地図を広げて
ある日、いつものようにシドの部屋を訪ねたは、分厚く折りたたまれた紙を抱え持っていた。
「これ、うちのやねうらべやで見つけたの」
まだ小さな、可愛らしいは、家同士で決められたいわゆる「いいなずけ」で、シドとは兄妹のように育ってきた。
頭も服もほこりだらけの冒険後の姿を、微笑ましく見守るシドの前で、古ぼけ色あせた紙をせっせと開く。緑や青などの色と、でこぼこのさまざまな線、それに文字などが見えた。
「世界地図じゃないか、すごいなあ」
古くはあるけれど、大きくて立派な地図に、シドは感心するような声をあげる。は得意げに胸を張った。
「外国製かな、英語で書いてある」
のおじいさんか誰かが、旅行のお土産にでも買ってきたものなのかもしれない。
「ねっねっ、アスガルドはどこ?」
髪に飾った幅広のリボンを揺らして、地図に取り付く。のきらきらした期待の瞳が、世界をうんと縮めた紙の上に注がれた。
「この辺だけど・・・」
シドのすらりとした指が、北の海沿いをなぞる。
「あった、ここだよ」
「どこどこ?」
わくわくしながら更にかじりつくようにすると、シドの爪の先に、ようやくその区域が見えた。アスガルドと記された英語の文字も、ずいぶん細かい。
「えー、こんなに、小さいの!?」
あからさまな落胆に、優しい声をかける。
「大きければいいとも限らないだろう」
「・・・そうね」
は、すとんと椅子に座り込み、足をぶらつかせた。
「アスガルドぜんぶだって見て歩けないほど広いのに、世界ってほんとうに広いのね」
途方もなく巨大な世界の中の、自分という存在の小ささをおぼろげに感じていた。ちょっと楽しい気分になった。
「行きたいな、とおい国に。たとえばこのへん」
適当に指さした場所を、シドは覗き込んだ。
「か、いいな。がもっと大きくなったら、一緒に行こう」
「ほんとう!?」
明るい顔をぱっと上げる。
「いつ、いつ!?」
「そうだな、やっぱり新婚旅行かな」
「やったー、早くおよめさんになりたいな」
物心つかないくらい幼いころから、それは当然の未来で、の最大の夢でもある。
両腕を差し伸べると、シドの首に軽く回した。そのまま抱き上げられて、楽しげに笑い声を上げる。
シドは窓際まで歩き、共々外を眺める。相変わらず凛と冷たそうな風景から大好きな人の横顔に目線を移すと、はしみじみと言うのだった。
「あたし、シドのいいなずけで、よかった。だってべつの人がいいなずけだったら、シドとけっこんするために、かけおちしなきゃいけなくなるもの」
「駆け落ちとはドラマチックだな。そうしたら二人で逃げて、どこか遠い知らない国で暮らそうか。でも」
そんな別の生活を、シドは少しだけ想像した。それでもやっぱり、どんな人生を仮想しようとも、を切り離すことだけはできないのだった。
だがは、「だめ」ときっぱり首を振る。
「そんなことをしたら、おとうさまやおかあさまや、シドのおとうさまやおかあさまや、みんなをかなしませることになるし、やっぱりアスガルドにいたいもの。だから、シドのいいなずけでよかったって言っているの」
「・・・そうか、は優しいな」
故郷や家族を愛しく大切に思う、その心も、シドにとって好ましく思える。
「私も、と結婚してここにずっと住めるのが、嬉しいよ」
本心から出た言葉に、は少しはにかみ、それから深く笑った。
「シド、だいすき!」
頬にちゅっとすると、シドはくすぐったそうに、片目をつぶった。
後ろには、古い地図が大きく広げられたまま置かれていた。
時は、穏やかに移りゆく。
幼かった少女は美しく成長し、少年は神闘士として名をあげるまでになった。
の最高級ホテルからの夜景を眺め、互いにそっと寄り添っていた。
おごそかな結婚式、皆に祝福されての盛大な披露宴・・・そしてハネムーン。夢のように過ぎるこの日々は、の心に一生消えない輝く思い出として刻まれてゆく。
「」
抱き寄せられて見上げると、ずっと変わらぬあの微笑で、包み込んでくれていた。昔から家族のようにそばにいたシドは、今や、の夫なのだった。
愛情を込めたキスが優しくて、はそれだけで、雲の上の気持ちになる。
ふたりきりで迎えた初めての朝が異国の地なんて、いつまでも目覚めない心持ちで少し気恥ずかしい。
巨大な枕に埋もれて、指をからめ見つめ合っている。
「世界一、幸せだわ」
この大きな世界で、掛け値なしに一番だと、そう言える。
「これからもっと、幸せになろう」
変わらぬ笑顔で。
今、シドとは、あのときよりもずっと大きな地図を広げていた。
それぞれの心の中に、同じ地図を広げていた。
・あとがき・
シドファンの皆々様、お待たせいたしました(笑)。
神闘士でシドだけはドリーム書いてませんでしたからねー、先に長編で書いてしまったけど、恋人ドリームは初めてですね。
許婚というポジションは好きです。そういえばアルベリッヒドリームでも許婚設定、ありましたけど、アスガルド舞台だと親同士が決めた二人というのが似合う気がします。パプワで作ったオリキャラのシルバーとジュエル(四兄弟の両親)にそっくり。大好きなので、同じ雰囲気で書いてみました。
幼かったちゃんを書きながら、ジュエル嬢の顔を思い浮かべていた私。だから頭に幅広リボン。シドは絶対婚前交渉しなさそうだ。だって貴族だから!(え) いや交渉してほしくない。
ということで、で初めての朝、いかがでしょうか。こういう、穏やかな関係を書くのも好きなんですよ。
恋愛小説に波乱は欠かせませんが、短編ドリームだからね、最初から決められた相手でも、お互い深く想い合っている・・・そんなのも素敵じゃないかな。100題でこのタイトルを見たときから、CHARAの「Tiny Tiny Tiny」という歌が結びついていました。
「私たちの広げた地図、とても大きい」という歌詞が、ぴったりで。そのイメージのまま書きました。
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