「・・・、俺のにーちゃんと、会ってくれねーか」
男友達のリキッドに、「頼みがある」なんて珍しく改まった調子で呼び出され、何かと思えばいきなり拝むポーズでこんな話。
は、目を丸くした。
僕は僕なりの
天上界にて生を受けたは、リキッドがガマ仙人のもとにいた千年間のうち半分くらいの時間、彼と交流があった。兄たちのようにはっきりとした役目がなかったために、はがゆい気持ちで過ごしていたリキッドを、の存在はずい分救ってくれたものだ・・・もっとも、当人たちはそうとも思わず、時にはケンカしたり二人でガマ仙人にイタズラをしかけたりと、無邪気に付き合っていたものだが。
無論、は、リキッドの二人の兄・乱世と忍のことも、話に聞いて知っている。
冥界との最後の戦争も終焉を迎えた今、兄弟たちは天上界の一つ屋根の下で平和に暮らしていた。
「それはもちろん、構わないけど」
実際にお兄さんと会ったことはない。どんな人なのか興味はあったから、は笑顔で快諾した。
・・・それにしても、どうしてリキッドは、こんなに思いつめた顔をしているのだろう・・・ほとんど苦悩のような。
遠慮なくボコられたなんて話を聞いているから、彼が実兄に対しある種のおそれを抱いているのは分かる。
だがが「どうしたの?」と聞こうとしたとき、リキッドはいきなりガバッと頭を下げた。
「頼むッにーちゃんと付き合ってくれ。忍にーちゃん、に一目ボレだってゆーんだ!」
尋常ならぬ勢いに押されるが、あとずさった分リキッドは前に出てきて、更に迫ってくる。
「アノにーちゃんが女の子を好きになるなんて、後にも先にももうないかも・・・頼むよー!」
「ちょっと、抱きついてこないでよ!」
しがみついて懇願してくるリキッドを払いのけながら、の中では「一目ボレ」という一言が、きらめきを放って点滅していた。
(一目ボレされるなんて、初めて・・・。私も捨てたもんじゃないってことね)
必死の形相のリキッドとは対照的に、ニヤついているだった。
忍といえば、二番目のお兄さん。
リキッドはお兄さんについてあまり多くを語ったことはないけれど、おとなしい人だ、とは聞いていた。
自分とは似ていない、とも。
気が合いよく遊んでいるのに関わらず、リキッドが恋愛対象にならないのは、あんまりやんちゃでガキっぽいから。そのリキッドと似ていない、ということは、お兄さんはきっと落ち着いた大人の男性・・・。
(理想の王子様、だったりしてー)
早速明日会う約束をして帰ってきたの頭の中で、王子像がどんどん美化され広がって。
ベッドの中でニヤニヤクスクス、なかなか眠れそうになかった。
さて次の日、オシャレしてそれなりに気合を入れ待ち合わせ場所に向かったを迎えたのは、リキッドの他に体の大きいあんちゃんと、小さな男の子だった。
「一番上の乱世アニキと、一番下のヒーロー」
リキッドの紹介が終わるか終わらないかのうち、一番上の兄貴がその大きな手でがしっと手を掴んできた。
「どーもちゃん。いっつもヤンキーと仲良くしてくれててあんがとな」
この人が、リキッドをポコポコ殴るお兄さん・・・。でも、社交的で気さくな人といった感じ。
「忍ニーニのこと、よろしくなー」
末っ子くんは可愛い。
は、二人とよろしくの握手をすると、不思議そうに辺りを見回した。
「それで、忍さんは?」
当人の姿がないとはどういうことか。
「・・・・」
リキッドが無言で指さす方向を見ると、向こうの木の陰に、何か黒い人影が・・・。こっちを、窺っている・・・?
「・・・!」
見てはいけないもののような気がして、は反射的に背を向けた。だが視線を感じ、背筋がゾクッとする。
「な、何であんなところに・・・」
冷や汗が首筋を伝う。
「・・・エート、ちょっと照れ屋さんなんだヨ」
リキッドがはっきりそうと分かる作り笑いを浮かべながら取りなしている間に、乱世がダッシュして木の陰から弟を引っ張り出してきた。
「ハハ・・・ちゃんに会うってんで、キンチョーしてるみたいで・・・。ホラ忍、第一印象が大事だぞー」
黒いヒトをの前に押し出す。
青白い顔をした、黒い服の男の人。黒髪に隠れていない方の目も、決して合わせようとはしない。
これは緊張だとか照れ屋さんだとか、そういう域を超えている。
初対面のリキッド兄に対して、不気味なものを感じつつ、一応、
「あの、初めまして・・・」
右手を差し出したの目の前に。
バシュ・・・!!
鮮血が、飛び散った。
「自殺マニア・・・ふぅーん・・・」
あきれ果てて、それ以上の言葉はない。
「いや・・・でもさ、忍にーちゃんにも、いいとこあんだよ」
乱世が慌てて止血を施し、ヒーローがぶわーんと泣いているという阿鼻叫喚の中で、リキッドが必死に取り繕おうとしている。
「へえ・・・いいところって?」
「・・・エート・・・」
「間が開きすぎ、そして目が泳いでるっ!」
二番目の兄のことが、よーっく分かった。
もうここに用はない。は肩を落として、きびすを返した。
「ち、ちょっと待てって、思い出した忍にーちゃんのいいトコロ!」
リキッドは必死で追いすがり、の肩を掴んだ。
「忍にーちゃんはなー、見えねーモノと話が出来るんだぜ! コックリさんで・・・」
「−さよならッ!」
要するに自殺マニアの暗くて変な奴。全ッ然、好みじゃない!
(王子様と出会えるのはまだまだ先のようだわ・・・)
「ちゃん、行かないでくれ!」
「ネーネ!」
手当てを終えた乱世に後ろから、ちみっ子のヒーローに前からしがみつかれて、動きが取れない。
「頼むッ、一度だけでもいーから、デートしてやってくれ」
「俺からも頼むよ、。後でお前の好きな、オゴってやっから!」
はちょっと魅力だ。
一瞬だけグラついた気持ちは、しかし一秒後にはふれ戻っていた。
背後に、恐怖の影と視線を感じたから・・・。
(し、死んでなかったのね・・・)
自殺しそこねた男が、今度は乱世の背後からを覗き見ている。
「おー、忍の奴、もうちゃんに憑いていく気満々だなーっ!」
朗らかに何を言うんだ長兄。
「ハハッ、忍にーちゃんは相当執念深いから、もう逃げられないぜっ、」
フザけてんのは顔だけで十分だヤンキー。
「絶ーッ対、無理無理!! 大体あんたたち、そのヒキコモリを何とか片付けたいって思惑がミエミエなのよ!!」
「うっ・・・」
図星だけに、長男と三男は言葉を失ってしまう。
だが、正面からしがみついていたちみっ子が、きょろんとした瞳で見上げてきて、
「忍ニーニは、ネーネのことがだいすきだぞー」
そう、に告げたとき。
子供ならではの純粋さに、はつい、ほだされてしまった。
かくして−。
(・・・なんでこんなコトに・・・)
「散歩でもして来いよ」なんて追いやられ、とうとう二人きりにさせられてしまった。
とりあえず野原など歩いているのだが・・・これは散歩なんて呼べたものじゃない。
何しろ忍は常にの背後につき、振り向こうとするや即、木の陰に隠れてしまうのだから。
「フツーに歩けないの!?」
たまりかねて発した声には、あからさまな怒りが滲んでいる。押し隠すような遠慮の必要性を、は全く感じていなかった。
「・・・フツー、って・・・?」
「・・・せめて、並んで歩くとか」
返事があったことに内心驚いていたから、思わず心にもないことを言ってしまった。
忍の動揺は、気配だけでもしっかり伝わってきた。
「と、隣に立ったりしたら・・・、今でもこんなにドキドキなのに・・・忍、手首切っちゃうよ・・・」
「・・・勘弁してよね」
出かけるとき、乱世に「切ったらこれで止血してやってくれ」と応急手当セットを差し出されたが、は断固拒否した。
次に切りでもしたら、捨て置いておくつもりだった。
(まったく、何なのこれは)
ストーカーにつきまとわれているような気分だ。リキッド以外の男の人と二人きりなんて、実は初めてなのに。苦痛でしかないなんて・・・。
「あっ!」
右足に軽い衝撃が走り、視界が大きくずれる。同時に体のバランスが崩れた。
「・・・・!」
考え事をしていたせいで、木の根っこにつまづいてしまったの、あわれ地面にバッタリ伏してしまう身は、忍によって救われた。
背後から両手を差し伸ばし、しっかりと抱きかかえることで。
「−−!!」
おかげで、カッコ悪く転ぶことは免れた。
体勢も、しっかり立て直すことが出来た。
・・・でも。
離して、くれない。
の身体に回された両腕は、いささかも緩められはせず、もまた抵抗を示しはしなかった。
男の人に包み込まれて抱かれている。その事実だけで、頭の中が真っ白に塗り替えられてしまう。
「・・・の心臓も、ドキドキしてるよ・・・」
激しい鼓動が、腕越しに伝わっている。
「・・・良かった。ドキドキしてるのが、忍だけじゃなくて・・・」
静かな声が、の胸を余計に締めつける。
「・・・忍・・・」
思い切って、首を曲げるようにして仰ぎ見たら。
ドキッとするほど端整で、ハッとするほど白い肌に髪と瞳の黒が映えていて。
そして−。
ブシュー!!
・・・もっと鮮やかな赤色が、差し込まれた。
「・・・リキッドと一緒にいるところを見て・・・、可愛い子だなって」
二度目の自殺をしかけた忍を、は当初の予定通り見捨てて行こうとしたのだが、しばらく歩いていたら彼は平然と後を追いかけてきた。
止血を自分で出来るんじゃないか、乱世たちは過保護だ。絶対この人、本当に死ぬ気なんてない。
両手首に包帯を巻いた忍と、は、今は背中合わせになって草の上座している。
慣れるまでは、顔を合わせない方が良さそう。・・・お互いのために。
せっかく、カッコいいのにな・・・。さっきの忍の顔を思い出して、少々不満を感じているだった。
「さえよければ・・・、忍、一生憑いていく覚悟だから・・・」
それは告白? それが告白? もしかして。
理解に苦しみ返事ができないの背後で、忍は指にくるくると草を巻きつけては離すのを繰り返していた。
「・・・君の言う『普通』には出来ないかも知れないけど・・・」
すうっと風が吹き抜ける。光の中揺れる木を、は目を細めて眺めていた。
背中が、あったかい。
「忍は忍なりに、愛したいと思ってるから・・・」
「ついていける自信、まるでないわ悪いけど」
触れ合っている背中越しに、忍のガックリしたさまが伝わってくる。はひそかに笑っていた。
「・・・でも、私も、私なりに・・・」
やわらかな気持ちになって、膝に置いていた手を下ろす。地の上にある忍の手に、そっと、重ねた。
目を合わせるより会話するより、触れ合うことで伝えてあげる。
「・・・ありがとう・・・」
二人は真逆を向いていながら、同じ優しさで、微笑んでいた。
「・・・そ、そうだ、今度、食べに行こうか・・・」
「忍がオゴってくれるなら、いいよ」
「・・・オゴるよ」
ぽつ、ぽつと交わす言葉、空間を共有していることが、今ではにとっても心地良いものとなっている。
晴れやかな心を映すように澄み、どこまでも広がる空を見上げたら、忍の肩の下に、頭がこつんと当たった。
−あたしたちなりの、恋が始まる−
新しい予感はの心の中、跳ねて転がって、炭酸みたいに、弾けた。
END
・あとがき・
「彼なりの愛し方で愛されたい」というリクエストをいただいた、忍です。
そのコメントを見たとたん、チャゲアスの「僕は僕なりの」という歌タイトルに結びつき、イメージが広がりました。
大枠しか決めずに書き始めたけど、うまいことちゃんが動いてくれました。もう少し大人向きになっても良かったかなと思ったけど、爽やかな話でまとまっちゃった(笑)。
前作もそうだったけど、どうも忍のお相手は少し勝気な感じになってしまう。・・・当然といえば当然かな、しっとりした同士じゃ話が進まなさそうだしね。
リキッドと友達同士というのも、ひそかなポイント。
コミックスでは最後、胎児でしたが、私のドリームではいつどうやって元に戻ったのかなどと考えてはいけません(笑)。
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