ナミダ。
海の中に存在する、海皇の国−海底神殿。
ひそやかに閉ざされた部屋の中、男女の影が重なり合う。
「シードラゴン様・・・」
声はこの世界にあっては、波紋のような広がり方をする。不思議な揺れと響きを伴い、儚く消えゆく。
ベッドの上で肌を触れ合わせてはいても、それは睦び合いともいえぬ行為だった。
囁きも口づけもない。前戯すらも、満足に施されはしない。
ただカノンは、その動物的な欲望をに激しくぶつける。
そしては、シーツを掴んで耐えるのだった。
その目は虚空を見つめ、瞳から涙も涸れ果てて。
一応の満足を得ると、女の体を突き放し、背を向けて横になる。
背後で身じろぐ音を聞きながら、カノンは強く目をつぶった。眉根にしわが刻まれる。苦悶の表情といってもいいそれを、決してには見せない。
彼女を初めて奪ったのは、もう十年も前になる。
偶然ポセイドンの封印を解き、それを利用して地上を手に入れてやろうと企んだカノンは、その日から海の底で暮らすこととなった。
身の回りの世話をさせるために、まだ少女だったを連れてきた。挨拶もろくに交わさないうち、ベッドに引き込み辱めた。
悪の心しか持たないカノンの、それは退屈しのぎに過ぎなかったのだ。
それからも、興味と欲望の赴くままにを押し倒した。少女にとっては酷といえる行為を強要したこともある。
の涙を見ると、歪んだ愉悦に体中が震えたことを覚えている。
・・・そうして、数年が過ぎ・・・、聖戦が起きた。
自分を幾度となく死の淵から救ってくれたアテナの愛に触れ、ハーデスとの戦いではアテナの聖闘士として力を尽くしたつもりだ。
全てが終わり、平和を取り戻し・・・。
それでも、との関係だけは初めの頃から変わっていない。
今は兄のサガと一緒に聖域で暮らしているが、何だかんだと理由をつけては海底神殿までやってきて、を呼び付け、乱暴に抱く。
もともと身寄りのないは他に行くところもなく、ここに留まり復興作業等の雑務をこなしながら暮らしているのだった。
変化といえば・・・、
は、涙を見せなくなった。
そしてカノンは。
目をつぶったまま、奥歯を噛む。苦々しい味が口いっぱいに広がっていた。
(・・・)
本当は・・・、そう、本当は。
優しく名を呼びたい。苦痛ではなく、快楽を与えてやりたい。
抱きしめて、髪を撫でてやりたい。
そして伝えたい。
愛している、と。
(今更・・・)
唇が、自嘲に歪む。
いつからだったろう。初めは単に性欲のはけ口に利用していただけのを、恋い慕うようになったのは。
だが、さんざん辛い目に遭わせておいて、今更言えただろうか・・・好きだなどと。
気持ちの伴わない交合の、何と虚しいことか。肉体的な快楽が大きければ大きいほど、その虚しさばかりが身にしみる。
行為を終えて背を向けるとき、やるかたない自責と悲しみに襲われ、いたたまれなくなるのだ。
カノンはそれでも、やめられなかった。を力でもって組み敷くことを。
愛する人を傷つける。愛する人から憎まれる。その痛みを、自らの罰のように感じていた。
・・・否、本当はそれだけではない。
乱暴をはたらくとき、悪の心一色だったかつての自分に戻ってしまう。その開放感は快くすらあった。
だが、その思いはすぐに自己嫌悪に変わり、カノンを打ちのめす。
いつまで繰り返すのか・・・こんなことを。
同胞たちにも、まして兄にも言えない背徳を。
(シードラゴン様・・・)
昔から変わらない呼び名を心の中でつぶやいて、はカノンの背中を見つめていた。
きっと、眠ってしまっているのだろう。
乱暴にされても、良かった。
気持ちが無くても、良かった。
触れ合うことはにとって、ひとときの夢にも等しい喜びだったから。
異常だと眉をひそめられる想いだと、分かっている。−自分を陵辱した男に心惹かれたなんて。
それに、カノン自身にとっても迷惑だろう。自分のこの気持ちを伝えたりしたら、もう二度と来てくれなくなるだろう。
だからは、感情を押し込めてカノンを受け入れた。
辛そうな顔を見せ、うめいて・・・うつろな目をして。そうすることが、彼を喜ばすのだと知っていたから。
だけど。
今なら・・・、眠っている、今ならば。
「・・・愛しています・・・」
そっと、背に寄り添って。
気持ちと一緒に、涙が溢れた。
切なさと悲しみに満ちた、ナミダがこぼれた。
「愛しています・・・シードラゴン様」
空耳かと思った。
信じられない言葉に、思わず体を反転させる。
は、眠っているとばかり思っていたカノンが突然こちらを向いたので、これ以上ないほどの驚き顔をしていた。
その表情の新鮮さに、思わず見とれる。
「今の、言葉は・・・」
「も、申し訳ございません!!」
はじかれたようにベッドの下へひざまづき、は深く頭を垂れた。一瞬だったが、その瞳に光るものを見逃しはしない。
カノンはゆっくり身を起こす。何らかの責を受けると思っているのだろう、怯え震えるの小さな体が、細い肩が、やけにいとしく感じた。
肩に手を置かれ、びくりと全身を震わす。
このまま床に押し倒され、乱暴にされるか、さもなくば殴られるのかもしれない。
全身をこわばらせ、次に襲いかかってくるであろう衝撃に構えた。
だが。
「」
カノンの声に、猛々しさはなかった。
その大きな手は、危害を与えるためではなく、を優しく抱きしめるために差し出されたのだった。
「あ・・・」
体を密着させ、頭をなでられる。
それでもは、泣きそうな声を出した。
「てっきり、眠ってらっしゃるかと・・・」
「では、さっきの言葉はまことなのだな」
「・・・」
声をなくしたの顔を覗き込む。
表情には怯えの色が浮かんでいたが、うるんだ瞳の奥に、返事を見つけた。
「お前には、疎まれていると思っていた。憎まれていて当然だからな。だから、言えなかった」
そっ、と、の体を持ち上げ、寝台へ横たえる。
今までになかった優しさに、は戸惑っていた。
「」
こんなに近くで、じっと見つめられるなんて。
海のように青く深い瞳の中に、限りない情愛を見て、うちふるえる。
「シードラゴン様」
「カノンと・・・」
名で呼ぶように求め、髪をかきやると耳元に口を寄せる。
「お前をずっと愛していた」
そっと触れた。大切に。
初めて受ける優しく熱いキスに、は目を閉じた。涙が伝い、こぼれる。
それは先ほどまでとは違う、喜びのナミダだった。
こんなに丁寧に、穏やかに導かれるのは初めてで、最初は緊張していたの体もいつしか素直に反応し、たくさんの蜜を溢れさせた。
カノンは、それすら残さずすくい取る。
吐息交じりの声は、聞いたことのないような甘さで、カノンを煽る。もっと聞きたいと貪欲にさせる。
初めてのときのように恥らう体を優しく愛し、深みを知る。
長い時間を越えて、今ようやく、二人は一つになれたのだった。
「信じられないくらい幸せ・・・もう、死んでもいい・・・」
「バカなことを言うな」
腕の中の体は細くて儚くて、本当に消えていきそうだから、カノンは強く抱きしめた。
「お前は生きていくんだ。俺と・・・いいな」
わざとなのか、前までと同じ口調で命令してくるから、泣き笑いの感情で、はくすぐったく『はい』と答えた。
「今までのことは、どんなことをしても償うから」
「そんな・・・」
顔を上げたと目が合う。微笑んであげたいのにうまくできなくて、カノンは少し、泣きたくなる。
「そばにいてくれ」
もう二度と、涙を流させまいと、決めた。
数日後・・・。
「、可愛いな」
「もう〜カノンったらv まだ日は高いわよ」
「でもガマンできない・・・」
「お前らッ、いい加減にしないか!!」
サガに大声で怒鳴られ、仲良くしていた恋人たちは跳ね上がった。
机に向かって真面目に執務に取り掛かっているというのに。耳の毒としか言いようのない甘ったるい声が背後でエスカレートしていくのには、もはや限界だ。
「いちゃつくなら他に行け!」
双児宮からぽいぽいっと放り出され、カノンは頭をかく。
「何もそんなに怒らなくても・・・」
「お兄様って案外短気なのね」
「黒い方がちょっと混じってるのかもなー」
「なあにそれ?」
二人は腕をからめ、じゃれ合いながら歩いていく。何も言わなくても、行き先は決まっていた。
青くきらめく、二人の海へ。
「やだ、カノン・・・こんなところで。海底に行かないの?」
「たまにはいいだろ?」
波打ち際で抱きしめ、服をほどくと、は頬を染め軽い抵抗をしてみせる。
「海に見られているみたいで・・・」
「見せつけてやれ」
こう、強引にされると、以前のことを思い出して・・・しかしそれすら欲望の火種になってしまうのは不思議。
あっけなく降参したに、キスの雨を降らす。指先で舌で、徐々に激しく乱れさせる。
少しずつ知っていく体。の感じるところを開発するのがこんなに楽しいとは。喜ばせるのが、こんなに幸せとは。これも今まで知らなかったことだ。
打ち寄せる波が砕け、白いしぶきとなって恋人たちにふりかかる。の頬で涙のように光るそれを、カノンはキスでぬぐった。
「愛している、」
今まで口に出来なかった言葉を、何度も伝えよう。
「愛している・・・」
・あとがき・
ちょっとイタイ話を書きたくなった。発作的に。
でもホントにイタイだけだといやだから、お互いに愛する気持ちがあることにしました。
その結果、「そんなコトあるかよ!?」な話になってしまいましたが、まぁその辺は大目に見て。
痛かった分、ラスト甘々にして救いを持たせた・・・つもり。カノンって最近すごい好きです。リアルタイム時は苦手なキャラの一人でしたが。
サガも好きだけど、私はカノン派ですね。
H15.8.12
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||