鳥篭の中に
ビーッビーッ、ビーッ!
けたたましい警報を頭上に聞きながら、あたしは舌打ちをした。しくじった・・・。
といえばその道じゃちょっと有名なフリーのスパイ。そのさすがのあたしも、世界一の殺し屋軍団への侵入は命がけだ。
ガンマ団の中を、あたしは走り逃げ回った。
追っ手の声や足音が聞こえ始める。さすがにヤバイかも。
そのときだった。
『その小さな扉を開けて!』
音楽的な声は、天使のもののようだった。
こうして、あたしは、鳥篭の中に迷い込んだ。
何て美しい少女だろう。
自分の立場も、さっきまでの危機すら忘れ、ただ見惚れてしまう。
多分、誰でもそうなってしまうだろう。彼女を前にすれば。
金の髪は長く、シャンプーのコマーシャルに出てくるようなストレートだ。キューティクルの傷みなど全くないような。
顔も首も腕も、びっくりするくらい白い。陶器で出来たお人形みたいに。そんな折れそうに華奢な身体に、シンプルだけれど質の良いロングドレスがよく似合っていた。
彼女の傍らには、瀟洒なテーブル、そして背後には対になったチェア。あたしは、まるでファッション雑誌の中に入ってしまったみたいな錯覚まで覚えてしまう。
だけど、あたしはこの部屋の不自然さにとうに気が付いていた。
窓もない、扉は見るからにごつく頑丈なもので、中からは開けられないようになっている。あたしが入ってこれたのは、外側と内側に扉があるという不思議な冷蔵庫(多分、唯一の外との接点)を通れたからだ。あたしの胸やおしりにもう少しでもボリュームがあったら、アウトだったろう。
十分な広さの部屋に、贅沢な調度品がしつらえられている。高価なモノなら溢れていた。
豪奢な内装と閉ざされたドアとのギャップに、知らず身震いをしている。
この子、ここに閉じ込められているんだ。
ここはきれいな鳥篭なんだ・・・!
「私はナオミといいます。あなたも、お名前を教えてくださる?」
逃げられない美しい小鳥は、極上の柔らかさでそう言った。
普段なら反吐が出るような言葉遣いだけれど、この子の口からならぴったりで、うっとり聞いてしまう。
「あたしは、」
なんかバカ正直に答えてしまってるし・・・。調子が狂うわ。
「あたしをかくまってると、ヤバイよ」
「大丈夫、ここは私の部屋だから、誰も入って来ないわ」
そうじゃなくて。あたし敵なんだよ。これだから世間知らずのお嬢様は・・・。そんなに簡単に信用していいの?
「おいしいお茶があるの。飲んでいらして」
背筋をすっと伸ばした彼女が歩くと、ロングワンピースの裾やウエストのリボンが優雅に揺れて、空気まで一緒に動くみたいだった。
特殊な雰囲気を、美しく纏っている。そんな少女に、あたしなんかが逆らえるはずはなかった。
不思議な娘。このあたしがすっかり丸め込まれてる。
お茶はとてもおいしくて、カップなんかも多分ものすごい高級品で、あたしはまるでスパイとは思えない優雅な時間を過ごすことになった。
ほとんど異次元、でも悪くない。こうなったら、今の状況をとことんまで楽しんでしまえ。
ナオミは、色々と話をしてくれた。美しい声と上品な言葉遣いで、本当に色々なこと・・・なぜ、スパイとして入り込んできたあたしに、そんなことまで喋るんだろうと思うようなことまで。
年はあたしより一つ下なだけのナオミは、伯父であるマジックによって、14才の頃からこんな部屋に閉じ込められているのだと語った。
マジックという名、あたしが知らぬはずはない。何たって、ここガンマ団の総帥なんだから。
それにしても、何て奴。こんなきれいな子を・・・しかも実の姪を軟禁するなんて! どんな理由があろうと、許されることじゃない。
仕事上のターゲットということとは関係なく、あたしはマジックに怒りを抱いた。ふつふつと、ほとんど憎しみにも近い怒りを。
「ナオミ、あんたこんなところに閉じ込められてていいような子じゃないよ。逃げよう、あたしと一緒に」
感情のまま口走ってしまってから、あたしは自分の言葉とその重みに驚いた。自分一人でもどうかってときに、こんなお嬢様を連れて逃げおおせるわけはない。それでも、唇を引き結んでナオミを見つめる。プロのスパイとしてではなく、ただのとしてのあたしが、言わせたことなのだから。
ナオミは、戸惑いの表情を見せた。でも、それも長い時間じゃなかった。
「よく、シンちゃん・・・あ、私のイトコなのだけれど・・・彼にも言われるわ、『可哀想』って」
ふっと浮かんだ微笑は、諦めとは違う。『気持ちは分かるけれど、違うのよ』と、はっきり読み取れた。
「不自由なことなんてないし、マジックおじ様は本当に私を愛してくださっているわ。私は、ここで幸せに暮らしているのよ」
両手を胸の前に組んで、夢みがちな目をして。本当に幸せそうに言う。
あたしは大声で叫びたかった。そんなの、知らないからだ。外の世界を、知らないからだ! って。
疑いのかけらもなく『愛』などと言えるナオミに、正直、焦れていた。それはマジックへの嫉妬と言い換えても良かったかも知れない。
「今日のように、変わったことだって起こるもの。・・・本当に、女性と・・・しかも、私と同じ年頃の女性とじかにお話が出来るなんて」
背筋がぞっとするのを感じていた。こんなにも聡明で健康な女の子が、同じ年頃の友達もいないなんて!
「ね、。失礼だとは思うけど、あなたに触れてもいい?」
「ナオミ・・・」
憐れみに似た感情でもって、あたしはそれを許した。
ナオミがそっと手を差し出すと、いい匂いがふわり鼻をくすぐる。
髪を撫でられた。今まで他人に頭を触られるなんて絶対ごめんだったあたしだけど、むしろ気持ちよく、されるがままにしていた。
たおやかな手が、あたしの頬を包み込む。ふんわりと、絹の優しさで。
一度閉じた目をまた開いて、あたしは見つめる。
すぐ近くにあるナオミの、輝くような美しさ。それは単に表面上の造作に留まらないことを、あたしはとっくに知っていた。
ナオミは、あたしが今まで見てきたどんな人間とも異なるものを持っていた。
それは、高潔な精神であり、純粋な魂だった。
胸の高鳴りが止められない。まるで、初めて恋を知ったときのように。
異常な状態なのは分かっているけれど、あたしははっきりと自覚していた。そしてそれを否定する気はなかった。
美しいナオミに、ときめいているということを。
この折れそうに細く白い手首を取って、外に連れ出すことが出来たなら。今まで彼女の目に触れることのなかった色んな物を・・・清濁取り混ぜて、何でも・・・見せてあげたい。
知らないことがいいなんてこと、ないんだから。いくら本人がこのままで幸せだと言ったって。
ふたり、手に手を取って、ここから逃げる。それを思うだけで、こんなにもドキドキしている。
・・・分かっている。ナオミのためだなんて、そんなのは、本当はあたしの心のための建て前に過ぎないんだ。
本当は、外の世界に出ることで、ナオミが傷つくだろうことも分かっている。
もっと言えば、傷つけばいいとすら思っている。
その羽に負った傷を、あたしが癒して、そして広い世界で一緒に生きていきたい。
それが、あたしの本当の願いだ。
「ありがとう、」
あたしがこんなにも自分勝手な想像を一方的に膨らましているのも知らず、どこまでも透明な眼差しで、ナオミは微笑む。
その笑顔を、鈴のような声を。ふんわりとした香りまでも。あたしは心に、刻み付けた。
「さよなら」
別れのとき、少し、泣いていたかも知れない。
「さようなら、」
ナオミの声は、震えていた。
今生の別れだとでもいうように。
あれから何年か過ぎた。
あたしはまた、ガンマ団の前に立っている。
ふと目を閉じると、美しいナオミの姿が浮かび上がってきた。
今からあたしは、鳥篭の中に入っていく。
そしてあのきれいな小鳥を、解放してあげるんだ。
・あとがき・
アーミン系で最初のドリームは、オリキャラ。しかも女の子!?
でもそこはホラ、ナオミって、看板娘だし(笑)。
主役は男の子でも一向構わないような話なんだけど、同性であってもドキドキする気持ちって不思議ではないし。別にヘンなことでもないし。
ネタとしてはかなり前に考えついたものですが、なかなか書けず、やっと手をつけても1か月くらい費やしましたよ。こんな短い話なのに・・・。
未だアーミンは書きにくいようですが・・・とりあえず書きたいものを書きながら、いつものようにのんびりやっていきたいと思っています。私のお姫様願望から出来上がった、特殊な環境の女の子、ナオミ。
本当に憧れから出来た子だけど、「このまま閉じ込められていていいハズはない」って、誰でも思うでしょうね。
そういうところから作った話です。
知らないままで幸せ? 少し辛いことがあっても、全てを知った方がいい?
・・・道は選べるようで選べないんです。
ただ、どんな状況であっても、ナオミなら真っ直ぐに生きていける。
状況を恨まず。全てを幸せの種にして。
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