やっと。
「、今日・・・」
「ん?」
顔を上げると、アイオリアは赤い顔をして口をぱくぱくさせている。
「今日、と、と・・・」
「と?」
同じソファに腰掛けてはいても、二人は少し離れている。肩が重なったり、腕が触れ合ったりすることのない距離は、決して変わることはない。でも、ここでこうして並んでテレビを見たりお茶を飲んだりする時間がは大好きだった。いわば、これが獅子宮における二人の定位置といったところだろうか。
「と、って何?」
「と・・・時計・・・貸して」
「? いいよ」
は素直に自分の腕時計を外しかける。
「あ、いや、やっぱりいい」
「いいの? ヘンなアイオリア」
くすくす笑ってカップを持つを見守りながら、アイオリアは頭に手をやった。
違う。言いたいことは、時計なんかじゃなくて・・・。
「あのさ、今日、と・・・とま・・・」
「とま?」
「とま・・・トマトでも食べようか」
「あ、いいね。パスタとか?」
ダメだ。この混じりけない瞳の前で、言えない。
(ええーい、それでも黄金聖闘士かっ。レオの誇りはどこに行った? こんなことでは男として認めん!)
ありとあらゆるものを持ち出し、自分自身を鼓舞する。一大決心を言えないで終われば、後悔の種になるだけだ。
「!」
「はいっ!?」
いきなり気合の入った大声で呼ばれ、お茶をこぼすところだった。はそっとカップをテーブルに戻し、アイオリアに向き直る。
その両肩を、アイオリアはガシッと掴んだ。自分から彼女に触れることなど滅多にない。も目をまんまるくしている。
これで後には引けない。行くしかない!
「今夜、泊まっていかないか?」
・・・言った。
やっと、言った。
なにやら切羽詰ったような青の瞳は、真剣にそして強くこちらを向いている。貫かれたように、動けない。
一緒に歩いても手も繋いでくれない、こうして二人きりでいても、あの距離を頑として守っている。
照れ屋で真面目な彼だから好きなのだけれど、物足りなさを感じていないと言えば嘘になる。
だからは、素直に嬉しかった。
少し恥ずかしいけれど、こくりと頷いた。
頷いてくれた、はっきりと。
頬を染めたりしているところを見れば、ちゃんと意味も分かってくれているのだろう。
拒まれないで良かった・・・。
でも、どうしよう。
シーツ取り替えておけばよかった。お風呂場は綺麗だったろうか。
頷いてしまった。
アイオリアは、とても嬉しそう。即表情に出るんだから、こっちまで嬉しくなってしまう。
ちょっと怖いけど、でも、そろそろ何か進展があってもいいよねって思っていたから・・・。
でも、どうしよう。
お泊りセット全然持ってきてないし。家に電話もしなきゃ。
そんなことをぐるぐるエンドレスで考え続ける二人は、動くタイミングをすっかり失ってしまっていた。
ソファの上で、アイオリアがの肩に手を置いたポーズのまま、硬直している。
我に返ったのは、アイオリアの方が早かった。このままじっとしているのはいかにも間抜けだし、やっと誘えたからには約束のひとつくらい、もらっておきたい。
さりげないとはお世辞にも言えないぎこちなさで、顔を近付ける。もそっと目を閉じた。
「うぉーい、いるんだろアイオリア」
「!?」
二人はすごい勢いで体を離し、ソファ上にいつもの距離を取った。
「お、やっぱりもいたのか」
ひょいと顔を出したのは、隣宮のデスマスクである。
狙ったとしか思えないタイミングに、アイオリアが思わずにらんでしまったのも仕方ないと言えよう。
デスマスクは気付いているのかいないのか、飄々とした態度で入り込んでくる。平べったい箱の三段重ねをテーブルにドンと置いた。
「腹減ったろ? どーせ獅子宮にはロクなものないだろうと思って、持ってきてやったぜ」
「うわぁ、のピザ!」
どうした風の吹き回しだ? 唖然とするばかりのアイオリアだが、両手をぱちんと合わせてはしゃぐを前に、何も言えない。
それに時計を見ればちょうど夕食の時間で、アイオリアのお腹の虫も鳴いていたし、箱からはいい匂いがただよってきていた。ついでに言えばこの宮にロクなものがないというのも、事実である。
「ありがたくいただくよ、デスマスク」
アイオリアは隣人に素直な礼を告げ、早速箱を開け始めた。
「俺のおごりだからな。このデスマスク様の親切を、しっかり心に刻み付けておけよ。」
ここぞとばかりに恩着せがましいセリフを吐いているデスマスクだったが、大好物のピザにすっかり目がくらんでいるとアイオリアには聞こえていなかった。
「あ、トマトのピザ。さっき言っていたのは、このことだったのね!」
「何だ? さっき言っていたってのは」
「・・・いや、何でもない・・・」
思い出すと恥ずかしくなってしまうアイオリアだった。
「うまかったー」
「ごちそうさま」
「食後の茶は〜?」
まだ居座る気か? とアイオリアは思ったが、ご馳走になったことだし強くは言えない。「あたしが入れてくる」とが立ってくれたので、任せることにした。
「しかしデスマスク、おまえがピザをおごってくれるなんて・・・」
「おめーのためじゃねぇよ」
隣にどっかと座って、ソファの背に腕をかける。いつものとの距離よりも、今のデスマスクとの距離の方が近いというのは皮肉っぽい。
「に食わせたかっただけだ」
反応を引き出したいのか、わざと不敵な目つきでこちらを見てニヤッと笑う。アイオリアは平静を装っていたがムッとした表情までは隠せはしなかった。
「食い物でつれるなら、こんな簡単な話はねぇけどな」
「・・・は鯉や犬じゃないんだぞ」
不機嫌そうに眉を寄せても、デスマスクを面白がらせるだけとなる。
「ん・・・」
「おっと」
小宇宙に気付いたのは、二人同時だった。
真っ直ぐここ獅子宮に向かっている・・・。
「あ、じゃあ俺帰るわ」
いそいそと立ち上がるデスマスクを引き止める言葉を、アイオリアは持たなかった。
「あれ、どうしたの? お茶入ったのに」
「グラッチェ。またな」
ちょうど出て来たのお盆から湯飲みを取り上げ、そのまま去ってゆく。
「なんかあわただしいね」
何も気付かないが座ろうとしたとき、急に辺りが眩しくなった。
「こっ、この後光は・・・」
手をかざすと、光の中に細身のシルエットが浮かんで見える。
「おっおシャカ様〜」
反対側の隣人、バルゴのシャカその人である。
「な、何故お前がこんな時間にここに・・・」
「ピ、ピザならもうないよ」
三人ですっかり平らげて、ひとかけらも残ってはいない。
「フッ・・・この私が、そのような俗な食べ物を欲するとでも思っているのかね」
いつもの高飛車な態度で、部屋の中を見回すと、シャカはソファ正面の壁側に進んだ。ごく当然のように蓮の台座をしつらえ、ごく当然のように座禅を組む。無論、全ての動作は目を閉じたまま行われるのだった。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
し〜ん。
妙に静かな時間が流れる。
「・・・おい、シャカ」
「何かね。拝みたいのなら自由にすればいい。説法ならいくらでもしてやろう」
「違うっ!」
「ならば静かにしたまえ。私の瞑想を邪魔するとは、なんと行儀の悪い男なのだ」
「いやここは俺の宮だろ」
えらく理不尽な状況を作っておいて、眉一つ動かさないシャカに、次第に苛立ってくる。
よりにもよってこんな大事な日なのに!
「俺たちは忙しいんだ。帰ってくれないか」
「ふむ・・・忙しそうには見えぬが。いや、私のことはいないものだと思って、気にせず好きに過ごしたまえ」
「好きに・・・過ごせるかーッ!?」
こんな強烈な存在感を、どうすればいないものだと思えるというのか。
「座禅だの何だのは、自分の宮でやればいいじゃないか」
「わ、私もそう思います、おシャカ様」
ようやくも口をはさむ。彼女としても、二人きりをこれ以上邪魔されたくはなかった。
何と言っても、二人で過ごす初めての夜・・・。
「仕方ない。君たちには分からないだろうから、この私自らわざわざ説明をしてやろう」
大仰なため息をついて、シャカは相変わらず偉そうだった。
「いつも清らかな場所でばかり座禅を組んでいても、それ以上は悟れないのだ。このようにだな、邪念や煩悩の渦巻く場所で心を無に出来てこそ、真理に近付けるというものだ。分かったら君たちも一緒にやりたまえ。少しの時間でも、低俗な欲などというものから解き放たれるだろう」
「何だそれは。お前の処女宮が清らかな場所で、この獅子宮がけがれた場所とでも言いたいのか? それに俺たちを低俗な欲とやらに縛られた人間だとでも・・・」
「例え話だ。頭に血をのぼらせるのは、図星だという証拠かな」
「・・・」
アイオリアは頭を抱えた。分かっている。所詮コイツに勝てはしないのだ。
「アイオリア・・・」
「諦めよう、」
夜はこれからだ、奴だってそんな何時間もいるつもりはないだろう。
「アイオリアー、入るぞー」
いつものように朗らかにやってきたのは、ミロだった。今日に限ってやたらに来客が多い。
りろりろ後光を背負いつつじっと座禅をしているシャカは、もはや置き物のように部屋に馴染みかけており、アイオリアとも何となくまったりしていた頃だった。
「よお、」
「こんばんは、ミロ」
「コイツ寝てんのか?」
シャカの頭を遠慮なくぺしぺし叩くミロ。さすがのシャカでも、こめかみに青スジが浮かんだのをアイオリアは見逃さなかった。
「どうしたミロ」
「映画鑑賞会やろうぜ」
DVDを取り出して、ウインクして見せる。了解も待たずに、勝手にデッキを操作し始めた。
「これ今話題のやつ。アクションだからだって楽しめると思うし、みんなで見た方がいいだろ。ホラ、映画の友」
巨大なポップコーンをテーブルに置いて、準備完了らしい。
アイオリアもも、もはや何も言わなかった。
今日は、もしかして日が悪いのかも知れない。そんな諦観もあったが、その映画は確かに今一番人気のもので、是非見たいと思っていたからだ。
息もつけないアクションシーンの連続が、皆の目を引き付け釘付けにする。
いつの間にかシャカも蓮の台座から下りて、映画に見入っていた。結局、映画を見たい欲に負けているのだから、実は彼も悟り切っていないのかも知れない。
みんなでソファに座っているので狭いけれど、こんなときの密着感はいやじゃない。
四人の顔が、色んな色にぱかぱか照らされる。
はアイオリアとミロに挟まれていたが、ふとアイオリアが見ると、細い肩にミロの手が回りかけていた。にらみつけて牽制すると、軽く笑ってミロは手を引いた。
画面に夢中のは何一つ気付いてはいなかったけれど。
二時間以上に及ぶストーリィが終わると、ミロもシャカも、満足し切って帰っていった。
そして、やっと、やっと、二人きりの時間が訪れる。
「疲れる日だったな」
「でも、ピザおいしかったし、映画も面白かった。アイオリアはいい友達がいっぱいで羨ましいね」
君のおかげだよ。
微笑みで伝えようとして、不十分であることに気付く。映画を見ていた距離のまま、思い切って抱き寄せた。
「アイオリア・・・」
「、俺は・・・」
近付いてくる鼻歌、再び開かれるドア。
二人はバッと離れた。本当に心臓に悪い。
一体何度目だろう。今度は誰だ? 誰であろうと追い出してやる! 意気込んで振り向いたアイオリアの前にあったのは、自分によく似た笑顔だった。
「アイオリア、!」
「に、兄さん・・・」
さすがに実の兄相手では強く出ることが出来ない。
アイオロスは勝手にの隣に座ると、少し前かがみになって二人の顔を覗き込むようにした。
「もう夜遅いぞ。こんな時間までがいるということは、おまえたち、もしかして・・・」
二人は赤くなって下を向いたり横を向いたりする。
「夜通し宴会をするつもりなんだろう!」
「えっ・・・」
「そういう楽しいことなら兄ちゃんも混ぜろよ。ちゃんと酒もつまみも持ってきたぞ、ホラ!」
山ほどの酒やらお菓子やらが出てくる出てくる。一体どこにこんなにしまっていたのかは謎だ。
あっという間にテーブルには宴会の準備が出来上がっていた。
「さぁ飲もう!」
半強制的に缶チューハイを握らされる。これまた半強制的に乾杯をさせられ、飲ませられた。
ところがジュースみたいで意外とおいしくて、はこくこく飲んでしまう。
「なんか盛り上がってんな、俺も入れろ!」
「よおカノン、入れ入れ」
いきなりわいて出たカノンを、アイオロスは分け隔てない笑顔で迎える。
アイオリアは何だかわけが分からなくなってきた。今日は厄日だろうか。
でも、ビールの回りが良いし、兄やの楽しそうな笑顔を見るのも、悪くない。
「、おいしいか? まだまだあるから飲んでいいぞ。眠くなったら人馬宮に行こう。今夜は泊まっていきなよ」
「待て兄さん、あからさまに誘うな!」
いかに実兄でも、これは看過できない。しかも、自分がやっとの思いで口にできた言葉を、こんなにも簡単に・・・。
慌てるアイオリアには構わず、アイオロスはの肩を引き寄せ耳に囁く。
「アイオリアは我が弟ながら生真面目すぎてなぁ。ま、そこがいいところでもあるんだが・・・正直、イライラすることもあるだろう?」
「そんな・・・」
ないとも言えないのは確かだから、言葉を濁すだった。
「俺ならそんな思いはさせないぞ。だからこのアイオロスのところにおいで。俺、の兄さんなんてポジションじゃ満足出来ないからさ」
「ちっちょっと・・・」
「なかなか大胆だなアイオロス。これは俺も負けておれん」
とカノンもソファの後ろからに接近する。
「アイオリアみたいな唐変木なんかより、俺と付き合った方が面白いぜ。海底にも連れていってやるし、大人の恋愛ってやつを教えてやるから」
「おっオトナの・・・」
「まっ待て待てっ!!」
その単語を聞いただけで真っ赤になってしまったアイオリアは、大きな手を広げてアイオロスとカノンを追い払おうとする。
「は、俺のものだッツッ!!」
言ってしまった瞬間、急に酔いが引いた心地。後には恥ずかしさだけが残る。穴があったら入りたいとはこのことだが、生憎アイオリアのでっかい身体が入るような穴はここにはなかった。
「何だよコイツ、マジになって」
「単なる冗談に決まっているだろ、熱くなるとはまだまだ可愛いなアイオリア」
おまけに年長者たちには笑われるし・・・。
一人相撲を取ってしまって二倍恥ずかしいアイオリアは、もう立ち直れない気持ちでガックリうつむくのだった。
「ハイ」
新しい缶ビールを手渡され、顔を上げる。
が、微笑んでくれていた。
「・・・嬉しかったよ、アイオリア」
顔が赤いのは、お酒のせいなのか、それとも・・・。
「コラ、カノン!!」
「ゲッ、サガ・・・」
処女宮側から入ってくるなり、サガは弟を怒鳴りつけた。
顔はそっくりなのに全然違う。ですら、この二人を見間違えたことはない。
カノンは逃げの体勢に入っているが、これは半分は条件反射である。
サガは場の雰囲気から大体のことを感じ取り、アイオリアに同情の目を向けた。
「せっかくが来ているのに、気を利かせるということの出来ん奴だ。お前もだぞアイオロス」
「ん〜? サガも飲むか?」
「人の話を聞け。いいから続きは双児宮でやるぞ」
サガは反論を許さず、弟と親友を引きずって獅子宮を後にする。
「サガ・・・お前っていい奴だな」
奴が聖域を、ひいては世界を牛耳ろうとしたことやら、自分に幻朧魔王拳をかけたことやらはすっかり忘却の彼方であるらしい。そんなアイオリアの頬は、男泣きに濡れていた。
やっと。
今度こそ本当にやっと。
と二人きりだ。
これからが本番なのだ!
アイオリアは期待をいっぱいこめて、振り返った。
「・・・」
愛しのは、ソファの上で・・・。
(ねっ、寝てるーーッ!?)
そう。ソファに体を預け、すやすやと寝息まで立てていた。
時刻は真夜中。彼女の体には、慣れないアルコールが回っている・・・。
呆然と突っ立つアイオリアは、すっかり白くなっていた。
やっと・・・やっと、二人きりになれたのに。
もうすっかりその気になっているというのに。
「それはあんまりだよ」
起こそうかと手を触れかけて、止める。この可愛い寝顔を見れば、起こすなんてとても出来ない。それは神聖で、侵しがたいもののようにすら思えたから。
こんな寝顔を見ることが出来ただけでも、今日は良かった。機会ならこれからもあるだろう。
そう思い直し、アイオリアはそっと毛布をかけてあげるのだった。
ふっくらつやつやの唇に誘われている気がして、せめてキスだけでもしておこうかなんて不埒な思いもよぎったが、それはアンフェアだと首を振る。
代わりに、そっと額に口づけた。
そして飽きずに、見守ってあげていた。
−今夜は、この獅子宮で、いい夢を見てくれたらいい−
・あとがき・
純情で生真面目なアイオリアを書いてみようかな。という思いつきと、掲示板にバタ福さんが書いてくださった「十二宮に初めてのおとまり」ネタをくっつけて、こんな話が出来ました。
でもコトに及んでませんね。ドタバタ騒いで終わってしまったけど、仲間たちと一緒にそれなりに楽しい夜だったんじゃないかな。
一度勇気を出せたんだから、またアイオリアもちゃんを誘えるだろうしね。「純情なアイオリア」というのは、他サイト様で時々見かけますが。女の子と手も繋げないみたいな感じの。
アイオリアのそういうイメージって、実は私にはよく分かりません。
だって、原作では黄金で唯一、女性(魔鈴さん)とのからみがあったキャラじゃないですか!!
アニメスペシャルには「魔鈴を愛しているらしい」というちょっと恥ずかしい紹介文までついていたんですよ!
それに獅子座といえば恋愛には大胆な星座ですもの。
だから謎なんだけど、それでも純情アイオリアというのも可愛いと思うので、書いてみました。
アイオロスとの対比が面白いよね。
ちゃんは多分未成年なんだけど、飲んじゃってる・・・。
邪魔しに来たみんなは、ワザとなんでしょうかねぇ?
H15.9.30
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