最後の嘘
見上げるほど大きなクリスマスツリーが据え置かれたフロアは、着飾ったお嬢様方の談笑に溢れ、品の良い生演奏が会場により優雅な彩りを添える。
そんな高級なパーティ会場では、のような普通の少女が身の置き場に困ってしまうのも無理らしからぬことだった。
(なんか私、思い切り場違いだよね・・・)
すっかり壁の花と化してしまっている。
ポセイドン(表向きジュリアン・ソロ)の主催するクリスマスパーティに招かれた沙織にどうしてもと請われ、付き添ってきたのはいいが、沙織は色んな人に声をかけられ忙しそうで、あげくジュリアンに連れ去られてしまった。以前プロポーズをきっぱり断ったそうだけれど、まだ彼は諦めていないらしい。
『ちゃんも楽しんでね』と言い残して行ってしまった沙織に、ジュリアンは軽くあしらわれておしまいなのだろうが。
(楽しんでって言われても・・・)
こういう上流階級の人たちとは世界が違う。華やかなパーティ会場で、明らかに自分だけが浮いていた。
所在なくハンドバッグなどいじっていると、
「お飲み物をどうぞ、お嬢さん」
横からグラスを差し出された。
「カノン!」
知り合いに会えた嬉しさに、の顔はパッと明るくなる。
「来てたのー」
「一応、ポセイドン・・・いやジュリアンの警護ってことで、海将軍は全員な」
さっきの気取った言い方から、いつものカノンに戻って、面倒でやってられん、なんてぼやいている。
でもカノンのスーツ姿なんて珍しくてカッコ良くて、はちょっとときめいていた。
「それより飲めよ。ノンアルコールだからな」
「ありがと」
何の疑いもなくオレンジの飲み物を受け取り、口に持っていこうとしたそのとき。
「嘘は良くないな、カノン」
脇からグラスを取り上げた男がいた。
「バイアン」
バイアンと呼ばれた男は、ちょっとグラスに口をつける。
「やっぱりスクリュードライバーだ。こんなの女の子に飲ませようとするなんて、何考えてんだよ」
「ちっ、バレたか」
悪戯を咎められた子供みたいに首をすくめ、「じゃ、後でな」との頭を撫でると、カノンはさっさと退散してしまった。
「あ・・・」
唯一の知り合いが去っていってしまう。
心細そうなに、バイアンは優しく話し掛けた。
「ソフトドリンクを取ってくるから、ここでちょっと待ってて」
「はっ、はい」
とても素敵な声だ。そうは思った。一度聞いたら忘れられないような・・・。
白っぽいスーツを着て、少し長めの髪のその人は、すぐに戻ってきてくれた。
「はい、今度は正真正銘のノンアルコール」
「ありがとう」
カノンの魂胆に危機感はなかったけれど、は安心したような笑顔を見せた。
「私は、海将軍で、シーホースのバイアンっていうんだ。よろしくちゃん」
「どうして、私の名前を?」
戸惑いながらも握手に応じると、バイアンはふっと笑った。
笑顔も、素敵な人・・・。
もう惹かれているその自覚に、ドキドキしてしまう。
「カノンがよく君のことを話しているから。今夜は君に会えると思って楽しみにして来たんだよ」
「そ、そんな、楽しみにしてもらえるほどのモノじゃ全然なくて私」
あがってしまって、自分でも何を言っているのか。相手はこんなに落ち着き払っているというときに。
「いや。思ってた通りの子だよ。それにそのドレス、とてもよく似合ってる」
一体どんな想像をしていたのだろう。カノンは自分のことを何と言っていたのだろう。
疑問は果てしなく広がるが、はドレスを誉められたことについてお礼を言うのが精一杯だった。
のこのドレスも、沙織が準備してくれたものだ。しかも、『色はどんなのが好き? デザインは?』との好みを聞き出し、わざわざこの夜のためにとびきり上等なのを仕立ててくれた。
こんなドレスを着て、普通なら覗くことすら出来ないようなゴージャスな場所に立ち、素敵な男の人に話し掛けられている今の状況は、まるで夢のようで。
(私ってば、シンデレラみたい〜♪)
お調子者のの目には、さっきまで遠いものだったパーティ風景すら、自分中心のきらびやかなものに変わって見えていた。
二人は、しばしそこで会話を交わした。話し上手な彼にリードされる形で、いつしか緊張も解け、自然な笑顔がこぼれ出る。
この人といるのが楽しい。もっとずっと、こうしていられたら。
・・・彼も同じことを思っていてくれたら、いいのに。
「ここにいると疲れないか? 向こうでもっとゆっくり話そうか」
ちょうどそんなことを考えているときにこう言われたもので、カッと血がのぼってしまう。それでもは、こくんと頷いた。
さりげなくエスコートして会場を出てゆくバイアンに、同僚たちの妬みの視線が突き刺さる。もっとも、本人はどこ吹く風のようだったが。
「とうとう連れ出しやがったアイツ」
「あーあ・・・声かけられないでいるうちに、バイアンに持っていかれた・・・」
どちらかというと面白そうにつぶやくカノンと、心底残念そうなイオ。
「おまえたちは女のことしか考えていないのか」
とクリシュナがたしなめるが、
「でも可愛いじゃないかあの子」
「女の子のことも考えない人生なんてつまんないよ」
アイザックとソレントにたたみかけるように言われて、口をつぐむほかなくなる。
「クックク・・・なんだ、そんなにあの子がいいのか? なんならオレが化けてやるから、思う存分話し掛けてきていいぞ」
早速に化けかけるカーサを、全員で力いっぱい止めにかかる。
「やめろー」
「お前が化けても全然意味ないっ!」
「気色悪いー!」
「・・・何やってるのかしら、こんな場所でまで」
片隅でドタバタやっている海将軍たちを、マーメイドラインのドレスで綺麗に着飾り男性たちに囲まれていたテティスは、半分呆れながら見ていた。
休憩用に設けられた個室に案内され、は足を踏み入れるのに躊躇してしまう。
「・・・あ、別に何もするつもりはないけど・・・。やっぱり二人きりって、いやかな」
「う、ううん、そんなことは。ちょうど座りたいって思っていたところだし!」
“何もするつもりはないけど”なんて言葉に逆に想像力たくましくなってしまい、そんな自分がまた恥ずかしい。
はわざと元気の良い仕草をして中に入り、椅子に座り込んだ。
「やっぱりこんなイスひとつでも高級品なんだね! すっごく座りごこちいい!」
素直に感心し大喜びのに笑みを向け、バイアンも座った。テーブルを挟んで向かいにも椅子は並んでいるのに、わざわざの隣を選んで。
それでも部屋の扉を開け放したままにしておいたのは、を安心させるために他ならない。
「あのさ、ちゃん」
ひとしきり、さっきの続きのような他愛のない会話を繋げた後、バイアンはそっと、の手に自分の手を重ねた。
一瞬ぴくりと反応したけれど、振り払いも引きもされないことに安心し、その顔を覗き込む。
覗き込まれて、は動けなくなった。目をそらすことも出来やしない・・・強い瞳の色にとらえられて。
「また、会ってくれないか」
声が。その声が、不思議なほど甘やかに包み込んでくれるから。は自動的に頷いていた。
今夜だけの夢で終わらなければいいと・・・。
「良かった。じゃあ、そのうち・・・」
「だめだよ」
ほっと緩みかけたバイアンの表情が、固まってしまう。
強い言葉で否定しておいて、は笑った。
「そのうち、なんて言うのは、本気じゃない証拠だもん」
誰かが言っていたことだけど、も本当にそうだと思っている。いつか、とか、そのうち、とか言っているうちは、絶対にその日は訪れないのだ。
「ちゃんと決めるの。明日? あさって?」
掴みかけた恋のチャンスなら逃せない。
どこまでも貪欲になっている自分を発見して、それでもはもうためらわなかった。
「そうだな、君の言う通りだ。いいよ明日でも。何時が都合いい?」
ただの社交辞令やその場限りじゃないことを分かって欲しい。だからバイアンは即答し、触れた手を軽く握った。
「約束、もらっていい? 」
「?」
もう随分二人の距離は狭まっていて。
言葉の意味も掴めないうち、唇に、温かいものが触れていた。
ごくごく軽いキスですぐに離されたけれど、はガクリと背もたれに寄りかかる。体中が火の塊みたい。
「バイアンの、嘘つきぃ・・・」
ちょっとにらむ真似をしてみせる。
「何もしないって言ったくせに」
「・・・ゴメン」
くすくす笑って、立ち上がると、バイアンはドアを閉めてしまった。
「嘘つきついでに」
ご丁寧に鍵までかけて、の隣に戻ってくる。
「を好きになったって言ったら、笑う?」
髪を撫で頬を包み込むように触れ、見つめる。
「さっき会ったばかりなのに」
「ひとめボレ」
本気とも冗談ともつかぬ調子に翻弄されるように、ドキドキに加速がついてゆく。
「わ、私、いつもはこんなカッコしてないし、お化粧もしてないよ」
「俺も、こんなスーツ窮屈でたまらない」
「・・・明日、いつもの私を見ても、勘違いでしたって逃げたりしないでね」
「逃げないって」
惹かれたのは、のドレスにじゃないから。
苦笑するバイアンに、わざと疑いの眼差しを向ける。
「バイアン嘘つきだからなぁ」
「もう嘘言わないよ。には絶対」
「ホント?」
「“何もしない”ってのが、最後の嘘」
もう一度、口づける。さっきよりずっと長く深く、両腕で抱きしめながら。
「や、だ」
初めてなのにいけない気持ちを呼び起こされそうで、少しの抵抗をしてみるが、しっかり回された腕は緩みもしない。
「今日はこれ以上何もしないよ」
耳をくすぐる声が・・・。こうされているだけで、十分、気が遠くなりそう。
(私も、好きになっちゃったかも・・・)
恥ずかしいから、口には出さないけれど。
今の気持ちを大切に抱いて、は夢心地で目を閉じた。
「おい、バイアンに何かされたんじゃないだろーな」
戻ったとたんにカノンに迫られ、はひらり身をかわす。
「別に。バイアンは紳士だもん、カノンと違って!」
「ぐ・・・」
ジュースと偽って酒を飲まそうとしただけに、言葉に詰まってしまう。
一方、バイアンには、リュムナデスの能力を持つ男がまとわりついていた。
「お前の心の中、あの娘でいっぱいだ」
「勝手に人の心を覗くな」
「別に覗こうと思わんでも流れ込んでくるのさ。強すぎる想いってやつはな・・・ククク」
「・・・何とでも言え」
心の中をすっかり占められてしまったのは事実だ。
出会ったばかりの、一人の少女によって。
ふと、顔を上げる。向こうでカノンと一緒にいると、目が合う。
二人だけで、微笑みあった。
明日は、どんな日になるだろう。
シンデレラの魔法が解けても、好きでいられますように。
好きでいてもらえますように・・・。
「バイアン!」
カジュアルな服装の可愛い少女が、大きく手を振っている。
太陽の祝福を全身に浴びたようなきらきらしさに、目を細めた。
「良かった、逃げないでいてくれた」
「逃げないって言ったら逃げないよ」
約束以前に、今日の彼女を見て逃げるなんてもったいないこと出来るはずはない。
「これがいつもの私」
両手を広げてにっこりしてる。
「カワイイ」
頭を引き寄せるようにして額に軽くキスすると、腕の中でえへへ、とは笑った。
「どこ行く? どこ行く?」
初デートに胸はワクワクだ。
「良かったら海底神殿に行ってみる? 俺の部屋でゆっくりしてもいいし」
「・・・何もしない?」
含み笑いのと手を繋ぎ、歩き出す。
「何もしない・・・とは言わない。嘘になるかも知れないから」
嘘は昨日ので最後って決めたから。
「それでも来てみる?」
ちょっと意地悪。でもこの声で言われると弱い。
は頷いた。
「海底、楽しみ! カノンにいくら頼んでも連れて行ってくれなかったんだもの」
「よしじゃあ行こうか」
繋いだ手は離さずに。
始まったばかりの二人の恋が、しっかりと結ばれるようにと。
・あとがき・
初ですねバイアンドリーム。
バイアンというキャラは、私の中ではアニメで株が上がったキャラです。
だって声! 速水さんですよ、マジック総帥ですよ!! 豪華じゃないですか。
ポセイドン編最初の敵キャラで息吹きかけるという謎のワザを使う海馬というキャラですが、もうあの声だけで良いです。あ、メチャクチャ言っているようですが、私はバイアン好きです。
だから今回のドリームでは声を強調してみました。
更にあのセクシーボイスなら、バイアンは年齢に似あわず手が早いに違いない! ・・・という思い込みからこんなすごい話になってしまいました。思い起こせばリアルタイム時、当時7才くらいだったイトコの好きなキャラがアフロディーテとバイアンでした。そのシュミに私とその子の姉は首を傾げ笑っていたものです。
いや、確かにアフロディーテもバイアンも良いんですけどね、何でよりにもよって7才児のベストキャラが彼ら?
今でも謎。
そのイトコも、今では立派な大学生です。「そのうち、なんて言うのは、本気じゃない証拠だもん」
このちゃんのセリフにピンと来たアナタはパプワ好きですね?
いつかなんていう日はいつだ。
私もなるほどなーと思った言葉です。
気持ちが本当なら、こんな曖昧な言い方はしないでいたいです。こういう、ドレスアップしてパーティっていう話も大好きで、パプワ系でも書いていたなぁ。
非日常的で楽しげではないですか。恋のひとつやふたつ、生まれても不思議ではなさそうな。
でもだからこそ、その夜だけで消えないで欲しいって。ちょっと不安に思っちゃうんだよね。えーと、マンガではジュリアンは全財産をなげうったことになってますが、なんかこの話ではその設定、なかったことになってます。普通にポセイドンとジュリアンを両立させているみたい。
まぁ適当にそういう設定と思って読んでいただければ。この話、書いている途中まではお題の「明日はどうだろ。」でした。
でも途中から「最後の嘘」になりました。
好きな人には嘘をつきたくないと。バイアン、手が早い割に誠実です(笑)。
H15.12.12
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||