見知らぬ君と
「名前、何ていうんじゃ?」
「」
ホントの名前かどうか分からない。いつも本当のことを知りたいけれど、こんなときには嘘を言う女の子も多いことを、知っていた。
「にーさんは?」
きれいな色のカクテルで満たされたグラスを傾けてから、少し投げやりな言葉で尋ね返してくる。それは親しいぞんざいさだったので、不快ではなかった。
「わしはコージ。こっちはキヌガサくんじゃ」
タライの中でぴちぴちしている錦鯉までご丁寧に紹介してやると、はコロコロと笑った。
ガンマ団のプールが点検清掃のため、この週末は使えないというので、今夜は連れて出たのだが、彼女はキヌガサくんを気に入ってくれたらしい。
「キヌガサくんにもお酒あげよーよ!」
いい具合に回っているようで、はやたらに笑って、グラスの中身をタライにあけようとする。
「キヌガサくんは下戸なんじゃ。代わりにわしが飲んじゃるけんのォ」
やんわりと止め、コージは自分のグラスをぐいと開けた。見事な飲みっぷりに、は大はしゃぎしている。
可愛い娘だ。
話も合うし、一緒に飲んでいて楽しい。
がカノジョになったらいいのに、とコージは想像してしまう。
見知らぬ子なのに。
見知らぬ君と、グラスを合わせて。
見知らぬ君と、大声で笑って騒いで。
見知らぬ君と、ホテルに入る。
週末には、いつもこんなことばかり。繰り返している。
繰り返したいわけじゃないのに、繰り返している。
見知らぬ君と。
「これ」
最後に手渡した紙きれを、は不思議そうに受け取った。書かれてある数字に目を落として、それが電話番号であることを知る。
「寮の番号じゃけん、他のヤツが出るかも知れんけど、良かったらかけてくれんか」
賢い方法ではないことは分かっている。実際、この番号を何人かの女の子に渡したけれど、電話をもらったことはない。一度も。
だけど、相手に番号を聞くのは悪いし、他に連絡方法もないのだから、こうするよりないのだった。
たった一枚の紙に望みを託すしか。
朝の通りに二人で出て、それじゃ、と別れる。
「バイバーイ。キヌガサくんも、バイバイ!」
は無邪気に手を振った。キヌガサくんにも、同じ笑顔を向けてくれた。
明るい陽の中で見ると、は少し幼かった。
この子には、自分の知らない顔がたくさんある・・・。そう思ったら急に別れがたくなり、コージはすんでのところでを抱きしめてしまうところだった。
出しかけた手を止め、ぎゅっとこぶしを形作る。
は自分のものじゃない。
ただ通り過ぎてゆくだけの子なのかも知れない・・・今までの女子たちのように。
自分の臆病さに、いっそ笑えてくる。振られるのは慣れているハズなのに、あんなに親しげにしておきながらその後連絡ももらえない寂しさは、確かに傷となっていた。
今急にその傷が痛むなんて・・・。
もっと、のことを知りたい。
見知らぬ相手のままで終わりたくはない。
コージには祈る他に手立てなどなく、ただの後姿を見守るだけだった。
背後で、キヌガサくんが尾びれを振る水音がバシャリと響いた。
「コージ、電話だっちゃ。ちゃんって女の子から!」
トットリに他意はないだろう。けれど大声で女の子から電話、なんて呼ばれて、周囲が黙っていられるわけはない。
「おめも隅に置けねぇべな」
「とか言って、実はカーチャンなんじゃねー?」
やっかみとからかいの混じった野次を快く背中に受けながら、受話器を取る。
「ふん・・・電話なんて来なくても、わてらは会話ができるから、ええんどす。そうどすな、アダチくん・・・」
人間以外の何かとブツブツ話をしている奴なんか、もちろん眼中にもなかった。
「もしもし」
『コージ? 良かった。嘘の電話番号だったらどうしようかと思ってた』
「嘘なんて言うわけないじゃろうが。よくかけてくれたのォ」
ニヤニヤが止まらない。
『えへへ・・・。ところでさ、いつかヒマな日ある? どっか遊びに行かない?』
電話の向こうの可愛い声が、弾んでいるのが分かった。
「土日ならいつでもヒマじゃ、力一杯ヒマじゃけん、どこでも付き合うぞ!」
『わーい。キヌガサくんも連れてきてねv』
「えっ・・・うん」
『やった〜♪』
何だろうこの喜びようは。まさか目的は自分ではなくキヌガサくん?
でも、そんなことくらいでコージの幸せは減ったりしない。曖昧な約束にならないように、日時までハッキリ決めて、電話を置いた。
「デートの約束だべ・・・」
「いいっちゃね〜」
「ええどす、わてにはアダチくんたちがおるさかい・・・」
後ろでしっかり聞き耳を立てていた同僚たちに、振り向きざま勝ち誇ったVサインをして見せた。
「コージ!」
約束の日、約束の場所で。
輝くような笑顔の女の子が、手を振ってくれている。
「!」
キヌガサくん入りのタライに注目を集めながら、コージは駆け寄った。
今日はいくつ、知らない顔を見ることが出来るだろう?
これから始まる恋だから、うまく行くかも分からないけれど。一つだけ、ハッキリしていることがある。
もう、見知らぬ君なんかじゃない。っていうこと。
・あとがき・
PAPUWAの番外編(アラシヤマ編)を読んだら、書きたくなりました。
幼いみんなが、可愛かった〜。でもコージはあんまり変わってなかった(笑)。
キヌガサくんのタライを引きずっているのが面白かったから、それ入れました。
ネタは少し前から考えていたものなんだけど。
といっても、「TADD」と同じ話ですね。コージってなんかこんな感じで固まってしまった、私の中では。
このタイトルでこういう内容だと、ホセドリームでも一向に構わない感じなんだけど、ホセって存在自体がドリームみたいな男だから、ドリーム小説にする意味はないかも。ちゃんは、もっと大人っぽい感じで考えていたんだけど、書いているうちに私の大好きな可愛い女の子になりました。
香那子ちゃんとはまた違ったタイプですね。
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