玩具箱の中には
玩具箱の中には、秘密と宝物が溢れている。
それらはの心をいつもときめかせてくれていた。
恋を知ったとき、その玩具箱はもう開けられなくなるなんて、まだは知らなかったけれど。
「あ!」
春の強い風にあおられ、帽子が舞い飛んだ。
つばの広い、お気に入りの帽子・・・リボンがひらりなびき、精一杯伸ばしたの手から逃げてゆく。
「待って・・・」
見上げたとき、何かが光を遮った。きらり、それは太陽よりも眩しくて。
「はい」
聞きなれない声がしたけれど、残像に惑わされその姿はブレていた。は目をしばたく。
「・・・」
よくよく見ると、光を宿す短髪の、笑顔のすてきな男の子が、帽子を手渡してくれている。飛ばされそうになったところを、うまくキャッチしてくれたのだと理解した。
「気をつけなよ。春の突風は、いたずらだから」
「あ・・・」
もう背を向けかけている。お礼もちゃんと言っていないのに。
「待って」
それよりも、このまま行って欲しくはなくて、もっと笑顔を見ていたくて。
は、ほとんど無意識に呼び止めていた。
アイオロスと。彼は、風の神の名を名乗った。
歳は14だと言った。自分よりもほんの少し上なだけだということが、には信じがたい。
もっと大人っぽく見える・・・といって、外見的なものではない。やんちゃな表情やもの言いは、同年代の子たちと何も変わらないから。
それならどうして・・・明るい色の瞳の奥に、深い何か秘められているのか・・・には、よく分からない。
分からないけれど、いまだに玩具箱を大切にしている自分が、少し恥ずかしくなった。
「アイオロスって、大人びてる」
そのまま口にすると、
「弟がいるせいかな」
さらりと答え、微笑んだ。
「今は俺よりもずっと大きいけどね」
「え・・・、ずい分、発育のいい弟さんなのね」
アイオロスだって、決して小柄な方ではないだろうに。
目を丸くしていると、アイオロスはおかしそうに笑っていた。
の玩具箱は、前ほどひんぱんに取り出されることがなくなった。
玩具箱を覗き込み、一人遊びに興じるよりも、外に出てアイオロスと会う方がずっとずっと魅力的なことになっていたから。
緑も濃くなった草原にはしゃぎ声を響かせ、追いかけっこをする。簡単に捕まえられると、転がるように笑った。
あの帽子をかぶって、きららにみずみずしい草の上にぺたり腰を下ろした。
すぐそばに、片ひざを立てて座るアイオロスを、眩しそうに見上げる。
「どうかした?」
「ううん」
少し目を細めはしても、そらさないで見つめる。痺れるような高揚感が何であるのか、には分かりかけていた。
「最初に見たとき、アイオロスのこと、天使か妖精だと思った」
太陽を受け、清らに輝いて。それはもちろん、今でも同じ美しさだけれど。
「あのとき、アイオロスの背中に、羽が見えたから」
夢見るように。
「」
しばし、不意をつかれたようにきょとんとして。
アイオロスの顔に、徐々に優しい笑みが広がる。包み込むように、おおらかに。
「俺は、何も持たない、ただの男だよ。・・・だけど」
その優しさのまま、小さな体をすっぽりと包み込んであげる・・・両腕で。
「きみのそばにいたい。できるなら、ずっと・・・」
「・・・アイオロス」
風を感じた。
草が木が、光をはじきながらさざめく。
目を閉じて口づけを受けたとき、心の中の何かをなくしたような気がした。
未知の期待と幸福感におおいかくされ、すぐに忘れてしまったけれど。
恋を知って。
物置の奥にしまいこまれた玩具箱は、もう二度と開かれることもない。
玩具箱の中には、幼き日の小さな宝物たちが眠っている。
「アイオロスー!」
長いスカートをひらひらさせて、は彼のもとへ駆けてゆく。
「」
ふわり抱き上げられ、明るい笑い声をあげた。
「大好きよ!」
二人を中心に、何もかもが輝く。そんな季節だった。
・あとがき・
一応、14歳のまま復活したアイオロス設定で書いたつもりです。
今まで、復活したら何故か27歳になっていたという設定にしていたので、たまにはこんなのもいいかなと。
公式プロフィールでは享年14歳なのに身長も体重もスゴイことになっておりますが、ここではあえて無視させていただきました。普通の14歳の体格でアイオロスを想像していただければ幸いです。
弟に身長はおろか年齢を追い越されるというのはどんな気分なのでしょう・・・。アイオロスのことだから、笑っていそうだけれど。春なので、ふんわりメルヘンを目指してみました。イメージは「亜麻色の髪の乙女」で。ちなみに歌の方ね。ドビュッシーは大好きだけれど。
ちゃんはジーンズなぞはいていないで欲しいなー。軽い素材のロングスカートでどうぞ。
アイオロスよりも少し年下ということなので、12歳くらいでしょうか? まだ玩具で遊んでいたり、おそらく夢見がちな女の子だったのでしょう。
ちなみに私も、そういう幼児性のようなものが強くて、かなり大きくなるまで玩具で遊んでいたような気がします。
でも、恋を知ったとき、ひとつ大人になる。そういうところを書きたかった。
それから、アイオロスに「俺はただの男だよ」と言わせたかったの。黄金聖闘士であっても、アテナを守った英雄であっても、好きな女の子の前ではやはり何も持たない一人の男なんだよーって。
「裸でどれだけホレた女を守れる力があるか、それが男の真の価値」というような車田美学が大好きなのですよ。
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