どうしてだろう。
磨羯宮側から、笑い混じりのしゃべり声が近づいてくる。耳を澄まさずともミロとだと分かる賑やかさに、カミュの表情も自然とやわらいだ。
「カミュ、通るぞー」
「こんにちはー」
小走りのようにやってきて、は、はじけそうな笑顔を咲かせる。
「いつ来ても涼しくていいね、ここ」
記録的な猛暑といわれる今夏、外は連日うだるような暑さだ。
だが、クーラーいらずの水と氷の魔術師は、自らの小宇宙を冷気という形でゆるり放ち、宮を心地よい涼しさに保っていた。
「あ、俺いい。行くから」
立ち上がりかけたカミュに先回って告げ、もうミロは背を向けかけている。
「休んで行けばいいだろう」
「いや、教皇に呼び出しくらってるからさ、遅れたら大変だ。はゆっくりして行きなよ。じゃ」
上手なウインクを残し、小さく手を上げる挨拶で去ってゆく。そんなミロを見送ってから、はカミュを見上げた。頬がほんのり色づいていることを、自覚している。
「、何を飲む?」
カミュのいつもと変わらない静かな声にすら、くらくらしそうに。
「それにしても今年の夏はすごいよね。オリンピックでますます暑いよね」
今年のオリンピックは、ここギリシアのアテネを舞台に、数日後には開会式を迎えようとしている。
俗世と切り離されたような聖域にも、その熱気と興奮は伝わり来ており、は燃える太陽の下でウズウズを止められないでいた。
「見に行きたいな、オリンピック」
「そうだな、せっかくギリシアでの開催なのだから」
カミュが水滴のついたグラスを置くと、の氷が涼しげな音を立てた。
ありがとう、と笑顔を見せて、冷えた飲み物に口をつける。ドキドキは静まらないけれど、それはにとって炭酸の刺激みたいに心地よいものだった。
カミュとテーブルを挟んで向かい合って。何気ない会話を交わす。この幸せなひとときのために、図々しいとは思いながら、毎日のように宝瓶宮に顔を出しているのだった。
いつも、やや斜(はす)の角度から見ている。他愛のないおしゃべりでころころとよく笑う、冷たいをおいしそうに飲み干すその屈託のなさ。
単に、涼みにやって来ているのだろうな、とは思う。
実際、この宝瓶宮は、夏になると急に来客が多くなる。デスマスクに言わせると、エアコンの人工的な冷風よりもよほど肌当たりが良いのだそうだ。ほめ言葉のつもりかは分からないが、特段嬉しくもない。
逆に冬になると、みんな11番目の宮は足を速めて素通りしてゆく。年間を通じて変わらず居座るのは、ミロくらいのものだ。
それでも、カミュ自身はこだわりがなかった。暇があるならとどまっていっても良いし、寒さをきらって先を急ぐならそれも構わない。いつでも、誰が来ても、同じように遇してきた。
だけど。
どうしてだろう−。
目の前にいる女性、だけは、気になっている。
彼女の訪問は素直に嬉しいし、長くいてくれればと願う。たまにが全く顔を見せない日には、夕食をとりながらがっかりしている自分に気付いて、苦笑したことすらあった。
認めないわけにはいかない。いつも元気をくれるようなその存在が、自分の中で特別なものとなっていることを。
今や毎日、顔を見るのが楽しみなほどに。
「ああ、そろそろ行かなきゃ」
会話の区切りに壁の時計を見上げ、は椅子を後方にずらした。
「ここでお話してると、時間がすぐ経っちゃう。居心地良くてね。涼しいからいつも来ちゃって・・・」
「夏が終わったら、来ないのか?」
口にした言葉に、自分自身驚いた。それでもカミュは、語尾を濁したり顔をそらしたりはしなかった。
きょとんと目を丸くした、その一瞬のち、はふわりと笑顔を解き放つ。
「来ちゃ、いけないかな」
いつもの無邪気さよりも、まるで試すような、反応を引き出したいかのような。
「・・・」
どうしてだろう。
こんなにもたやすく、恋に落ちてしまうなんて。
自分を見失ってしまいそうな心の動きに戸惑ってしまい、その戸惑い自体も自分らしくないと、半ば呆れるように。
カミュは、口もとを緩め、テーブルの上に手を伸ばす。の小さな手に、大切に、触れた。握るほどには強くなく。
互いの瞳に同じゆらめきを見て、囁きのトーンで答えた。
「ここにいてくれれば嬉しい・・・いつでも」
「カミュ・・・」
どうしてだろう。カミュの手は、こんなに暖かい。
氷の聖闘士であるはずなのに。宮の中は、隅々までひんやりと冷えているのに。
伝わり広がる熱っぽさに、はのぼせそうになる。
「秋も冬も、来るわ」
ずっと夢みていた。季節を二人で越していけたなら、最高に楽しいことだろうと。
寄り添っていられたら、きっと、真冬でも暖かい。
カミュの両手が、の手を包み込む。繊細に、宝物を囲うように。
はにかみの裏返しか、いつものように、は笑った。
「アテネオリンピックを、見に行こうよ」
「ああ。次のオフの日に」
この灼熱の夏を、二人で過ごしていける。
「あなたのことが、好き」
どうしてだろう。
こんなにこんなに、気持ちがあふれてる。
・あとがき・
久しぶりのカミュドリーム!
大好きキャラですからねー、書くときはドキドキですよ。「こう書きたいな」という思いが他のキャラよりも強いので緊張してしまって、だからカミュファンなのにカミュドリーム少ないんですよね。
小説を書くためにまとまった時間を取れないせいか、やっぱり前のようにばーっと書き進めることができない。これも途中で色々引っかかり、考えながら書きました。
ヒロインの性格や二人がどんなふうに過ごすのか、しっかり決められなかったので、もう二人に任せることにして書き始めてしまいました。だから余計に時間がかかったんだけど。
最初は「アフターハロウィン」と同じような感じになりそう、と思っていたけれど、やってみたらちゃんとカミュと対等な感じになって、これもまた良いのではないかと。
前回書いたラダマンティスの「アフタヌーンティー」ともかぶるシチュエーションだな、と躊躇した部分もありました。お互いがお互いを想っていて、それが初めて通じ合う話、という点で。
でも、今はそういうのが書きたいんですよね。
気持ちが「母モード」になっているせいか、今エロは全く書く気がしません。かづなのことなので、また書きたくなるでしょうけど、とりあえず今現在は、こういう雰囲気が好きです。カミュは一般的な星占いでいう「水瓶座」の性格で考えています。
かづなの実父も水瓶座生まれなのですが、やはり昔から「誰にでも同じように接する」部分があったようで、魚座生まれのかづなの実母は、そんな彼の性格に当初は戸惑っていたと話してくれました。
「君が一番!」という熱さでは接してくれないんですね。水瓶座といえば隣人愛だから、広く浅くまんべんなく優しいというか、そんな感じがカミュのクールさに繋がるのかなと。
熱いの大好きな蠍座生まれのかづなには、そういうのちょっと物足りない(笑)。なのでこの話では、いつもそうやってみんなに対しているカミュが、ちゃんだけは特別だと自覚し、ちょっと戸惑っているというように書きました。
でもやっぱり、好きになっても、付き合うことになっても、あっさりしてそうだなー。
「カミュの甘々な話を読みたい」というリクエストもありましたが、今度そういうのも書いてみたいです。楽しそう。ミロはやっぱりカミュと親友だったらいいなと思っているので、そのように書きました。ミロはちゃんの気持ち(もしかしてカミュの気持ちにも)気付いていて、一応、気を遣ってくれたのよね。
カミュって飲み物を出してくれるイメージがあるのかも、私。
何かオシャレなソフトドリンクにしなきゃ、と思ったんですが、そんなオシャレなの知らないので、変換項目にしてしまいました。
ちなみに私は、炭酸の飲み物が苦手です。でもピザ食べるときはコーラを飲む(笑)。
ある意味考えすぎて書いたからか、少し感覚的な文章になってきたので、それを貫いてみました。「感覚的な文章」というのは、私がそう呼んでいる種類の文章なんだけど、何といいますか、ストーリィがあまり進まず、ちょっと着飾ってみた文章というのか・・・。昔は、こんな感じの文章を書くのがすごく好きでした。たまにやると新鮮な気持ち。100題を書くのも久しぶりですね。
100題で「どうしてだろう。」をカミュドリームにすることは、かなり前から決めていて、ストーリィもこれとはちょっと違うもので考えていたんですよ。
ナンパで知り合ったカミュとちゃんの話だったんだけど。
でも、今年の驚くほどの猛暑とアテネオリンピックをくっつけて、こんな話に変更となりました。
もうすっかり秋風ですけどね。出産して、エアコンのない実家にいた私には、今年の夏は忘れられないものとなりましたよ。
カミュがいれば便利なのになあ・・・(便利って)。
H16.10.10
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