転んだ
西の空が綺麗な朱に染まっている。紫龍と一緒に、星矢の住むヨットハウスに遊びに行ったら、すっかり夕方になってしまった。
波の音を聞きながら、並んで歩いた。
「海に沈む夕陽だったら、もっとロマンチックでいいのに」
「それは日本海側に行かないと」
もっともな答えを律儀にくれる紫龍に、笑いかける。
送っていく、とも言わず、『散歩でもしながらゆっくり帰れよー』なんていたずらっぽいウインクで星矢は送り出してくれたけれど。この人は、そういうのが分かっているのかいないのか。
いつもには優しいが、それは友達のときから全然変わらない優しさだ。今はもうステディ(のはず)なのに。
「五老峰には海はなかったんだよね」
「ああ。滝や川はあったけど」
「滝は見飽きたんでしょ。あ、童虎の方がもっと見飽きてるか。ずっと滝の前だったわけだし」
若返った老師の姿しか知らないは、平気で呼び捨てにしている。大恩ある師が目の前にいるわけでもないのに、紫龍の方がハラハラしてしまう。
「よっと」
脇のコンクリートにひょいと上った。砂浜と道路を隔てるために、塀のように続いている。
「危ないぞ」
「平気!」
両手を水平に上げたやじろべえポーズで、ひらひら渡ってゆく。
「ここからの方が海もよく見えるよ。紫龍も上がってみてよ」
と見下ろしたとき、紫龍の艶やかな黒髪が目に留まり、は覚えず目を引かれていた。長いストレートは夕の色に包まれ、潮風にさらさらなびいている。
(・・・キレイ)
ぐらっ、と視界がずれ、足元が危うくなる。一瞬だけの無重力体験・・・すっかりバランスを崩してしまったことに気が付いた。落ちてしまう、砂浜側に。
「わわわわ・・・・」
「!」
彼女のピンチに、紫龍はとっさに動いた。壁に上り、の落ちていく方向に先回りするように体をもってゆく。
常人には不可能な速さだが、そこは聖闘士、紫龍にとっては朝飯前である。
(うわ〜!)
ぎゅっと目をつぶる。思わず身体を硬くしたものの、想像したような衝撃はいつまでたってもやってこない。
紫龍がクッションになってくれた、と気付いたのは、ようやく目を開けてからのことだった。
「・・・・」
びっくりどっきり、とっさに動けない。だってこんなに近くにいる。しかも自分の下敷きになって。
さっきつい見とれてしまった黒髪も乱れて、瞳はこちらを向いていて。
(いやーん、どうしよう!?)
触れ合っている身体が熱を持つ。
「」
何を、言うのだろう!? は紫龍の口元に注目していた。唇が開き、そして次の言葉は。
「・・・どいてくれないか」
なんだ。かなりガッカリした。
「私って、そんなに重い?」
「いやそういうことじゃなくて」
にわかには避けてくれそうもないに、紫龍は静かに訴える。
「こういうのは、多感な年頃の男子には余計な刺激になってしまって困るんだ」
「・・・」
あまりに生真面目な口調と表情に、は吹き出しそうになる。紫龍らしいといえば紫龍らしい。
同時に、ちょっとした悪戯心が頭をもたげてきた。
「私は、構わないけどな。紫龍とだったら」
離れるどころか、わざとくっつく。胸に頬を寄せるように。
紫龍はそんなの両肩を掴むようにして、半ば強引に引き離した。
「俺は構う。そういうことを安易に考えてはいけないと思うぞ」
「・・・アハハ、もう、紫龍ったら!」
こらえ切れず、は笑い声を上げてしまう。自分で体を支えて、そのまま砂に腰を下ろした。
「年よりじみているんだから。それも『老師の教え』なの?」
「何とでも言え」
紫龍も起き上がって軽く砂を払い、服装を整える。
二人は、並んで海に向かう格好になった。
「でも、紫龍のそういうところが、好き」
聞こえるか聞こえないかの囁きは、海に呑まれたか、それともさやかに彼に届いたか−。
すぐに立つのはもったいない気がしていたのは、も紫龍も同じだったようで、二人はしばしそのままで波音に耳を傾けていた。
は打ち寄せる波を幾らか数え、それから、紫龍の方をちらり見る。
転んでラッキーだった。
紫龍とあんなに接近できたことももちろんだけれど、彼のことをより深く知ることが出来たような気がして。
大して危なくないような砂の上に転びそうになっただけで、身をていして守ってくれたこと。
頑固なまでの生真面目さ。
『好き』が、また増えたみたいで。
(たまには、転ぶのもいいかも)
次に転んだら、また紫龍は同じように助けてくれるだろう。
そしてきっと、もっともっと、好きになる。
大人っぽい胸の疼きを知りながら、どこまで恋は深くなる。
・あとがき・
「転んだ」というより「落ちた」ですけど。
初の紫龍ドリームです。青銅キャラのドリーム自体、珍しいです。
紫龍というキャラは、当時同人誌などでよく変人(変態?)扱いをされていたせいで、私の中でラブとかときめきとかの対象になったことはなかった・・・。
でもよく考えてみれば、彼は真面目で優しい人なのだろう。最近ちょっと認識を改め、こんな話を考えてみました。
ローティーンはやっぱり清い交際して欲しいもので。特に紫龍ならこんな感じかな?と。
ちゃんは同い年くらいの気持ちで書きました。女の子の方が精神的に大人びているだろうから。紫龍と春麗のベストカップルはもちろん大好きですが、ドリームはまた別で、楽しんで書きました。
こういう少年少女の初々しい恋って、時々書きたくなるんですよ。ああなんかほのかでいいなぁ。
青少年の実態は知らないけどね。
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