六月の雨
北欧の国アスガルドも、六月にもなれば雨が降る。
朝からしとしとと大地を濡らしていた糸雨も、徐々にその勢いを増してゆき、とうとう昼には本降りになってしまった。
ザーザーという音を、しかし心地よく聞きながら、ジークフリートは分厚い本のページを繰る。
たまの休日だ、ひとり部屋でのんびりと過ごすのも良い。
城の図書室から借りていながら、日々の忙しさにかまけてまったく触れてもいなかった本をようやく開くことができ、久しぶりに心穏やかな一日を楽しんでいた。
部屋の中には、雨と本をめくる音のみが響く。時々、コーヒーのカップを持ち上げてはまたソーサーに戻す音も加わり、ゆったりと静かに時間は流れてゆくのだった。
ガチャッ。バタバタバタ・・・。
玄関先の騒がしさに、思わず眉をひそめる。安らかな休日の終焉を予感しつつも、半ば意地で本を読み続けた。
「あーあ、すっかり濡れちゃった。ジークフリート、シャワーと服借りるね」
わざと返事をせず、顔を上げもしなかったが、そんなことに頓着するようなではない。勝手にチェストを開けると勝手に服を見繕い、勝手にシャワールームに消えていった。
「・・・まるで台風のような奴だ」
残念だが、また貸し出し期間を延長してもらわねばならないだろう。
ジークフリートはひとつ息を吐き、本をサイドテーブルに置いた。
「傘なくても大丈夫だと思ってたんだけど、途中で急に激しくなっちゃって。びしょ濡れになっちゃった」
自分の分と、それからジークフリートのカップにもコーヒーを注ぎ、は雫のしたたる髪をタオルで押さえながらソファに身を沈める。
「朝から降っていたじゃないか」
「雨に当たるのも結構好きなんだもん」
は幼なじみというのか、小さい頃から家族ぐるみの付き合いがあり、今に至ってもこんなふうに遠慮ない行き来が続いているのだった。
・・・否、遠慮のないのはの方だけか・・・。
素肌に白いシャツ一枚だけを羽織って、ソファに脚を組み、コーヒーを啜っている。その無防備な姿。
少し透けている素肌や剥き出しの脚を、目の前にちらつかせることの影響に、少しも気付いていないのが余計に罪深い。
「お前、俺を男だと思ってないだろう」
はカップを置くと、何を今更、と笑った。
「まさか女だなんて思ってないよ」
その態度にムッとくる。ほとんど発作的に立ち上がり、その手首を掴み上げていた。
「・・・教えてやるよ」
理性をなくしたわけではない。少しでも怯えたり、抵抗の意思が見て取れたなら、やめるつもりだった。
だがはじっとこちらを見上げていた。どこか挑戦的に、口元には薄く笑みまで浮かべて。
その不敵な態度に、火をつけられる。何故だか泣かせてやりたくなった。
どんなに後悔しても、謝っても許さず、陵辱の限りを尽くしてやりたいと・・・服従させ、最後には自分なしではいられないようにしてやろうかと。
こんな、人らしからぬ乱暴な気持ちを、これまで抱いたことはなかった。
かつては確かに、に対して妹のような感情しか持っていなかったのに。
自分でも驚きながら、ソファに押し付けるようにしてキスを奪う。
部屋に響く雨の音が、ひどく淫靡で、心を先に濡らしてゆく。
突然の乱暴な行為にも、は不思議なほど動揺を感じはしなかった。心のどこかに予感・・・いや、期待があったことも否めない。また、雨の音が全てを柔らかく包んでいたせいかも知れなかった。
六月の雨に遮られて、ここは二人きりの秘密の空間だった。ずっと幼い頃、ジークフリートと狭い物置小屋に隠れてキスのまねごとをした・・・あのときのような胸の高鳴りが、いけないことをしている後ろめたさを織り交ぜて甘ったるくの中に広がってゆく。
ボタンをひとつひとつ、わざとゆっくり外しながら、こちらの反応をうかがっている。不意に恥ずかしくなって目を逸らすと、視界の端でジークフリートはふっと笑っていた。
こんなときにまで、余裕を見せるんだから。
いくつかボタンを外すと、シャツをずり下ろし、肩に軽く口付ける。羞恥のためか、それとも恐怖を感じたか、ぴくり震えるのが可愛い。それがますます、ジークフリートの征服欲を昂ぶらせるのだった。
「こんな格好をして・・・俺にこうされたかったのか」
「違うよ、そんなつもり・・・あっ!」
服を思い切り左右にひっぱられ、ボタンが弾け飛んだ。誰にも見せたことのないであろう素肌が、明るい部屋の中で痛々しいほど白く映る。
「・・・や・・・」
許さず両手を押さえつけ、胸の膨らみにキスで愛撫を加える。軽く触れるだけで、の肌は初々しく反応した。
「いいんだろ」
竜殺し−と神話では呼ばれた、怖いもの知らずのあの笑みで、顔を覗き込んでくる。もう逸らすことも許されない。
いつもは冷たくすら見えるアイスブルーの瞳が、強い光を宿し熱を帯びていることに、はゾクリとした。体の芯が痺れ、そしてそこから溢れ出てくる。女なのだと自覚する。
そして目の前の男をこうさせているのも、自分の『女』なのだと、その単純な仕組みに初めて気が付いた。
北欧神話随一の勇者。アスガルド最強の男。
そのジークフリートの、こんな目を見ることが出来るのは、自分だけ。
優越感はしかし、すぐに未知の恐怖と初めての肉体的な快楽により覆い尽くされる。
軽々と抱き上げられ、場所をベッドの上へと移された。
濡れた髪が枕に広がり、僅かに肌を覆っていた服も全て取り去られる。欲望を直にぶつけるような荒々しさで繰り返される前戯を、は戸惑いながらも受け止めた。
「お前が悪い、。お前が俺を狂わせた・・・ずっと前から俺は・・・」
「え・・・」
聞き返すことは叶わない。初めての痛みに唇を噛む。
はっきりと記憶として残ったのは、その瞬間までだった。
「・・・責任、取ってくれるんでしょうね」
シーツの汚れを気にしながら、そんなことを言ってみる。重く聞こえないように冗談めかしたつもりだが、気持ちは本気だった。
「俺も男だからな」
一足先にさっさと服を身につけつつ、ジークフリートは何でもないように答えた。はガッツポーズを作って見せる。
「やった! 最強の神闘士の奥さんにおさまれば、食いっぱぐれることはないわ!」
「・・・ちゃっかりしているな」
いつもの調子に、苦笑するしかない。
取りつかれたような熱はすっかり冷めて、平静な自分に戻っていたが、ますます強くなった想いは自覚している。
兄のような存在なんて、男として見てもらえないなんて。本当はずっと前から、そんな関係に嫌気がさしていた。特に最近は、焦りさえ感じ始めていたのだ。どんどん娘らしく、美しくなってゆくのそばにいながら、他の男に取られたら・・・と。
欲望に突き動かされたことは否定しないが、互いの気持ちを確かめ合えたのだから、結果オーライといったところか。
六月の雨に、感謝しよう。
ジークフリートはカーテンを少し開け、未だ降り続く雨を眺めていた。
・あとがき・
ストーリィが先に出来ました。雨に濡れて着替えた姿にドッキドキ、思わず理性ぶっとんで襲ってしまいましたパターン。
キャラを決めるとき、これは止められないほどの若者だなぁ。少なくとも黄金聖闘士じゃないな。と思って。最初は海闘士にしようかとも思ったんだけど、神闘士もいるじゃないかと。
ちょっと強引な感じにしたかったので、ジークフリートに決定しました。
幼なじみにしたのは、そう親しくない女性がジークフリートの前でそんな格好したりしないだろうと考えた結果です。お兄さんみたいに接せられることに物足りなさを感じていたジークフリート。
ちゃんも、ジークフリートのこと好きだったんですよね。ジークフリートほどハッキリ「好き」と自覚してなかったけど、目覚めさせられた、というか。
今時「責任取って」もないでしょうが、アスガルドってそういうとこ堅いような気がするので。アスガルド、六月に雨降るかな?
まぁ降ることにしておいてください。
H15.12.3
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