向日葵の花
アイオリアは、日課にしている筋力トレーニングを終え、外の水道でバシャバシャと顔を洗っていた。真夏の太陽の下、しぶきが極彩のスペクトルに弾ける。
「アイオリア様」
顔を上げると、思ってもみない眩しさに目を見開く。両手にたくさんの黄色の花・・・ひまわりの花だ・・・を抱えた娘が、そこに立っていた。
ひまわりは小さな太陽のようで、鮮やかに輝いている。
「やあ、」
アイオリアは笑顔を向けながら、タオルを取った。
教皇の侍女を務めている娘は数人いるが、アイオリアはと話をする機会が多く、一番なじんでいた。親しいというほどの間柄ではないけれど、可愛らしい子だな、とひそかに思ってはいる。
「あの、アイオリア様に、これを」
「え?」
顔をぬぐい終わったとたんに、花束を差し出され、ほとんど反射的に受け取った。むせ返るような夏花の匂いが立ちのぼり、息苦しい感じに気を取られるうち、もうは駆け出していた。
「おい、ちょっと待って」
小さくなってゆく背中を呼び止められない。
両手に残された花たちと、交互に眺めていた。
「どうしたアイオリア」
頭の上から声が降ってくるのと同時に肩を叩かれ、ハッとする。見上げると黄金聖闘士の中でも一番大きい男が快活な笑顔を向けていた。
「アルデバラン」
「花束を抱えてボーッとしてるとは、らしくないな」
我ながら確かにそうだと、アイオリアは軽く笑った。
「似合わないよな、アフロディーテじゃないんだから」
「いや、そうでもないぞ」
存外真面目に、アルデバランは言う。
「ひまわりは太陽の花だ、獅子座のお前にはぴったりの花だろう。・・・一体誰にもらったんだ?」
最後にニッと笑って付け加える。アイオリアはとっさのごまかし文句も思いつかず、女の子から、と正直に言ってしまった。
「ほおー、隅に置けないな。ひまわりの花言葉を知っているだろう?」
「花言葉なんて知らないが」
花言葉だって。それこそ、似合わない。自分にもだが、黄金の野牛と言われるこの男にもかなり似合わない。
「クリュティエの神話だ」
「ギリシア神話か?」
星の加護をいただく聖闘士ゆえに、ギリシア神話については幼いころに勉強させられたものだ。だがアイオリアは首をかしげた。
「クリュティエ・・・? 花の神話はあまりなぁ。ヘラクレスの冒険とかアルゴ船とかトロイア戦争とかその辺なら詳しいけど」
英雄たちの冒険物語には、幼い心を躍らせたものだ。
「なるほどな。まあ確かにこの話はマイナーな方だが」
と、アルデバランはひまわりの神話を聞かせてくれた。
「そんな話を覚えているなんて、お前、意外と見かけによらずロマンチストなんだな」
「そうか、ハッハッハッ」
腕組みをして豪快に笑うさまを見るにつけても、花よりは武具だよな、と言いたくなる。
「ま、そういうことで、ひまわりの花言葉は「いつもあなたを見つめています」だ」
アルデバランにいつもあなたを、なんて言われると、なんだか可笑しい。
しかし、最強の黄金聖闘士が顔を合わせて、しかも無骨者ランキングなら一位と二位に入りそうな二人で、花の話をしているなんて。それこそ可笑しい状況だ。
「羨ましい限りだなー、アイオリア!」
遠慮なくバシバシ背中を叩かれて、咳き込んでしまう。
「いやでも、がそういう花言葉を知っていてこれをくれたかどうかは・・・」
「ほお、からもらったのか、ますます羨ましいことだ」
思わず名前を口にしてしまった。瞬間で赤くなった顔を上げるが、アルデバランは相変わらず大らかに笑っていた。
「別に面白がって言いふらしたりしないから安心しろ。だけど、思い切って花をくれた彼女の気持ちは考えてやらなきゃならんと思うぞ」
さて腹が減ったな、と言いながら、アルデバランは楽しそうに去っていってしまった。
「・・・奴の意外な面を見た気がする」
それにしても、このひまわりにアルデバランが言うような深い意味なんて、含まれているのだろうか。
夏そのものを凝縮したような太陽の花を見つめ、その眩しさに目を細めながら、アイオリアは心拍が上がってゆくのを感じていた。
あれだけトレーニングに汗を流しても、こんなにはならなかったのに。
「どうだった」
「アイオリア様に告白したの!?」
「告白まではいかないけど・・・」
控えの間で、他の侍女たちにつつかれながら、は静まらないドキドキに声を詰まらせた。
「花は渡せたの?」
「う、うん」
頷くと、女の子たちからわあっと歓声が上がる。
「やるわね、」
「私も負けてはいられないわ。ミロ様にいつか・・・」
「あらカミュ様の方が素敵よ」
「何たってサガ様よ〜!」
「あっ、サガ様っていえば、この間サガ様がね・・・」
おしゃべりが、いつものような噂話に流れてゆく。はぼんやり聞きながら、いつまでも落ち着かなく手を握ったり開いたり、またお行儀悪いけれど貧乏ゆすりのような動作を繰り返していた。
ひまわりになった少女の神話みたいに、ただ見ているだけでいいと、最初はそう思っていたけれど。
根を下ろしてしまうよりは、前に進みたくて。
自分の想いを花に託し、手渡してきた。手渡してしまった。
(アイオリア様・・・私の気持ち、分かってもらえますか・・・?)
窓から差し込む太陽の光にすら恥ずかしげに目を伏せ、は熱いため息をつくのだった。
その日から、ふと気が付けばいつもそこにの姿があった。
本当はずっと前からはアイオリアを見つめていた。花を受け取ってから意識しはじめたアイオリアの目によく止まるようになっただけ、というからくりに、彼自身は気付いていなかったけれど。
顔を合わすほど、話すほどに、惹かれてゆく。
「命をかけて、守りたい人」
兄と一緒に訓練をした後、並んで座って、アイオリアは唐突に、でも静かに口にした。
「兄さん、昔、そういう話をしただろ」
少し照れた様子の弟に、アイオロスは一番彼らしい笑顔を向ける。
「ああ、覚えているよ」
−己の命をかけて、守るべき愛する者のために闘うんだ−
「俺、そういう相手ができたよ。アテナと兄さん以外に」
「まだ俺を入れてくれるのか? 後でこづかいやらなきゃな」
昔の会話をなぞっているのが分かったから、アイオリアは笑みをこぼす。
「すごいじゃないか、アイオリア」
アイオロスはアイオリアの肩にガシッと腕を回した。
あのときはまだ幼かった弟が、今はすっかりたくましくなって。
「そんなにも大切だと思える存在があるなんて」
「・・・うん」
子供のような返事をして、兄と目を合わせ笑い合う。
大切な人が増えた。
それは重荷なんかじゃなくて。その分、また強くなれる。
一人の男として、どこまでも強くなれる。
「アイオリア!」
ひまわりの中で、笑って手を振っている。
周りの花たちに負けないまばゆさに、今すぐ駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られつつ、アイオリアは一歩一歩近づいた。
「素敵なひまわり畑ね」
呼び捨てを許した彼女に、しかしまだハッキリと想いを伝えてはいない。
だから今日、ここに連れてきた。
「き、君も・・・」
素敵だよ、と言おうとして、歯が浮きそうでやめる。慣れないことをするものじゃない。
土と花の匂いが、濃く混じり合っている。胸一杯に吸い込んで、アイオリアは名前を呼んだ。
「」
ん? と振り向いた笑顔を、きちんと見下ろして、まばたきもせず、息も止めずに。
「好きだ」
言い切りすぐ腕の中に閉じ込めたから、彼女の表情がどんなふうに変化したのか、分からない。ただ拒否されないことに安心して、声を下げた。
「君を大切に思うよ」
「・・・ん・・・」
少し苦しげにして、顔を上向ける。の愛らしい頬は上気して、目はうるんでいた。大気のけだるいよどみのせいに出来ないほど熱く。
は素直な気持ちで、見上げていた。
「ずっと、あなたを見つめていたわ」
「・・・」
肩を引き寄せる。強引だったかと思い直し、今度は優しい動作で腰を落とす。
吐息が重なるくらいに近づいて、そっとそっと、触れ合った。
それは軽いキスだったけれど、二人の心をとろかした。
そして抱きしめ合う。
強すぎる太陽の下で、大輪の花たちが祝福するように見守っていた。
いつも、あなたを見つめています。
今までも、これからも。
向日葵の花のように。
・あとがき・
ひまわりといえば太陽の花、太陽といえば獅子座だね。ということで、このタイトルはアイオリアにしようと思っていました。といっても、割と最近そう決めたんだけどね。
お題では漢字で「向日葵」となっているけれど、ひらがなの方がなじみがいいと思ったので、ラストを除いて本文中では「ひまわり」としました。それから、久しぶりにREDでエピソードGを見まして。すっかりコミックス派になっていましたから・・・。
アイオロスが出てたんですよー! アイオリアの回想で、お茶目なところも見せながら「命をかけて守る」ことを話していた。
うわー、いいよーアイオロス兄ちゃん!! 心の中だけで大興奮でした。
こりゃドリームに使わないわけにはいかないでしょう!
で、ネタがくっつきました。
エピG、戦闘シーンだけではなくこういうシーン増やして欲しいなあ。本編ではほとんどアイオロス出てこなかったのが、こうして登場するのって、嬉しいもの。そういえばギリシア神話にひまわりになった少女がいたな、せっかく星矢ドリームなんだから、それ使おう、と思いつきました。
「確かクリュ・・クリュなんとかって名前だったなー」ギリシア神話の本の索引をひいて、「クリュティエ」を探し出しました。
星矢に思い切りはまっていた高校時代、ギリシア神話や星の本を本当にたくさん読んだものです。頭の柔らかいときに吸収した知識って、覚えているものなんだなあと我ながら感心しました。今はギリシア神話の本もご無沙汰なのに、ぼんやりとでもひまわりになった少女の名前を思い出せたわけだから。
本文中の神話はブルフィンチのギリシア・ローマ神話から引用しましたが、本では太陽神が「アポロン」となっているのを私が勝手に「ヘリオス」に変えてしまいました。
どうしても、日輪車を引いているのはヘリオスというイメージがあるもので。
しかしアイオリアはこの神話を覚えてないだろう。ということで、説明役にアルデバランを抜擢しました。牡牛座って、草木や花を愛する性質なんだよね、占いによると。牡牛座の守護神は美の女神アフロディーテでしょ。天秤座も同じくアフロディーテだけど、天秤座はおしゃれや洗練といった感じの美しさ、そして牡牛座は自然の美しさ、という感じかな、と思っています。
それに、アルデバランはハーデス編のアニメで花もらってたから(笑)。
ガタイのいい兄ちゃんたちが花の神話について話しているというのも面白い図かな、という思惑もあり。好きな人には少しずつでもアピールしたほうがいい、と私は思っています。自分を好いてくれていると意識させる。そうすると相手にとっても気になる存在となる。
自分を好きだと言ってくれる相手なら、憎からず思うはずですから。あ、よほど最初から嫌われている場合は別ですが。「ひまわりの花言葉は、「いつもあなたを見つめています」」って「キャッシングのひまわり」のコマーシャルが頭の中に浮かんでしまう。
もしかしてローカルなコマーシャルなのかもしれないけど。
娘はあのコマーシャルを見ると「ひまわり、ひまわり」と喜んでいますが、所詮サラ金だからな。いつも見つめられても・・・。告白ドリームも結構書いているから、どれかとかぶっているかも。と思いながら書きましたが、アイオリアらしい告白を目指してみました。
H16.10.21
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