めがね
は、綺麗な箱を手土産に、白羊宮を訪れた。
「貴鬼は? いないの?」
迎え出てくれたムウに挨拶と2、3言を添えてから、はこう言った。いつもならムウよりも先に飛び出てきて、やんちゃな笑顔を見せてくれる貴鬼の姿がないからだ。
「使いに出しているんですよ。私だけでは、貴女のお相手はつとまりませんか?」
「ううん、決してそんなことは!」
顔と手とをぶんぶんぶんと横に振る。近眼のためかけているめがねがズレそうになったので、手で直した。
そんな仕草も、ムウは柔和な笑みをたたえて見つめている。
「お茶を入れましょう」
「はっはい」
中へと促してくれるムウに、心もちうつむいて従うだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
貴鬼のいたずらやからかい声のない白羊宮はしんとして、その静けさがにいつもにない緊張を運びくる。
湯気の立つカップを二つ隔てて、ふたりきり。
ひそかに慕う人と、ふたりきり・・・。
そう、決して重苦しいものではない。むしろ恋特有の喜びと紙一重の感覚だった。
「おいしいクッキーですね」
「でしょう。今日街で見つけて、パッケージも可愛いから、ぜひ一緒にと思って」
「貴鬼には内緒にして、二人で全部食べてしまいましょうか」
「そんな、ムウったら」
彼のリードで会話も広がり、少しずつ、空間の気温が上昇してゆく。
の笑顔も、心からの自然なものだった。
日本人で、しかもめがねをかけているは、真面目なんだろうとか、お堅いんだろうとか思われるせいか、なかなか周りの人となじめなかった。
そんな中で、彼だけが理解を示し、最初に近付いてきてくれた。
十二宮を守護する黄金聖闘士だと知って、恐縮するを、気軽に白羊宮に招いてもくれた。
そのときから、ずっと・・・。
(好きです)
心の中で呟いたその瞬間、目が合う。
いつも穏やかな光を浮かべているムウの瞳が、ちょっと妖しくひらめいた、ような気がした。
「、ちょっとこちらへ」
「は、はい」
椅子を引いて、言われるまま立ち上がる。
と・・・。
「・・・!?」
視界が、遮断された。
抱きしめられている、と把握したのは一瞬後。そのときには、少し力も緩められていたけれど。
「驚かせてしまいましたね」
の反応を伺うかのように、ムウはめがねを覗き込んだ。
「でも、私は貴女が思っているほど気が長くないし、紳士的でもない」
「?」
分からない。何を言おうとしているのか。
再び、腕に力が込められ、強く抱き寄せられる。何て激しくて、熱い・・・。
「、貴女を好きです。ずっとこうして触れたかった・・・」
想いは燃え盛る炎のように胸を焦がし、普通を装って接するのも限界だと感じ始めて。
「決して貴鬼を邪魔にするつもりではありませんが、今日、貴鬼がいないときに貴女が訪ねてくださったから・・・」
切ない声だった。今までが聞いたことがないほど辛そうで、切実だった。
これほどせっぱつまったムウを、初めて見た。
「貴女を欲しくて、止められなくなりました」
ゆるく頬をからめ取り、唇を盗む。
丁寧な口調と優雅な物腰とは裏腹の、それはねじ伏せるように強引なキスだった。
それでもふわりと、クッキーの甘い味が広がる。
「・・・よろしいですか、」
選択の余地など、ないのに。
服もめがねも、全てを取ってしまえば、そのままのムウを感じることができる。
あんなに優しく見えても、あんなに穏やかにしていても。
彼は牡羊座の男。そう、牡羊座は戦いの星、激しい火の星座・・・。その熱情と烈しさは、他の星の及ぶところではない。
十二宮を守護にいただく黄金聖闘士なら尚のこと。
「苦し・・・ムウ・・・」
「もう少し・・・我慢してくださいね」
いくら訴えたところで、手心を加えようとはしてくれない。ただ思いのままに、ドラスチックな勢いをぶつけてくる。
身勝手とも違う。多分、ゆとりがないのだ。
普段の彼からは想像もできないその余裕のなさが、にはかえって好ましく思われた。
少しの苦痛すら、受け入れるよろこびに変わる。そしてそれは、肉体的な快楽のもとにもなる。
「ああ・・・ムウ・・・」
「・・・」
最上の感覚へと、導き合う。
「乱暴なことをしてしまいましたね」
「ううん、いいの。・・・ムウになら、いいの」
ベッドの上で互いに半身起こし、軽い抱擁で確かめ合う。
「そういえば、めがねをかけていないを見るのは初めてですね」
「・・・変?」
照れ隠しに聞くと、ムウはゆるやかに首を振った。
「可愛らしいです、とても」
こんなに近くでまっすぐ見つめられ、かわいらしい、なんて言われると、恥ずかしくてしょうがない。
顔のみならず全身火照るような心地で、は目を伏せた。
「私だけのものですね」
「え・・・?」
「めがねのないは」
「・・・ムウ・・・」
もう少し強く抱き合う。
視界の端で、は自分のめがねを見るともなしに見ていた。
窓際に置かれっぱなしのめがねは、夜の色をうつしながら、銀にちかりと光った。
少し顔を上向け、ムウに視線を移す。ムウはなぜかじっとして、耳を澄ましている様子だった。
「・・・貴鬼が帰ってきます」
「ええっ」
は跳ね起き、わたわたと身支度をする。ムウも手早く整えた。
「ムウ様ー、ただいま帰りましたー!」
最後にめがねをかけたとき、貴鬼の元気な声がこだました。
「おいしい! おねえちゃんが来てるなら、もっと早く帰ってくればよかった」
クッキーを頬張ってご満悦の貴鬼の前で、ムウとは笑みを交わした。
秘密の共有者たちがする仕草に、貴鬼は本当は気付いていたのだけれど、何も知らないフリをして食べ続ける。
(あ〜あ、オイラ見ちゃいられないよ)
弟子として、どこまで気を遣えばいいものやら。
とりあえず今、お互いにはお互いしか見えていないみたい。
・あとがき・
投票所にいつも投票くださっているムウ様ファンの貴女、お待たせいたしました!
牡羊座らしいムウ様のドリームを、貴女に捧げます。最初から、ムウって星座のイメージと全く合っていない人だな、と思っていたんです。
ハーデス編ではちょっと牡羊座らしいところを見せてくれていましたけどね、普段のイメージでは、単純で好戦的な牡羊座には合わないなって。
でも「この人はこういう人」って決めてしまう必要はないといつも思っているので、今回はやや強引なムウ様にしてみました。
こんなのもいいなー。
web拍手のお礼として書いた短いネタをもとにしました。
「めがね」は、まずヒロインのちゃんがメガネっ娘。それから色めがね。
ちゃんも周りからちょっと色めがねで見られている部分があった、ということと、ムウのこともある意味、色めがねで見ていたということで。
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