正義と悪?



 照が、かねてより目標としていた検事という職に就いてから、はや数か月が過ぎた。
 世間はキラの出現で騒然としている。こうして街を歩いていても、聞こえてくるのはキラという音ばかり。しかし、照にとってその名は心地の良い響きだった。
 キラは、神。悪は裁かれ、削除されるべきなのだ。
「オイ、お高くとまるなよ、お姉ちゃんよ〜」
 不穏な空気に目を向けると、昼間だというのに酔っ払いが、若い女性にからんでいる。
 いずれこんなゴミみたいな奴らもいなくなるだろうが、目の前の悪事を見過ごすことはできない。照は自らの使命感から、誰もが目をそらし足早に通り過ぎる街角へと進み出た。
「おい、やめないか」
 強めに肩を掴むと、酔っ払いは大儀そうに振り向いた。眼鏡越しの鋭い眼光にビクリとして、畜生とか何とか口ごもりながらふらつく足取りで去ってゆく。
 しかし他へ行ってまた同じことを繰り返すんだろうと思えば、やはり存在そのものが消え去ってしまうべきだと、苦々しく見送る照だった。
「あ、あのっ」
 からまれていた女性の、上ずった声に、目線を転ずる。
「魅上くん、だよね」
 微笑ののぼる口もと、きらきらした眼に、昔の記憶が重なった。
・・・ちゃん」

「ほんっと、偶然だよね」
「ああ、びっくりしたよ」
 は、小学校時代の同級生だ。
 実はその当時、彼女に対し淡い好意を抱いていた。すっかりきれいになったに「時間があったら、お茶でもどう?」と誘われて断れるわけはない。
 二人は手近な喫茶店に入ると、テーブルを挟み、懐かしい顔を合わせた。
「さっきは本当にありがとう。小学校のときも、私がいじめられていると助けてくれて・・・。私だけじゃない、誰がいじめられていても、魅上くんは必ず助けていたよね。変わらないんだね、大人になっても」
 追懐が、目の前の青年に繋がり、はぽっと頬を染める。
「私、ほんとは魅上くんのこと、好きだったんだ」
ちゃん・・・」
 同じ気持ちでいてくれたなんて・・・。小学校のことながら、照も面映くて、運ばれてきたコーヒーを飲む振りで視線を外した。

 それからのとの会話は、心から楽しいと思えるものだった。
 昔の共通の話題から、その後10年ほどのそれぞれの人生まで、駆け足で話し合った。
 照が検事になったばかりだと聞いたとき、は素直に感心し、魅上くんらしいね、と微笑んでくれた。
「悪を裁くことこそ正義だから。検事は僕の天職だと思っているんだ」
「・・・そう」
 よく似ている、とは感じた。今マスコミを騒がせているキラと、魅上の口上が。
 だがそのことを口にはしなかった。思想に関する話題は慎重にすべきだと思っているし、照の眼鏡越しの瞳に、萎縮してしまったためでもある。
 は、アイスティーのグラスを両手で包み込むようにして、軽く笑顔を作った。
「正義と悪、か。そんなふうにハッキリ分けちゃうところも、昔と変わらないのね」
「それは・・・」
 ふと気になり、時計を覗くと、照の顔に軽い驚きの色が浮かんだ。
「ごめん、もう行かなきゃいけない時間だ」
 時の経つ早さが悔しい。それほど、といるのは楽しかった。
 照は紙ナプキンを一枚取ると、手持ちのペンで何かをサラサラと書き込み、に手渡した。
「よかったら、かけて」
「え、いいの?」
 紙切れを大切に手に持ち、丁寧な数字の羅列を眺めるだけでも、ニヤけてきてしまう。
「でも、魅上くん、忙しいんでしょ」
 もう立ち上がりかけている照に、遠慮がちな声をかける。ダークな色調のスーツがよく似合う、立派な検事さんだ。
「また、会えたらいいと、思ってる。・・・迷惑じゃなかったら」
「めっ迷惑だなんて」
 微笑みに、は完全にやられてしまった。
「それじゃ」
 さりげなく伝票をさらい上げる。
「待って、助けてくれたお礼に私がご馳走するって言ったじゃない」
「気にしないで」
 軽く手を上げ、照は行ってしまった。
 可能な限りその姿を見送ってから、は熱いため息を吐く。背中が椅子の背もたれに、とん、と当たった。
 そっと胸に手を当てると、音が響きそうなほど高鳴っている。
 小学生のとき抱いていた気持ちが、くっきりと目も覚めるような色を帯び、ここに迫るように蘇ってきた。
 恋に、落ちてしまった。

 と照は、それから数回、外でのデートを重ねた。
 会うたび惹かれてゆく喜びは、だけではなく照の心身にも満ちて。
 二人きりでの夜を迎えることとなったのも、自然のなりゆきといえる。
「・・・照」
 窓から差し込む月明かりは、淡くささやかなものであるけれど、スーツとシャツを脱ぎ捨てた照の上半身をの目につまびらかにするには十分だった。
 やわらかな暗さの中、照の身体に浮かび上がるのは、いくつかの・・・傷。小さな傷、古傷、火傷の痕・・・。
「照、これ・・・」
「・・・いやかな」
 拒まれたと感じたか、抱きしめるための両腕がとどまった。
 はかぶりを振り、自ら飛び込む。
 傷あとだらけの体に抱かれるのを、いとわしく思ったわけでは決してなく。単純に驚き、その次に、痛みを覚えたのだ。
 小学生のときですら、いじめられる者をかばって殴られることもしばしばだった照のこと、中学高校でどんな目に遭ってきたのか、想像に難くはない。
「こんなになってまで、あなたの正義を・・・」
「体の傷なんて、恐れるものでもないし、自慢にもならない」
 本当に興味ないように言い捨て、思い直したように、へ優しいまなざしを注ぐ。
の方をよく見せて」
 恥ずかしがる恋人から、衣服を器用に取り去ってゆく。
「・・・綺麗だ」
 そっとベッドに横たえてから、眼鏡を外した。
 目と目が合うと、は改めて照れてしまう。
・・・」
 痛々しげな体に強く抱かれると、深い繋がりができる喜びと同時に、泣きたくなるほどの切なさを感じるのだった。
「照・・・ねえ、私が罪を犯したら、照はやっぱり私を許さないんでしょうね」
「何を言っている?」
 突然の発言に、けげんな表情を向けた照だが、自分の下でがぽろり涙をこぼすから、驚き呆然としてしまう。
「・・・許せない、って、思ったの・・・。正しいことをしてきた照が、こんなに傷つかなきゃいけないなんて・・・」
 じかに触れる古傷が、の涙を誘うのだ。
「あなたをひどい目に遭わせる人がいたら、憎いと思うし、憎いと思うあまり、犯罪を犯してもおかしくないな・・・って、今、思って・・・」

 凛と呼んだ。鋭く見据えて。
「そんなことを軽々しく口にするものじゃない」
 少しおびえたふうの恋人に、ぎこちなくも微笑みを向け、軽くキスをする。唇と、そして目もとにも。
 涙のしょっぱい味がした。
 優しく髪をかきやり、頬を寄せる。
「僕は僕の信念で、これまで生きてきたんだから。君がそんなことを考える必要はないんだよ。君には・・・君だけは、悪になって欲しくはない・・・」
「・・・うん・・・」
 分かっている。彼の一番疎むものに、なるわけにはいかない。
 は目を閉じ、もう一度、キスを受けた。少しずつ官能に傾いて、心と体の準備が整ってゆくように。
「それに、キラが治める世の中になれば、君が憎むような人間もいなくなる。全て、削除されるから・・・」
 その声は今までと質の違う恍惚を帯びていて。それでも、の耳から全身を痺れさせた。
 唇や指先で導かれると、反応し、体内の熱があふれ出る。
「照・・・」
 求め合えば、正義も悪も、何もかもごっちゃになって。
 ただ無上の幸福に全身を浸した。
「照」
「・・・愛しているよ・・・
 いっぱいに感じて、触れ合って。
 かたく抱き合い、共に夜を越えた。

 新しい陽光の輪の中、先に目覚めた特権で、は照の寝顔を眺めていた。
 整った顔立ち、規則正しい静かな寝息、黒髪はやや寝乱れて。少し長めのその髪に軽く触れ、は知らず、笑みをのぼらせていた。
 だが次の瞬間、表情は曇る。いやでも目に付く、体の傷・・・鎖骨の下に見えるのは、火傷・・・煙草だろうか。はそこに、そうっと手を置いた。
 正義と悪があるのだとすれば。
(私にとっては、あなたが正義)
 照の望みのまま、どこまでもついてゆこう。
 例え、傷ついても、痛くても。
 照自身がそうして生きてきたように。
「・・・
 かすれた声に目を上げると、今や正真正銘の恋人となった人に、視線がぶつかった。
「まだ、気になるのか?」
 非難の色はなく、ただ少し寂しそうで。は慌てて傷から手を引いた。
「うっううん、ごめん」
 いざ離れると寂しくて、照はもう一度、の腕を引き寄せる。胸に抱き、髪を撫でた。
、僕はずっと、キラの世が早く実現しないかと思っていたけど・・・、今一番強く、そう願っているよ」
 照の発音は、振動としてじかに伝わる。熱っぽさも、速まる鼓動も、には快かった。
「正しい人間だけの平和な世の中で、君と暮らすことを考えたら・・・」
「・・・うん」
 心臓の音を、一番近くで聞いていた。
 照の言うような世界を思い描いてみたかったけれど、どうにも形にならない。
 それでもは、「素敵ね」と頷いた。
 世間ではキラ肯定派だとか否定派だとか騒いでいるけれど、照の望みなら、キラを崇拝もしよう。
 それが、の正義だから。
「早く、そんな日が来るといいね」
 顔を上げ、目が合うと、同じ希望の中で二人は微笑む。
 どちらが誘うでもなく、キスを交わした。
 優しく甘い、幸せなキスをした。




                                                             END



       ・あとがき・

デスノート10巻発売記念の第二弾、是非書きたかった照ドリームです。
照はあちこちで「キモイ」と言われていますが、この話を考えて下書きを始めた時点で、私にも何となくその意味が分かったような気がしました。
やや抑える必要があったわけです。何しろドリームですから。
こんなこと言っていますが、私、照が大好きです。
私がデスノートを知ったときは、8巻が発売されたころで、まだ照のことをよく知らなかったんですよ。色んなサイトなどで見かけても、ジャンプ立ち読みしてちらっと出てきても、ピンと来なかった。
でも10巻を読んだらハマりました。誰が何と言おうと、照はカッコいいです。素敵です!!

こういった話は、私の中ではベーシック。特に体のキズというネタは大好きでして、パプワオリキャラでは煉吾とか、パプワのコージとか、その他にも何度か書いています。
深い関係になったそのときに初めて分かるキズというのがイイんですよ!!
照の体に本当に傷あとがあるかどうか分かりませんが、色々ヒドイ目に遭ってきているようですから、残っている傷がいくつかあっても不思議ではないかなと。
それからもう一つ、朝になって寝ている彼の顔を眺めるというのですね、これも好きです。何度もやってます。
しかしこういう「かづな的ベーシック」、デスノートではまだ使ってなかったんですよね。だってLでドリームを書くと、普通のラブラブ恋人同士という感じにならないので・・・。
好きなパターンは何度でも書きたい私ですので、ジャンルが違うのをいいことに堂々と書いてみました!

ちゃんは照に従うのが正義だと決めました。
自分を持っていないわけではない。それはそれで立派な信念かと思います。ミサもそうですよね。月にどこまでもついていく、天晴れです。

100題のこのお題は、最初はサガで、次には瞬で、それからルーザーで書こうかなと考えていたのですが、照にもピッタリだと思うので、譲ることとしました。


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