君の声を探そう。
とシュラはとても仲良し。今日は二人でカラオケにやってきた。
「ねえ、歌わないの? 歌ってよ」
三曲ほど連続熱唱した後、はソファに脚を組んで座ったままのシュラに誘いかける。
「お前歌え」
シュラはいつものそっけなさで答えた。その表情と声の調子からして、決して不機嫌なわけでもないけれど。
「これからクリスマスとか年末年始でカラオケの機会が多くなるでしょ。練習しに行こうよ」と言うに、シュラは最初から「俺は歌わない」と宣言していた。それでも彼を引っ張って来たのは、きっと部屋に入れば歌いたくなるだろう、と思ったからだ。シュラが歌うのを聞いたことがない。は歌が好きだし、カラオケの練習をしたかったのも本当だけれど、あわよくば歌声を聞かせてもらえるかも、と期待も持っていたのだ。
「つまんない〜」
「聞いてやってるだろ。好きなの入れればいいじゃないか」
「タバコはダメっ!」
ポケットから取り出したとたん、箱を取り上げる。
「喉が痛くなるでしょ」
シュラは軽く笑って、灰皿を脇に押しのけた。
「なんか歌ってよ、十八番をひとつ。ねっ」
本を押し付けられて、形だけといった風情でめくってみる。
「ん・・決めとく」
気のない返事にこれはダメか、と思いつつも、時間がもったいないのでは自分が歌う曲をリクエストした。
「決まった?」
大好きな『』を歌い終えても、まだ次が入力されていない。
「歌はあんまりなぁ・・・」
と言いながらも、の熱意(しつこさ?)に押される形で、シュラはようやくリモコンに手をかけた。
「やったー」
「期待するな」
軽くこづかれても、ニヤニヤわくわく止められない。
画面が変わり、イントロが流れる。
「あ、『君の声を探そう』」
前にドラマの主題歌になったから、もサビの部分くらいは知っている。
曲調はバラード、壮大な感じでゆったりしていた。
静かにシュラは歌い始めたが、はびっくりしてしまった。思わず彼の顔と画面とを見比べてしまう。
歌詞を全く無視している。いやそれ以前に、知らない言語で歌っている。
(も、もしかしてスペイン語?)
そう思ったのは、やけに流暢だからだ。何も見ずに、しかし堂々と歌っていた。
更に言えば、結構上手い。はもともと、シュラの喋る声も大好きだった。だからこそ歌声を聞いてみたかったのだが、やはりいい声をしている。
(あんなに歌いたがらなかったのは何だったの〜!? 私より上手いじゃない、サギだ!)
でも、聞きほれてしまい、怒りは持続しなかった。
−君の声を探そう 街の喧騒に 夜のしじまに
たとえどこに紛れていも 君の声なら僕に分かる−
サビになったので、一緒に口ずさんでみる。穏やかなメロディの底にも情熱をたたえたまま、ワンフレーズを終えた。
「すごい、うまいじゃない!」
間奏も静かなので、の拍手と声の方が大きく響く。シュラはちょっと照れているようだった。
「スペイン語なの?」
の問いに、頷いて答える。
「これは元々スペインのアーティストが歌って、向こうで流行った歌なんだ。カバーされて、ここではそれほど売れなかったみたいだけどな」
「へえ・・・」
知らなかった。
尚も話し掛けようとしたとき、次のフレーズが始まったので、はおとなしく背もたれによりかかる。
シュラの声は心地よい。包み込まれるような感覚に、いつか彼に身を添わせていた。
歌の響きと体温と。優しいメロディに、サビの部分では力強さも加わって。
知っている歌なのに、全然別物に聞こえる。こんなにいい歌だったとは、新発見だった。
(・・・あ)
そっと、肩を抱き寄せられる。部屋の中以外でシュラの方から触れてくるなんて。
これも歌のおかげなのかも知れない。だって、ロマンチックな気分が盛り上がっていたから。
−君の声を探そう−
ゆったりとしたままで一曲終わったとき、絶妙のタイミングで目が合ったから。
まぶたを閉じれば、シュラの吐息が近付いてきて・・・。
歌の余韻を引きずったままの二人、唇と唇の距離があと数ミリ。
ガチャッ。
無粋な音に単純に驚く。
「おや、済みません。部屋を間違えました」
それが聞きなれた声だったもので二倍驚いた。
「ムウ!?」
牡羊座の聖闘士は、部屋を間違えたという割にはまったく平然としている。むしろシュラとの方が挙動不審だった。
「な、なんでおまえがここに」
「師と貴鬼がどうしても行きたいと言うので。お邪魔はしませんよ。ああ、壁の注意事項の、特に3番をよく読んでおいた方がいいんじゃないですか? それでは」
言いたいことを言い終えるとさっといなくなってしまった。
「部屋間違えたなんて、絶対嘘だよね」
「それより注意事項がどうのこうのって・・・」
壁の張り紙に改めて目を向ける。そこにはカラオケルームを利用する際の一般的な約束事が書き並べてあった。
『必要以上にボリュームを上げたり、奇声を発したり激しいダンスをしたりしないこと』『泥酔者は入室禁止』などの項目の後に、『カラオケ以外の目的での利用禁止』と書いてあるのだった。
「・・・」
「・・・ムウの奴・・・」
言葉が出ない。バツ悪そうに視線を合わせた。
「おお、お前たちも来ていたとは。さあ大部屋に移るぞ!」
「お姉ちゃん!」
間を置かずに乱入してきたのは、教皇のクセにカラオケになんか来たがるシオンと、おまけの貴鬼だった。
後ろにムウの姿も見えるが、『私はお邪魔をしないつもりだったんですけどね・・・』と、それでも例の微笑をたたえながら呟いている。
「いや教皇、大部屋なんて別に・・・」
「まあいいではないか。他の黄金聖闘士たちにも連絡をしておいたからな。今日はこれからカラオケ大会だ!」
「い、いつの間に」
シュラはシオンに、は貴鬼に。それぞれ引きずられるようにして、半強制的に部屋を移ることとなる。
「よー、!」
「遅かったな。何飲む?」
そこは既に二次会くらいのノリで盛り上がっていた。黄金聖闘士が勢揃いで、早くもマイクを持って歌っている者もいる。光速で駆けつけたのに違いない・・・シュラは頭痛を感じた。聖域の守りはどうなっているのだ。
「お前たち、全員来てしまってはアテナが・・・」
「あら、私がどうかしましたか? シュラ」
体格の良い男たちに挟まるようにしてアテナがちょこんと座っていたので、シュラは更なる頭痛に襲われるのだった。
「、ここ座れよ」
「デュエットしよう、俺と!」
下心見え見えの男たちに引っ張られてゆくを黙って見ているシュラではない。しっかりとガードするように、隣に座った。
「ほら」
手渡されたインデックスを彼女の膝に置く。は見上げて言った。
「シュラ歌えばいいのに。すごく上手いもの、みんなビックリするよ」
「・・・俺はお前の前でしか歌わない」
憮然として、それは小さな声だったけれど、の耳だけには届いた。
歌声と話し声の雑然と混じり合う中で、シュラの声だけは、はっきりと聞こえる。
それはきっと、いつも、声を探しているから。
無意識のうちに、求めているから。
そしてシュラはそっと身を屈め、その声で、囁くのだった。
「さっきの続きは、後で・・・な」
・あとがき・
カラオケネタっていうの、一回書きたかったんですよ。
ミロとかアイオロスとかデスマスクとか、意外にアルデバランとかも、カラオケ気軽に付き合ってくれそうですよね。
誰のドリームにしようかと考えて、意外性でシュラに白羽の矢が。
何度か言ってますが、私は戸谷さんが演ってらしたシュラの声が好きなので。まぁオヤジくさいといえばオヤジくさい声なんだけど・・・。更に、あの声で歌って上手いかどうか謎なんだけど。ちなみに私、昔、同僚たちと飲みに行った二次会でカラオケに行って、付き合っていた人の隣に座ったら、その人当時はやっていたスマップの「ライオンハート」を歌って、酔っていたせいもあり私の肩に手を回してきたという恥ずかしい思い出があります。
みんな見ているし、だからといって手を振りほどくのもかわいそうだし、どうすればいいのか困ったよ・・。
その人、今は私の夫です(笑)。シュラって、例え個室でも外では滅多に手を出してこないような気がする。それが歌で気分盛り上がっちゃって、思わず肩を抱き寄せてしまったのね。
照れ屋さんで真面目だけど、根っこにやはりスペイン人の血が流れているから・・かな。
今度思い切りスペイン人なシュラっていうの書こうかな(ギャグだな)。といっても、リアルタイム時私が書いていたシュラって、全然こんな感じじゃなかったんですよ。
もっと砕けてて酒と女好きのちょっと自堕落な感じの男だった。うーん。いつしかこんなふうに。いいところでジャマが入り、そのまま宴会に突入・・・なんて何度使ったネタかしら。もうワンパターンドリームと呼んでください。
ずっと昔、そういうドラマがあったんですよ。毎回何か事件があって、ラストに二人がキスをしようとするんだけど、必ず寸前でお父さんがやってきてジャマされるの。
それが私の根っこにあるみたいで。なんか、好きなんですよね。「声」を意識して書いたので、ラストもセリフで終わらせて効果を狙うという私としては珍しいパターンに。
印象的になれば成功。
H15.12.18
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