色のない世界 (2)
言われた通り、それから二、三日、は冥界で割合楽しく暮らしていた。
あるとき、黒い揃いの服を着た女性が数人、部屋にやってきた。のために雇われたメイドたちであるらしい。
「ウエディングドレスのサイズ合わせを致します」
と言いながら彼女たちが出してきた服は、やはり真っ黒の生地で・・・。
(ウエディングドレスまで黒かあッ!?)
結婚式というよりはまるで葬式ではないか。
メイドたちはてきぱきとの服を脱がせ、ドレスを着せる。
「サイズはどうだ?」
そこに入ってきたのは、つややかな黒髪の美しい女性・・・パンドラだ。
常にハーデスのそばに仕え、三巨頭をはじめ冥闘士たちの指揮をも取っている、つまりハーデスの次に偉い立場の人。過日紹介されてはいたが、滅多に顔を合わすことはなかった。
メイドたちはかしこまりながらも、忙しく立ち働き続ける。
「少し、お胸の辺りがゆるいようでございます」
「そのほかには、大きなお直しは必要ないようでございますが」
確かに胸がブカブカだ。それを見て、パンドラは小さく頷いた。
「無理もない。私に合わせて仮仕立てをしたものだからな」
「・・・・」
決してをバカにしているとか、自分を誇示するとかではなく、さらりとパンドラは言ったものだが、彼女の豊かなバストに目をやり、それから自分の体を見下ろすと、はため息をついてしまうのだった。
「それにしても、ウエディングドレスが黒というのは・・・」
普段着として揃えられたのも黒い服ばかりだ。パジャマまで黒一色なのには驚いた。それだけではなく、部屋の中も外も全て黒なのだから、さすがに食傷気味だった。
パンドラは、そんなに呆れたような視線を投げかける。
「黒のどこがいけないと申すのか」
「いっいえ・・・」
静かな迫力に思わず押されてしまった。ちなみにパンドラも黒い服で、それがよく似合っている。
「早目にサイズ直しをしておくように」
メイドに言い置き、パンドラは出て行った。
時間があるときには、よく三巨頭たちが遊びに来てくれた。の部屋を会場に、四人で飲み会を開いたりするくらいに、すっかり打ち解けていた。
「ハーデス様って、夜の方、淡白だと思うんだよなー、絶対」
「人間と神で、肌が合うのかという問題もありますよね」
酒が入ると、何となく話題はこっちの方に流れてしまう。も嫌いではないので、一緒になって飲んでは喋っていた。
「欲求不満になったらさー、俺がお相手してあげるから、ご指名ちょーだい」
「えー、私ラダマンティスの方がいいー」
もちろん冗談に決まっているが、ラダマンティスは面白いくらい動揺して咳込んでいた。
「・・・さん、どうしてハーデス様が貴女を選ばれたのか、よく分かるような気がしますよ」
急にそんなことを、しかもしっかりした口調で言われ、はきょとんとする。
アイアコスも、更にラダマンティスまで頷いているので、ますますわけが分からない。
「おまえからは、エネルギーを感じる。・・・明るくて、強い・・・」
言葉で表現するのはもどかしいといったように、ラダマンティスは顔をしかめ酒をあおった。
「こういう仕事をしていると、感じるんですよ。魂の発する、その人だけのカラーのようなものを。さんのは、とても鮮やかでキレイです」
ミーノスが補足説明をしてくれる。
「あー、ハーデス様、ちゃんに飽きてくれればいいな。神様の気紛れってやつでさ。ちゃん、ハーデス様に捨てられても、心配しなくていいよ。俺が新しい旦那になってあげるから」
「その座を狙っているのは、あなただけではないんですよアイアコス」
「おまえら、よくそんな勝手なことを」
「とか言いながら、ラダマンティスだって同じこと思ってんだろ。アピール不足はソンするだけだぜ」
「うっうるさい」
ラダマンティスはころころと笑っているを見て、顔を赤くする。
彼女は酔っ払いのたわごとだと思っているのだろうが・・・、皆は本気だ。
「さし当たって、私はさんの一番の側近ということで」
「何だよそれミーノス。そういうオイシイ役目は俺のなの!」
「、こいつらは仕事なんてまともにやりはしない。俺に任せろ、何でも全部片付けてやるから」
「あっはは。みんな、面白いね〜」
こんなふうにして夜は更けていったのだった。
ハーデスはといえば、仕事や準備の合間を縫って、毎日やって来た。
会うたびに打ち解けてゆく自らの心の動きを自覚しながらも、はまだはっきりと承諾の言葉を口にしてはいなかった。
「私はまだ学生だもの。勉強したいことが残っているわ」
「勉強ならここでも出来る。図書館だってあるし、必要なら教師を調達しよう」
調達って、誘拐のことでは・・・。
「地上には友達もいるし」
「いつでも会いに行って構わん。そのうちここの生活に慣れて、足も向かなくなるだろう」
何を言っても、こんな調子なのだった。
そんなある日、ハーデスについて来るように言われ、神殿の外に出た。少し歩いたところで、は驚きの声を上げる。
「これは・・・」
黒一色の世界に、白亜に輝く美々しい神殿が現れたのだ。
目をまんまるにしているの背を押すように、一緒に中に入る。
「新しく建てたのだ。黒は気にいらんようだからな」
「私のために・・・」
「部屋も、お前の好むように調えてみたつもりだ」
奥に進み、扉を開く。
「・・・うわあ!」
の歓喜の声に、口もとをほころばせる。こんなに嬉しいなんて・・・ハーデスには自分自身の心の動きが不思議でならなかった。
ただ一人の人間が笑っただけなのに。
「すごーい、きれい!!」
明るい照明の下で、白を基調に趣味よく揃えられた家具たちが真新しい輝きを放っている。カーテンやラグの淡いイエローも可愛らしく、ランプや壁掛け、飾り棚など女の子の心をときめかすような部屋が目の前に広がっているのだ。
「服も新しいものにした」
ハーデスはクローゼットを開けて見せる。溢れそうな洋服たちに、はまた目を見開いた。もちろん、黒い服ではない。綺麗な色柄のものばかり、高級ブティックの品揃えさながらに並んでいる。
「気に入ってくれたか?」
「ハーデス・・・」
決して、モノにではない。
その心に、打たれた。
一体、他の誰が、こうまでして自分を喜ばそうとしてくれるだろうか。
それを彼の真心として、は素直に受け取り、感動していた。
「あ・・・ありがとう。本当に、ありがとう」
うるんだ瞳を向けられて、ハーデスは心の底に温かいものが広がってゆくのを心地よく感じていた。
アテナに相談して−全く本意ではなかったが、上等な趣味の女性を他に知らなかったから−、良かったと思う。
アテナはハーデスに好きな人が出来たという事実に、好奇心といたずら心を隠そうとはしなかったが、嬉しそうに『おめでとう』と言ってくれたし、適切な助言もくれた。・・・ただ、披露宴に招待する、という約束をさせられてしまったけれど。
しかし、このの喜びようを見れば、アテナにからかわれようが披露宴に呼ばなくてはならないはめになろうが、大したことではなくなったのだった。
「それにしても、ハーデスってお金持ちなんだね」
こんなに色々なものをこともなげに準備してくれるなんて。
ハーデスは、当然だ、と言い放った。
「お前も知っているだろう。ありとあらゆる富は、地底に埋まっている。金に宝石、それに石油も。地下の国を支配する余は、それら全ての所有者でもあるのだ」
神話の時代から、ハーデスは『富める者』という意味の異名で呼ばれていたほどだ。
「それは確かに・・・財産持ちね」
「私の妻になれば、その富も、そして権力も、お前のものだ」
また、そんなので釣ろうなんて・・・開きかけた口から、しかし言葉は出せなかった。
後ろから包み込むように抱きしめられて。
「何よりも・・・私の心全てが」
「ハーデス」
最初の日以来、触れてくることはなかった。だからこの不意打ちに、の心臓はうるさいほど高鳴った。
「、私の心はもうお前のものだ。神は人間と違う。嘘をついたり裏切ったりは決してしない」
言の葉は、神にとって、誓いと同じくらいの重みを持つのだと。そう、伝えてから。
「・・・お前を愛している」
一番大切な、言葉を。
実体ではないはずの腕や胸から、体温が伝わる。彼の魂そのものの熱なのだろうか。
はハーデスを感じながら、幸せな気分になっていた。
そう、とっくに負けていた。運命や神や、そんなものにではなく。
ハーデス自身を、いつしか求めていた。
「・・・ウエディングドレスはやっぱり白がいいわ。お色直しにのカクテルドレスも・・・」
「・・・」
受け入れてくれた・・・ようやく。そう気付き、ハーデスはますます強く抱きしめる。
「ああ、早くお前をこうして・・・私自身の腕で抱きしめたい。結婚式が待ち遠しい」
当日には、自分の本当の体で式に臨むことと決めている。そのときだ、この小さな体をしっかりと抱きしめ、ぬくもりや柔らかさを感じることの出来るのは。
「準備を急がせなければならないな」
「そんなに自分の肉体って大事なの? 当日にならないと出せないほど?」
「そうだ」
きっぱりと言い切るハーデスは、やっぱりナルシストなんだとは思った。
そしていよいよ迎えた結婚式。
望み通りの純白のドレスに身を包んだは、花婿の姿を待ちわびていた。
実は、ほとんど怖いもの見たさの心境だった。
ハーデスは自分で『美しい』と絶賛しているが、神話の時代からの肉体だというし、の好みからは外れている可能性が大きい。もしかして、ギリシア神話をモチーフにした彫刻や絵にあるような、ヒゲ面の中年なのかも知れない。
でも、どんな外見であろうと、気持ちが揺らがない自信だけはある。
ハーデスそのものが・・・ミーノスの言葉を借りれば、彼の魂のカラーが、好きなのだから。
そこまで覚悟を決めていたものだから、ドアを開け入ってきた男に、は驚きを隠せなかった。
逆の意味で裏切られた・・・そこに立っていたのは、思い切り好みの美青年だったのだから。
「ハーデスなの・・・」
美青年は頷き、黒衣を優雅にさばいての前に立った。
「綺麗だ、」
「ハーデス」
この澄んだ瞳、間違いなくハーデス・・・夫になる人。
迷わず抱擁を交わす。初めて相手を感じ合い、気も遠くなりそうな歓喜に身を委ねた。
「ようやくこの日が来た。どんなに待ちわびたことか」
神話の時代からの長い長い時間、心の底で望んでいた。
本当は愛を求めていた。
全ては、今日この日に叶う−。
二人きりの挙式は厳かに。その後の披露宴には、ヒュプノスとタナトス、108人もの冥闘士にアテナたち地上からの招待客、それにの両親が出席し、冥界はかつてない賑やかさに包まれた。は途中での美しいカクテルドレスにお色直しを済ませ、初めて会う人たちと挨拶を交わしながら楽しい時間を過ごしたのだった。
全てが終わり白い神殿に二人戻ったときには、もう夜になっていた。
「疲れたか」
「大丈夫」
実際、高揚した気分が続いていて、あまり疲れは感じない。
ただは、初めて入るこの部屋に圧倒されていた。
そこはベッドルーム・・・そう、夫婦の寝室・・・。
見たことのないくらい大きくてゴージャスなベッドが、部屋のほとんどを占めている。それは赤面してしまうような光景だった。
「ひゃっ・・・」
突然、目の前が真っ暗になり、思わず声を上げる。単にハーデスが照明を落としただけだと分かってほっとした。
「」
抱きしめられる。色のない世界で抱きしめ合う。
「ハーデス・・・」
ただ触れ合い、互いを感じた。
必要なのは、光や色や高価な物なんかじゃなくて。
互いの魂と、それを共感し合える心なのだと知った。
そして、それが愛なのだと。
冥界には朝の光が差し込むこともないが、夜よりはうっすら明るくなるので、それにより夜が明けたのだと分かる。
窓の向こうをぼんやりと眺めながら、は酸素不足の頭でぐったりとしていた。
「ハーデスが淡白だとか誰か言ってなかったっけ・・・」
深く濃厚に、何度愛されたことか。もう体が言うことをきかない。起き上がるのすら大儀だ。
「何か言ったか?」
「いえ別に・・・」
大きな枕にうつぶせに埋もれるようにして動かない妻に、覆い被さり髪を撫でる。
「決めたぞ、ずっとこの肉体で過ごすとしよう。と毎日こうして愛し合うために」
「まっ毎日っ・・・」
今度こそはバッタリ倒れた。
「勘弁してください・・・」
幸せではあるけれど。
光射さぬ死の国、冥界。
色のない世界なら、二人の幸せで彩っていけばいい。
偽りない気持ちと言葉を誓いにして、いつまでも。
・あとがき・
聖闘士星矢を好きになったのと同時に、私は星座やギリシア神話の本を読みまくりました。
その中で、ギリシア神話のハーデスとペルセフォネの話は昔から私大好きで、憧れでした。見初められて強引にさらわれて求められるというのに、思春期の少女はメロメロだったのですね(笑)。
で、このエピソードのお蔭で神様の中ではハーデス(当時から「ハデス」と呼んでいましたが、ここでは「ハーデス」と呼ぶことにします)が一番好きになって。いつかマンガにするとか、現代風にアレンジするとかして自分でも書きたいな、とずーっと思っていたんです。
まさか今、こんな形でその夢を叶えることが出来るなんて。
「色のない世界」というタイトルを見たときから「これは冥界だな」と思って。
もう少し早かったら、ラダマンティスの「冥界の光」には間違いなくこの題を持ってきていたんですが。
ハーデスドリームとして前々から大枠は考えていました。「現代版ペルセフォネ!」って。権力のある男にさらわれるストーリィというのは、当時からよく書いていました。そういうのにときめくもので。
でも、女の子の彼氏が助けに来ることになっているので、その男の望みは叶えられることはなかったんですよね。
こんなふうに、強引にさらってきた男の望みどおり結婚してしまう、という話を書くのも初めてでした。ちゃんは、当初いつものようにもっと幼い感じの子にしようと思っていたんだけど、あまり幼いと結婚自体支障があるし、泣いたりして話が先に進まなそうだったので、珍しく女子大生にしてみました。
向上心があり、年齢の割にとてもしっかりした女の子です。
高価なモノよりも、外見よりも、大切なのは心だってこと知っている。
ちゃんなら、冥界の女王になっても、自分の求める道を歩き続けるんじゃないかな。それがハーデスの惹かれた「輝き」なんだから。ヒュプノスとタナトスを出せなかった・・・。いくらハーデスの見初めた人でも、結婚前にエリシオンへは行けないだろうなぁと思ったので。きっとこの数日後くらいに訪れるんだろう。挨拶は披露宴で交わしただろうし。
色々入れたらとても長い話になってしまいました。私、いつもメモ帳に打ち込んでいるんだけど、容量オーバーになってしまって二分割せざるを得なかったよ。こんなの初めてだ。
アテナとハーデスのシーンとか、結婚式や披露宴のシーンとか、もっと詳しく書いてエピソードもう少し含めれば、これは立派な長編ドリームになったのではないだろうか。
ハーデス相手の長編ドリームって受け入れられるのかは謎だけど(笑)。
ハーデスドリーム自体珍しいですよね。ハーデスって性格とかよく分からないから・・・思い切り自分仕様にしてしまいました。
昔から私が作っていたハデスのイメージともまた違う。誰だろうこの人は、という感じです。
でも、愛を最後まで疑っていたじゃないですか、ハーデスって。だからここでは思い切り恋愛して欲しかったのです。
傲慢なのは神なので、仕方ないというかご愛嬌。
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