恋愛方程式
ワルハラ宮殿内の図書室−アスガルド唯一とはいえ、膨大な蔵書を誇るこの図書室に、は司書として勤めている。
今、その部屋に、の他には踏み台を使って書架をさぐっている赤髪の男がいるばかり。
時折、紙と紙とがこすれ合う音、棚に本が当たる音などが聞こえるのを除けば、まったく静かな昼下がりだった。
「ちょっと来てくれ」
「はい」
カードの整理をしていたは、事務的な返事をしてすぐに駆け寄る。アルベリッヒは踏み台から降り、棚と棚との間に立っていた。
「入れて欲しい本があるんだが」
「どうぞ」
アルベリッヒの言う、小難しいタイトルと著者名をメモする。多分、この人にしか読まれない運命だろうな、と思いながら。
「相変わらず、勉強熱心ですね」
棚の空いた場所に積み上げられた分厚い本たちには、素直に感心してしまう。
アルベリッヒは得意げに、口端を上げて笑った。
「この世界をアルベリッヒさまのものにするには、もっと多くの知識が必要だからな。一度は失敗したが、次こそは完璧な作戦で世界征服に乗り出してやる!」
危険すぎる野望をはばからず叫び、高笑いまで響かせるアルベリッヒに、は頭を抱える。この人、頭はいいのに、その使い方に問題がありすぎだ。
この情熱を、もっと有益な学問に向けて欲しい。ヒルダ様もそう望んでおられるからこそ、多くの過ちをお許しになったのだろうに。
「ところで、」
途方もない企みと高笑いに気を取られて、さっさと立ち去るのを忘れていた。
しまったと思ったときには遅く、の体は書架とアルベリッヒとにすっかり挟まれている。
「、早く俺のものになれよ」
すり抜けようとしたところが、アルベリッヒが両手を伸ばして棚についたので、すっかり囲われてしまった。
どう考えても実現不可能な夢をみながら、おとなしく勉強しているだけならいいんだけれど、隙あらばこうして迫ってくるのが困ったところだ。
「私、仕事が・・・」
彼の目を見ないように、逸らす。
「こんなのより、もっといい仕事を与えてやってもいいんだぞ。そもそも俺のものになれば、仕事なんてしなくてもいいんだ。贅沢三昧で遊んで暮らせばいい。そしていずれこの世の全てが俺のもとにひざまずいて・・・」
「私、この仕事に誇りを持っていますから」
放っておけばどこまでも膨らむであろうとめどない話を、すっぱり遮った。アルベリッヒは不愉快そうだったが、は内心笑ってしまう。
こんなのが口説き文句だなんて。確かに頭はいいのかも知れないけれど、恋愛方程式となるとまるっきりだ。駆け引きや女心について、何一つ分かっちゃいないんだから。
「・・・」
「いやっ」
キスを迫られて、顔をそむける。
頭を振るように拒否すると、ようやく諦めたらしいが、アルベリッヒは今度は耳元に囁いてきた。
「俺の部屋に来い、今夜。俺の言っていることがどれだけお前にとって名誉か、じっくり教えてやるから」
「・・・馬鹿らしい・・・」
ごく小さく、口の中だけで呟く。
これが、誘いの言葉なんて。
「じゃあな」
本を数冊抱えて、アルベリッヒは出ていった。
はその場に崩れ落ちそうな体を、本棚に預けることでどうにか支える。胸に手を当てると、激しく拍打っていた。
「・・・馬鹿」
ひとりきりの図書室に、小さく響く。
「待ってたぞ、」
いつもの不敵な笑みに、下を向く。当然来ると思われていたことが、そしてその通りの行動をしてしまったことが、悔しくて。
「文句を言いに来ただけよ」
部屋に引き込まれてもこんなことを言っているのが、我ながら滑稽だった。
「図書室でああいうの、困るから」
なぜか声は小さくなって、言い訳しているような気分になってしまう。
「じゃあ、ここでならいいんだな。」
ぐいと顎を掴まれる。
「どうしてこっちを見ないんだ?」
目を逸らせない、グリーンの瞳。極寒の地で冴えた光を放つ、貴石のような。
少し、目がうるんできて、緑色も淡くにじむ。
そう、分かっていた。
この瞳に捕まったら、もう逃げられないんだって。
そして今夜、望んでここに来た。捕らえられてしまうことを。
「・・・アルベリッヒ」
自分から身を投げ出す。
本当は好きで、惹かれてどうしようもなかった。
世界征服を本気で目指しているような男でも。
家柄や地位、贅沢な暮らしなどという、にとってはどうでもいいことばかりを口にして近づいてくるような男でも。
「ようやく素直になったのか」
当然の結果だ、というように笑って。キスをする。
長い口づけに、気が遠くなりかける。
「」
寝台にともども横たわって、の衣服に手をかけながら、アルベリッヒは囁いた。
「最高の暮らしをさせてやる。不自由な思いは絶対させないから」
それは、彼なりに精一杯紡いだ、愛の言葉。
これまで図書室で聞かされていたものと何ら変わりはないはずなのに、今夜の心に優しく染みてゆく。
背に手を添えることで、答えにした。まだ、瞳から目を逸らせない。
恋愛方程式なんて、もともとどこにもありはしない。好きになってしまえばそれまでだって・・・。
どこか身勝手なアルベリッヒの愛し方を受けながら、の体は喜びに震えていた。
受け入れ彼のものになったことが、嬉しかった。
「もう仕事なんて辞めて、これからは花嫁修業に励めよ」
髪や肩を撫でながら、当然の命令口調でそんなことを言ってくる。
カーテンにより和らげられた朝光の輪をいただき、アルベリッヒの髪は透明なアメジストのように綺麗だった。
「いやよ、私は今の仕事が好きなんだから」
どこもかしこもだるい中、はきっぱり告げる。
意外な意志の強さに、アルベリッヒは閉口した。
「全世界を手にした王の妻が、小さな図書館の司書ってのはカッコつかないだろ」
本気でこういうことを言っているんだから、この人は・・・。
「私にも、譲れないことはあるの」
心も体も、全てを許したとしても。
「ふん、言うこと聞かせてやるさ」
の上に重なって、夜の続きに持ちこもうとする。
「やだもうカンベンして」
「許さない」
少し乱暴にされ、それにすら体の奥がとろけてゆく。
「知らない、もう・・・」
一緒になって、朝なのにきっと溺れてく。
方程式もなければ答えも見えないのが恋愛なら、二人はこれからどうなるんだろう。
そんなことを、思いながら。
・あとがき・
久しぶりです、アルベリッヒドリーム。
アルベリッヒは大好きキャラですから、いっぱい書きたいんですけどね。この話もしばらく前から考えていたものです。
今回は未だに世界征服の夢に燃えるアルベリッヒ。そして高慢ちきで強引。
ちゃんにとっては上の身分の人で、好きになっちゃって困ってたんですね。あんなこと言われてあんなふうに迫られているのに、本来ならイヤになるような相手なのに、好きになってしまったって。
まあ、これからも悩むのかもしれない。本気で世界征服を企むなんて、もはやギャグです。こんなアルベリッヒと付き合うのって大変そうだもの。
ちゃんは芯がしっかりしていそうなので、うまくあしらうようになるのかもしれない。アスガルドはちょっと古風な価値観で書いてます。
「俺のもの」とか「花嫁修業」とか、その辺が。
H16.3.16
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