に回された腕に力が加わり、ドキリとしてしまう。
そんな場合じゃないのに。
「・・・・」
どうしたらよいのか分からず、は思い切って顔を上げた。
今までフードの陰になっていたタナトスの顔を、初めて見て息をのむ。
神らしい整った顔立ち、額に星型のマーク。そして何より目を引くのは、不思議な、銀の瞳・・・。
射抜かれたように、動けなくなる。
タナトスはそんなの反応に、満足そうに微笑した。
「このまま連れていきたいところだが、今日のところは許してやる。迎えも来たようだしな」
「え・・・?」
何が何だか分からないうちに、解放される。タナトスの体はもう消えていた。
「だが忘れるな、おまえは私から逃れられはしない」
風の中に、言い残して。
「何だったの・・・」
緊張の糸がふつりと切れ、思わずその場にへたり込んでしまった。
「!」
「あっ、先生、兄さんも!」
愛弟子のことが心配というより、お腹が空いて迎えに来たアイオリアとアイオロスは、の様子に驚いて駆け寄ってきた。
「どうしたんだ、何があった?」
「あの・・・」
黒衣の死神、命を取りに来たこと、銀の瞳・・・。
迷って、その末、は「何でもないんです」と小さく告げた。
「何でもないことないだろう、おまえがこんなふうに座り込んでいるなんて」
「まあ待てよ、アイオリア」
アイオロスは問い詰めようとする弟の肩を掴んで止めた。
「ほら、これ持て」
地面に置いていた買い物袋をドサドサ持たせると、自分は片膝をついての頭に手を載せる。
「大丈夫ならいいんだ。帰ろうな」
「はい・・・兄さん」
師匠の兄であるアイオロスのことを、も「兄さん」と呼んでいるのは、アイオロス本人から望まれてのことだった。
立ち上がろうとしたところが、力強い腕に抱きかかえられ、思わず足をバタつかせる。
「にっ兄さん大丈夫、私一人で歩けるから!」
「だって小宇宙が揺れてるぞ。じっとしてろ」
「でも」
「いいから」
にっこり笑いかけられれば、それ以上固辞できなくて。はアイオロスにしがみついた。
「行くぞアイオリア」
「・・・ズルイな兄さん、の師は俺なのに」
ムッとした呟きは聞こえないようで、アイオロスは嬉しそうに歩き出す。しぶしぶ、荷物を持って後につく弟だった。
アイオロスに抱きかかえられていると、大きな安心にすっぽり包まれるようだ。はそっと目を閉じた。
小宇宙が揺れていると言われたけれど、確かにその自覚はある。でも、恐怖なんかではなかった。そんなものではなく、の小宇宙に最も鮮烈に刻み込まれたのは、銀の眼。
あの瞳に射抜かれたとき、胸に銀色の雫がさあっと広がり、瞬時に染み渡ったかのようだった。締め付けられるようだけれど痛くはなく、危険だと分かってはいるのになぜか甘く。
何だろう、この気持ちは。
自分にも分からないものを、まだ人には言えない。例え師やその兄にも。
は目を伏せたまま、心地良い場所に身を委ねていた。
「しくじったようだな、タナトス」
エリシオンに戻ったとたん、こう迎えられれば、思わず渋い顔にもなる。
「見ていたのか、ヒュプノス」
「心配でな」
「いいや暇なだけだろう」
金の瞳と髪を持つ兄弟神の横を抜け、タナトスは自分の神殿に向かおうとする。その背中に、眠りの神ヒュプノスは、尚もからかい半分の言葉を浴びせた。
「あの娘をそばに置きたいのなら、素直に愛を告げればいいではないか」
「そっそんなことができるか、人間の小娘ごときにオレの方から告白など!」
その小娘ごときに入れ込んでいるのはどこの誰だ。とヒュプノスは心の中だけで呟く。
「そうさ、簡単に手に入るような女なんぞいらん。ますます気に入ったぞ、必ず、オレのものにしてやる」
独り言にしては大きく言い放つと、足音も高く去っていった。
「・・・南冠座の、か」
可愛がっていたニンフたちのことも最近は顧みない様子で、ただ一人の人間の女に執心している。あんなタナトスは、長い時間の中でも初めて見た。
「その白銀聖闘士、私も興味がわいてきた」
フッと笑うと、ヒュプノスも自分の神殿に足を向けた。
・あとがき・
昔、「悪魔(デイモス)の花嫁」というマンガが大好きで、何度も何度も立ち読みをしていました。
ヒロインの美奈子ちゃんが悪魔デイモスに見初められるんだけど、カッコいいデイモスの「永遠の命と美」という誘いをキッパリと断るんですね。
それを下敷きに、ハーデスの「色の無い世界」の感じも混ぜて、タナトスドリームを組み立ててみました。タナトスのドリームを読みたいというリクエストもありましたので。私自身が悩んだり考えたりしていることも、織り込んであります。
ちゃんを聖闘士設定にしたのは、聖闘士は年若くてもハッキリと「大切なもの、守るべきもの」を持っているから。
普通の人だと、こんなにもきっぱり拒むことはできないのかも。
永遠の若さと命はいらないにせよ、辛いことも苦しいこともない極楽浄土って、魅力です。生を放棄したいとまでいかなくても、今いる場所から逃げ出したいと思うことはあるから・・・少なくとも私はちょっと、惹かれるなあ。
まあ、そんなのに惹かれる私に、タナトスの誘いなんてあるわけはないのですが!(笑)せっかく聖闘士設定にするのなら、黄金聖闘士の弟子にしちゃえと欲張ってみました。
師匠は、なぜかアイオリア以外考えられなかったのですね。運命や神に逆らう・・・って、エピソードGでそんなことをしているので、どうもそのイメージが強くて。だからちゃん、電撃系の技を使うの。
アイオロスのことも「兄さん」と呼んでいたりして、しかも二人に可愛がられていて、いいなあ。
ちなみに、女性の聖闘士の仮面は廃止という設定です。ヒュプノスも最後ちょっと出てきて、タナトスもちゃん落とす気満々で。
何だか続きそうな雰囲気ですねー。だって二人、全然くっついてないもんね(笑)。
気が向いたら、続編も書いてみたいですね。
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