小さい頃は
と初めて会ったのは、師のカミュと二人きりでの修行が一年ほど続いていた頃だった。
何人目かの聖闘士候補生として東シベリアの凍土に立っていたは、女の子なのに仮面をつけてはいなかった。後から聞いたことによると、まだそのとき仮面が届いていなかっただけだそうだが。
「です。よろしくおねがいします!」
慣れない氷風にさらされて、赤くなったほっぺと鼻の頭、それでもしっかり前を見据えるくるんとした瞳。
(か、かわいい・・・っ)
その素顔に、アイザックは一目ぼれだった。
「、ここは寒いだろ? むりしないで、もっと着た方がいいよ」
「ロシア語が分からない? だいじょうぶ、すぐおぼえるから」
何くれとなく親切に、まるで兄のように接するアイザックの横顔を、カミュは微笑んで見守っていた。
二人きりで訓練に明け暮れる生活が続いていたから、弟子のこんな楽しそうな笑顔を見るのは久しぶりだったのだ。
更に約一年後、今度は日本から氷河がやってきた。
金の髪に青い瞳、繊細な容姿の少年はしかし、強大に育つであろう小宇宙を秘めていた。
良き友、良きライバルが出来て素直に嬉しい反面、アイザックは少年らしい先走った嫉妬にかられた。
別に、氷河とが特別に仲良くしているふうではない。それでも、と言葉を交わすとき、表情少ない氷河の頬にほのかな赤みがさしているようだったし、も楽しそうに話し掛けているように見える。
思い過ごしだと自分自身に言い聞かせてみるも、もやもやする気持ちは収まらない。ただ、彼女に対する特別な気持ちだけが浮き彫りになっていった。
「仮面を取ってみてくれないか」
ある日、二人きりになった機会に、そう切り出した。かなりの勇気を払った一言だった。
女を捨てるために仮面をつけている女子にとって、その素顔を晒すことは特別の意味を持つ。見られた場合、相手を殺すか、それとも愛するか・・・そんな極端ともいえる二者択一を迫られるほどの。
それは候補生とて同じことだった。
アイザックもそのことをよく知っている。その上で敢えて求めたのは、それほどの想いなのだと伝えたかったから。
「アイザック・・・」
逡巡は刹那のこと。は躊躇なく仮面に手を伸ばし、それを取った。
初めて見たときの面影はそのまま、だけどぐんと大人びたの素顔が、あらわになった。
恥らうように、それでも目をそらすことなく見上げている。凛とした双眸の先で、アイザックは言葉も動きも忘れてしまっていた。
「私の顔、変?」
くすりと笑い混じりの声が、可愛い唇からこぼれる。いつもの調子に誘われるように、アイザックもようやく笑った。
「俺を、殺すか?」
「まさか。第一、敵わないし」
くすぐられているみたいに笑っている。そのままじゃれるようにすり寄ってくるを、自然に抱きとめた。
選択肢はもうない。
自分たちがまだ子供だということは分かっていたけれど、同時に、誓いや決まり事の、冒しがたい神聖さもよく理解していた。
が自分の前でだけ仮面を取ってくれたことの意味を、深く重く、受け止めなければならなかった。
これから先もずっと。
「・・・」
裸の腕を伸ばして、隣をさぐる。ベッドの空いた場所に手ごたえはなかった。
「?」
身を起こしかけたところに、物音がして、隣の部屋からが入ってきた。素肌に大きめのTシャツをさらりと身に付け、飲み物を手にしている。
「起こしちゃった?」
「いや・・・うとうとしていただけだから」
手渡されたグラスを受け取り、口をつける。
「でも、夢をみた」
ひとつだけの眼をこすり、ベッドに腰掛けたにグラスを返した。
「どんな夢?」
明かりのない寝室で、アイザックの細やかな表情までは見て取れなかったし、いつもの硬質の声からはあまり感情を汲み取れない。
だからには、それがいい夢だったのか悪夢だったのか、見当がつかなかった。
「昔の夢。ガキの頃の」
やっぱり嬉しそうでも苦々しそうでもない。ただ淡々と、事実だけを告げる口調だった。
「シベリアの・・・」
には少し痛みがある。二人の間で、かの氷の地で過ごした数年間の出来事について語られることなど、ほとんどなかったのに。
「そう。・・・おまえに初めて会ったときのこととか」
その言葉に初めて、懐かしみのこもった優しさが添えられた。は嬉しくなる。
冷たい飲み物で喉を潤し、とん、と、アイザックの胸に頭をつけた。
「小さい頃は、みんな、真っ直ぐで。疑いもしなかったわね。先生のもとで一生懸命修行して、立派な聖闘士になるんだって」
目を閉じれば、シベリアの風景がまぶたに蘇る。あの凍てついた大地と永久氷壁、ひっきりなしに吹きすさぶ凍風・・・。
は目を薄く開け、彼の心臓の鼓動を聞いていた。
「でも、結局、あなたはクラーケンの海将軍になって、私は聖闘士になれなくて・・・」
アイザックが氷河を助けて行方不明になった、その数か月後、は不注意からケガを負った。彼のことばかりで占められた心では、訓練に打ち込むことなど不可能だったのだ。
ケガは見た目には分からないほどに回復したし、日常生活にも支障はない。ただ、聖闘士になることは諦めざるを得なかった。
海底に誘われたのは、そんなときだった。
ポセイドンの地上粛清という神意には驚いたが、アイザックが生きているのは何より嬉しいことだったし、彼と共に暮らせるのならと、海皇のもとに身を寄せることに決めた。
もう聖闘士とは何の関わりもなくなったは、即座に仮面を捨て、海闘士となったアイザックの胸に飛び込んだのだった。
「氷河はキグナスの聖衣を手に入れたが、聖域に弓を引いている。愚かしいことだ、聖闘士同士の争いなんて」
吐き捨てるような言葉に、はそっと眉宇を寄せる。
ベッドの上に上り、キスをした。唇にではなく、左頬の傷跡に。
「よせって・・・」
言葉ほどには嫌がっていない。それは分かっていたから、は重ねて何度も口づけた。
小さい頃はなかった傷。あのとき、氷河を助けるのと引き換えに、永遠に閉ざされた左の光。
愛しみ、丁寧に辿ってゆくと、唇にたどり着いた。
本当のキスを交わして、自分から抱きしめる。そしては彼の耳元で囁いた。
「でも、昔から、変わってないこともあるわ」
薄闇の中、顔を見上げ、微笑んでみせる。
「あなたの、その、まっすぐなところ」
優しくて強くて、一本気だから。
そんな彼に、ついて行こうと思う。
例えどんな結末が待っていようとも。
「変わらないものなら、まだあるよ」
背中に回された手に力がこもったと思うと、ベッドの上に寝かされた。
「・・・また、俺のシャツ勝手に着て」
「いいじゃないの」
頓着しないの、そのシャツの裾から手を差し入れ、素肌に触れる。
「アイザックの匂いがするんだもの」
いつものくすくす笑いも、這い回る手指の刺激に止められる。
「脱いじまえ」
抗わず、大きなTシャツを脱ぎ捨てた。
「ん・・・やっぱり、直の方がいいね」
シャツよりも、彼そのものの、大好きな匂いに包まれて。
「ねぇ・・・」
「ん?」
「変わらないものって、何?」
流されて忘れてしまわないうちに、聞いてみる。
アイザックは手を止め、枕に広がったの髪に触れた。
目と目を合わせ、笑いかける。
「俺がを好きだっていう、気持ちだよ」
一目ぼれだった。
ずっと変わらず想っていた。
小さい頃から。
「それなら、私も同じ・・・」
言いたい言葉は最後まで続けられない。
甘い声に押し流されて・・・。
指を絡め強くしがみついて、お互いを感じる。
小さい頃は、こんなふうになるなんて、想像すら出来なかったけれど。
変わってしまったものと変わらないものがあって、ここでこうしている。
それでいいんだと・・・これで良かったんだと、思う。
このぬくもりが、唯一最大の幸福なのだから。
・あとがき・
思えば私も古いファンです。
聖闘士星矢リアルタイム時、オリキャラを交えて色々なストーリィを作っていました。
マンガや小説、セリフだけの小説などでそれを表現していたわけですが。
中心となるキャラが、カミュの弟子の女の子(ライナー)だったのです。
それを元にして作ったのが、今回のドリーム。
ライナーもアイザックに一目ぼれされ、氷河にも淡い想いを寄せられていたのですが、結局は全然別の男の子とくっついてしまいます。
私の中でいつもアイザックは片思いだったので、今回ちゃんとはラブラブにしてみました。
といっても、戦い前の話なので、やっぱりどこか切ない。
「後でみんな生き返る」という前提があるからこそ書ける話です。私って姑息かなー。
ちゃんもアイザックも、地上を全て水で覆ってしまうなんて、本当は成し遂げられないだろう、と心の奥底では思っていたんじゃないかな。
ポセイドンの(ホントはカノンのだけど)野望の先を、何となく見越していたんじゃないだろうか。
決して口には出さないけど。
だけれど、二人は突き進むしかなかった。
アイザックが進む道を、それが例え間違っていると感じたとしても、最後には破滅が待っていると知っていたとしても、ちゃんは黙って一緒に歩いていく。
彼が決めたことだから。
こういう、無条件の気持ちって、時には愚かだとは確かに思う。でも、感情は善悪や損得ではコントロールできないものだし、盲目的なものがあっても不思議じゃない。恋愛においてだけじゃないけど。
一歩間違えればあやしい宗教に関係しそうな話ですね・・・。女聖闘士(候補生だけど)のドリームというのは、珍しいですね。
仮面というのは、結構、告白には便利な制度だな、と思いました。
「仮面外してちょうだい」って言えばいいんだもの。
外してくれたらイエスだし、外してくれなかったらノーだもんね。
しかしあの仮面は、どうやって顔にくっついているんだろうか。
原作やアニメに出てくる女性たちはみんな仮面を取っても美人だけど、そうじゃない子もいるんだろうか・・・(やめい)。あと、書いていて思いましたが、カミュは随分辛い思いをしてきたんだなぁと。
カミュだってまだまだ少年だったハズなのにね。
まぁ、辛い思いを全然してない聖闘士ってのもいないんだろうけど。
皆それぞれ大変なんだわ。彼女が彼氏の服(主にワイシャツ)をダボッと着るというのは、恋愛ものの定番ですね。
今回はTシャツにしてみましたが。女性が男性もののTシャツを着るとどんな感じか、私はわざわざ夫のTシャツを着て実験してみましたよ(素肌にではなく服の上からだけど)。
ちょっといい感じでした(謎)。「変わるものと変わらないもの」というのは、私の中のテーマのひとつです。
うまく説明は出来ないのですが・・・。変わるものと変わらないものがあって、今の自分があるというか、何と言うか。最後になりますが、このドリームは、いつもこのサイトに来てくださって、嬉しいメッセージをくださる熱烈アイザックファンの有りさんに、一方的に捧げさせていただきます。
H15.10.30
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