もしもの話。
食事をして、少し飲んで。
初めて、自分の部屋に誘った。
絵に描いたようなデートコースだな、と自分でも可笑しくなってくるけれど、の全てを欲しいという気持ちを押さえ込む理由も、メタルフェイスには無かった。
「ゆっくりして行けるのか?」
は、こくんと頷いた。
「うん・・・明日は休みだし・・・」
はにかみに色付いた頬や細い声が、可愛いと素直に思う。
「でも・・・マドンナに知られるの、恥ずかしいね」
「そんな心配なんてバカらしいことだ。B'tが余計な詮索などするものか」
確かにB'tマドンナは、常にドナーであるメタルフェイスの近くに控えている。だが、バディとはいえ、プライベートにまであれこれ口を出すようなことはしないものだ。
「ここに来い」
命令の口調が、こんなに優しく聞こえるのは初めてで不思議で、は言われるまま近付いた。緊張はしているけれど、それは胸の高鳴りを加速させるだけのもので、彼の胸に飛び込むのにためらいはない。
「小さいな、おまえ」
愛しみを込めて、腕に力を加える。実際、がこんなに小さいなんて、今抱きしめて初めて知った。
「メタルフェイス・・・」
見上げる瞳とグロスの光る唇に誘われて、口付ける。
そのままベッドに横たえられるのも自然の流れで、は目を閉じた。
機械独特のにおいに包まれて、それでも不快ではない。それは、メタルフェイスの体からしてくるのだから。
サイバネティックボディ・・・彼の体は、左半分を中心に機械化されている。
この機械皇国の最高技術により作られた自らの身体を、いつもメタルフェイスは自慢にしていた。だから、彼はためらいなく服を脱ぎ去り、半分が機械の体をの前に晒した。
「・・・きらきらしてる」
とて皇国の人間だ、超スチール等の特殊な金属やB'tなど見慣れている。
だが、今、窓から差し込むさやかな月光に照らされて、メタルフェイスの体は鈍く光っている。それは柔らかく、神秘的ですらあった。
「きれい」
月のかけらが、宿ったみたい。
魅せられたように、左の胸に触れる。感触は硬くて冷たいけれど、ひんやりとしていい気持ちだ。
「・・・」
見つめて頬を撫でる。の髪に宿る光の粒は、金属の照り返しなのか、それとも月から与えられたものか・・・。
「こんなにお前に惚れるとはな・・・ガキの頃から兵士としてだけ生きてきたこのオレが」
自嘲などではなく、ただの感慨で呟き笑いかける。
甘い笑みは、こんなとき特有のものだとは知っていた。
自分だけにこの眼差しは注がれているのだと。
「愛してる?」
「ああ」
「ちゃんと言って」
「・・・愛してる。」
「私も、愛してる!」
高まってどうしようもなくて、ぎゅっ、と抱きついた。本当に幸せだと思った。
(愛こそが、人間にとって一番大切なものなのだって、いつも教会で鳳さまがおっしゃってるわ・・・)
メタルフェイスの前ではこんな話はしないけれど・・・鳳さまの名を出すと、彼はあからさまにイヤがるから。
この大切な愛も、機械皇帝が与えてくれたのだと思っている。皇帝の名のもとに、争いのない新しい世界が生まれる瞬間を、彼と見たい。そしてずっと仲良く暮らしていきたい・・・。
夢はきっと現実のものとなる。メカの手触りと、血の通う素肌の感触が、こんなに確かなのだから。
「・・・おい」
だるい身体をベッドに投げ出したままにしていたら、少し荒々しく揺り起こされた。
仕方なく目を開けると、見慣れた半分機械の顔が目に入ってくる。
「気を失っているのかと思った」
メタルフェイスはに意識があったことで、ホッとしているようだった。彼のそんな様子に、はつい笑ってしまう。
「余韻に浸っていただけよ」
本当の恋人になったんだな、という感動に、じーんとしていたのだ。
「紛らわしいマネするな」
勝手に心配したクセにそんな言いがかりをつけて、自分の両腕を枕にゴロリと横になる。メタルフェイスは天井を眺めたまま、に話し掛けた。
「オレが今、何を考えていたか聞きたいか」
彼の言葉を訳すと、「オレの考えていたことを聞いてくれ」ということになる。は素直に「聞かせて」と答えた。
「・・・もしもの話、ってやつだ」
「もしもの話?」
彼の口から『もしも』なんて。しかしは黙って続きを待った。
「オレはもしも、なんて考えるのはキライなんだ。そんな後ろ向きな話はな」
「あなたらしいわ」
いつも前を見て突き進んでゆく。過去を振り返ることなく、悔やむことなく。
にはよく分かっていたし、メタルフェイスのそういうところが好きだった。
「でも、じゃあどうして?」
邪魔にならない程度に話を促すと、彼はああ、と答えて、体を横に向けた。右腕のひじを立てて頭を支え、を見る。
「初めてそういうことを考えてしまったのは・・・お前のせいだ」
少し憎まれ口に似ていた。初めての夜を迎えた恋人同士のピロートークにしては、ちょっと甘さに欠けている。
「笑うなよ」
「笑わないわ」
言いにくいのか照れるのか、一度目を伏せる。
「もしも、オレの体が全部生身のままだったら・・・機械化されてなかったら、ってことを、考えた」
今まで、決して思いもしなかったこと。
失った肉体が惜しいわけじゃない。まして、埋め込まれた機械が疎ましいなんてことは。
だけど。
「こんなふうに・・・」
自分の上に影がかぶさってきたので、は少しびっくりする。
メタルフェイスはの体に腕を回し、抱きしめた。
ぴたりくっつく胸にときめく。
「お前を抱いていて、思った」
小さな体を。
「左半分も、生身の体だったら、の肌をもっと感じることが出来るんだろう」
そのぬくもり、柔らかさと瑞々しさ・・・。
最大限触れて感じることが出来ないことが、惜しく感じられた。それほどは綺麗で、素晴らしかったから。
「メカでは『感じる』ということが出来ないからな」
「メタルフェイス・・・」
「もっとも、そんなことを考えれば、ガキの頃まで遡らなきゃならなくなる。もしもあのとき、ヘマをして地雷なんか踏まなかったら、って」
あっさりと放たれた言葉に、は驚いた。
「・・・その体は、自分で望んだものじゃなかったの?」
肉体などはしょせん数十年の命。機械と融合することによって、永遠の命を手に入れることも不可能ではない。・・・だから自分から志望して肉体を機械化する手術を受けたのだと、そう聞かされていたのに。
「お前だから言ったんだ。他言するなよ」
「う、うん」
嬉しかった。自分だけに言ってくれたということが。
「私、メタルフェイスの体が好きよ」
何かとても大胆なセリフに聞こえたことに慌て、言い添える。
「あの・・・機械の部分も好きだし、もちろん生身のところも・・・つまり、メタルフェイスだから、全部好きってことで・・・」
ぐっ、と腕に力がこもり、苦しくて、それ以上は続けられなくなった。
だからは、口も目も閉ざした。
これだけ密着していても、心臓の音が聞こえない。自分の破裂しそうなドキドキだけが伝わっているのは、何だか不公平みたい。
でも、確かに彼の肌の下で、血は脈々と流れている。それはしっかりと感じることが出来る。
体が機械でも、どんな過去を持っているとしても。
メタルフェイスはメタルフェイス。
「こんな話はここまでにして、もっといい『もしもの話』をするか」
「ん・・・」
そっと目を開けると、メタルフェイスは微笑んで。優しいキスをしてくれた。
「お前とオレの将来のことでも」
過去を振り返るよりも今の自分を大切にして、未来に向かっている。そんな彼が好きだから。
もしもの話は、二人だけの秘密−。
・あとがき・
メタルフェイスってイイ男ですよ〜。
最初の登場時は、鉄兵に「おまえ自身はちっとも光ってねえぜ!」なんて言われたりして。機械という借り物の力で戦うだけの男という感じに描かれてましたけどね。
でも最後の方、華蓮とのエピソードは良かったですよぉ。
マドンナに言われた通り、あれは恋? 恋だったのか?メタルフェイスは、本当は子供の頃、地雷を踏んで大怪我したからああいう体になったんだけど、鉄兵には「自ら望んでこの体になった」みたいなことを言っている。
きっと、みんなにそう言っているんだろうなぁと思いました。
地雷を踏んだというエピソードが後から付け加えられただけ、と言ってしまえばミもフタもないので、ここは私なりに妄想をば。
彼は過去を振り返ってぐじぐじ悔やむのがキライな人なんだろうと思います。
もちろん、大怪我したことを華蓮のせいにするなんてこと、絶対しない。
半分機械になった自分の体を前向きに受け止めて、これからもっと非情の戦士になってやろう(前向き?)と決心したのでしょう。
だから、人にいちいち「オレはガキの頃ケガをしたからこんな体になってしまった」とは言わないんだろう。堂々と機械化された体を見せて、「自分で望んでこの体になったんだ」と言っているんだろう。そんなメタルフェイスが、恋人を抱いたとき、初めて自分の体がこうなったことを惜しく思う・・・という話を考えついて、書いてみました。
最初は彼が心の中だけでそれを思う、というのにしようかと思ったんだけど、彼は結構、饒舌というか、喋る方(ちょっとひねくれた言い方するけど)だと思うので、そのままちゃんに言うことにしました。もしもの話なら、過去のことではなく未来のことを話しましょう。
もしもあのとき、こうだったら、今ごろもっと良かったのに・・・なんて話は私は好きじゃない。
過去はいくら悔やんでも修正できないってよく言うもんね。
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