一通の手紙
ある日、あてに、一通の手紙が舞い込んできた。
「シルフィード・・・」
差出人の名前は、中途半端に別れたままの恋人のもので、腹立たしいような怖いような嬉しいような気持ちの中、封を開ける。らしくもなく、指先が震えた。
仲は良かったはずの、彼氏。
ケンカも多かったけれど仲直りも早くて、一緒に色んなところに行った。色んな楽しいことをして過ごした。
本当に本当に、大好きだったのに。
前ぶれもなく、シルフィードはいなくなってしまった。「やりたいことができたから」たったそれだけを、置き手紙にして。
サヨナラもなしに。
(今さら、何よ)
期待と恐怖の入り混じった心のまま、文面に目を走らせる。
そこには拍子抜けするほど淡々とした調子で、黙っていなくなったことへの詫び、場所は言えないが元気でやっていること、などが綴られていた。
そして最後の一行に、
−、今でもきみを好きだ−
「・・・何よ・・・」
声が震える。
涙で汚さないうちに、手早く手紙をしまった。
(手紙届いたかな。どうしてるだろ、)
冥闘士として選ばれたからには、ああするほかなかった。今回だって、やっとの思いでに手紙を出したのだ。
(怒ってるんだろうな)
今やすっかり生活の場となった冥界で、気の合った同志たちといても、ふとしたときにのことを考えてしまうシルフィードだった。
「ボーッとしてるぞ、コラ!」
背中をどやされて、ハッとする。ゴードンやクィーンと、昼食をとっている最中だった。
「また彼女のことでも考えていたんだろ」
ニヤニヤしている。
この二人は彼女なんていなかったそうで(もっともクィーンは性別不詳だから、彼氏ならいたのかもしれない)、何かにつけてシルフィードをからかってくるのだ。
「いや、別に」
今回は図星なので、言葉少なに下を向いて食べ始める。
「シルフィード、ここにいたのか」
やってきたのは、バレンタインだ。
「何だ、俺は見ての通り食事中だが」
お前なら飯より何よりラダマンティス様の命令なんだろうが、俺はそうじゃない。とばかりにシルフィードは手を休めもしない。
バレンタインは構わず話し出す。
「今、冥界の入り口に、生きている人間が来ているらしい」
「ほう、それは珍しいことだ」
それ以上の興味は抱きもしないシルフィードに、バレンタインは変わらぬ調子で続けた。
「若い女性だそうで、君の名前を口にしているとのことだが」
「・・・えっ」
ポロッ。おかずを落とした。
「シルフィード!」
海のようにも見える大きな河、いわゆる三途の川と呼ばれるアケローン。そのほとりで、はカロンと何やら言い争っていた。
シルフィードに気がつくと、渡し守の手を振り切って駆け寄ってくる。
「」
反射的に両手を出したが、はその中に飛び込んでは来なかった。代わりに、バシーン!! 鋭い音が響く。
「・・・・・・」
したたか平手でぶたれた左頬をおさえ、呆然とする。
「おー、やった」
「過激だなシルフィードの彼女」
物陰から、クィーンとゴードンが面白がって覗いている。カロンはさっさと自分の仕事に戻っていった。
「ふざけないでよ!」
の大声が、河のほとりに響く。周りでうめいている亡者など、まるきり意に介さない様子だ。
は、手形くっきり赤くついたシルフィードの頬に、更に封筒を叩きつけた。
「こんなたった一通の手紙で済ませようっての!? しかもなんなのこのあいまいな中身は。別れるなら別れる、そうしないとあたしも次の男見つけるか決められないでしょ!」
一息で言い切って肩で息をしている。
「・・・空気悪いわねここ。なんか辛気臭いし」
「、どうやってここに。俺、居場所なんて書かなかったのに」
それでなくてもここはハーデスの国、普通の人間には存在すら知られていないし、入り込むすべもないはず。
「どうして・・・」
「カンよ!」
胸を張っている。女のカンか野生のカンか知らないけれど大したものだと、陰でゴードンは感心していた。
「あんたのやりたいことって何、ここじゃなきゃ出来ないの?」
「あ、ああ・・・俺、冥闘士になったから」
「スペクター? 何それ」
けげんそうな顔をされるのも無理はない。
百聞は一見にしかず。シルフィードは天捷星バジリスクの冥衣をまとって見せた。本当はこんなことをバラしてはいけないのだろうけれど、生半可な説明でを納得させられるわけはない。
「ほら、これで戦うんだ。で、ここは簡単に言えば組織のアジトみたいなもので・・・」
子供向けヒーロー番組の悪役みたいな解説を、やっぱりが鵜呑みにするはずはなかった。シルフィードの全身を眺めやり、顔をしかめる。
「それ、コスプレってやつ? そういう新しい趣味ができたの?」
「え、いやそういうんじゃなくて」
「あんたの趣味をとやかく言ったりしないわよ。でもそんな遊びは、わざわざここじゃなくてもイベント会場なんかで出来るでしょ。さ帰るわよ!」
腕をぐいぐい引く。シルフィードは引きずられかけていた。
「パワフルだ・・・」
「尻に敷かれているな。しかしただの人間がカンだけで生きたままここに来るというのは・・・」
ゴードンがあごをなでながら首をかしげる。クィーンも頷いた。
「ああ、私も考えていた。あの子、もしかして・・・」
「違うんだ、これはコスプレじゃなくて」
「いいから、とりあえず脱いで」
パーツをもぎ取る。シルフィードの冥衣は外れ、怪鳥の形をとった。
「うまく出来ているのね、素敵な才能だわシルフィード。さあそれ持って帰ろう」
「だから、そうじゃなくて」
押し合いへし合いしている二人の頭上に、突然、黒い光が輝いた。
バジリスクの冥衣が、短く共鳴する。
「これは」
もう一つの冥衣が、出現したのだ。しかも、のもとへ。
「まさか」
女性の姿を模した冥衣が分解し、ひとりでにの全身へと装着される。
「ちょっと何コレ!? シルフィード、あたしににまでこんなコスプレを・・・あ・・・」
頭を抱えた。足がふらつく。
「」
シルフィードが支えてやった。
「ああ・・・」
魂に眠っていた自らの使命を呼び起こされている。魔星によって。
「大丈夫だよ」
シルフィード自身も、初めて冥衣をまとったときに経験していたことだった。
「やはり、そうだったか」
「冥闘士は、まだ108人全員揃ってはいなかったからな」
ゴードンとクィーンは目の前で起きた現象から目を離せない。
「あの子も、冥闘士だったんだ」
「そうか、も俺たちの仲間だったなんて・・・ラッキーな偶然だな!」
シルフィードは喜び興奮して、両手を広げる。今度こそはこの胸に飛び込んでくれるだろう。
「・・・・」
はゆらり顔を上げた。
「そうだわ、私はハーデス様にお仕えする冥闘士・・・そしてこれは天祐星アリアドネの冥衣・・・」
混乱が残っているせいか、口調はぼんやりしているけれど、目覚めてはくれたらしい。
「そう。もここでハーデス様のために働くんだ。俺たちずっと一緒にいられるぞ!」
「シルフィード・・・」
きらん。瞳をひらめかし。
「それとこれとは話が別よー!!」
はシルフィードに二度目の平手打ちをお見舞いしようとした。
「うわっ!?」
紙一重でよける。単なる平手打ちが冥衣の力によりすさまじい拳圧となって、地面を裂いた。
シルフィードは青くなって後ずさりをする。
冥闘士は冥衣により力を得るのだ。今なりたてのであっても、その威力は一人前。セーブの仕方を知らないだけに、余計危険極まりない。
「まて、、話せばわかる!」
「問答無用! 手紙のこと、許さないんだから!!」
「ひえーっ!!」
シルフィードが逃げる。が追う。二人の間に何度も爆発が起き、地が割れた。
「なかなか面白いな」
「いいコンビだ」
仲間の生命の危機を笑って見ているクィーンとゴードンだった。
「まてーっシルフィード!!」
「助けてくれー!」
二人の愉快な(?)追いかけっこは、いつも静かな冥界をひどく騒がした。
その後は、初お目通り早々、ラダマンティス様にお叱りを受けたとか。
二人きりの部屋でキスをされたら、もうほどけてしまう。
「シルフィード」
涙が、あふれてきてしまう。
「本当に、どうしたらいいか分からなくて、大変だったんだから・・・。あたしがどんな想いでいたか・・・」
言葉が嗚咽に流されそう。
「ごめん」
もう一度、強く抱きしめた。
「二度とひとりにしないから」
離れていた肌のぬくもりが、じわじわ実感となって全身に広がる。
「俺のこと忘れないでいてくれて、ありがとう」
「忘れられるわけないでしょ。怒ってたんだから」
そんな言葉も、繰り返されるキスの間では、いつもの憎まれ口にはならず。
「・・・好きなんだから」
素直になるしかなくて。
「ああ、愛しているよ」
腕の中で女そのものになるを、可愛いと思う。
「シルフィード・・・」
久しぶりの感覚は、熱を伴い、じき体によみがえる。
幸福感の中で、互いを確かめ合うことに没頭した。
これからはずっと一緒だと分かってはいても、飽かず繰り返した。
夜の訪れが、冥界に更なる深闇をもたらしても、尚。
・あとがき・
アンケート第6位、シルフィード。
何だか印象薄いキャラで、ネタ浮かぶか書けるか不安だったのですが。
イオの「ごめんね。」辺りを下敷きにして組み立ててみました。冥闘士になった人も、家族や知り合いに詳しいことも言えずに姿をくらましたんだろうな、と思って。
そういえばヒロインの性格も「ごめんね。」にそっくりだ。
ちょっと強いちゃんがいい感じ。冥闘士だったなんて驚きだね。
これから彼氏と二人で地上を暗黒の世界にするために稼ぐのかぁ・・・と考えるとそれでいいのか疑問だけど、その辺は軽く流しておきましょう。
お互いがいれば幸せね。シルフィードといえば、やっぱりゴードンやクィーンとつるんでるんでしょ。と普通に思ったので、そのように書きました。最後まで覗きをやっているゴードンにクィーン。バレンタインも特別出演。
そういえばゴードンやらクィーンには一票も入ってなかったな(笑)。ドタバタ劇ふうに終わらせようと思っていたんだけど、やっぱりしっとり二人きりのシーンを入れたくて、オマケとして最後に付け足しました。これがなければ、お子様でもOKのドリームになったのですが(笑)。
H16.3.16
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