電話越しの君
「もしもし、シュラ」
『ああ』
電話越しの声はぶっきらぼうだけれど、いつものことなので、は明るい調子を崩さない。
「今日はどうだった?」
『何事もなしだ。お前の方は?』
変わりばえしない話でも、アテナのお供として長期の予定で海外へ行っている、いわば出張中の彼と唯一コミュニケーションを取れる電話の時間を、は何より大切にしていた。
『じゃあ、そろそろ切るね』
「分かった」
時差があるから、向こうは昼間でもこちらは夜中近くだ。
寝不足を心配して、いつもの方から切り出してくれる。
もっと話していたい。声だけでも繋がっていたい。気持ちは、二人とも同じはずだった。
『・・・ねえ、シュラ』
いつもなら未練を断つかのようにすぐに切ってしまうのに、今日のは、何かを言いよどんでいる。はにかむように、ためらうように。
「どうした」
朗らかでさっぱりとしている彼女らしくない。
「どうした、」
重ねて聞くと、
『・・・言ってちょうだい』
吐息に紛れるような声で、切なさが届いた。
「何?」
『好きって・・・言って』
「・・・・」
返事がない。いくら耳を澄まして待っていても。
哀しくなってくる。
「言ってくれないの・・・」
何日も離れていて寂しいのに。
声だけじゃ、本当は物足りないのに。
『そういうことは・・・電話ではちょっとな・・・』
せめて気持ちを言葉にして欲しかったのに。
「・・・そう。じゃ、おやすみなさい」
ぷつりと切って、電話を握った手を下ろす。
部屋に飾ったクリスマスツリーの明かりが、ぼやけて見えた。
近ごろ急に寂しさつのるのは、街やテレビ、友達とのおしゃべり・・・いたるところに溢れるクリスマスムードのせいで。
こんな行事に流されるなんて、子供じみていると自分に言い聞かせようとしても、無駄だった。
賑やかに浮かれたシーズンなら、隣にぬくもりが欲しいと、切に思う。
『クリスマスイヴに、こっち帰って来れない?』
「・・・仕事が終わるのは年末ギリギリだと言っていただろう」
『一時的に、ちょっとだけでもいいから。光速で駆けつければすぐでしょ』
「無理だ。仕事としてこっちに滞在しているんだからな。・・・分かってくれ」
の気持ちも理解できないわけではない。無茶やワガママを言い出すのも当然だ。
だからシュラは、どこまでも穏やかに、できうる限りの優しさで接してあげているつもりだった。
ところがそれも、にとっては気に入らない。
自分はこんなに辛いのに、この淡々とした態度は何だろう。
「シュラは、寂しくないのね」
『そんなわけないだろう』
いつもの声・・・が彼に出会ったとき、まず惹かれたちょっと渋めの声・・・。そこからは感情の揺れなど、まるで感じ取れない。
「じゃあ好きって言ってよ」
『だから、それは・・・』
「−もういいッ! イヴは別の人と過ごすから!」
一方的に切られた電話に、シュラは深い息を吐いた。
電話は苦手だ。声だけなんて頼りなさすぎるコミュニケーション、本当はやってられない。
(俺も早く帰りたいよ)
待ち受け画面を眺める。
そこには、の輝くような笑顔があった。
電話越しの君は、掴まえたくても掴まえられない・・・何てもどかしい。
触れたいのに。抱きしめたいのに。好きだと、言いたいのに。
そのまま迎えた12月24日、は予告通り、別の人とクリスマスイヴを過ごしていた。
といっても、男の人と二人きりなんて艶っぽいものではない。
黄金聖闘士の暇人・・・もとい有志によるクリスマスパーティに混ざって、賑やかな時間を過ごしたのだった。
飲んで食べて皆と騒ぐのは楽しかったけれど、は遅くならないうちに帰ることにした。
「せっかくのイヴなのに、彼氏がいないなんて寂しいよな? どうだい、この後俺と一緒に・・・」
なんて冗談(当人にすればかなり本気だったらしいが)もかわし、外に出る。
冷たい風が、少し酔った身体には心地良かった。
星を数えながら歩く。さっきまでの華やかさが今の空虚さを際立たせるようで、徐々にやりきれなくなってきた。
(電話、してみようかな)
今、向こうは何時ころだろう。アルコールで麻痺した頭はうまく回らない。ともかくもとバッグに手を伸ばしたとき、ブルブルッ! 振動が伝わりドキリとする。
急ぎ携帯を取り出すと、見慣れた名が表示されていた。
以心伝心? ちょっと浮かれた気持ちになって、耳に当てる。
「もしもし〜シュラ〜」
いかにも酔っ払いの声が出たことに自分ながら慌てた。
『こんな遅くに一人で歩くな』
「えっ」
まだ何も言っていないのに、何で分かったんだろう。思わず立ち止まると、小さく笑い声が聞こえた。
『夜目が利かないな、は。よく見ろ、前だ』
その声が、電話越しだけではなく、まさに前方からも聞こえた。
まさか、の思いで凝視する。遺跡のようなドーリア式柱のもとで、何か・・・人影が、動いた。
「うっうそ」
『嘘じゃない』
プツッと電話は切れ、人影が進み出る。携帯電話をしまう仕草をしながら。
「・・・シュラ!」
夜の中コート姿で、身をこごめることもなく歩いてくる。それはまさに、の大好きな人だった。
「どうして!?」
思ってもみないサプライズ、心臓は高鳴りっぱなしだ。
電話を握りしめたまま固まっているのすぐそばで、シュラは立ち止まった。
「アテナが、ご配慮くださった」
あまりに真面目すぎるシュラを見かねた沙織が、「クリスマスイヴくらいさんと一緒に過ごさなきゃダメですよ」と、半ば無理矢理追い立てたのである。
「嬉しい・・・! あっ、私、別の人と過ごすなんて言ったけど、大勢でパーティしてただけだから・・・」
「そんなことだろうと思っていたよ」
そっけないようだけれど、優しい。電話越しではない、シュラの声・・・。
嬉しくて幸せで、その気分のまま片腕に取りついた。
「行こう!」
腕を組んで、残りの道を歩いてゆく。
寒さなんて忘れてしまっていた。
「今ストーブ点くから待っててね。部屋の中寒いなぁ」
コートを脱ぎかけてやめる。と、後ろから両腕を回された。包み込むように。
「しばらくこうしてよう」
「うん。・・・あったかい」
シュラの腕に手を添え、首をかしげるようにして頬も触れる。
「寂しかったんだから」
「俺もだ」
「・・・そんなふうには思えなかったけど?」
「そうか?」
不満ぶりながら、実は頭の上から降ってくるシュラの声に、酔っていた。
シュラは腕に少し力をこめる。
「会いたかった。こうして触れたくて、気が狂いそうだったんだ」
気がつけば夢中で口走り、腕の中の小さな体をかき抱いていた。
今まで抑えていた分、激しい想いがわき上がり止められない。
「好きだ」
電話越しではどうしても言えなかった言葉を。
「愛してる」
熱を持って囁くと、もう止まらない。
肩をつかんで前を向かせ、情熱をぶつけるような勢いで口づけた。
「・・・ん・・・」
体の芯が熱くなる。
固く固く抱き合う二人を、クリスマスツリーのライトが断続的に照らしていた。
「どうしよう、何もないよ。こんなとならパーティ会場から何かくすねてくるんだったな」
ストーブも点いたところで、コートをハンガーにかけ、一応落ち着いてはみたが、恋人と二人きりで過ごすイヴにしてはテーブルが寂しすぎる。
「別に何もいらんだろう。おまえ、酒くさいぞ」
わざと突き放す調子で言ってやると、とたんムクれたので、シュラは冗談だよ、と笑って、持ってきた荷物をテーブルに置いた。
「驚かそうと思って連絡もせずに来てしまったからな。ちゃんと持ってきた」
ワインの瓶やパックに入ったオードブル、ケーキの箱などを出し、そのたびほころんでゆくの顔を面白いな、と思いながら眺める。
そんなところが可愛くて愛しい。
「・・・それから・・・」
最後に、リボンのかかった箱を大切そうに取り出し、に手渡した。
「クリスマスプレゼントだ」
「・・・あっ・・・ホ、ホントに!? わぁ嬉しい!」
紅潮した頬の上に、笑顔が最大限に花開く。
「開けてもいい?」
弾んだ声に頷きで応えた。
「気に入ってもらえるといいんだが」
リボンとペーパーを丁寧に取り去り、ゆっくりと箱を開ける。
「うわぁ、ステキ!」
中のを取り出し、目を輝かせて見入った。
「が欲しいと言っていただろう」
休日に街に出ると、シュラは自然にに似合いそうなを探していた。
そのおかげで、今日急に来ることになっても、プレゼント選びに迷うことはなかったのだ。
いつもいつも、のことを想っているから。
「どうもありがとう、大切にするね!」
この顔を、見たかった。シュラは心からアテナに感謝していた。
ところがそのの表情が不意に曇った。ガックリ首を垂れる。
「ごめんね、私、何も準備してない・・・」
「気にするな。来ないって言っていたんだから、当然だ。・・・それに」
ぐいと肩を引き寄せ、声を落とす。
「がいればそれで十分。俺は他に何もいらない」
「・・・シュラったら」
くすくす、なぜかは笑い出す。
けげんそうな顔のシュラを、上目遣いで見上げた。
「電話でもその半分くらいでもいいから、言ってくれればいいのに」
「・・・俺は電話というものが苦手なんだ!」
目をそらすシュラは、さっと赤くなっていた。
それを見てまた笑っていると、キスで口をふさがれる。すぐに離され、軽く笑った。
「・・・ふふっ。早く帰ってこれればいいね」
「ああ。もう少しの辛抱だ」
ぎゅっと服を掴み、一度見つめ合うと、今度はもう少しゆっくり、キスをした。
二人きりのクリスマスイヴは、まだ始まったばかり。
・あとがき・
100題でこのお題は、シュラにしようとずーっと前から決めていました。内容はシュラが長期の出張中、というのしか決まってなかったけど、今回クリスマス話を書こうと思いついたのでくっつけてみました。
今は電話といえば携帯電話ですね。昔は公衆電話に10円玉を積み上げて、ってな感じだったのでしょうが(笑)。
シュラは照れ屋さんかな。電話だと恥ずかしくて「好き」も言えない。直接だと結構情熱的なんですが。
ちなみに私も電話は苦手です。メールって本当に便利だと思う。
目の前にいるのにわざわざ電話をかける、というのはありがちなんですが、ふっと顔を上げたら夜の中シュラが立っていた・・・なんてカッコよさそうです。
かづなちゃんはが欲しいですか? シュラが選んでくれるならどんなでしょうね?
H17.12.18
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