予定は未定
ハッと目覚めたは、異様に明るい窓の外に嫌な予感を覚えながら、恐る恐る枕もとの時計を覗き込んだ。
短針の示す数字を、目をこすっては何度も見直す。ウソだろう、ウソであって欲しい・・・。
やがて現実を受け入れなければならない時は来る。
「ねっ・・・寝坊しちゃったあああーー!!」
の泣きそうな絶叫が、人馬宮じゅうに響き渡った。
「アイオロス、ダーリンっ、起きてよお〜」
夫婦仲良く使っているキングサイズのベッドで、尚も平和ないびきをかいている夫を揺り起こす。
「起きてってば!」
「ん〜」
のん気にぐーっと伸びをして、ようやくアイオロスは目を覚ました。
「やあおはよう」
妻の肩を引き寄せてキスをする。いつもの朝の挨拶を、はゆっくりと交わしている気分にはなれなかった。
「それどころじゃないの! 寝坊しちゃったのよーー」
「えっ寝坊?」
鼻先に差し出された時計を寄り目がちに眺め、アイオロスは苦笑しながら起き上がった。
「本当だ。ここまでハデに寝坊すると諦めもつくってもんだな。昨日の夜、頑張りすぎたかな」
ハデな寝坊ってどんな寝坊よ、それより何でそんなに落ち着いているのよ、と思いながらも、も昨夜のことを思い出しつい赤くなる。
「笑ってる場合じゃないよぉ。どうしよう・・・」
今日はアイオロスの誕生日でちょうど日曜日。早起きをして、少し遠い場所だが人気のあるテーマパークに行く予定だった。
「今から行っても遊ぶ時間がないし・・・」
ものすごく早く起きて、お弁当だって作ろうと張り切っていたのに。アイオロスはいつも仕事で忙しくしているから、起きられなくても仕方がない。自分がちゃんと起きて、仕度をしておくべきだったのに・・・。
重しでも載せていくかのように、の頭がずんずんと下がってゆく。悲しくて情けなくて、涙が出そうだった。
「、気にするな。予定は未定というじゃないか」
ふわっと抱き寄せて、頭を撫でてくれる。
こんなときの彼は、単なる慰めで言っているのではなく、本心から気にしていないのだとは知っていた。アイオロスとはそういう人だ。
「ちょっとしたことで予定なんて狂うものさ。ちょっと予定が狂って俺が一度死んでしまうこともあるし、まぁそういうものだ」
「・・・それとこれとを一緒にしていいの・・・?」
壮絶な過去をこんな例えに持ち出すなんて。それも彼らしいけれど。
はようやく顔を上げ、ちょっとだけ笑った。
アイオロスはその笑顔だけで嬉しくなる。
「大丈夫だ、寝坊したときのために、ちゃーんと別のコースを考えてある。名付けて『プランB』!」
「え・・・」
人差し指をぴっと立てて、自信たっぷりの夫に、言葉を失う。
「早速プランB実行だ。あ、君はまだ寝ていていいよ」
身軽くベッドを下り、アイオロスは笑顔を残して寝室を出て行った。
はどうしたものかと迷ったが、素直に従うことにした。さっきまでアイオロスがいた場所にもぐりこみ、ぬくもりに頬を緩める。
プランBだなんて・・・。もしものことを考えて、あれこれ準備をしておくような人じゃない。寝坊したことで動揺し、しょんぼりしていた自分を元気づけてくれるために、即興で思いついたのに違いなかった。
でも、「寝坊したから仕方ない、代わりにどうするか考えよう」と言うよりも、「プランB実行!」と即座に行動する前向きさが、とてもアイオロスらしい。
ともすれば悲観的になりがちなにとって、アイオロスという夫は、太陽のように大きく温かく、代えがたい存在なのだった。
(あなたと結婚して、良かった)
こんなに安心していられる。どうにかなりそうって思える。いつも楽しい気分でいられる。
(ずっとずっと、そばにいてね・・・)
消えない体温にくるまれて、夢の中に戻りそうな心地よさ・・・。
「お待たせ〜」
本当にウトウトしかけていたら、夫が元気良く戻ってきた。
「どーぞお姫様」
いい匂いがする。もぞもぞ身を起こしたの前に、脚付きのトレイが差し出された。
「うわー、朝ご飯作ってくれたの!?」
「今の時間だともうブランチかな」
パンにオレンジジュース、スクランブルエッグとウインナー、それからフルーツヨーグルト。
簡単な食事だけれど、全てがの好物でもある。
「いただきまーす」
「あ、ちょっと待って」
アイオロスはベッドに腰掛けると、フォークを持って卵をすくった。
「ほら」
照れながらもニッと笑って、素直に口を開ける。とろり絶妙の焼き加減がおいしい。食べさせてもらって倍おいしい。
意外にアイオロスは家事全般を一通りこなせる。特別手際がいいとか才能があるとかではないが、困らない程度には出来た。
『昔はアイオリアの面倒を見ていたからな。俺が死んでる間にアイツにょきにょきでっかくなって、いつの間にか大人になってたけど』
なんて、笑いながら言っていたことがあったっけ。
「でも、アイオロスの誕生日なのに私が食べさせてもらってるなんてねぇ」
「いいんだよ、そんなこと。はい」
パンもちぎって口に入れてもらう。まるで小鳥みたい。
「おいしー、うれしー」
「プランBにして良かったろ?」
「・・・うん!」
本当にそう思う。
「シャワーでも浴びて着替えておいで」
言われた通りにして、髪も乾かしてリビングに行くと、アイオロスは待ってましたという感じで立ち上がった。
「ではこれからの予定を発表します!」
栄誉ある賞でも発表するかのように晴れ晴れとしている。もう何でも楽しい気分だったので、はパチパチパチと拍手した。
「ゆっくり出掛けて、俺の誕生日プレゼントを選んでに買ってもらって、お腹が空いたり喉が渇いたりしたら適宜なんか飲み食いする!」
緩さ加減に笑ってしまう。いつもと変わりないといえばそうなんだけど、それでも楽しい一日になりそうだ。
「・・・で、夕方になったら俺の好きなエスニックを腹一杯食って、それで遊園地に行こう!」
「遊園地?」
そう来るとは思わなかった。の驚き顔に、アイオロスは満足げに微笑む。
「夜もやってる遊園地があるんだ。しかもバースディ特典があって、誕生日に行くと入場料タダ! どうだ?」
「行くーーっ!!」
こぶしを突き上げて跳ね上がる。そのまま抱き付いた。
きっとシャワーを浴びている間に、一生懸命探してくれていたんだろう。
「アイオロス大好きーー!」
子供みたいに抱き上げられて、ちゅっちゅっとキスを降らせた。
スキップするように街に出る。プレゼントは色々考えたけれど、これからの季節にとマフラーに決めた。
上品で質の良いものをが選んで、ちゃんとラッピングもしてもらう。
「結構、値が張るものだな」
「そりゃ、モノがいいもん。アイオロスくらいになったらね、少しくらい高くてもいいのを使わなきゃダメだよ!」
「そういうものか」
「そういうものよ。何たって黄金聖闘士でしょ!」
買い物を楽しみ、お茶を飲んで。『プランB』は順調に消化されてゆく。
夜の遊園地というのは初めてで、ライトアップされた美しさと昼間とは全く違う幻想的な世界に、はため息をついた。
「すごいね! きれい!」
実はジェットコースターなどの乗り物が苦手なため、あまり乗れるアトラクションはない。それでも、恋人たちでいっぱいの大人の遊園地を、さ迷うように歩くのは楽しいことだった。
「観覧車に乗ろうか」
「乗る乗る〜♪」
でも乗れる数少ない乗り物だ。小さなゴンドラに乗り込むと、もうそこは二人だけの小さな個室で。
「わぁ、見て、夜景がきれい!」
少しずつ、上がってゆく。もっとゆっくり・・・この時間がもったいないから。
「テーマパークにはまた来週でも再来週でも、寝坊しなかった日に行こう。いつでも行けるさ、ずっと一緒なんだから」
外を見ていた目を正面に戻すと、夫が優しい表情でこちらを見てくれていた。
ずっと一緒。
心から願うことを当然のように口にするこの人が、愛しくて。
幸せをたくさんくれるから、嬉しくて。
「・・・うん」
頷くので精一杯。何か言えば、こぼれそうだから。
「もうすぐ、一番高いとこだ」
言われて見ると、てっぺんを示すポールが近付いてきている。
「ほんとだ」
ポールにさしかかったとき、はとっておきの笑顔を最愛の人に向けた。
「お誕生日おめでとう、アイオロス」
そのまま顔を近付けて、唇に触れる。
この遊園地で一番星に近い場所で、キスをする。
「ありがとう。最高のバースディだよ」
これから何度も巡る。
いつも一緒にいる。
予定は未定というけれど、これだけは、確かなことだった。
永遠の約束にも似て−。
・あとがき・
朝ご飯を作ってベッドまで持ってきてくれるアイオロスってネタを書きたかっただけなの。
不意に降ってわいたネタで、もうアイオロスで浮かんだものだから、アイオロスドリームはよく書いているにも関わらずまた書いてしまいました。
アイオロスって本編だと死んでいるため出番少ないもんね。まぁ、せめてかづなのドリームでは活躍してもらうってことで。
で、そのネタだけだと100題で合うのがなくて。100題にこだわらずやろうかな、とも思ったのですが、「プランB」ネタをくっつけることを思いつきました。
この「プランB」ネタは他のお題と他のキャラで使おうと思っていたんだけど。
プランBというのは、この間立ち読みしたエッセイマンガで見つけたものです。その人の旦那さんは外国人なんだけど、先々までいろんな可能性を考えてそれに応じた対策を色々考える人なんだって。
で、例えば遊園地に行こうと決めていて、いざ当日、雨が降っていた。遊園地の代わりに映画館に行くことを考えていたから、そのときに「プランBにしよう」と言うんだそうです。「仕方ないから映画にしよう」というよりは前向きでいいなぁと書かれていた。
それをそのまんまパクりました。かづなの堂々パクリ人生(笑)。
ちなみに「予定は未定」というお題はこれまた別のネタでミロドリームに使おうと思っていたのですが・・・。
まさに「予定は未定」で出来上がったドリームですね。「もしものことを考えて、あれこれ準備をしておくような人じゃない。」
と本文では書いていますが、遺言やらアニメではアスレチックやら残しているところを見れば、かなり用意周到な人かも(笑)。
でも私のイメージではやや行き当たりばったりな人なのよアイオロス兄ちゃん。
行き当たりばったりでも、ドンと任せられるし、安心出来る人なんだよね。アイオロスの誕生日が近かったし、今年の11月30日はちょうど日曜日だなと思ったので、バースディにもくっつけてみました。
私、センスないからプレゼントって平凡なのしか思いつかないよ・・・。
アイオロスとちゃんを夫婦にしたのにはそれほど必然性はないのですが。そう、恋人ドリームでも全く支障はなかったのですが。
アイオロスって普通に結婚してそうだなーと前々から思っていたもので。
14才当時からそんな落ち着きが感じられます。
しかしアイオロスはいい旦那さんだな。ちゃん、羨ましい!
私、夢見すぎですね・・・ええ分かっていますとも。ドリームだからいいんだよ!(開き直り)
H15.11.19
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