だいじょうぶ



 飛びコウモリに乗って大空を翔け、闇雲を突っ切りチユウの国に降り立つ。
「あ、姫様だー!」
姫、ようこそ」
 道端で遊んでいた子供たちや、畑仕事にいそしむ老人が、寄ってきてワイワイとを取り囲んだ。
「こんにちは!」
 も嬉しそうにみんなと言葉を交わし、子供の頭を撫でてあげる。撫でられた男の子は大喜びで、の手を握った。
「姫様も、いっしょに遊ぼーぜ!」
「バカ、お館様に早く会いたいに決まってんだろ」
 別の子のませた言葉に、思わず頬を染める。
 その初々しさを、大人たちは微笑ましげに見守っていた。

 は、とある小国の王族に生まれた娘である。
 の国は古くからチユウと友好関係にあったが、その絆を強固にするため、チユウの「お館様」王仁丸のもとへ嫁ぐことになっていた。
 ときは乱世、身分の高い女性の結婚に政治の道具という以上の意味はない。
 だが、は幼いころから王仁丸のことを慕っていた。いずれ彼の妻となれるのは大きな喜びだったし、王仁丸も同じ気持ちだと言ってくれていた。
 お館様から特別にプレゼントされた飛びコウモリを友達のように大事にしていて、それに乗ってはこんなふうに一人でチユウを訪れていたのだった。
ちゃん! 来るなら連絡くれって言ってんだろ〜」
 忍者装束にくわえタバコの男がやってきたので、は笑顔を見せる。チユウは忍の国だ。
「月男」
 月男は、へらっとした外見とは裏腹になかなかの手だれで、3つのころから王仁丸に仕えていた。むろんとも旧知の仲であり、こんなくだけた言葉遣いを許されているのも、月男だからだ。
「俺、迎えに行くのに」
「大丈夫よ、がいるもん」
「・・・コウモリにそんな名前つけてんの、ちゃんくらいのもんだヨ」
 アポなしはいつものこと。月男はを、お館様の部屋へ通した。

「おう、。来たか」
 羅刹城の自室で、畳の上に寝転がっていた王仁丸は、を見ると体を起こしてあぐらをかいた。
「王仁丸さま、ご機嫌よろしゅう・・・」
 手をついて型通りの挨拶をすると、
「よっしゃ、外行くぞ外」
 早速立ち上がった王仁丸に連れられ、散歩兼国の見回りに喜んで同行した。
 空は澄み、風は優しく、二人のおしゃべりも弾む。
「お館様!」
「これは、姫もご一緒で」
「こんにちは」
「どうだァ、作物の出来は?」
 行く先々で集まってくる民たちに囲まれ、親しげに言葉を交わす。お館様を慕っているのはもちろんのこと、も、チユウの人々にとってはすでに自分たちの姫様だった。
 優しく賢い姫を、皆は好いていたし、お館様とお似合いだと誰もが口を揃え噂をしたものだ。
「近ごろ戦も落ち着いてるし、今のうち婚礼の支度を進めておくか」
 城に戻る道すがらの言葉に、は天にも昇りそうな気分になる。
 いよいよ、幼いころから夢見ていた花嫁衣裳を着ることが出来る・・・王仁丸さまの隣で。
「お前は、天下を取る男の奥方だぞォ」
「ふふ。身に余りますわ」
 笑って、瞳を合わす。天下取りに燃えている彼の眼が好きだった。
 そしても、信じている。王仁丸がこの乱世を終わらせてくるはずだと。
 天地王になった王仁丸の隣にいることを想像するだけで、喜びに身体が震えるようだった。
 そっと、王仁丸の手を掴む。体温の高い大きな手のひらが、姫のたおやかな手を握り返した。
 こうしていれば、何でもだいじょうぶって、思えてくる。
 太陽の祝福と大地の匂いに包まれて、心の底から喜びと安らぎを感じていた。

 ・・・あれほどに、幸せだったのに・・・。

 その後、大国ギイに攻め入り、深手を負って帰ってきてから、王仁丸の態度が変わってしまった。
 会いに行ってもそっけなく、しばらく来るなとまで言われたときには、目の前が真っ暗になる心地だった。
 肉体のみならず、精神的なダメージも相当大きかったのだろう・・・王仁丸の顔に巻かれた包帯を見て、はそっと、涙した。

 来るな、とは言われても、何週間も会わずにいると、禁断症状が現れてしまう。
 こんなに好きなんだから、仕方がない。
 もう日も沈みかけていたが、に飛び乗った。

「よく来たな」
 王仁丸は予想外に上機嫌で、を部屋に入れてくれた。
 今日はジンの国王たちを招いているそうで、賑やかな宴会の喧騒がここにも届いている。
「ジンには魔将軍がいる・・・奴を手に入れれば、天下を取るのも簡単だ」
「・・・王仁丸さま」
 には、戦のことはよく分からない。しかし魔将軍だか何だか知らないが、他力本願なんて彼らしくないと感じた。
、こっちに来いや、もっと近くに・・・」
「・・・・」
 逆らう理由もない。は王仁丸のすぐ隣に移動し、座った。
 片腕で抱き寄せられて、やっぱりいつもの感触とにおいだ・・・と安心する。
「オメーも、俺のモンだ・・・」
 王仁丸の口もとが、笑みの形に歪む。
「見るか・・・? 俺の顔を」
 包帯に、手をかけた。
「・・・・・!」
 それが解かれる前に、言いようのない不安と嫌悪に支配され、は震えながら王仁丸の腕を振りほどく。
「ごっごめんなさい、私、気分が悪くて・・・」
 取り繕うにしても下手すぎるセリフで、どうにか立ち上がり、その場を逃げ出した。

(・・・どうして・・・)
 廊下でふらつき、壁に手をつく。
 包帯の下を見るのが、怖かった。
 あんなに好きだって、言っていたのに・・・王仁丸に対する自分の気持ちとは、この程度のものだったのだろうか。
 哀しくて情けなくて、泣きそうだった。
 ふと、歩いたことのない場所にいる自分に気が付いて、は立ち尽くす。気持ちの乱れるまま城内を歩き回っているうちに、とんでもない所まで来てしまったらしい。
『牢に放り込む前に、血をいただいておくとしよう』
『ああ・・・魔将軍をだますのに、使えるだろ』
 不穏な空気に乗って耳に届くのは、怪しい話し声。
 思わず覗き見たは、息を呑み目を見開く。
 尖った耳、頬まで裂けた口から牙ののぞく化け物が、気を失っているらしい少年に喰いつこうとしている・・・!
 あまりにおぞましい光景に、声も出せずふっと意識を手放した。

「何だ、コイツ・・・」
「おヒメ様じゃねーか。・・・見られたからにゃ、放っとけねーな」
 化け物たちは、ぐったりとしているの体を抱え上げた。

「・・・うう・・・」
 頭がくらくらする。吐きそう・・・。
、気が付いても目を開けんじゃねーぞ」
「王仁丸・・・さま・・・?」
 真っ黒に塗りつぶされた意識が、王仁丸の声を聞いたことではっきりとしてきた。
「・・・怖い・・・」
 視覚を閉ざしていても、四肢がからめ取られ、自由を奪われているのは分かる。それに、何かがうごめく気配・・・しかも多数の・・・。
「いいか、目ェ開けずにじっとしてろ。そうしてりゃ、とりあえずだいじょうぶだ」
 言いつけは守って目を閉じたままのに、闇の恐怖が襲いかかる。全身から冷や汗が噴き出す不快な感覚に、必死で耐えた。
 押しつぶされそうな暗さの中、王仁丸の声だけが頼りだった。
「王仁丸さま、どこにいるの・・・」
「すまねぇ、俺も捕まっちまってんだヨ・・・。ここは蟲牢だ。俺としたことが、一か月も閉じ込められるなんてなァ」
「・・・一か月!?」
 ではさっき会ったのは!?
 一か月前といえば、王仁丸がギイへ攻め込んだ・・・あのとき、何者かに・・・?
「・・・っ・・・」
 閉ざしたままの目から、涙が溢れる。あとからあとから、こぼれ落ちた。
「お前だけでも、何とか逃がしてやりてェが・・・」
「・・・いいの、きっと罰なの・・・」
 泣いているのは、怖いからじゃない。
「どうした・・・?」
「私・・・、あなたがニセモノにすり替わっていることに、気が付かなかった・・・。ひどい傷を負ったっていう包帯の下を、見られなかった・・・!」
 悔しくて腹立たしくて、自責の念が涙となりとめどなく流れ出た。
「・・・気にすンな・・・。傷は本当にすげぇぜ、男ぶりも下がっちまったからよォ・・・仕方ねェよ。・・・無理して嫁に来なくてもいいから・・・」
『オメーも、俺のモンだ・・・』さっきのニセ王仁丸の冷たい声が、対照的に蘇る。
 やっぱり、王仁丸さまだ・・・。
 目にせずとも触れずとも、彼の温かさに包まれている実感が、の心を勇気付けた。
「王仁丸さまは王仁丸さまだもの・・・。私はあなた以外のお嫁にはならない。なりたくない」
・・・」
 王仁丸がの強く優しい心に触れ、微笑んだそのとき。
『うーし! よく寝た。目覚めバッチリだぜ!』
 隣から、やけに元気な声が聞こえてきた。

 隣の蟲牢に捕らえられていた少年は、後から知ったことだがジンの国王・倭天火で、驚くべきことに数も知れない蟲たちをたった一人で全滅せしめ、首尾よく脱獄を果たした。
 そこで王仁丸は、『行くんだったら、俺たちも連れていってくんねーか。カワイイお姫様もここに囚われてんだ、オメーも男なら助けてやってくれよ〜』などと声をかけ、生きてこの牢を出る望みを繋ごうとする。
 一か月も閉じ込められていたお館様とも思えぬ、緊張感皆無の口上に、は今の状況も忘れて吹き出してしまった。


 さてその後、ジンの国とめでたく同盟を結んで羅刹城に戻ってきた王仁丸と、はようやく二人きりの時間を持つことが出来た。
「やっぱり自分の部屋は落ち着くぜ」
 それはそうだ。あんな蟲牢に比べれば、天国と地獄くらい違う。
 結局は最後まで目を開けはしなかったけれど、無数の生物の気配と生臭さ、捕らえられた感覚は肌の上に禍々しく残っていた。でもそれも、王仁丸のそばにいるうちに、忘れ去ることが出来るだろう。
「本当に、大変だったわね・・・」
 王仁丸の顔に手を伸ばす。たくさん刻まれた傷の一つに、手を触れた。
「ハハッ・・・。一か月も休んでたおかげで、もう古傷だ」
 笑い飛ばした後で、少し、声のトーンを落とす。
「本当に、いいのか・・・こんなでも」
 命さえ惜しくはない自分にとって、怪我など何ほどのこともない。
 ただ、にとってはどうなのか、王仁丸は気がかりで少し怖かった。愛する者に去られる理由としては、十分なほどのおびただしい傷跡が、全身に残ってしまったのだから。
「・・・だいじょうぶ」
 見上げて、微笑む。
「王仁丸さまは、前と同じで、カッコいいもの」
 同情でも何でもない。本当に、ちっとも気にならなかった。
 彼の人柄や魅力や強さは、顔の傷なんかで損なわれやしない、ということがよく分かった。
「・・・なァ、
 そっ、と背を抱くようにして、顔を寄せた。
「体の傷も・・・俺のこと全部、見てくれるか・・・」

 小さな灯り一つだけ点した寝所で、布団の上にあぐらをかいた王仁丸は、忍の装束を脱ぎ捨ててゆく。
 オレンジ色の光が揺らいで、腕にも胸にも走る無数の切り傷を浮かび上げた。
「敵国の幼い命をかばったんだって・・・、月男から聞いたわ」
 ギイの鳥肌立つような城壁については、月男は触れなかった。姫は知らなくて良いことだ。
 汚れないままで、平和な国の王妃となればいい・・・そう、させてやる。
 王仁丸は、いずれ天下をおさめるための両腕を差し伸べ、を抱きしめた。
「王仁丸さま・・・」
 されるがままのから、花のような唇をも奪う。
「・・・お前のことも見たい・・・全てを・・・」
 口付けの余韻から抜け切れぬは、ストレートな求めに対し、即時の反応はままならなかった。
 もうすぐに嫁ぐ身、契り結ぶことにためらいはないが・・・。
「・・・恥ずかしい・・・」
 王仁丸は小さく笑って、唯一の灯りを吹き消してやる。
「だいじょうぶだろ・・・」
「・・・うん」
 二人は、闇の中で、固く抱き合った。






                                                             END



       ・あとがき・


ドリーム書く参考のために出していたジバクくんのコミックスをしまうとき、隣にあるタンバリンに気が付きました。そーいやアーミン熱再燃してから一度も読んでないなァ・・・と、久し振りに読んだんですが。
王仁丸カッコイイ・・・!
ということで、即ドリーム化です。

それにしても、コミックスの先生のコメント、何とも言えませんなー。
命削って書くとまで宣言したのに、二巻では「先に雑誌の方が休刊になってしまいました」って・・・(笑)。
何にせよ、アーミン先生が元気でいてくれて良かったです。これからもたくさん夢や奇跡を見せてください。
タンバリンの物語がその後どうなっていくのか、もちろん見たかったですけど・・・。

王仁丸のようなキャラはもぉど真ん中ストライクですよ。仁義に厚くて強い。いいよねー。
すごいキズ負ったけど、蟲牢を出た当初より顔のキズ減ったよね(笑)。
多分結婚しててもおかしくない年だろうから、最初は奥方設定にしようかとも思ったんだけど、姫って立場が大好きなので、小さな国のお姫様にしてみました。





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