17の頃











 物心ついたとき、この島にヒトは自分ひとりしかいなかった。
 だけど決して寂しくはなかった。カムイじいちゃがという名前をくれ、大事に育ててくれたし、動物たちも皆、おしゃべりしたり遊んだりしてくれる友達だったから。
 が10歳を過ぎたとき、浜辺に男の赤ちゃんが流れ着いたのを、じいちゃが発見した。
 そのときからこの子、パプワは、の大好きな弟となった。

 そして、ゆったりと時は過ぎ。

「わーう、わうわう」
「あらチャッピー」
 戸口を振り返ると、チャッピーは得意げなポーズで首のところを自慢している。
 はパプワのパンツを縫っていた手を休めた。近づいてきたチャッピーの首輪についている見慣れぬものに触れ、首をかしげる。
「どうしたの、これ」
 美しく輝く、青の玉。
「・・・これは・・・」
 記憶の中の赤い玉と符合するのに、時間はかからなかった。
「パプワ?」
 弟の声が外から聞こえていたので行ってみると、仁王立ちのパプワの指示に従いせっせとお風呂の支度をしている、長い黒髪の、ヒトがいた。
 逞しい背中に、は心を揺さぶられる。それは今まで経験したことのない気持ちだった。
 無理はない。にとって人間の男を見たのは、これが初めてだったのだから。
「風呂の温度は41度だぞ」
「へーいへい」
 やる気ゼロの返事をして、男は割り終わった薪を抱え身を起こす。
 その瞬間、目が合った。
 これがシンタローとの出会いだった。

 青い石を持ってこのパプワ島にやってきたシンタローは、よほどここが気に入ったのか、パプワハウスに住み着き、家事一切を進んでやってくれるようになった。・・・というのはの都合よい解釈で、秘石を返してもらえないシンタローがしぶしぶ居座り、なし崩し的に炊事洗濯をやらされるハメになったというのが真相なのだが。
 にとってそんなシンタローは、兄貴分というのとも、友達ともちょっと違った存在だった。といって、「男」として意識していたわけでもない。最初に感じたときめきも、すぐに忘れてしまった。
 では何かというと・・・「おもちゃ」というのが一番的確だろうか。
 シンタローで遊ぶのは、楽しかった。
 シンタローを慕ってガンマ団というところからはるばるやって来たシンタローのお友達(この辺にもの勘違いがかなり入っている)と遊ぶのも、面白かった。
 ともかく、このところヒトが増えて、ごきげんのだった。

「シンタロー、遊ぼうよ」
「俺は洗濯で忙しいの! パプワたちと遊んでろよ」
「だってパプワとチャッピー、ウミギシくんとウニテニスやるって行っちゃったんだもの。私、あんな遊びはできないわ」
「ウン俺もやりたくないね、アレは」
 と言いながらタライの中一心にゴシゴシやっている。よほど家事が好きなのだなとは感心していた。
「つまんないの。いいわミヤギくんたちのとこに行くから」
「暇なら手伝えよ・・・ってもういねえし」
 仕方なく作業を続ける。
 はミヤギたちのところに行ったのだろうか。
(しっかし俺は呼び捨てで、ミヤギは「くん」づけかよ。ま別にいいけど)
 洗濯に没頭すると、ブクブクブクブク、虹色の泡がとめどなく溢れた。

「あらちゃん、こんにちは」
「今日もいい天気ねぇ」
「イトウくんタンノくん、こんにちは」
 この二匹も古くからの友達だ。
「シンタローなら家の前で洗濯中よ」
 彼を大のお気に入りのイトウくんたちのために、親切に教えてあげると、彼らはいそいそもじもじし始める。
「じゃ、今日もアピールしちゃおうかしら」
ちゃんったら、シンタローさんと一つ屋根の下・・・羨ましいわね、コノコノ、コノコノ」
「コノコノ、コノコノ」
 両脇からつつかれれば、くすぐったいを通り越してちょっと痛い。本気だこの二人。
「でも私、シンタローとは何でもないんだから」
「ホントかしらねぇ〜」
「まっちゃんはまだまだ子供みたいなものなんだから。私がオトナの魅力で、シンタローさんを落としちゃうわよ」
「ズルイわタンノちゃん、私だって〜」
 ぬめぬめ、ぴちぴち。カタツムリ&鯛が行く。
 数分後、「眼魔砲!」という大声と大爆発、そしてイトウとタンノの悲鳴が響き渡ることになるのだが。
 そのころには、もうはミヤギとトットリのもとに到着していた。

「ミヤギくんトットリくん、あそぼー!」
ちゃん」
 元気いっぱい飛び出してきた少女に、第一と第二の刺客は思わず表情をゆるめる。
 標的であるシンタローと共に暮らしているを、最初こそミヤギたちも警戒して近付けようとしなかったが、結局彼女のペースに巻き込まれた形で何となく仲良くなっていた。
 もっとも本人たちは「あの娘を懐柔して、秘石の情報を聞き出すんだ」とそれぞれのお国言葉で言い張っているのだが。
「遊ぶって、何して遊ぶっちゃ?」
「えーとねぇ・・・」
 顎に人差し指を当てて真剣に考え始めるのを、ミヤギは呆れたように見ていた。
「おめ、もう遊ぶって年頃でもねえべ。もうちょっとこう・・・」
「あっそうだ、お友達めぐりをしようよ! 一番多くの友達と挨拶した人が勝ち。よーいスタート!」
「・・・人の話聞け」
 相変らずせわしない娘だ。
「ミヤギくん、ぼくらも行かんと負けるっちゃ」
「本気でやるつもりかァトットリ・・・」
 やる気満々の親友に、ため息と一緒に肩を落とすミヤギだった。

「シミズくんこんにちは!」
「やあこんにちはちゃん」
 土の中からむくっと顔を出したミミズのシミズくんで、14人(匹)目だ。
「順調順調ー。コージさんこんにちは!」
 この島に居ついたヒトのうち、一番体の大きいコージが、ナマヅメハーガスくんと一緒にいるのを見つけ、は明るく声をかける。
「おー、相変らずちっこいのォ」
「コージさんがおっきすぎるんだよ」
「いっぱい食わんとナイスバディになれんぞォ。・・・そーいえば腹減ったのォ。メシにするか、ナマヅメハーガスくん」
 この人いっつもごはん食べてる。
「あっアラシヤマさんこんにちは!」
 黒づくめの格好をしたもう一人のヒトにも同じように挨拶をするが、相手はびくうっと体を震わせた。目線はさまよい、口の中でモゴモゴ何かを言っているようだけど聞こえない。
「今、お友達めぐりをしているの。一緒にどう?」
 お友達・・・一緒に・・・。
 アラシヤマのバーニングポイントを的確につく単語がいっぺんに二つも放たれたものだから、オーバーヒートで動けなくなってしまった。
 はもうすでに次のお友達を求め、その場からいなくなっていたけれど。

 こうして島中を歩き回り、お友達に挨拶して回っているうち、早くも空が赤く色づいてきた。
「そろそろ帰ろうかな」
 最初にミヤギとトットリに声をかけていたことはすっかり忘れ、はそのままパプワハウスに戻った。
「ただいまー。あー汗かいた」
「遅かった・・・な」
 シンタローは不自然に言葉を途切れさせ、目を逸らしてしまう。
 のシンプルな白ワンピースが、汗で肌にぴたりと張り付いているのを、とても直視できなかったのだ。
「風呂わいてるから、先に入っちまえよ」
「? うん」
 いつもと違うぶっきらぼうな調子に気おされつつ、お風呂に向かう。
 服を脱ぐとき、自分の体を見下ろして、ああもしかしてこれだったのかな、と気付いた。
 気付いたらなぜか、胸がドキドキした。
 一番最初にシンタローの背中を見たとき感じたあの気持ちを不意に思い出した。よく似ている。同時に、耳の奥に、今日言われたさまざまな言葉が蘇った。
ちゃんはまだまだ子供みたいなものなんだから−
−おめ、もう遊ぶって年頃でもねえべ−
−いっぱい食わんとナイスバディになれんぞォ−
(・・・私、もう、子供じゃない・・・)
 丸みを帯びてきた身体を、お湯に沈めた。

 夜になり、パプワハウスの四人の住人たちは、一日の労働もしくは遊びで疲れた体を、いつものように布団へ横たえる。
 だがシンタローは、なかなか眠りにつけなかった。パプワやチャッピーの規則正しい寝息を聞きながら、寝返りを打つ。
 まぶたの裏に、の姿が浮かんで消えない。
 淡い想いを、自覚してはいた。そこに今日のあの姿を見てしまっては・・・。同じ家に寝ていることが、苦しくなってくる。
(・・・・)
 そっと、起き上がる。少し離れたところで壁に向かい眠っているを少しの間見つめてから、シンタローは立ち上がり、こっそり家を抜け出した。
(・・・シンタロー?)
 は静かに目を開ける。闇を透かして、シンタローが出て行くのを見ていた。
 気になって仕方なくて、とうとう起き上がり、後を追ってみる。
 夜に出歩くことは、これまでほとんどなかったけれど、ひんやりと肌に触れる大気もしっとりした闇も、眠っている植物たちの濃い息づかいも、の気に入った。
 何よりも星。空一面を彩る星々がひとつひとつ瞬くのを数えながら歩くと、いつしか足取りは軽くなり、ほとんどスキップのようになるのだった。

 そっと呼んでくれたのは、気遣いだったのだろう。振り向くとベストフレンズたちが立っていた。
「もうこげん暗くなっちゃったわいや。お友達めぐりは終わりにしようっちゃ」
(・・・って、まだやってたのこの人たち・・・)
 驚きを表には出さず、「うん、終わりにしよう」と同意する。
「しっかし最後に会ったのがシンタローってのが・・・。アレはお友達の数に入れるわけにいかねえべな。何か考え事でもしてるみてえだったから、声もかけなかったども」
「シンタロー・・・どこにいるの?」
 そう聞くの顔が、夜闇との対比で美しく映えていることに、男たちは気付いて、小さく嘆息するのだった。

 海を臨む岬にひとり腰を下ろし、シンタローはまんじりともしない。
 眠れそうにない。意識はくっきりしすぎていて・・・昼とはまるでおもむきの違う静の景色を、隅々まで視界に捉えることができるほどに・・・。
 そして空を見上げると、浮かんでいるのは少女の屈託ない笑顔。
・・・)
「シンタロー」
「!?」
 心底びっくりして振り返ると、今思い浮かべていた姿が、表情こそ違っていたけれど、そのままでそこにあった。
、どうした」
「眠れなくって」
「そうか・・・珍しいな」
 自分も同じであることを告げ、シンタローは隣に座るようにと促した。
 呑みこまれそうな波のうねりと単調な音の前で、二人しばし沈黙する。
「シンタロー・・・」
 空を見る角度で、はそっと名を呼ぶ。
 いつもの活発な声とはまるで違う、秘密をはらんだ囁きに、シンタローの心も波立った。
「シンタローは、いつか行っちゃうんだよね。日本に帰っちゃうんだよね?」

 切なさが、しんと広がる。吸い込むと胸が痛むようで、シンタローは息をつめた。
「俺は、コタローに・・・弟に会うために、行かなきゃならない」
「・・・・」
 分かってはいた。どうあってもコタローくんの存在にはかなわないこと。
 何しろ大切に持っている弟の写真に眺め入っては、だらしなく顔をゆるめたり、ときには鼻血まで流したりするようなブラコン兄さんなのだから。
 見上げてる星が滲んで膨らんで、まばたきでもしたらこぼれてしまいそう。
「だけど、帰ってくるよ」
 膝に置いていた手に、温かいものが重ねられた。シンタローの手だと分かっても、まだ見下ろすことは出来なかった。
「ここに、のところに、戻るよ。必ず」
「シンタロー」
 たまらず顔を向けると、はずみ涙が頬にこぼれた。はらり、もう冷たくなっている。
 シンタローの黒い眼の中に、星の宿っているのを見ていた。
 真っ直ぐで強い瞳を、今までになく好ましく思う。そして彼の体温をそのまま伝えてくれるこの大きな手も。
「ありがとう」
 約束なんてしなくても。形になるものがなくても。
 信じられる。
 待っていられる。
「きっと私、シンタローに言いたいことが出来ていると思うわ」
「そのときには、俺に先に言わせてくれよな」
 笑みを交わすと、手を重ねたまま同じ方向を見上げる。
 満天の星に見守られればロマンチックな気分になって、少しだけ、寄り添った。

 エグチくんとナカムラくんが、森の中で変わった鳥と見たことのないヒトに出会ったのは、その翌日のことである。




 
END




・あとがき・


シンタロードリーム、ようやく登場です。
シンタローも大好きなんだ。強くて逞しくて頼りがいがあって、いいお兄さんですよね。ブラコンなところも良い(笑)。
ヒロインのパターンはいくつか考えたのですが、パプワの姉のような存在の、最初から島に住んでいる子という案で書いてみました。
シンタローが家事を進んでやっていると思っていて、一任してしまうのね。
やっぱりミヤギたちにからめたくなってしまって、もはやワンパターンなのですが開き直ってしまいます。
ちょっと淡すぎたというか、あまりラブラブになりませんでしたが、続編を書くのも面白そうですね。

タイトルは昔の「美少女仮面ポワトリン」主題歌から。
シンタローがカオルちゃんの「17歳」に反応していたので、ヒロインを17歳にしようと思ったらこのタイトルを連想したので。



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H17.12.11

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