最後の春
は機械皇国で衛生班に属する兵士だが、看護士として抜きん出た能力を有している点で、他の同僚たちと一線を画していた。北斗にも一目置かれており、通信があればマックスに搭乗し医療業務をサポートしている。
他の誰もしていない特別な仕事という職業意識は、の誇りとなっていた。自分の力を認められている満足感はもちろん、尊敬し憧れているマスタードック、北斗のそばにいられるのは心弾むひとときだった。
もちろん、生死の関わる仕事だ、浮かれた気分で出来るものではない。それに北斗とマックスに混じって働くときは、足手まといにならないようにと必死にならざるを得なかった。
「一段落つきましたね。のおかげで無事に済みました」
「いいえ、私なんて・・・」
『謙遜なんてされなくても、は優秀な看護士ですよ』
マックスの声に、はくすぐったげに表情を和らげる。
「マックスも認めているように、あなたのお陰で本当に助かっています。これからもよろしくお願いします」
「・・・こちらこそ!」
北斗とマックスから学ぶことは多い。それなのにこんなに丁寧にねぎらわれて、は恐縮し深々と頭を下げた。
「北斗さま、よかったら息抜きに少し散歩でもしませんか?」
控えめに誘うと、
「そうですね。マックスも休んでいなさい」
嬉しい返事が返ってきた。
外に出ると、日差しと風を感じる。ははしゃいだ気持ちになって、先に立って歩いた。
「桜が!」
桜並木というほど整備されてはいないが、ぽつぽつと何本かが空に枝を広げ、たくさんの花をつけている。
「すっかり春ですね、北斗さま」
優しい温かさをはらんだ風に、目を細める。
近頃、メインタワーに詰めっぱなしで、ほとんど外にも出ていなかったことに思い至った。
久しぶりの外を、北斗と並んで歩けるなんて。しかも天気は快晴、桜は満開、シチュエーションは最高だ。
(・・・なんて、勝手に盛り上がってるだけだけど、ね)
すっかり「乙女モード」にはまってしまったことに照れを感じて、相手の横顔を盗み見る。
北斗は桜か空かに見とれているふうだった。・・・或いは、もっと遠くを見ているのかも知れない。
なんて儚げなんだろう、と思う。最強の四霊将、最高のステータスの持ち主なのに。仕事中はあんなに凛としているのに。
女々しいとか弱々しいというではなく。そこにあるのは、清廉な潔さだった。・・・そう、まるでこの桜のような。
(北斗さま・・・?)
初めて見る北斗に軽い驚きを覚え、思わず立ち止まっていた。
春のかけらが、たくさん、二人の間に舞っていた。
立ち止まってこちらを見上げる丸い瞳に、静かに微笑みかける。
そうしているうち、北斗の胸の内に、迸り溢れくる想いがあった。あたかも、じっと春を待っていたつぼみがほころび、桜が花開くように。
「」
両手に抱き寄せる。驚かせないように優しく、それでも、逃げられないように素早く。
感情のまま行動するなんてことが、この自分にもあるのだな。頭の片隅でいやに冷静な部分が、そんなふうに呟いている。
「北斗さま」
「少しの間、このままで・・・」
は逆らわなかった。良い香りの中で、楽に力を抜いた。
不思議と心は波立たない。ここで北斗にこうされるのも、まるで自然のことのようで。桜の中、うっとりしていた。
「・・・ごめん」
短く言って、北斗は少し身体を離した。
抱き寄せられていたのはほんの刹那だったような気もするし、ゆるゆる長い時間だったような気もする。
いずれにしろ、謝らなくてもいいし、いつまでそうしてくれていても良かったのに、と思う。
「最後の春かも知れない・・・」
言うつもりではなかったことを、思わず口走ってしまった。の反応を真正面から見るのは憚られ、顔をそらしてしまう。
しばらく症状は治まっているとはいえ、自らの体が病に冒されているのは事実だ。それに、近頃の機械皇国の様子を見ていると、何かが起こりそうな気がしてならない。
ラファエロが手に余ってきているのは明らかだし、五年前の華蓮のこともある。
だが、その全ては、目の前のには言えない事柄だった。
せめてその姿を焼き付けておこうと見つめる。密かに、しかしずっと愛しく思っていたの立ち姿を。
「何を言っているんですか、北斗さま。春は何回も巡ってきますよ。これからも」
何も気付かない無邪気さを、はとっさに装った。本当は、なんだか泣いてしまいそうだった。
「・・・そう、だな・・・」
散る桜を見上げて、とこしえに繰り返される春を想う。
限りある時間を華やかに彩る花の中、側にはいつもがいる・・・そんな風景を、心の深いところに刻み込んだ。
とても、幸せな気分になれた。
「北斗さま!」
桜吹雪の中で手を振る少女の姿は、まるで一枚の絵のようだ。北斗は微笑みながら、ゆっくり歩み寄った。
「、もう『さま』なんてつけなくていいんだよ」
機械皇国は崩壊した。今二人の間には、階級の違いも何もない。
「でも、慣れないから・・・それより北斗さま、よくご無事で」
はあの中で、どうにか生き残った。北斗たち四霊将も無事だと聞いたときの嬉しさといったらなかった。
今日ここで待ち合わせをして、本当に元気そうな北斗を見ることが出来、心から安堵していた。
「マックスが守ってくれた・・・最後の力を使って」
「マックスが・・・」
それが単なる北斗への忠誠心に留まらないことは、にも分かった。ドナーとB'tとの血の絆は、主従関係とかそんなものでは片付けられないのだから。
「そんな顔をしないで。マックスがくれた命を大切に生きていくことが、彼女の気持ちに応えることだと思っているのだから」
「・・・そうですね」
自分にも優しく接してくれたマックスを思い出すと切ないけれど、北斗のためには笑った。
二人はどちらからともなく歩き出し、しばし黙して花見を楽しんだ。
「綺麗・・・」
淡い色彩もこれほど密に咲き誇れば鮮烈で、圧倒される心地に息をつく。
ひときわ大きな桜木のもとで立ち止まり、北斗はその幹に軽く手を添えた。
「は、これからどうするつもりなんだ?」
「どこかで働き口を探します。特にあてはないけど、まぁ何とかなるかなって」
看護士としての腕があるから、そんなに心配はしていない。
「そうか・・・。、もしよかったら、私と一緒に来ないか」
「え?」
「といっても、私にも行くところがあるわけじゃないが・・・」
桜から離れて、の側に一歩近付く。
「君と一緒に生きていきたいんだ。ずっと、好きだったから」
「北斗さま・・・」
予期せぬ告白に、口元を押さえて見上げる。信じられない気持ちは、辺りの風景と同じ薄紅に色付いて、の小さな胸にふんわり広がってゆく。
「喜んで!」
ためらいなく胸に飛び込んだ。抱きしめられて、たくさんの想いがはじけた。
ついて行く。どこまでも、いつまでも。
「良かった。・・・ありがとう」
桜色の中で見つめ合えば、甘い気持ちで微笑みこぼれて。
北斗は少し背を屈め、軽く優しく口付けた。
それから長く抱き合って、約束を結んでゆく。
うららかに降り注ぐ桜花が、二人の新しい春に彩りを添えていた。
・あとがき・
北斗はロンの次に好きです! 北斗ドリーム、絶対書きたかった。
言葉遣いで少し迷いましたが、「かまわん、やれ」とか「うろたえるな」とかマックスに対しては命令口調だったりしたので、ちょっと崩してもいいのかなと思いました。
マックスの中に入る仕事中は丁寧語で、二人きりのときはもっと親しい感じでね。桜の話を書くのが大好きです。「春」というお題が出た時点で、桜の話になることはかづな的にはもう決定。
今までいくつも桜の小説を書いてきましたが、雰囲気はこんな感じのが多いかも。そういう意味で私の中ではベーシックなおはなしになりました。
ドリームでは「あなたの、一番に。」くらいしか桜を出したことはないけれど。機械皇国にとって「最後の春」だったんだねぇ。
病気とかを簡単にネタにしちゃいけないとは思うんだけど、こんな話にしてしまいました。
北斗はある程度覚悟があるんだろうなぁと。
北斗が、マックスとの血の絆を消したくないがために、白血病をそのままにしているというエピソードは大好きです。
最終回でエックスが鉄兵と鋼太郎を自分を犠牲にして助けたように、マックスも北斗を生かすために命をかけたんじゃないかと思います。雷童も、ジュテームも、きっと。
本当にB'tXは、人間とB'tとの関係が素敵なマンガです。これから新しく始まる二人、というのは、ドリームでは何回も焼き直してますが、皆さん飽きたかしら(笑)。
前半ちょっと切なげで、後半生き残ったから(星矢だったら生き返ったから)この先のことを・・・というのも、パターン化してますね。
でも、かづなとしては、こうしないと気が済まないんですよ。
哀しい、切ないままでは終わらせたくなくて。意地でもとってつけたようでも、ラブラブなラストにしてしまう。
もうワンパターンと言われようが構いません(開き直り)。これで「私的夢100題。」も、25タイトル突破ですね。1/4ですよー。なんか嬉しい。
100制覇はいつのことかな?
H15.10.14
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