悪 戯
「あーうまかったー。さすがカミュ、いい店知ってるな」
「口に合ったようで良かったよ。ワインもいいのがあったからな」
「ホント、サイコー」
星の瞬く十二宮。カミュとアイオリア、それにという珍しい取り合わせの三人組が、階段を上ってくる。他の黄金聖闘士が見たら、どういう集まりだろうと目を丸くするだろう。
本当にたまたま、だ。がアイオリアと、おいしいもの食べたいねー、なんて話していたところにカミュが通りかかって、そのままカミュの知っているお店に連れていってもらったのだった。
「ありがとうカミュ」
「今度は俺のお気に入りの店に行こうぜ」
「ああ」
アイオリアは料理がおいしかったのと満腹になれたので文句なしに上機嫌だ。カミュも満足そうにしている。
二人とぐんと仲良くなれた気がして、ははしゃいでいた。
「俺のところで少し飲んでいかないか?」
アイオリアがいつもの快活な調子で二人を誘う。見上げれば、もう獅子宮は目の前だ。
「いいね! カミュもいいでしょ?」
「ああ、少し邪魔していくか」
このまま今日を終えるのではもったいない。その気持ちは、三人共通のものだった。
先に立って自宮に入ったアイオリアは、そこに見慣れないものを発見して足を止めた。
「なんだ、コレ」
「なになに?」
とカミュも近寄ってゆく。
「・・・ぷっ」
思わずは吹き出した。
こちらに向いて、マネキン人形が立っている。端正な顔立ちは無表情、だけど右手を少し上に上げるポーズで、首から『お帰りなさ〜いv』と書かれた大きなプレートをさげているのだ。
「・・・兄さんの悪戯だな」
思い至る人物はアイオロスしかいない。アイオリアに無邪気な悪戯を仕掛けるなど、何も今に始まったことではないのだ。
体は27才でも、やはり中身は少年のままなのだな、と、しみじみ思ってしまうものだが。
「コレ、本物じゃない?」
「そのようだな」
とカミュは、お出迎えマネキンが着ている服をつまんだりして見ている。それでアイオリアも初めて注意を向けた。濃色のフレアーミニワンピースに、フリルやタックがたっぷりあしらわれた純白のエプロンを重ね着した、これは・・・
「メ、メイド服っ」
ちょっと、アイオリアは反応した。カミュも表情にこそ出さないが、内心で反応していた。そして、最も反応を表したのがだった。
「すっごい〜可愛い! 着てみたい!」
ぴくっ。男二人はその言葉を聞き逃しはしない。
「着てみたら、どうだ」
「え、いいの?」
アイオリアは微妙にだけれど目をそらした。純粋な好奇心にきらめく瞳が、眩しすぎたのだ。
「い、いいさ。どーせ兄さんの悪戯なんだから。・・・きっと似合うよには」
この時点でメイド服姿のを頭の中いっぱいに広げてドキドキのアイオリアは、マネキンごと小脇に抱え、二人を促して宮の奥に進んだ。
「じゃ〜ん」
着替えて飛び出してきたに、視線が集中する。
ふわっと広がったスカート、ひらひらのエプロン。頭にはひだを寄せた白い布のカチューシャまで付けた完全装備だ。
「思ったよりスカート短いよ」
モデル気分で一回転して見せると、揺れるリボンやフリルがカミュとアイオリアの心を確かにくすぐった。
マネキンよりも、ずっとずっと愛らしい。
「い・・・いいッ・・・」
今にも鼻血流しそうなアイオリア。
「・・・注いでもらおうか」
脚組んで座ったカミュは、空のグラスを掲げた。
きょとんとするに、微笑を見せる。静かだったが、悪戯っぽい笑みだった。
「メイドだろう?」
仕えろ、というのだ。
「かしこまりましたッ!」
も心得たもので、なぜかピッと敬礼でこの遊びに順応する。
着替えている間にアイオリアが準備してくれていたのだろう、テーブルにはお酒やおつまみが並べられていた。
わざと大仰にかしずき、グラスにビールを注ぎ入れる。
「あ、いいな。俺も」
アイオリアもマネをして、グラスを持った。
「さあ注げ」
偉そうな命令に、は笑ってしまう。いつものアイオリアとのギャップが面白かったのだ。
「む、笑うとは何事だ、メイドのくせに」
「申し訳ありません、ご主人様」
まだ声には笑いが残っていたが、何気なく口にした言葉はアイオリアのみならずカミュのマニア心をも強烈に刺激した。
(ご、ご主人様・・・)
(いいッ!!)
こうして、悪ノリの舞台は出来上がったのだった。
「いいな。あたしも飲もうっと」
おいしそうにビールを飲む姿を目の当たりにしては、も黙ってはいられない。
「まて」
手を伸ばしかけたところをぴしゃりと止められ、を首をかしげてカミュを見る。
「勝手に飲めると思っているのか?」
そう言う声も表情も、主らしい威厳と冷たさに満ちていて、何かぞくりとさせられる。恐怖ではない、その冷然とした美しさに痺れた。
「おまえは私たちの許しなく行動できないのだぞ」
「は・・・はい、分かりました、ご主人様」
は反射的に頭を下げる。この瞬間、主従関係は遊びの域を少しだけだが越えてしまった。
何かの暗示がかかったように。
「飲みたいのか」
「はい・・・」
「それならここに来い」
にこりともせず、手ずからビールを満たすと、カミュは無造作にグラスを突き出した。
床にぺたりと座った格好のは、体の前に両手を置き、口をつける。カミュがそっと傾けたグラスから、冷たいビールが口の中に流れ込んでくる。
飲ませられている。ただそのだけなのに、体が熱くうずいてくるのを感じていた。
アルコールが普段の倍ほども効いてくる。
それは、見ている者にとっても同じことで。
「なんか、ヘンな気になってくるな・・・」
アイオリアはの傍らに膝をつき、その顎に手を添え自分の方を向けさせた。とろんとした瞳とビールで濡れた唇がどことなく淫らでそそられる。
「・・・キスしていい?」
答えも待たずに、唇で唇に触れる。アイオリアは直情を止められなかったし、もこの特殊な空気の中で、起こったことに対し、もはや正常な反応など出来なくなっていた。
三人だけで共有する、異質な世界・・・。
「、私にも・・・君からしてくれ」
カミュも黙ってはいられず、座したまま求める。はどこかうつろな眼をして立ち上がり、覆い被さるようにして自分から唇を重ねた。
隷従することに、倒錯した歓びを覚えている自分自身が不思議だった。
アイオリアにされたような軽いキスだけで離れようとしたところが許されず、カミュに後頭部を押さえられ、口の中を探られた。
こんなキスは初めてで、呆然としてしまう。
「あーっ、お前今、舌入れただろ」
「騒ぐな」
「ズルイぞ、俺も!」
ぼうっとしたままのに、噛み付くようなキスを仕掛ける。
荒々しく口腔内を乱され、は体の奥から何かが引き出されるのを感じていた。それは今まで眠っていた性なのか、じわり熱くて湿っぽい。
「・・・はあっ・・・」
ようやく解放された唇から、甘い吐息が漏れる。同時に、見つめられているのを感じた。
敏感にさせられた神経がますます昂ぶる。メイドの格好をして彼らに仕え、アルコールを口にし、キスをした。・・・ここに至るまでの道筋を思い出せば、体の中心にゾクゾクくる。
こんな気分は初めてで・・・でも悪くない。
普通じゃないと分かってはいるけれど、罪悪感など皆無だった。
「従順なというのも、いいな」
「すごい可愛い。めちゃくちゃにしてやりたいくらい」
交互に何度もキスを受ける。いつの間にかその場に横たえられていた。硬い床の感触だけがいやに冷たいのが、かえって生々しい現実感となる。
「アイオリア・・・カミュ・・・」
「ご主人様、だろ?」
獅子の眼に捕まった。どこか剣呑な光を帯びた青に、射すくめられ動けない。
のすっかり乱れた姿を、眺めてまわす。上気した頬、うるんだ瞳、唇からは熱い息が零れて。過剰な装飾がついたエプロンの胸元は、呼吸に合わせて上下し、スカートが花のように広がっている。
「・・・もう俺ヤバイ」
「いいのか?」
平然と確認を取ろうとするカミュ。
「え? ・・・キャッ!」
認識より先に、の口から短い悲鳴が迸った。
アイオリアがのしかかってきて、体に触れてきたから。
「・・・あ、ガーターベルトまでしてる・・・」
ミニスカートの中をさぐって。
荒い息を耳元に感じて、いやでもこれから何をされるかを知らされる。そしてそれは危機感となり、を夢から急速に引き戻した。
「ちょっと、やめてアイオリア、だめっ!」
ぐっと両腕を突っ張って、遠ざけようとする。
ほとんど見境なくなっているアイオリアにはその声も届かないようだったが、カミュが背後から力ずくで引き剥がしてくれたおかげで、どうにか自由になれた。
「が嫌がっている。もう悪ふざけは終わりだ」
「・・・あ・・・ごっごめん、俺・・・」
自分で体を起こしたものの、うなだれるように頭を下げたままのを見て、理性を取り戻したアイオリアは慌てた。真向かいに正座して、顔を覗き込もうとする。
「済まない、許してくれないか。ついその、調子に乗りすぎて・・・」
「う、ううん、あたしこそ、ごめん」
赤い顔を上げて、も詫びの言葉を口にした。
「そういう気になっちゃうの、当然だよね。なのに急に嫌がったりして・・・」
途中で止められたとき、男の方が大変だということくらい、分かっていた。だから戸惑い、言葉を選びながらも、懸命に伝えようとする。アイオリアは悪くないんだと。
「だけどあたし、こういうの、あの・・・経験なくて、だから・・・」
「もういい、」
それ以上は言わなくてもいい。カミュはの肩をそっと抱いてあげた。
「悪戯が過ぎただけだ・・・もう着替えよう」
「ん・・」
顔を上げる。くるっと目を輝かせて、それは既にいつものの表情だった。
「でも、面白かったよね」
カミュは苦笑し、アイオリアは照れ笑いで頭をかく。それで救われた。
妖しい時間は三人の秘密で、ただの悪戯としてそれぞれの胸にしまわれることとなったのだ。
「ってヴァージンだったんだ・・・」
どこか夢見がちにアイオリアはつぶやいた。は別室で着替えている。身支度を終えたら、今日はもう解散することにしていた。
赤い髪を何となくいじりながら、カミュはそんなアイオリアを一瞥する。
「譲らないぞ」
短い一言に込めた想い、この男にどれほど通じるだろうかと思いながら。
案の定アイオリアはムッとした顔をした。
「俺は真面目にを好きなんだからな」
「なら相手にとって不足はない」
「なに・・・」
一瞬真剣に威嚇をし合い、共通の想いを知ってしまう。
「恋のライバルってやつか。カミュ相手とは手強いな」
「私だけではない。皆、のことを狙っている」
それでも、気持ちなら誰にも負けない自信がある。
二人の願いは同じだった。
を、自分だけのものにすること。
あの笑顔や従順さや姿態を、独り占めすること。
(は私のものだ・・・)
(の初めての男に・・・いや、最初で最後の男になってやる)
「お待たせー。あれ、どうしたの?」
元の服装に戻ったは、奇妙な緊張感に首をかしげる。
アイオリアとカミュは何でもないと微笑んだ。
星座の位置が、さっきとは少しずれている。
空の絵巻を眺めながら、三人は歩いた。
今日新しく得た連帯感に、気分は高揚しっぱなしのは、自分の家が見えたところで体ごと振り向く。
「送ってくれてありがとう。また明日ね!」
にこっと手を振りかけて、ふと思いついた。
「ちょっと屈んで」
カミュの顔を近付けさせ、その唇にキスをする。さよならのキスのつもりだった。
「アイオリアにも」
同じようにキスをする。
「バイバーイ!」
少し照れたのか、大きく手を振ると駆けていってしまう。あっという間に小さくなってゆく後ろ姿を見送りながら、アイオリアは自分の口に手を触れた。
「・・・カミュと間接キス・・・」
「気色悪い言い方するな」
せっかくキスしてもらった気分が台無しではないか。
「このまま帰る? もう少し付き合わないか?」
居酒屋くらいなら近くにあるだろう。
ライバルのお誘いを、カミュは意外なほどあっさりと受けた。
「他の奴らを蹴落とす相談でもするか」
「それで最後に一騎打ちというわけだな」
半分冗談、だけど半分は本気。
アイオリアはカミュの肩に手を回した。まるでずっと前からの親友のように。
カミュも笑った。どこか不敵に。
そして二人は夜の街の賑やかさに紛れていった。
その頃・・・
「あれ、誰もいない」
獅子宮まで降りてきたアイオロスは、自分が悪戯していったメイド服を見つけた。マネキンからは脱がされていたが、きちんと畳まれて置いてある。
「がこれを着たところを見たかったのに。可愛いだろうな〜」
服を抱きしめて妄想にひたる。に似合いそうだからとわざわざ通販で購入した代物だ。
「まあいいや。次こそは・・・」
新たな悪戯を考えるべく、人馬宮へと引き上げていく兄さんなのだった。
・あとがき・
コスプレシリーズ第三弾。誰が覚えているかこんなシリーズ。
ってなことでメイド服です。
資料のためにと「メイド服」で検索してサイトを見てみましたが、意外に普通のメイド服というのは地味なんですね。ちょっとH系のイラストサイトなんかだと、すごい可愛いイメージがあるんですけど。今回ちゃんが着たのはそっちということで。
なんかメイド服にはガーターベルトという刷り込みがあるのですが、間違ってませんよね? 私。
ガーターベルト大好きなかづなとして、メイド服コスプレネタは是非書きたかったのです。ダブルキャラドリームにすることは決めていました。でも、誰と誰のダブルキャラにするかまでは決まっていなかった。そこでやはり投票所に頼る私。
最初はデスマスクと誰かにしようかと思ったんだけどね。こういうネタでデスマスクだと単純すぎかな? とも思って。デスマスクが「メイド服」を「冥土服」とカン違いするという小ネタまで考えたのですが(笑)。
最近、投票所の方も、色んなダブルキャラが出揃ってきて嬉しい限りです。それを眺めて考えました。
アイオリアとカミュ・・・。どういう接点なんだ? と思いますが、確かに意外性があって面白そう。採用決定。この二人、正反対の感じがするので、同時に迫られるのはオイシイですね。
ちなみにカミュとミロだったりすると、もっと大変なことになると思います(笑)。ちゃん、抵抗の余地ないかも。初のカミュドリームがこれかい。でも、だいたい理想のカミュを書けたような気がします。
同人界では女性的だったり、繊細だったり、無表情だったり、泣いてばっかりだったりのカミュですが、かづな的には男らしく、そしてやはりクールな人として描きたいキャラです。それほど人付き合いが苦手だとも思いません。何たって水瓶座は隣人愛の星座ですから。
髪はご多分に漏れず赤がいいですね。水と氷の魔術師なのに赤い髪、この対比が美しい。ちゃんは、元気でノリのいい女の子。みんなとこだわりなく付き合っているのね。カミュとアイオリアは個人的な付き合いはこのときまであまりなかったと思う。
私も書いてから初めて思ったけど、結構いいコンビ?最初はかなり酒が入ってて、その勢いでこんなことしちゃう(しかも途中でやめずに最後まであんなことやこんなことしちゃう・・・)って考えていたんだけど、酒の力を借りずとも、男女三人で、しかも女の子がこんなマニアな格好しちゃったら、ヘンな気にもなるだろう、ということで、いささか展開スピーディすぎ? とも思いましたがこんな話にしてみました。
ここではアイオリアは、純情というよりは自分の欲望に忠実なタイプにしてしまいました。私が書くアイオリアはいつもそうか・・・。だってクールなカミュに純情なアイオリアだと話が進まないもの。
でも真っ直ぐで荒々しい獅子も大好き!アイオロス兄さんは今回も妄想してます。もちろん大好きキャラだから登場させたの。
これも当初は、ちゃんとカミュと弟がベッドでお楽しみ中のところにアイオロスがやってきて、「なんだ、もう脱いじゃったのか・・・残念」って、ちゃんが脱ぎ捨てたメイド服を拾い上げるというなんかヘンな流れだったんだけどね(コラコラ)。さて、火花を散らすカミュとアイオリア。ちゃんの本命はどちらですか?
H15.8.29
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