雨なんて降る予定じゃなかった、少なくともの中では。
 だから何の装備もなく街へ出たのに。
 ザーッ・・・
(・・・ついてないっ・・・!)


  雨やどり



 ブックショップの軒先で雨やどり。激しい雨足というでもないが、傘なしではちょっと厳しそうだ。
 さっき買ったCDを一刻も早く聴きたくてウズウズしている身に、この足止めは痛い。
 通り雨でありますように・・・祈りながら、空をうらめしげに見上げる。
 アスファルトに砕ける雨粒の音たちも、それなりに音楽的だと言えるかもしれないけれど・・・。
 自動ドアの開く音がして、お店から誰か出てきたのを認識してはいた。
 だけれど、声をかけられるとは全く思っていなかったから、
「急いでいるなら、どうぞ」
 と傘を差し出され、はびっくりリアクションを取ってしまった。
「えっ、と、あのっ」
 戸惑う間にも黒い傘を渡されて、受け取ってしまう。
 真面目そうというか、公務員の休日、といった感じの男の人で、
「俺はすぐ近くだから」
 と本の包みを小脇に抱えて今しも走り出そうとしている。
「でも、返すときは・・・」
「返さなくてもいいよ」
 がそれ以上何かを言うのも待たず、もう雨の中に駆け出して行ってしまった。
 ニコリともせずに・・・でもそれが、には不思議と引っかかる。
 雨の音が、余韻のように心にしみてきた。

 そんなことがあって以来、はその本屋さんをまめに覗くようになった。
 あの人にまた会えるかもしれない。そうしたら、お礼を言って、傘を返す約束をして・・・。
 考えていると、ひとりニヤけてしまって怪しいから、思考を切り替える。
 あの人は、どんな本を読むんだろう。あのとき買っていたのは、何の本だったのかな・・・。
 店内をこうしてブラついていれば、また会えるかな。
 もし会えたら・・・。
 思考がループしているのに気付いて、苦笑いのだった。

 の想いが通じたのか、ある日とうとう、彼を見かけた。
 その日も天気はあいにくで、店内には雨の匂いがけだるげに漂っていた。
 棚の本に手を伸ばしている彼の横顔を見て、本当に叶ってしまった動揺を押し隠しつつ、どうアプローチしたら自然なのかについて、は考えていた。
(アレだ、ベタなドラマのように、「偶然同じ本を取ろうとした」って感じで・・・)
 普通に「この間はありがとうございました」でいいだろうに。
 横から手を出して、いきなりがっしと本を掴んだものだから、さすがの伊出も驚いた。
 顔を見たら、忘れもしない、前に傘をあげた子だったので、二度驚いた。
 あのときは単に、急いでいるふうの人に何も考えず傘を渡してしまったけれど。
 後から、結構可愛かったかもな、なんて思ったりもしていたから。
 目の前で「偶然ですね、私もこの本買おうと思ってたんですよ」と、なぜかセリフのように言って笑っている彼女を見て、胸にずんと来るものを感じていた。
「・・・じゃあ、これは譲るよ」
「でもそれだと悪いから・・・、他の本屋さんに探しに行きませんか」
 誘いなのだろうか、これは。なんて考える暇もなく、頷いた。
 それぞれの傘を広げ、遠慮がちな距離を保って歩き出す。
 二人の姿は、雨霞の中へと消えていった。

 −これが、と伊出さんの、なれそめ話。

「フーン、いいなー。チクショー、まさか伊出さんに先越されるとは思わなかったーー!!」
 心から悔しそうに絶叫したかと思うと、松田はグビグビとビールをあおった。
「あ、戻ってきましたよ」
 一番若手の山本が制すると、皆いっせいに口を閉ざしたが、かえって手洗いから帰った伊出を不審がらせた。
「・・・まさか、余計なことを喋ったんじゃないだろうな」
 元の席に戻り、隣にいるの顔を見ようとすると、目を逸らされた。
 見回すと、山本も松田も相沢も、何となくニヤついている。模木だけは口をへの字に、無表情を決め込んでいたけれど、伊出は自分たちの出会いがバレてしまったことを悟って額を押さえた。
 ・・・いや、そもそも、彼女が出来たんだと、松田に話してしまったのが間違いだったのだ。
「伊出さんに彼女!? ウソでしょー!? ・・・じゃ今度会わせてくださいよ」
 と言われて、見返してやりたい気持ちもあり今回の飲み会に同席させたわけだが。
「バッチリ聞きましたよー。絶対、ちゃん狙って傘貸したんでしょ」
「なかなかやるなー、伊出も」
 結局、よってたかってはやされて、酒の肴にされてしまったこの状況、恥ずかしくて仕方ない。
 だって、面識もないのに図々しいこんな野郎どもに冷やかされては、いい気はしないだろう・・・。 
 不快にさせたのではと心配する伊出をよそに、は皆と一緒になって、笑っていた。
(・・・ま、いいか)
 心から楽しそうな笑顔を見れば、自分もつい、微笑んでしまうのだった。
「伊出さん、前、大恋愛したことないって言ってましたよねー」
 また松田の奴、余計なことを。
 煙たくはあったが、やり返してやれと、伊出は余裕を装って答えた。
「・・・ま、初めての大恋愛、かな」
「・・・くうーーーっ!!」
 松田はさすがに悔しがり、座が一段と盛り上がったことは、言うまでもない。
 皆が騒ぐ中、伊出とは目を合わせる。
 そして、二人だけ、こっそり微笑み合った。

 それ以来、松田は、常にスペアの傘を持ち歩くようになったとか。
 ブックショップにも足繁く通うようになったが、成果のほどはといえば・・・、定かではない。


 梅雨の季節を迎えて、約束していた今日の午後もまた、雨模様。
 だけどあの日以来、は雨の日が大好きになっていた。
「英基ー!!」
 待ち人の姿を見るやその傘の下に走りこむ。自分の傘は閉じたまま、歩き出した。
 雨が周りの景色を霞ませる。
 たくさんの粒が傘に跳ねて、軽快なBGMを奏でてくれていた。
 寄り添って話したり、笑う彼女を見ていると、今まで知らなかった幸福感に包まれる。
 そんなとき、伊出は、ニアが勝って本当に良かったと、改めて、思うのだった。
 ここに、生きている。大切な人を見つけて、生きている。
 自分ひとりの持つ力なんて、ほんの小さなものだけれど、を、この笑顔を守るために生きていけたら・・・。
 それが今の望みであり、こう思える自分を誇らしくも幸せだと感じるのだった。
「映画、楽しみだね」
「・・・ああ」
 苦しいほど一杯の胸で、笑みを返す。
 もにっこりして、あとは相合傘で歩いてゆく。
 二人並んで、雨の中を。






                                                                END





       あとがき

ずーっと書きたかった、伊出さんドリーム。
この話のプロットも、かなり前に作っていました。ようやく形になって嬉しいな。
私、作品を好きになると、その登場人物全てに愛を注ぎますので。マイナーキャラを書きたいという気持ちはいつでもあるんですよ。
あ、私の言うマイナーキャラというのは、本編で出番が少ないという意味ではなく、ドリームにおいてあまり扱われないキャラという意味です。
伊出さんも、せっかく生き残ったので、大恋愛もして幸せになって欲しいなぁと。

「雨」に幸福なイメージがついたのは、ASKAの「はじまりはいつも雨」という歌を知ってから。
それ以来、私の小説の中では、二人の親密度や幸福度を高めるシチュエーションとして雨を使うことが多くなりました。
湿っぽいとか暗いとか憂鬱とかじゃなくて・・・。
相合傘で歩けるから、雨も悪くないね、って。






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