願い事叶えるなら
「フェンリル、いる?」
ワルハラ宮の一室、フェンリルが使っている部屋のドアをノックすると、すぐに嬉しそうな顔が現れた。
「」
も、素直な笑顔を見せる。
フェンリルはアスガルドの神闘士である。聖戦後、ワルハラ宮に召された当初は「今までのように狼たちとだけ暮らしたい」と言い張っていた。復興が終わるまで、しかもギングと一緒、という条件でしぶしぶ城に住むことにしたのだが、そこで出会ったと恋に落ちたがために、もうとっくに期限は切れているのにも関わらず城を出ることなど考えられなくなったのだった。
「ギング、あっち行ってろよ」
一転、険しい顔になって、フェンリルは大きな銀色の狼−ギングを部屋の外に追い出した。
「ちょっと、フェンリル」
ギングとは親友同士のはずなのに。今までにない乱暴な態度に驚くを引き込み、フェンリルはドアをバタンと閉めてしまった。
「一体どうしたの、あんなに仲が良かったじゃないの。ケンカでもした?」
フェンリルは唇を噛み、視線を宙にさまよわせていたが、の質問をうまくはぐらかす答えも見つけることが出来ず、結局、正直なところを口にした。
「と一緒にいるとき、ギングはいて欲しくないんだ」
の不思議そうな表情を見て取り、仕方なく付け加える。
「・・・ギングも、のこと好きだから」
下を向いて、小さな声で。
「・・・そりゃあ、懐いてくれているものね」
城に仕える他の女性たちは、『ケモノ臭い』『怖い』といって、ギングに近寄ろうとしなかった。ギングはフェンリルといつも一緒だから、結果的に、フェンリルも避けられるような感じになっていたのだ。
その中で、だけは違った。
「私、動物が大好きなの。ギングは狼だけどおとなしいし賢いし、怖くなんてないわ」
にっこり笑ってそばに来て、ギングの頭を撫でてくれた。
フェンリルが人間の女性に対して初めての胸の高鳴りを覚えたのも、無理のないことだった。
「私もギングを好きよ。フェンリルだってそうでしょ? 何も追い出すことは・・・」
「そうじゃない!」
鋭く叫び、遮る。その激しさには目を見開いた。
「そうじゃない、ギングは、俺がを好きみたいにを好きなんだ!!」
「え・・・」
彼の言葉は時々分かりにくい。人間の言葉に慣れていないせいだ。
自分なりに理解する前に、はフェンリルに抱きしめられていた。
「に色んなこと出来るのは俺だけだって、が好きなのは俺だけだって、そう言っただろ?」
「うん・・・」
背中に手を回し、もぎゅっと抱きしめ返す。
「許せないんだ、ギングでも許せない。にこういうことしたいって思ってるのが許せない!」
キスをする、めちゃくちゃにキスを浴びせる。は面食らいながらも、されるがままにしていた。そのまま床に押し倒されても、服を開かれても。
「こういうの、していいのは、俺だけなんだから」
・・・つまり、嫉妬?
(可愛いじゃないの、フェンリルったら)
つい、笑ってしまう。
まさか狼がそんな目で自分を見ているわけはない。フェンリルは少し疑いすぎだけれど、それも愛情の裏返しだと思えば、微笑ましいではないか。
「床だと硬くて痛いよ」
「じゃ俺が下になるから、それならいいだろ」
「ベッドに行こうよー」
「いやだ。ここがいい」
獣みたいにするのが好きなのは、やっぱり狼と共に育ってきたからなのか。フェンリルはいつもこうだった。
「まったく・・・」
と言いながら、いつも許してしまっている。
好きだから、望むようにしてあげたいから。
ドア一枚隔てて、睦び合う声を聞きながら、ギングは低くうめいた。
燃える目に宿る想いに、気付く者は誰もいない。
夜になってもギングが帰ってこない。
感情に任せて、ひどいことをしてしまった・・・フェンリルは後悔していた。
ふとカーテンをめくると、空には見事に丸いお月様が浮かんでいる。忘れていた、今夜は満月だ。
満月の夜、ギングは決まって外に出てゆく。少し離れた場所で、月に向かって遠吠えするのだ。
心配はいらない、朝には帰ってくるだろう。
ベッドから毛布を取り、床に丸くなる。未だに柔らかすぎる寝床には慣れないフェンリルなのだった。
雲のない夜空に月が輝いている。崎にたった一匹たたずみ、ギングは吼えた。
頭から、少女の姿が離れない。優しく美しい・・・。
()
それが名前だと知っている。フェンリルがそう呼んでいるから。
だけどギングには、そのきれいな響きの名を発音することができない。ただ切ない遠吠えになるだけで。
フェンリルがするように触れることもできない。それどころか、想いを示すことすらも。
事実、抑えられない気持ちをフェンリルに悟られ、今日は部屋を追い出されてしまった。
親友のように、兄弟のように育ってきたフェンリルにあんな態度を取られるなんて。ショックだったし、自分がに対してそんな想いを抱いてはいけないのだと、はっきり思い知らされた。
それならば、せめて・・・たったひとつの願い事を。
ギングは月に想い人の姿を重ね、大きく吼える。
願い事叶えるなら、満月に届けて。
それは狼たちの間に伝わる唯一の伝説。
願い事叶えるなら。
さやかだった月明かりが急に強さを増す。眩しくて、ギングは目をつぶった。
満月の光を一身に浴びながら、自らの身に起きている変化を、つぶさに感じ取る。
歓喜に吼えたが、その声はもうさっきまでの狼のものではなくなっていた。
月は聞き届けてくれたのだ。
ノックの音を聞き、は警戒心のかけらもなくドアを開けた。気紛れなフェンリルだ、こんな夜に突然やって来るのも珍しいことではない。
だが戸口に立っていたのは、フェンリルではなかった。それどころか、見たことのない男だ。
ワルハラにいる人物ならば、ほとんど知っている。顔くらいは見覚えあるはずなのだ。特にこの人は、結構目立つ外見をしている。それなのに記憶にないなんて。
は相手をまじまじと見つめる。
細身で背が高い。髪は銀色、額に三日月型のキズがあるが結構な美形で、穏やかな表情でこちらを見ていた。
「ど、どなた」
自然と声は硬くなる。反対に相手は笑顔を深くした。
「君と話がしたい。中に入っていい?」
返事も待たずに入り込む。口調とは裏腹の強引な態度に、は混乱した。
「ち、ちょっと、何よあんた。人を呼ぶわよ」
「・・・俺のことが、分からない?」
じっ、と見つめる、その瞳・・・そしてこの髪の色は、確かによく見慣れたものだ。
(でも、まさか)
そんなはずは。
表情の変化を見逃さず、男はそっとの手を取り、その甲にキスをした。
「俺・・・ギング」
「・・・嘘」
熱い飲み物を彼の前にも置いて、は絨毯の上にぺたりと座った。
「信じられないけど、でもギングなのね」
突拍子のない話に面食らったは、とりあえずギングと名乗る人間にいくつかの質問をぶつけてみた。それらはギング本人(本狼?)しか知り得ないことだったが、彼はなんなく答えてしまったのだった。
ギングはマグカップを物珍しそうに眺めていたが、一口すすってあちっ、と口を離す。
狼でも猫舌なんだ、と、は可笑しくなった。
「満月に願い事をしたんだ。そして半分、叶えられた。あとの半分を叶えるために、君のところに来たんだ」
「半分って?」
ギングは狼の仕草でテーブルの向こうからの方に回ると、いきなり抱きついてきた。
「きゃっちょっと、何をするの」
逃れようとする身体を信じられない強さで抱きとめて、声を落とし囁く。
「願い事は一回しか叶わない。人間になれるのは今夜だけなんだ。だから、君を抱きに来た」
「やめて、何をバカなことを」
「君を愛しているんだ、」
不意打ちの告白に動きが止まる。更に力を加えられ、もう抵抗が出来なくなった。
は、昼間フェンリルが言っていたことを思い出していた。
『ギングも、のこと好きだから』
フェンリルの思い過ごしだとばかり思っていたのに。
「一度だけでいいんだ、一度だけ・・・。そうしたら君を諦めるから。フェンリルとも今まで通りだ。俺だってフェンリルとはずっと仲良くしてたいんだ」
「だけど、私、そんな・・・」
愛しているのはフェンリルだけなのに。そんな不埒なこと。
「一生のお願いだ。俺に抱かれてくれ」
唇に唇を押し当てられる。
「んんっ・・・」
強引なのに優しいキスに、徐々に力が抜けてゆく。
愛しい少女をかき抱き、ギングは湧き出る気持ちのままに言葉を紡いだ。
「大好きだよ。この気持ちはフェンリルにも負けない。でも君は愛してくれないよね、俺が狼だから。ならせめて、今夜だけは・・・俺の願い事を聞いて」
見つめられて、半ばうっとりと、は頷いた。
熱意に押されたのか、同情か、それとも淫らな気持ちを呼び起こされたせいか・・・自分でも分からない。
ぼうっとしたままでギングをベッドへ誘い、身を委ねる。
カーテンは閉めようとしたけれど、ギングに止められた。
「月に照らされたが、とてもきれいだ」
そう言って舌を這わせてゆく。
「ふあ・・・やだ、そんなとこまで」
「なんで? どこもなんだから、みんなおいしいよ」
体の隅々まで。
「ああ・・・」
フェンリルとは正反対の愛し方。情熱を秘めながらもどこまでも優しく、ゆっくりと。
とろとろ感じてしまう。濡れた音に声が重なる。濃く熱く。
「ギング・・・」
貞節だとか倫理だとか。そんな言葉は月より遠いところにあるみたいで。
ただ体が求めるまま貪欲に。
「夢みたいだ。君をこの腕に抱けるなんて」
月の中で交わって、ゆっくりと、互いを感じる。
「あー、すごくいい・・・の中って、あったかくて柔らかくて、気持ちいい。羨ましいフェンリルが」
「・・・ばかね」
ギングは真面目にそんなことを言う。憎しみなどはない、純粋な羨望で。だからこそ切なくこみ上げるものがあって、はきゅっと背中にしがみついた。
フェンリルより年上の、穏やかな男。初めて見るのに馴染みのある、銀の髪と三日月のキズ。
「は? どう?」
お互い、息が弾んでいる。
「・・・うん。いい」
随分控えめに表現したけれど、本当は最高に感じていた。ギングはどこまでもゆっくりと愛してくれる。その徐々に高められてゆく感覚が、初めてでとても良い。
「いいよ・・・ギング」
はあっ・・・蜜のような吐息がこぼれる。
肌で触れ合って、愛しく思えた。たやすく恋に変わりそうなほど、刺激と甘さは十分だった。
(もしも私がフェンリルに出会わなかったら、あなたを好きになったかも知れないね)
もしもの話なんて。まるで意味がないって分かってはいるけれど。
せめて今だけは、ギングに全てを捧げようと思った。体のみならず、心までも。
夜が終わるまでは。
「俺が人間だったら、君を奪っていくのに。遠いところに連れていって、ずっと一緒にいるのに」
叶わぬ望みを口にして、少し寂しそうに笑う。
「でも、これで良かったのかも知れない。フェンリルと俺と、一緒にいられるんだから。俺の願い事が叶えられたんだから、満足だよ」
「ギング」
もう二度とこうして会えない。その寂しさと辛さはも同じだった。
でも何も言えないから。代わりにキスをする。
「の方からキスをしてくれるなんて」
子供のように無防備に破顔して、抱きしめてくれた。
フェンリルもそうだけれど、僅かに狼のにおいがする。はそれが嫌いではなかった。自分から体を密着させ、じっと目を閉じる。
(今だけ、愛してる)
口には決して出来ない言葉が、切なく胸を漂っていた。
「今夜のことは、夢だと思って忘れて・・・そしてフェンリルとずっと仲良くしてくれ」
身支度を整えると、ギングはに最後のキスをした。ただし頬に・・・友情のしるしのように。
「フェンリルに、人間としての幸せをくれてありがとう」
捨てられた小さな子供だった。自分たち狼が育ててやったが、やはりフェンリルは人間なのだ。人を愛し、信じ合って、人間らしく生きていって欲しい。
となら、それが出来る。
最大の望みが叶えられた今、あとはそれを見守ってやれればいい。
「さようなら、」
微笑んで、軽く手を振って。ギングはそっけないほど簡単に、背を向けた。
呼び止めることも、何か声をかけることも出来ない。静かに閉じられるドアを見守ることしか。
体にまだギングのぬくもりが残っている。自分で自分を抱きしめるようにして、ベッドの上にうずくまる。
彼の声が耳に蘇る。
『今夜のことは、夢だと思って忘れて』
(忘れられるわけ、ないよ・・・)
窓から月は消えた。
いつしか薄明るくなっていた部屋の中、は、静かに泣いた。
次の夜、フェンリルの部屋を訪ねると、彼は銀色の狼と前のように楽しげに戯れていた。
「、俺、ちゃんとギングと仲直りした」
「・・・うん、良かった」
渦巻く感情を気取られぬようにと微笑んでみる。思ったよりうまく出来ることにびっくりした。
そのとき、ギングが動いた。そっと、部屋を出て行こうとする。
「ギング?」
一度振り返った、その瞳にズキリ疼きが走る。はあえぐように息をつく。
ギングはすっかり出ていってしまった。
「気を遣ってやるよ、ってギング言ってた。昨日のことはもう気にしてないけど、俺とを二人きりにしてあげたいって」
「そう・・・」
フェンリルがぴくりと反応したのは、の声の調子や表情などにではない。あえて言うなら直感だった。何かが違う、と。
「」
後ろから抱きしめ、髪に鼻を埋める。
においでバレるかも・・・一瞬ひやりとした。
「・・・気のせいかな」
「何が? どうしたのフェンリル」
ふわっと離れながら振り返る。いつもみたいに笑ってみせた。
「いや・・・んー・・・なんか、うまく言えないや」
このはっきりしない違和感を伝えるような言葉が見つからず、ぽりぽり頭をかく。
それをいいことに、は自分から抱き付いた。
「まぁ、いいじゃないの。今夜はずっと一緒にいてあげるからね」
「本当!?」
「うん」
平気でこんなことを言っている。後ろめたい気持ちがないわけではないけれど、それにしてもこんなに普通を装えるなんて。
(私って、実は悪い子だったのね)
でも、心から嬉しそうなフェンリルを見れば、それでいいのだと思えるのだった。
昨夜のことは、心の奥底にしまって、鍵をかけておこう。
そしてフェンリルだけをずっと好きでいよう。
それが、ギングの望みでもあるのだから。
「ベッドでいいよ、」
ちょっとはにかむように言って、腕を引き、フェンリルはを自分ではほとんど使っていないベッドへ連れていった。
「珍しいわね」
キスもいつもより優しい気がする。
「んー・・・俺、の言うことあんまり聞いてなかったかなって思って。ギングも好きになるくらいだから、を好きになる奴はまだいっぱいいるかも知れない。だっては可愛いから」
頬にもキスをする。
「他の奴に負けないように、もっと俺のこと好きになってもらおうと思って」
「・・・フェンリル」
何て、何て愛しい。
罪悪感からじゃなく。ただ純粋に気持ちが迸る。
「ずっとフェンリルだけ好きよ」
心から伝えて、抱きしめた。
それからは、変わらない関係が続いている。
二人愛し合うときにはギングはいなくなったし、そういうこと抜きでみんなでじゃれて遊ぶこともあった。
ギングはいつもと変わらなかったし、もギングを見て動揺するようなことはなくなった。
フェンリルとは仲の良い恋人同士、ギングは二人の一番の友達。
・・・それでもは、鍵をかけた心の深い場所が、時々熱を帯び溶け出しそうになるのを自覚している。
それは決まって、満月の夜。
フェンリルに抱かれながら、カーテンを開け放した窓の外を眺め、そのときだけ、あのことを思い出す。
ただ一度きりの夜の出来事が、甘く切なく、月に滲んでゆく。
・あとがき・
久しぶりのダブルキャラドリーム。これもダブルキャラ。
前回ジークフリートを書いたら、久しぶりにフェンリルを書きたくなりました。今回はキャラ先行。ちょっと色っぽくて変わった話にしたかったので、ギングとの三角関係というのを思いつきました。
最初はちゃんによこしまな想いを抱いたギングが(狼のまま)襲っちゃうという話だったんだけど。
話を頭の中でいじっているうちに、人間になっちゃうっていうのが思いついて、ファンタジックで私の好きな感じの話になりました。
昔読んだ同人誌で、ギングが人間になるっていうのがあって、それをパクったんだけど。またパクリ。
フェンリルより大人っぽくて、優しい雰囲気です。狼なのに。どんな言い訳をしたって浮気は浮気なんだけど。そのため、最初はお題「火遊び」を使おうとまで思ったんだけど。
ああ、私、「恋人同士ラブラブの甘いお話が好き〜♪」なんていつも言っているけど、撤回した方がいいんだろうか。
いや本当に甘々ラブラブは大好きなんですよ! でも、こういう妖しさも好き。
一途じゃないと許せない! という方には合わなかったと思いますが。
でもいい男にこんな熱心に口説かれてお願いされて、心が揺れない人がいるでしょうか!?
もうこうなったらフェンリルには悪いけど黙り通すしかないでしょう。
そういうものだと思います。「願い事叶えるなら」って、微妙なお題ですよね。最初「?」と思ったもの。
「願い事叶えられるなら」とか「叶うなら」なら分かるけど、叶えるなら、って。
でも普通に、叶えられるなら、と同じ意味で使ってみました。
H15.12.5
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