サヨナラ。
の彼氏はシュラといって、聖闘士をやっている。
しかも、ただの聖闘士ではない。何と最高位の黄金聖闘士だ。この年でたいそうな出世である、も鼻が高いというものだ。
彼は、口数は少ないが実直で優しく、「一緒にいる時間を出来るだけ多くしたい」というの希望に可能な限り応えてくれようとしている。
職務の合間を縫っての逢瀬は、たいがいアテネ市内が舞台となる。聖域の十二宮でくつろぐのも良いが、磨羯宮は十番目と遠いため、シュラはあまり恋人を連れて行こうとしなかった。物理的な距離が問題なのではない。途中九つの宮で出会う面々に冷やかされるのがいやなのだ。
かくして、時間が許す限り、街中でのデートを楽しむ二人なのだった。
夕闇迫り、人々が長い影をひきずって家路につく頃、とシュラも道を分ける。
いつものように家近くまで送ってもらい、角を折れる前に軽くキスを交わす。これはサヨナラの決まり事。
「、シュラ」
「アディオス、」
自国語で「サヨナラ」を言い合うのも、決まり事。
笑顔で手を振って、家まで歩いていく。振り返ると、シュラは角のところに立って見守ってくれているから、また笑顔になれる。
そうやって何度か振り返り、とうとう門前まで来ると、は最後にもう一度、サヨナラを言うのだった。
「!」
大きく手を振って。
シュラも小さくだけれど振り返してくれる。そして、一番最後に、やはりサヨナラを告げてくれた。
「アディオス」
決して大声ではなく低いのに、シュラの声はちょうどよく響く。はシュラの声が大好きだった。
その余韻を胸に抱いて、次に会えるときまでを大切に過ごせるから。
「、シュラ」
「アディオス、」
今日もいつものサヨナラを交わし、しかしはすぐに身を返すことはできなかった。
仕事の都合で、しばらく会えないと告げられたから。
大好きなシュラの顔を見上げる。そこに普段と変わらない表情しか見つけることができなくて、寂しくなる。
シュラはサヨナラのとき、こんなふうにいつも平淡としている。例え明日会えないとしても、それどころか数日会えない別れでも。
いつもと変わらないキスをして、いつもと変わらない声と顔で。
にとってそれは悲しいことだった。
(私に会えなくても別に平気なのかな・・・)
彼は本当に仕事熱心な人だ。アテナへの忠誠心を何より誇りにしている。それはいつもなら素敵だと思える長所なのだけれど。
(毎日会いたいって思っているのは私だけで、もしかして、うっとうしく思われてるのかも・・・)
そこまでじゃないとしても、優しいシュラは多少無理をして会ってくれているのだろう。
わがままは言えない・・・。
諦めるように軽くため息をついて、は普段通りの笑顔を上手に作る。自宅に戻ろうとしたそのとき。
「」
名を呼ばれ、抱きしめられていた。強く。
「シュラ?」
いつもと違う。切なそうな声も、腕の力も。
戸惑い、それでも嬉しいこの状況に、は素直に身を委ねた。
「・・・しばらく会えないと思うと、もう限界だ」
「え?」
ぴったりくっついて、心臓の鼓動を聞いていた。随分早い、シュラのも、そしてもちろん自分のも。
「ここでお前のサヨナラを聞いて、自分もサヨナラって言うのが、辛かった・・・いつも」
「本当? シュラも、そう思っていてくれたの・・・?」
なんてポーカーフェイス。全然そんなこと気取らせなかった。
忍耐強い山羊座の「限界」が、普通の人よりもずっと遠いところにあることをは知っている。よほどだったのだ。感情のままに抱きしめるなどという、彼に似つかわしくない行動を取ってしまうほどに。
いつも変わらない態度の中に、これほどの情熱が潜んでいたなんて。同じように寂しいと感じていてくれたなんて。
嬉しくて嬉しくて、ぎゅっとしがみつく。頭の上から、大好きなシュラの声が優しく降ってきた。
「もう、サヨナラを言うのはやめないか」
「・・・どういうこと・・・?」
顔を上げ、問い返す。意図が掴めなくて。
シュラは、照れるように少し笑った。
「こんなところで言うつもりじゃなかったんだが・・・。一緒に暮らそう、。家族になれば、サヨナラなんていらないんだから」
「・・・シュラ・・・」
それは確かに、夢見ていた言葉だった。だけど、まさかこんな場面でもらえるとは思ってもみなかった。嬉しい不意打ちに、今にも意識が飛んでいきそう。
返答までの長い空白を、シュラは別の方向で解釈したようだった。
「・・・やっぱり、唐突すぎたな。返事は後でも・・・」
「ううん! 今すぐ返事する。オッケーよ!」
まるで現実とは思えないような幸福の中で、ふらつきそうな足元も、彼の胸にしがみつけば危うくない。
これからは、いつもこんなふうにしていられる・・・なんて素敵なことだろう。
「サヨナラ」に、さよならを。
そうすれば、二人の新しい生活が見えてくる。
そして数か月後、は可愛い花嫁さんになり、シュラは同僚たちの羨望やら嫉妬やらを集めつつ、磨羯宮で甘い新婚生活をスタートさせた。
「おはよう、」
「おはよう、シュラ」
「いただきます」
「ごちそうさま」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「ただいま」
「おかえり」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
・・・・・
二人の間に、たくさんの言葉と会話があるけれど、「サヨナラ」という挨拶だけは、もう交わされることはなかった。
・あとがき・
いかにも恋人との別れを思わせるお題。でもラブラブドリームにしてしまうのがかづな流。
好きな国の言葉を変換項目にするドリーム小説ってのを思いついて、本当は「アイスの季節」で「ありがとう」という言葉を変換でやろうかと思ったんたけど、「サヨナラ」に持ってきました。
どうしてシュラが主役になったかというと、スペイン語の「アディオス」ってのが一番カッコ良かったから。
シュラに「アディオス」なーんて言われたら、悶絶じゃないですか!ネットで調べたところ、各国の「サヨナラ」は、
フランス・・・「オー・ルボワール」または親しい間柄では「サリュ」。「アデュー」というのは、もう二度と会わないであろう人への「サヨナラ」なんだって。
ドイツ・・・「アウフヴィーダーゼーエン」または親しい間柄では「チュス」
ロシア・・・「ダスビダーニャ」
イタリア・・・「アリヴェデルチ」
ギリシア・・・「アディオ」
だそうです。
お好きな言葉でどうぞー。
ちなみにデフォルトではフランス語になっています。本当はギリシア語にしたかったんだけど、「アディオ」にすればシュラの「アディオス」まで変換されてしまうだろうから、やめました。だいたいネタが固まってきてから、「そういえば家族ってサヨナラとか言わないなぁ」と思って、プロポーズのシーンを追加してみました。
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