「お待たせ、スイッチ」
 軽く手を上げながら駆け寄ると、待ち合わせ場所のベンチに座ってノートパソコンに向かっていた彼は、そのまま立ち上がった。
『待ってないゾ。じゃあ行くか、
 専用ベルトで肩から吊ったパソコンから、合成の音声が流れる。
 私の彼氏――スイッチこと笛吹和義くん――は、いつもこうやって、パソコンを使って喋る。


 ボクのことを知って


『今日も可愛い格好してるwww』
「そりゃー、デートだもんね。気合い入れました」
 お気に入りのワンピースをひらっとつまんで見せると、スイッチは眼鏡越しの目を優しく細めた。
『でも、化粧はもっとナチュラルな方が……いや、スッピンの方がいいかな』
 カタカタカタ、キーボードが鳴る。
「そんなぁ。メイクも頑張ったのにー」
 こっそりお母さんのパレットを拝借して、夜な夜な練習をした成果だってのに!
 ムクれる私の頭に、ぽん、とスイッチの手が置かれる。
『化粧なんてしなくても、は可愛いってことだよ』
 空いている左手だけでカタカタ打っているのに、パソコンから発せられる音声は変わらずよどみがない。
 その器用さに感心しつつも、言葉の内容にほっぺが熱くなる。
 機械越しだから恥ずかしいセリフも簡単に言えちゃうのか、それともスイッチが元々そういう人なのか、未だに私には分からない。
 ただいつもこの合成音声に翻弄されているようで、ちょっぴり悔しかったりする。
「今日は買い物に付き合ってもらうからね」
『合点承知』
 私と背の高いスイッチは、並んでショッピングモールへ突入してゆく。

「これは?」
『短すぎる。はしたない』
「言うことがお父さんみたいなんだけど。っていいから父性キャラは」
 つけヒゲつけてるし。
 私は軽くツッコミつつ、別のスカートを引っ張り出した。
「じゃあこれ」
 一応言うことを聞いて、ちょっと長めの花柄ひらひらスカート。
『似合いそうだな。試着してみればいい』
「うん。着替えたら見てちょうだいね」
『ああ。ここで待ってる』
 うきうきしながらフィッティングルームへ向かう。店員さんや他のお客の物珍しそうな視線に、気付かないわけじゃないけれど、慣れているからスルー。
 そりゃ、パソコンを通してしか喋らないなんて、奇異でしかないものね。じろじろ見られるのも当然だよね。
 別にいい。私は全然気にしない。

 彼が自らの声で話さない……話せない理由を、私はスイッチ自身から聞いた。付き合い始めて間もなくのころだった。
 家族の中でぬくぬくと生きてきた私にその告白は重く、私はただ涙を流すことしか出来なかった。
『泣かせたかったわけじゃないんだ』
 スイッチはいつもの冷静さを崩さずそう言い、私の頭を撫でてくれた。
『ただオレのことを知ってもらいたかった。……のことも、聞かせてくれないかい』
 涙で曇った視界の中で、スイッチが笑いかけてくれている。
 私は涙をのみこんで、ふるっと頭を横に振った。
「私なんて……私のことなんて、全然大したことは……スイッチに比べれば……」
 良い意味でもそうでない意味でも、私は何も持っていない。才能も、過去も。
 スイッチの指がキーボード上を自在に駆けるのを、私はぼんやりと眺めていた。それはすぐに音声に変換され、言葉として紡ぎ上げられる。
『比べられない……比べられるものじゃない。にはだけの価値観や才能や、悩みがあるはずだから……オレは、そういうのに惹かれたんだと、思う』
 パソコンの音声が、なぜこんなに熱っぽいのだろう。
のことを、何でも聞かせてくれないか。たとえが些細なことだと思っても、オレは全部、聞きたい』
 なぜこんなに、真摯で優しいのだろう――。
 胸が詰まったようになって、苦しくて、私は思わず手を伸ばした。キーボードの「U」を、続けて「N」を二回、押した。
『……うん』
 その日から、私たちはたくさんのことを話し合うようになった。
 小さなことでもごく個人的なことでも、くだらないギャグでも真面目に考えたことでも。躊躇することなく口にしたし、相手の話には耳を傾けた。
 私たちはお互いにとって良い話し相手だった。
 会話を通じて、もっともっと知り合える。親密になれる。

 今も、買い物の後で入ったファストフード店で、私たちの会話はあっちに行ったりこっちに転がったり、尽きることがない。
「でね、私、これでも結構部長に期待かけられてるみたいで、ちょっとプレッシャーもあるんだけど、この間も……」
 部活の話になると、つい熱くなってしまう。
 私知ってる。スイッチがそういう私を、だてメガネの向こうの瞳で嬉しそうに見つめていること。
 私は話して良かったと思い、満たされた気分になる。

 可愛いスカートも買えたし、思う存分お喋りも出来たしで、今日のデートは大満足。
 駅に向かう帰り道、人通りの少ない道で、スイッチが手を繋いでくれた。
 大きくてあったかい、手。
 見上げると、スイッチもこっちを見下ろしてくれるから、ふわふわの気持ちでいっぱいになって、笑う。笑い合う。
 嬉しさと幸せを、じんわり、噛み締める。
「今日は楽しかった。ありがとう」
『オレも楽しかったよ。また明日、学校で』
 カタカタ、手元を見もせずに打ち込んで、笑顔をくれる。
 バイバイするのは名残惜しくて寂しいけれど、スイッチの言う通り明日また会える。そしてまた、たくさん話をするんだ、私たち。
「うん。じゃあまた明日ね!」
 元気に手を振って、私は改札に駆けた。
 振り向くと、スイッチが手を振ってくれていた。


 ――気付いているかい?
 ただ一つだけ、オレが君にまだ伝えていない言葉があることを。
『好きだ』
 0と1とで構成された声は、たやすく放たれ、オレしかいない部屋に空しく漂う。
『スキダスキダスキダスキダ』
 発するだけなら簡単なんだ。こんなふうに、いくらでも。
 そして、こんなものでも、は素直に喜んでくれるのだろう。
 だけど――。
『スキd』
 指が止まる。オレはそのまま、ベッドに倒れこむ。
 この言葉は……この言葉だけは、自分の口から、自分の声で、伝えたいんだ。
 いつ、それが出来るのか、分からない。そのときには、オレの隣にいてくれるんだろうか?
 目を閉じればすぐに浮かんでくるの笑顔。かき抱きたいような狂おしさはしかし、さっと通り過ぎ、気恥ずかしさだけが残される。
 オレは少しだけ窓を開けて風を入れ、全身を冷やした。

 
 明日もたくさん、話をしような。






                                                             END



       ・あとがき・

スケダン、最近きてます。アニメ化も決まったことだし。
ジャンプ読みつつ、ちょこちょこコミックス買ってます。娘も喜んで読んでるよ。
まだ全巻は読んでないけど、一番笑ったのはボッスンが透明人間になる話。ゲラゲラ笑った。
透明人間とか子供になっちゃうとか男女入れ替わりとか、そのベタさが好きです。使い古されたパターンを面白く描いているっていうのが。
セルフライナーノーツなど読むと、作者さんが本当にこの作品やキャラを大切にしているんだな、というのがよく分かります。
それから絵柄も好きです。スッキリした線で綺麗。女の子も可愛い。

一番最初に買ったのが五巻で、それというのもネットでスイッチの過去ネタバレをちらっと見たらどうしても読みたい衝動が抑えられなかったんですね。
切なかったなぁ……。
すぐにこのドリームネタが浮かびました。もはや病気です私。
スイッチの、『〜かい』という話し方が好き。
いつかちゃんに「好きだ」と言えたらいいなぁ。






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