見つけた。
夕食前の厨房は、大忙し。
は、テーブルに伸びてきた手にいち早く気付き、ハエを見つけたかのような勢いで叩き落した。
「コラ流輝! つまみ食いはダメ!」
お母さんみたいな言い方に、まかない女たちの笑い声が沸き起こる。
「ちっ、また失敗か」
年がいもないイタズラを、悪びれるでもなく笑っている。そんな流輝に、呆れた一べつをくれた。
「もう少しなんだから待っててよ。まったく」
「分かったよ。じゃーな」
のお尻を軽く叩いて、出て行った。
「スケベ! もう、バカ!」
「うふふ・・・仲がいいのね、流輝さんと」
仲間の中でも親しくしているナナエにからかわれ、
「なっ仲がいいなんて、そんなんじゃないわよ!」
声を荒げるも、赤い顔が全てを物語っている。
「ナナエこそ、仁紗さまに気持ちを伝えたの?」
笑われたのが悔しくて反撃すると、今度はナナエが真っ赤になってしまっていた。
明日のための仕込みを終え、は眠りに就く前に少し外を歩いてみることにした。中空にかかる、きれいな月に誘われて。
(・・・あ)
一本の木のもとに座って、とっくりを手にしている男・・・流輝。
からかってやろうと近付いたは、声をのみこむ。その横顔が、痛々しいほど心に迫って。
優しくも切なそうな・・・月に照らされているせいだけではなく・・・。こんなにも繊細な彼の表情は、これまで見たことがなかった。
いつもふざけて、明るく笑っている人なのに。
あまりに意外で、それでも見とれてしまい、動けなくなる。
こんな夜に、たったひとりで、物思いにふけっている。・・・否、何かを、なつかしんでいる・・・?
踏み込むことは、ためらわれた。
だからは、黙って立ち去ろうとした。
流輝が不意に振り向いて、こちらに気がつきさえしなければ、そうできたのに。
「何か、考えごと?」
目が合ってしまったので、あいまいな感じに問いながら、は流輝のそばまで歩み寄った。
何となく居心地が悪く、空を見上げるふりをする。
いつもと全然違う空気が二人の間に流れる中、流輝の答えはまた、を驚かせた。
「妻や娘のことを、な」
「・・・」
妻・・・。
激しい心の揺れを、表に出さないようにするのは至難のわざだった。
「流輝って、結婚、してたの?」
声の震えが分かられてしまったら、どうしよう。
「昔のことだ。死んじまったんだ、二人とも」
「・・・そう」
ホッとするなんて以前に、は流輝の想いを汲み、深い息をついた。
この戦乱の世で、決して珍しい話ではないけれど。
さっきの流輝の表情・・・が初めて見るような、深い・・・そうだ、あれは愛情に他ならなかった。深い愛情に満ちた、あんな表情をさせるのが、亡き奥さんや娘さんだと知ると、こみ上げるものがあって、は口もとに手を添えた。自然に、息が詰まる。
「座ったらどうだ」
「・・・いいの?」
「かまわねぇよ」
邪魔ではないかと思ったが、いつもの調子に安心して、一人分くらいの距離を置き腰を下ろした。
「忘れられないのね、奥さんたちのこと」
「そりゃあな。忘れられるわけなんて、ないさ。一生・・・」
哀しみや憎しみなどといった、生々しいものではない。流輝の声に宿っているのは、もっと柔らかに形を変えた感情だった。それだけに完璧で永久のもののようで、は寂しい気持ちにさせられる。
いつも身近に感じていたこの人が、ずい分遠い。
「実のところはな、・・・謝っていたんだ。見つけてしまったことを」
「え?」
顔を上げると、視線が視線にぶつかった。
さっきまでのなつかしみではなく、はっきりとした意志の輝きを持った目で、流輝はこちらを見つめている。
「もう、人を好きになることなんて、ないと思っていたのに」
月の明かりに照らされれば、純粋な気持ちだけが浮き上がるよう。は自分の胸に手を置いて、流輝の言葉を聞いていた。
「、おまえのことを・・・」
「・・・本当に? あんたなんか、驍さまと火薬と酒のことしか頭にないのかと思ってた」
「ひでえ言いようだな」
一世一代の告白だったのに、と頭をかく。もう一度見て、流輝は言葉を失った。
の頬に、透明なものが伝っている。
「私の気持ちなんて、伝わらないんだろうって・・・思ってた」
「」
急いで両手を差し伸べ、抱き止める。
初めての抱擁は、思いの通じ合ったばかりの二人を、温かくした。
流輝はぐっと目をつぶる。
愛する妻と、可愛い盛りの娘を殺されたとき、絶望を知った。憎しみに染まった。
だが驍に出会ったことで人生が変わり・・・そして、また、見つけた。
生きている限り、見つけていける。大切なもの、かけがえのないものを、一つずつ。
(ごめんなんて、もう言わねぇけど・・・。いいよな? ・・・佳代)
あの若かった日のこと、大切な家族。忘れるわけじゃない。
幸福に満たされていた日々の思い出も、永遠と誓ったはずの絆も、胸のはりさけそうな痛みも。全部を抱えたままで、その上で、を愛したいと・・・そう、思った。
「流輝・・・」
口づけられ、されるがままに身を任せる。
「妻にしても、いいか?」
は黙って頷く。
月明かりの下で初々しく美しい娘を、かき抱いた。
「可愛いな。いつもとは別人みたいだ」
「一言多いんだってアンタは」
例の調子になってしまうのが可笑しいけれど、強く抱き返す。
その体はがっしりと逞しく、酒に混じってキナ臭いにおいがした。流輝はプロの火薬使いだから、服だけではなく体にしみついてしまっているのだろう。
でも、イヤじゃない。夜の空気と一緒に深く吸い込んで、は満足げに目を閉じた。
月も、恋人たちの睦び合いに遠慮するように、傾いていった。
二人身を寄せ合ったまま、それを眺めている。
ほてりの鎮まらない身体に照れてか、顔を上げられないを、流輝はずっと腕に抱いていた。
「・・・辛かったろう。スマンな、なんか・・・夢中になってしまって」
初めて許してくれたきれいな体に、思わず理性を置き忘れてしまった。
「ううん、平気。嬉しかった」
恍惚を含んだ声に、安心する。
はもう一度キスを求め、満たされると夫になった人に寄り添ったまま、
「流輝・・・死なないでよね」
そっと願いを口にした。
争いのない、皆が笑って暮らせる国。そんな理想を掲げ、驍のもと鳳軍は戦っている。
もちろんも、その素晴らしい考えと驍の人柄に惹かれ、喜んで働かせてもらっているわけだが、愛する人は危険を顧みず、戦場へ出かけてしまうのだ。いつも、いつも。
「バカ、俺を誰だと思ってんだ。天才火薬師、甲斐流輝さまだぜ」
自身満々の声に、思わず顔を上げる。
流輝はきらきらとした魅力的な瞳を持っていて、それが彼にやんちゃっぽい印象を添えているのだが、今その双眸には月が映りこんでいた。
「お前が思っているよりも、俺は有名人で強いんだ。・・・だから」
蒼い光を吸い込んだままの目が、に向けられる。
「俺は、死なねえよ。驍と一緒に作った平和な国で、、お前と暮らすんだからな」
「流輝・・・」
夢を、見つけた。
未来への夢を。
「・・・大好き」
連れそう人を、見つけた。
・あとがき・
ずっと書きたいと思っていました、「覇王伝説 驍」から、流輝のドリーム。
実現できたよー、嬉しいよ!
初めて書きましたが、最初で最後かも。流輝は大好きキャラです。コミックスの一巻で、彼が天才火薬師の甲斐流輝だと分かるシーン、ドーンと派手な爆発を背にマントを翻している(マントの裏には火薬がいっぱい!)ところが一番好き。
第一部で自爆する直前の笑顔も好き。
兵隊さんではないから単独行動を好んで自由に動いていますが、ムードメーカーなんですよね。酒飲んで騒いだり、冗談言ったり。
でも本当は辛い過去を抱えていて、それを乗り越えて誰より強くなった・・・って驍が語っていた。
第二部ではオジサンになって出てきますね(笑)。よく考えれば、生き残った唯一の人ですか?
平和な世界を見ることができて良かったよね。そのとき、隣にちゃんがいる・・・ってのはどうでしょう。本当はこのお題、B'tXのロンでやろうと思っていました。内容もこんな感じ。ロンの場合は妻子ではなく、雷童なんだけど。
ロンの話はまた書くとして、100題制覇のために、流輝に譲ってしまいました。ナナエさんは友情出演ね。
この世界だと、体の交渉を持つということは夫婦になるということなんだろう。と思ったので、こんなふうに書いてみました。
そのシーンをもっと詳しく書こうかな、とも思ったんだけど、もしも驍ファンの方がここにたどり着いて、初めてかづなのドリームを読んでくれたとしたら・・・いきなり大人のドリームだと引かれるかも、と気を回して、そのシーンは省きました。
が、驍ファンでここまで来てくださる人いるのかな・・・? いらっしゃったらお友達になりましょう(笑)。星矢ファンの方はどうでしょう。読んでくださったでしょうか?
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