火遊び
ラウンジのバーでたまたま隣り合わせた女性はと名乗った。お互い、特に陽気でもなく、むしろ寡黙といっていいくらいだったのに、やけに心地が良く、気がつけばバーボンも三杯目を空けようとしている。
「婚約者がいるの。来月、式を挙げるのよ」
はオリジナルカクテルのグラスを置くと、その薄青色の液体を眺めたまま呟いた。
その口調からは何の感情も読み取れない。サガは確かに感じた落胆を隠すように、口もとで笑う。
「その割には嬉しそうじゃないな」
「まあ悪い人じゃないし。この年になっていつまでもダラダラ付き合っているわけにもいかないもの。親も周りもうるさいからね」
年齢は聞いていないけれど、自分よりふたつみっつ年上だろう。けばけばしく身を繕っているわけではないから、そのまんまに見える。そんなところもサガには魅力的だった。
「一人でフラフラしてると、悪い奴にさらわれるぞ」
誘いの文句としては、稚拙すぎると分かってはいた。年上のの前で、どこか子供のようになってしまうから、というのも確かだけれど、特別に気の利いた言い回しが必要ないことも気付いていたから。
強く惹かれている。自分だけではなく、も。
そして彼女は、欲しがっている。
「・・・さらわれたいわね」
無防備に笑うと少女のようだった。
「どんな奴なんだ? 婚約者って」
シャワールームから出てきたに冷蔵庫の缶ビールを手渡す。
「んー、ごく普通の、いい人」
はベッドに腰掛け、缶を開けた。髪をかき上げ脚を組む。仕草はどれもが物憂げで、そのくせ確実に誘っているのだった。
「ごく普通の、いい人・・・? 要するにつまらない男、だな」
引き寄せられるように、隣に座った。バスローブのあわせから覗く脚−。
「結婚するならそういう人が一番よ」
ちいさく笑う。諦観というよりむしろ、サガの声にストレートに表れた嫉妬を愉しがって。
「それでこんな火遊びか。悪い女だ」
「まだ未婚だもの、一応」
傾けようとする缶を横から奪う。取り返そうとするのを遮って、キスを仕掛けた。体からよそよそしさと緊張が抜けてゆき、代わりに原始的な欲望で満ちてゆく。のなだらかな肩から、柔らかな腕から、その移ろいをじかに感じる。サガはじっくりと時間をかけ、口づけだけで落とし込んでゆくのだった。
「・・・キス、上手いのね」
の目に情欲と期待が点ったのを見て取り、満足を覚える。同時に、主導権を得ようと躍起になっている自分自身に気がついて、苦笑いの気分になった。何者をも凌駕する力と称とを有した黄金の存在であるはずなのに、と。
二人きりの部屋では、取り繕う必要もまたその余裕もない。も同じだろう。
絡み合ったまま、もどかしげにベッドへ溺れこんだ。
「随分、反応がいいんだな。は」
「からかわないで」
顔を横に向ける、恥じらうような仕草が可愛らしい。
「・・・あ」
「・・・ほら」
この魅惑的な体のどこに触れても、セクシーな声がこぼれてくる。
「サガが上手だから・・・」
あえぐような声に誘われて、もっともっと試したくなる。
未知の果実に、耽溺してゆく。
「縛ってやりたい」
うつぶせにさせ、無防備な背中を攻めていると、ふとそんな衝動が湧き上がってきた。
サガはの両手首を拘束してみる。もちろん、まねごとで。
は肩越しにちょっと顔を上げた。紅い頬、唇からこぼれる吐息も熱く。
「やだ・・・そーゆーシュミあるの?」
非難よりは楽しがっているようで、サガはそんなの反応に安心してキスの続きをした。背骨に沿うように、軽く、ときに強く。
「お前にはそうしてやりたい。好きなんじゃないか?」
「・・・そうかも」
サガに縛られることを思うとゾクゾクと官能がくすぐられる。想像だけでまた息が荒くなった。
体の奥にこんな嗜好が隠されていたなんて、自分のことながら初めて知ったけれど。
「でも本当にやっちゃダメよ。バレちゃまずいから」
「フン・・・」
整った指先を背中に滑らせる。の髪をかきやると、そのうなじにいきなり吸い付いた。強く強く、痛いくらいに吸ってやる。
「ちょ・・・痕が残っちゃう」
よじって逃れようとするも叶わない。耳もとにサガの声を聞いた。
「いいだろう、残しても」
どこまでも婚約者のことを気にするに、しるしを刻み付けてやりたかった。小さくとも、ただのひとつでも。
このひととき、我がものになったという、しるしを。
「ふ、う・・・」
観念したように、力を抜く。許されたのだと知り、サガはますます熱を込めて吸うのだった。
「・・・綺麗だ」
の白い柔肌の上にくっきりと浮かび上がる花弁に、そっと指を這わす。その刹那、重なり合った体の部分に熱と濃厚な蜜を感じて、すでに高まっていることを知った。だけのことではない、自分自身も、とっくに。
深く、隠された部分までを、求めている。
「・・・」
自分の胸に迎え入れるように、の肢体を引き起こす。女らしいまろやかなラインと、そこに満ちる淫らなほどの欲望とを手のひらで触れ愉しんだ。
もうこれ以上はじらせない。最大の快楽を求めるべくベッドに横たわらせようとすると、
「待って・・・」
とろんとした目をしたが、逆にサガを導いた。仰向けに寝かせ、自分がその上になる。
「この方がいいわ」
サガの長い髪を、整った顔立ちを、そして首や肩、胸をつぶさに眺めては、気紛れにキスを散らした。
されるがままで、時折髪などを愛撫してくるサガに、は笑いかける。
「サガの体って、きれい」
「そうか」
「うん。まるで芸術作品」
「・・・フッ」
ウエストのくびれに手を添え、求めると、も応じるように体を浮かせた。
「今夜は全部、のものだ」
ゆっくりと腰を落としてゆく。
「・・・ああ・・・」
体の中にサガを感じると、ため息がこぼれた。
じっくり感じていきたいのに、貪欲な熱情がそれを許してはくれない。気がつけば夢中で、自分から動いている。
「・・・」
薄闇に浮かび上がる白い肌を下から見上げると、視覚でも感じさせられる。
「サガ・・・あっ・・・」
その頼もしい両肩に手を触れ、うつむくようにして、動作を続けた。
二人の肌はとっくに馴染み、脈も心臓も同じ速さで高まってゆく。
「そんなに激しくするな・・・もたないぞ」
「だって・・・イイんだもの、すごく・・・」
そんなやり取りも、もう上の空。
行きつくのも、二人同時に。
朝が来るまで、何度も何度も体を重ねた。
限りある時間を惜しむように、二度と得られないであろう最高の相手を、体の奥底に記憶させるように。
「もうあのバーには来ないのか」
「ええ」
きっぱりと答え、バッグを持つ。
「火遊びは一回だけにしておかないと、ヤケドするもの」
突き放すような冷たい声だった。
未練を残さないのが、大人のルール−。
釘をさすと同時に、自分自身に言い聞かせていることに、サガは気付いたかどうか。
「さよなら」
振り向かず、出て行った。
ぬくもりも気配も、の全てがその場から残らず拭い去られたのち、ようやくのろりと手を伸ばした。
忘れられていたビールの缶を取り上げ、両手でもてあそぶ。
「火遊び、か」
最上の肌を思い出していた。しっとりと成熟していて、それでいて奔放な・・・。
あんな女には今まで出会ったことがないし、またこれからも出会えないのだろう。
いまだ体に生々しくとどまる感触に、満足ということがあるはずもなく、湧き上がるのは愛惜や感傷といった切ないものだけだった。
「・・・」
さまざまの感情は入り混じり交錯し、いずれただ一つの想いに帰結する。
サガはまんじりともできず、それを見据えていた。
数週間後−。
長身と広い背の男が、一歩一歩階段を上ってゆく。
見上げる先の、白い建物の中では、今しも誓いが交わされようとしているのだろう。
カラン、カラン・・・。
鐘の音が清らかに鳴り響くのを聞き、晴れた空を仰ぐと、長い髪が風に揺れた。
その端正な横顔には、ある決意が滲んでいる。
(お前を、さらって行く)
神のようだと崇められていたこともあるが、結局のところ、聖人君子でもなんでもない。ただの男なのだ・・・一人の女性に狂わされ、どこまでも身勝手になれるような。
そう認めたら、心の声を無視し続けられなくなった。もう一人の自分なんて出る幕がないほど、強く叫び続けているその声を。
が欲しい−
あのとき聖域を、世界を欲しいと思ったのと同じくらい、いや、もっと激しい想いで。火が燃えるように渇望してやまない。
「火遊びでは済まされなくなったぞ、」
口の端を上げて笑い、サガはチャペルの前に立った。
・あとがき・
カウンタ24000ゲットの蒼妃さんリクエストは、「善でも悪でもないサガのドリーム、お相手は年上の女性で」とのことでした。
1年もお待たせしてしまい、本当にごめんなさい。サガは言う間でもなく美形でカッコいい。しかも黄金聖闘士の中では年長さんなので、「大人の男」というイメージがあるのですが、年上ヒロインをぶつけてみたら、やっぱり少し子供っぽい面が出てきたかな。
年上ヒロインだからということで、バーだとかカクテルとか、大人っぽいシチュエーションを使ってみました。
考えてみれば、蒼妃さんのおっしゃる通り、聖戦後生き返ったという設定であれば、サガは「善でも悪でもない」人になっているわけですもんね。
そういうことで、自分の欲望を、身勝手で醜い部分だと分かってはいながらも、「それも自分」ということで受け止めるように書いてみました。結婚式の最中にさらいに行くなんて、まるでドラマですね。サガのことだから、きっとうまくやってくれることでしょう。さん、お幸せに〜(笑)。
蒼妃さん、リクエスト本当にありがとうございました!
H17.3.21
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