わたしのために
トントン。
風よりもずっと力強いノックの音を聞き分けて、はすぐにドアに飛びついた。
「どうぞ」
開けたとたん、北国特有の刺すような冷風が吹き込んでくる。
「邪魔するぞ」
客人は、身を思い切り屈めてドアを通った。の家の出入口が特別小さいわけではない。彼の体が大きすぎるのだ。
トールの巨躯は、このアスガルド随一を誇る。しかも、彼は大きいだけではなく、強くて優しい男だった。
いつも自分で狩りに出ては、獲物を近隣の貧しい人々に分けてくれているのだ。
「今日は鹿が獲れた。の分を持ってきたぞ」
「わあ、ありがとう!」
肉の一塊を受け取って、とろけそうな笑顔を向ける。トールが少し眩しげに目を細めたのを、は知らない。
「時間、いいんでしょう? 今すぐ調理をするから、食べていって」
トールは口の中で小さく返事をして、床にあぐらをかいた。の小さな椅子を壊したらいけないからと思い、いつもそうしているのだ。
鼻歌混じりで、はキッチンに向かう。の家は狭く、リビングとダイニングキッチンを兼ねたこの部屋の他には寝室があるばかりだ。
楽しそうに料理をする後ろ姿を眺めていれば、表情が緩む。
ほどなく、良い匂いが家中に立ちこめ始めた。
「二人で食べると、やっぱりおいしい」
それが単に『一人で食べるよりは』という意味に過ぎないと分かってはいても、ついドキッとしてしまう。
は、たびたびこうして夕食をご馳走してくれていた。
肉を持ってきたことへのお礼と、一人暮らしの寂しさを紛らわすためと、肉の量が多くて一人ではとても食べきれないからと・・・。
それ以上の理由があって欲しい、といつもトールは願っているのだが。
「ん〜、今日も上出来! やっぱり素材がいいからかな」
これが自分だけに向けられる笑顔であったなら・・・。
「」
「なぁに?」
「今の生活が、辛くはないか?」
の両親は既に他界し、一人で細々と暮らすことを余儀なくされている。アスガルドの厳しい気候の中、こんな小さな家に、たった一人で住んでいるのはさぞや心細かろう。
は、スプーンを持った手を止め、不思議そうにトールを見上げた。いくら勧めてもトールは椅子に座らないから、もう二人で床に座って食事をすることにしている。ままごとのように。
「・・・辛くなんて、ないよ」
やがてふんわり笑って。
「わたしはここが好きだもの。みんな優しいし、・・・トールもいるし」
自分の名前が出たことで、トールは嬉しくなる。
は慎ましいけれど明るい娘だった。弱い太陽に憧れて芽を出す可憐な草花のように。
「確かに自然は厳しいけれど、ヒルダ様がおられる限り、このアスガルドは平和だわ・・・」
そこまで言って、少し不自然に口をつぐむ。トールはアスガルドの王族をよく思っていないのだ。うっかり口にすると、不機嫌になるのが常だった。
が、今日は違った。ヒルダの名を聞いてもムッとしたりはせず、逆に意外なことを口にした。
「そういえば、今日、ヒルダ様に会った」
「ええっ本当に!? どこで!?」
にとってヒルダは憧れの女性だ、思わず身を乗り出してしまう。
あまりにびっくりしたので、トールがヒルダに『様』を付けて呼んだことにも気付かなかった。
「ワルハラの森で・・・」
「まあ、また王宮の森で狩りをしていたのね」
ワルハラ宮の周りは聖なる地と考えられているので、狩りなどしてはいけないといつも言っているのに。
「仕方ないだろう。あそこは獲物が多いんだ。それで今日は衛兵どもに見つかっちまったんだが・・・、ヒルダ様が、助けてくれた」
そっと、腕をさする。兵士たちによって傷つけられた腕を、ヒルダが癒してくれたのだ。
「そうなの・・・」
「優しく気高い・・・あんな小宇宙は生まれて初めて感じた」
途中までは頷いて聞いていただったが、トールの遠くを見るような目と熱を帯びた言葉に、段々つまらない気持ちになってくる。
「何よ、今まで悪口ばっかり言っていたくせに。やっぱり男って美人には弱いのね」
理不尽な嫉妬と分かってはいた。どうしてこんな気持ちになるのかも。
「おいおい、何でそうなるんだ。・・・ワルハラの森で狩りをしているのも、全部、おまえのためなのに」
の怒りは、意図こそしていなかったが、トールの本音を引き出す鍵となった。
「わたしのために・・・?」
もちろん、聞き流すではない。
視線を向けられて、トールもひっこみがつかなくなった。
「そ、そうだ。近所の人たちに分けているのは、こう言っちゃ何だが、ついでみたいなものだ。肉でも、一番大きくていい部分を、おまえに持ってきているんだ・・・」
「トール・・・。わたしのために、そんなに・・・」
「いや、おまえが喜ぶ顔を見ると俺が嬉しいから・・・結局は、自分のためかな」
照れ隠しに頭をかいて、それでもトールはこちらを見てくれていた。
も目をそらさず、にっこり、笑った。
「わたしも、同じ。トールの喜ぶ顔を見たくて、トール好みの味付けにしているつもりなのよ」
相手のためが、自分のためで。
自分のためが、相手のためで。
つまり、お互いがお互いを想っているんだと・・・そんな事実に行き着いて、二人は同時に赤くなる。
「・・・」
カチャリ、と皿を置く。
頬を染めたが、そっと、膝でにじり寄って来てくれた。
腕に軽く閉じ込めて、小さく温かい身体を感じる。
は、大きなトールにすっぽり抱かれて、最上の安心感にくるまれていた。
すぐそばにあるぬくもりに、一緒にいることの暖かさと幸せを、じかに感じる。
ずっと、こうしていられたら・・・。
窓の外ははや暗くなり、ひっきりなしに風が吹き付ける。
「今夜は寒くなりそうだから、そばにいてくれる・・・?」
わたしのために。
あなたのために。
・あとがき・
テレビ版のDVDもアスガルド編が発売になりました。北欧編とか黄金の指輪編って呼び方もあるけど、私は昔からアスガルド編って呼んでた。
今、ハーゲンのところまで見たんだけど、アスガルドで最初に出て来た敵がトールなのよね。
最初の敵はデカイ人って決まっているのかしら(笑)。
でもこの人、なりはデカイけど美形。
トールのドリームを書くなら、DVD見たばかりの今を置いてない。今を逃したら多分一生書けない! と誰かが私に囁きました(誰だよ)。
そういうことで勢いのまま書いてみましたトールドリーム。
「わたしのために」というお題は、相手が「わたしのために」何かしてくれるのではなく、わたし自身が「わたしのために」何かする、というストーリィに使おうと思っていたんだけど、やはり予定は未定で、「トールがわたしのために」の話になりました。
そして、「わたしもトールのために」。
お互いが、お互いのために何かする、って、いいなぁと思います。ギブアンドテイク。一方的なのは好きじゃないの。
でも、トールも言ってますが、相手のためにというのは、実は自分のためなのかも知れない。
別にそれでいいんじゃないかと私は思います。それを「本当はエゴ。自分勝手」なんて思わなくていい。自分を愛して、自分を守って、自分をしっかり保つことが基本だと思うの。
それが出来ないうち、人のことにかまける余裕はないんじゃないかと。
「一人でいるのはつまらない」と思っている人は、二人でいてもつまらない。
・・・話、ちょっとズレましたね。
でも、ちゃんはそれが出来ている人。
一人でも前向きに明るく生きている女の子。
だからトールに愛されるんだね。アスガルドの人は郷土に根ざしているというイメージがあるので、アスガルドのヒロインはみんな故郷を愛しています。
あんな過酷な自然の中で暮らしていくのはホント大変だと思うんだけど、それでも日々の小さな幸せを大切に生きているちゃんは素敵な女の子ですね♪
H15.10.16
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