目 眩
「アナタ、起きて」
甘い甘い声で始まる朝、というものに未だ慣れなくて、それがラダマンティスの覚醒を尚にぶいものとする。
けだるくて心地よい。こんないい夢なら、このまま続いてくれれば・・・。
「ア・ナ・タv」
唇への感触がリアルすぎて、観念し目を開ける。寄り目になってしまうくらい近くで、新妻が微笑んでいた。
「・・・」
もう見慣れていいはずの顔なのに、こんなに接近されるとやはりドキドキする。
やんわり遠ざけようとして、彼女の肩がむき出しであることに気付いた。
いや、よく見れば、それは肩に限ったことではなく。腕も、鎖骨もあらわになっている。
フリルいっぱいの薄い服−エプロンだと気付いた−一応それをまとってはいるが、前かがみの姿勢で、胸の谷間がくっきりと・・・。
つまり。
ピンクのフリフリエプロンの下には、何も着けてない・・・!?
「・・・っ・・・」
ラダマンティスは目眩を感じ、再びベッドに倒れこんだ。
「裸にエプロン、って・・・誰がそんなことをお前に吹き込んだんだ・・・?」
「怒っているの? ラダマンティス」
朝食のテーブルをはさんで、は泣きそうな声を出した。
とにかくちゃんと服を着ろ、とすごい剣幕で言われ、慌てていつものような服装にチェンジしたのだが、夫の怒りはまだ収まらないように見える。
「別に、おまえに対して怒っているのではない」
ラダマンティスは皿の上のベーコンエッグをフォークでつつき回しながら、言い訳じみた口調で言った。
天地がひっくり返ったって、怒れるものか。こんな可愛い妻を。
「とにかく、それを教えた奴の名を言え」
予想はついているが、一応、聞いておかなくてはなるまい。
「あの・・・アイアコスさんが」
「やっぱりか」
むしろ奴しか該当者がいない。
覚えておけよ、と口の中で呟く夫の黒い小宇宙を感じて、は慌て言い添えた。
「でも、アイアコスさんも悪気があったんじゃないと思うの。だって、こうすればラダマンティスともっと仲良くなれるからって言ってくれたんだもの」
「つ、つまりおまえは、俺とその・・・もっと仲良く・・・」
こくこくと頷く妻は、殺人的な可愛さだが、だからといってアイアコスを許してやれるほど盲目にはなれない。
ラダマンティスはひとつ咳払いをしてから、顔を上げた。
「いいか、奴はろくでもないことばかり言うのだから、いちいち真に受けるな。いやそれ以前に奴と会うな」
「だって、わざわざ訪ねて来てくれるんですもの。ミーノスさんと」
その言葉にまた目眩を覚える。仕事中に何をやっているのだ、あいつらは。
「では行ってくるが、人が来ても家には入れるな。くだらない話に耳を貸すんじゃないぞ」
「はーい」
本当に分かっているのか不安になるような返事をして、は夫の腕にしがみつき、うんと背伸びをしながら目をつむった。
「行ってらっしゃい、ダーリンv」
「う、うむ、行ってくる」
当然のように『行ってきますのキス』をせがまれるのも毎朝のことで、ラダマンティスが顔から火が出るほど恥ずかしい思いをしながらチュッとしてやるのも、恒例行事なのだった。
「おーいラダマンティス」
「お昼、ご一緒しましょう」
昼の鐘が鳴るや否や、どの面下げてか押しかけてきた同僚たちを、ラダマンティスはにらみつけた。が、ミーノスとアイアコスは全く構わず、勝手に座るとおのおのの昼食を広げ始める。
「・・・よかろう。ちょうど言っておきたいこともあることだしな」
不本意ながらランチの輪に仲間入りし、が持たせてくれた包みをほどく。何だか今日は巨大な弁当箱だ。
「あ、俺も聞きたいことあったんだ」
「何だ」
アイアコスは子供っぽく瞳をきらめかせて、ラダマンティスの顔を覗き込んできた。
「今朝どーだった? 裸エプロンって新妻の基本だよな! 朝から元気になったろ?」
「・・・そのことに、ついてだ」
本当はタメなしでグレイテストコーションぶちかましてやりたいくらいだったが、ぐっとこらえる。結果、随分とドスの効いた声になった。
「おや、何故そんなにご立腹なのです? カルシウム不足なのでは?」
「貴様らのせいだ」
ミーノスが差し出してくれた小魚を押し返し、今にもブチ切れそうな血管をこめかみに浮かべたラダマンティスは、とりあえず自分の弁当に手をかける。
感情的になっては、余計に話が通じにくくなるものだ。特に元から聞く耳持たないような輩が相手では。
「だいたい貴様らは・・・」
話を始めながら、何気なく弁当箱のふたを開ける。とたん。
「おおおーーーっ!!」
男二人の歓声によって、ラダマンティスの声はすっかりかき消されてしまった。
「こっこれは・・・」
弁当箱のキャンバスに、大きな大きな相々傘がどーんと現れた。
ご飯の上に桜でんぶでハートが、その中にノリで相々傘が描かれている。もちろん、傘の左側には「」、右側には「ラダマンティス」の文字が。更にハート型に抜かれたにんじんが、これでもかというくらい散らされているのだ。
それは感心するほど見事な出来栄えだった。
「すげえ・・・」
「いいですねぇ」
絵に描いたような新婚弁当に見入る二人。その完成度にうっかり目を奪われていたラダマンティスはようやく我に返り、慌ててふたをしようとした。が、ミーノスによって阻まれる。
「何故止めに入る」
「貴方、奥様の愛情弁当を食べない気なのですか?」
「俺、ちゃんに言いつけちゃおう。ラダマンティスがせっかくの弁当、一口も食べなかったって」
「・・・くっ・・・」
下を向いて、ラブラブ弁当をかきこむラダマンティスには、もうこの悪友たちに何かを言う気力など残されていなかった。
「それにしても、いいよなーちゃん。可愛くて」
「まさに幼妻ですね。いけない道に染めてあげたくなりますよ・・・ふふふ」
「・・・ぶち殺されたいのか」
分かっている。単なる冗談、もしくは挑発。でも、正味半分くらいは本気だってことも。
のことを信じているし、互いのゆるぎない愛情にも絶対の自信を持ってはいるが、やはり聞いていて愉快な話ではない。
「結婚してるからといって、安心はできませんよ。不倫というのはそれ自体魅惑的なものです」
「そうそう。それで、もちろんお相手は、この俺様みたいなイイ男☆」
無視という手に逃げ込んだラダマンティスの耳元に、アイアコスはわざと口を寄せた。
「ちゃんに、女のヨロコビってやつをきっちり教えてやるからさ。どーせお前のことだから、まだ手も出してないんだろ?」
「な・・・っ」
耳まで赤くなった顔が、何より雄弁で、単にからかうつもりだったアイアコスの方が驚いた。
「えっ、マジかよ!? 初夜ってやつがまだないの? まさか仲良くおてて繋いで寝てるとか?」
まさにその通りである。こんなときラダマンティスはごまかしが下手で、二人にその様子をありありと想像させることとなってしまった。
「ふうーん。さすがはラダマンティス様、硬派だねぇ。もしかしてアレなのか? 効くクスリでも取り寄せてやろうか?」
「いらん! それ以上愚弄するとただではおかんぞ!」
そろそろ怒りゲージがマックス近いことを知って一応は口を閉ざすが、アイアコスはまだニヤニヤしていた。
「しかし、それでは夫婦といえませんね」
素っ気無いミーノスの言葉の方が、ラダマンティスにとってはよほどダメージを与えたのだったが。
分かっている。結婚した自分たちが、まだ夫婦じゃないことくらい。
そういうことが出来ないわけじゃない。まして、魅力的な妻を前に、その気が起こらないなんてことは。
だが、キスをして抱きしめて、それだけで『とても幸せ』と言うの、あどけない顔を見ていると、とてもラダマンティスにはその先に及ぶ気にはなれなかった。
痛みと醜さのつきまとう行為なんかより、もっと夢を見せておいてあげたかった。
「ただいま」
玄関の戸を開けると、すっ飛んできてカバンや上着を受け取ってくれる。『ただいまのキス』をねだるポーズのに、また照れながらチューをした。
「お弁当、全部食べてくれたのね!」
すっかり軽くなった弁当箱をカラカラと振って、嬉しそうなに、ラダマンティスは言いにくそうに口を開いた。
「・・・よ、あの弁当は・・・」
「すてきだったでしょ!? 我ながら最高の出来だったわ」
弾んだ声でくるり一回転までされれば、『明日からはやめてくれ』とはとても言い出せない。
「実は、これを見て作ったんだけど」
取り出したのは『新婚のアナタに! 愛を伝えるラブラブお弁当の本』というフルカラーの本で、そのストレートすぎるタイトルとピンクやハートいっぱいの恥ずかしい装丁に、ラダマンティスは本日何度目かの目眩を感じた。
「まさかその本も、アイアコスたちが・・・」
「ううん。これは、パンドラ様が貸してくれたの」
「パンドラ様が?」
黒い服をまとって優雅にハープをかき鳴らすパンドラ様の姿を思い起こす。まるっきり似合わない。
「も、もしやパンドラ様はフェニックスに・・・」
ハートの中に「イッキ」「パンドラ」と相々傘を描いた弁当を・・・?
違う意味でそれは目眩ものだった。
と、脇腹をつつかれてまばたきをする。ぷんとふくれ面のが見上げていた。
「パンドラ様のこと考えてたでしょ」
ぽわっとしているように見えて、妙なところで鋭いのだ。可愛らしい嫉妬に、頭をかいて苦笑いをする。
「ごはんにする? お風呂が先?」
「ん、腹が減った」
すぐににこっと笑うの肩を抱くようにして、一緒にリビングに向かった。
妻が腕によりをかけて作ったご飯で満腹のラダマンティスは、上機嫌で湯船につかっていた。あまりに機嫌がよいため、鼻歌の一つも出てくるが、音楽というものに無縁のラダマンティス、音程は外れがちである。
は料理がお世辞にも得意とは言えないが、レシピを見つつ一生懸命作ったのであろう晩ご飯は、ラダマンティスを十分満足させるものだった。お腹だけではなく気持ちも満たしてくれるような。
「アナター、お背中流しますね」
いつもちょうどいいタイミングで声をかけてくれる。ショートパンツ姿のがバスルームに入ってきて、泡を立てたスポンジで背中をこすってくれた。
何もかも心地よくしてくれる気配りが嬉しい。結婚して良かったなとしみじみ思えるのは、こんなときだった。
「ラダマンティスの背中って、広い・・・」
シャワーで流してから、つ、と指でなぞる。
「・・・くすぐったいぞ」
顔を後ろに向けたら、にそのままキスされた。近くで見つめ合う・・・が、の目線は少し上に向いていた。
「ずっと気になってたんだけど、眉毛剃ってあげようか? 眉の印象ひとつで顔って変わるのよ。スッキリさせればますます男前よ」
「別に変わらなくてもいい」
そっけなく却下されて、内心「ちっ」と舌打ちのだった。
「?」
妻の姿がリビングにない。乾いたタオルで髪をふきながら、ラダマンティスは何気なく寝室のドアを開けた。
「ラダマンティス」
薄暗いベッドルームで、が手招きしている。物陰に隠れるように、どこか恥らう仕草で。
「どうした、そんなところで」
足を踏み入れると、は意を決したように姿を見せた。
「お、おまえ、その格好は・・・っ」
目を点にして硬直した夫を、そっと見上げる。
自分の下着姿は、どんなふうに映っているだろうか・・・ドキドキしながら。
キャミソール型のベビードールはショーツが見えるか見えないかの丈で、フリルやサテンのリボンがふんだんにあしらわれている。透ける素材だから、電気を落とした部屋の中でもお揃いのブラとショーツ、そして自分の肌がうっすらと見えているハズだった。
「ど、どう・・・?」
ひらひらの裾をつまんではにかむに、目眩を覚える。
脳内に酸素が行き渡らなくなる感じを、ラダマンティスははっきりと自覚していた。
ぐらっと体が傾ぐ。
「きゃーアナタっつっ!?」
ラダマンティスは鼻血を噴いて倒れた。
「・・・大丈夫・・・?」
心配そうな妻の顔が見える。頷いて、自力で起き上がった。倒れていたのはほんの数秒といったところだろう。鼻血は、が拭いてくれていた。
「お、俺は大丈夫だ。だがお前のその姿・・・」
とても正視は出来なくて、顔をそらしたまま指差す。はがっかりして肩を落とした。
「・・・ダメ・・・?」
「いや、ダメとかいう問題ではなく」
「だって・・・ラダマンティスが、何もしてくれないから・・・もしかして私に魅力がないのかと思って。こういう格好すれば、いいのかなって・・・」
「またあいつらにそそのかされたんだな」
昼間の会話との符合に、ラダマンティスは眉をひそめる。
「違うよ」
そっと、後ろから抱きついて。広い背中に、体を預ける。
「私が自分で考えたの。あなたのことが大好きだから、キスだけじゃなくて、色々したいんだもん」
「・・・」
頭を殴られたような気分だった。本当に大切なこと・・・が何を求め、何を欲しているかを、今まで全く知らなかったなんて。
「・・・済まなかった」
小さな手を握った。ぬくもりが愛しかった。
繊細なリボンをするするほどいて、滑らな肌に手を触れる。こんなにも柔らかく、こんなにも小さい。無骨な自分が抱いたら、壊しはしないかと不安になるほどに。
そっと抱き寄せると、震えと息遣いを同時に感じた。
「・・・あったかい」
今までで一番近くにいる。二人の間を隔てるものは、薄布一枚すらなかったから。
「いっぱい愛して、ラダマンティス」
「・・・」
くらくら目眩に襲われれば、逡巡も建て前も何もかも忘れて。
ただ強く、抱きしめた。
「辛くないか・・・?」
「・・・うん、大丈夫・・・」
自分のことは後回しにしても、最後まで気遣ってくれる。こんなときでも。
ラダマンティスの優しさが肌越しに伝わって、じんと幸せになれる。痛みなんて帳消しにしてしまうくらい。
「すっごく、幸せ」
陶酔にも似たの表情を見て、自分も同じ気持ちなのだと強く感じた。
今、ようやく、本当の夫婦になれたような気がする。
「ね、ずっと・・・」
「ん・・・?」
「ずっといて・・・そばにいてね。それで、愛してね」
「ああ・・・」
言葉が足りないのは分かっている。だから抱きしめる。すっぽり包み込むように、決して不安にさせないように。
体温から熱が伝わる。にはそれで十分だった。
「誰も家には入れるなよ。顔見知りとて気は許すな」
「は〜い。いってらっしゃい、ア・ナ・タv」
背伸びして差し出してくる唇に、軽いキスを落とす。昨夜全てを見せ合ったのに、恥ずかしさに変わりはなく、やっぱり赤くなりながら。
「い、行ってくる」
目覚めから目眩に襲われっぱなし。・・・決して悪くはないけれど。
「さあお昼にしましょう」
「今日の愛妻弁当はどんなかな〜」
「お前の弁当じゃないだろう。まったく、勝手に昼食場所にしおって・・・書類は汚すなよ!」
いたずらに机に手を伸ばしたアイアコスは、へいへ〜いと返事をして席に戻る。
「しっかし、いいなぁ」
「羨ましければ、お前らもさっさと見つけたらいいだろ」
アイアコスは、おっ、という顔になって、ミーノスと目を合わせる。ラダマンティスから何か吹っ切れたものを感じた気がした。
「・・・俺は結婚したいんじゃないの。あくまでちゃんが欲しいの」
そんな言葉も、負け惜しみのようになってしまって、何だか悔しいアイアコスだった。
「・・・ねぇ、ラダマンティス」
ベッドに入るとさっそくぴったりくっついてきた小さな身体を、優しく迎え入れる。逞しい腕の中はの指定席だった。
「・・・抱いてv」
また目眩を感じる。意味も分からず、無邪気に言葉を使う子供と同じだから、は平気なのだろうが・・・。
だが嬉しくないはずはない。むしろ大歓迎だった。の気持ちが分からなかったから、自分から誘わなかったというだけで。
そっとキスをする。たくさんキスをする。
昂ぶる気持ちのままに、体を重ねた。
「毎晩抱いて欲しいって言ったら、してくれる?」
「が望むならな」
目眩がするほど嬉しい気持ちを、表面には決して出さず、愛する妻を抱きしめた。
・あとがき・
冥闘士ではアイアコスが大好きなんだけど、どーもドリームではラダマンティスが書きやすいみたいです。
それで、書いているうちに、すっかりラダマンティス好きになってしまったかづなです。
アイアコスが一番なのに変わりはないんだけどね。
それにしても、ラダマンティスは眉毛繋がっているのになんであんなにカッコいいんだろう。強いしな。
アニメでは声もものすごくカッコよかった。まさに目眩モノ。「いってらっしゃいのキス」「相合傘のお弁当」「お風呂が先? ごはんにする?」「お背中流します」等、新婚さんのファクターをこれでもか、というほど詰め込んでみました。
裸エプロンは、冒頭を書き出したときに急に思いついて入れたんだけど、うまく流れに組み込めたな、という感じです。
幼妻ってモエませんか? かづなかなりキテまして、それで思わずラダマンティス側から見た話にしてみました。
ちゃんは純粋培養の可愛い女の子。人の言葉をコロっと信じちゃう。で、恥ずかしい言動も、恥ずかしいという意識なくやっちゃうのね。
本当はひそかにコスプレシリーズのつもりです。
ベビードールって好きなんですよ。あの、実用性のない下着ってとこが。
通販のカタログでベビードール見るの楽しい。ここだけの話、思わず買ってしまったこともあります(笑)。ラダマンティスは、妻に対しても口調が硬いところがナイスです。なんか原作でもかなり硬い言葉遣いなんだけど。
アイアコスは砕けた言葉で、ミーノスは丁寧口調だから、この三人の会話はいちいち名前を入れなくても、誰が喋っているのか分かりやすい。書き手としては楽なのよね。
きっとラダマンティスは、相手のこと最優先にできる人だと妄想。愛する人のためなら、自分のこと全部後回しにして、それで何でもない顔してそう。
でもちょっと照れ屋過ぎ。前に書いたラダマンティスドリーム「冥界の光」でもこんな感じだったけど、これって私だけのイメージかなぁ?
妻の下着姿見て鼻血出して倒れるって(笑)。奥様シリーズもいいですね。また誰か別の人で書きたいです。
H15.9.10
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