花の無い草
礼拝が終わり、子供たちもめいめい帰ってしまうと、きまって鳳はと共に教会の外に出る。
は神父である鳳を手伝い、子供たちの面倒もよく見てくれている。二人の心が惹かれ合っていったのも、自然のなりゆきだった。
教会から出ることを言い出すのは、いつもの方だ。神様に見られていると、何だか恥ずかしくて、と彼女は言う。少女にとって恋は秘めごと、やましいことはないにしても、崇拝の対象である神の前では、囁きを交わすことすらはばかられるのだろう。
気持ちがなければ、神も単なる偶像に過ぎない。の真っ直ぐな信仰心が、鳳には好ましく思えるのだった。
「暖かくなって、本当にいい季節ですね」
「そうだな。だが、ここにあるのは、花の無い草ばかりだ」
目を細め、淡い緑の上を渡る風を眺める。
春の風は、強くとも決して厳しいものではない。
「に、花の一本も贈れないな」
軽く笑って、腰をおろす。
は頬を赤らめながら、鳳の隣、花の無い草たちの間に座り込んだ。
「でも、私には、カミーラ様の花畑よりも美しい場所に思えます。鳳さまの、お隣に、いるから・・・」
ますます赤くなって、下を向いてしまう。
鳳にとっては、いとしくて仕方がない。
「」
そっと、肩を抱き寄せる。寄り添ってきたの、瑞々しい唇に、キスをした。
「鳳さま・・・」
うるんだ瞳に誘われて、もう一度、半開きの唇を吸った。
服の上から、ゆっくりと体をなぞろうとする。
「鳳さま、だめです」
小さいがきっぱりとした拒絶にあい、苦笑しながら手を引いた。
「いやだったかな」
「だって」
胸元をかばうポーズのまま、は困ったように空を見上げる。
「お天道さまが、見ていますもの」
「・・・やれやれ」
大仰な仕草で、鳳はから離した手を草の上に置いた。
「神が見ているから、太陽が見ているから、か。一体いつになったら、私はの全てを知ることができるのやら」
冗談混じりと分かっていても、鳳の言葉はの表情を曇らせる。
「ごめんなさい、でも私・・・」
「責めているわけじゃない。の意に沿わぬことなど、私もしたくはないから」
両手でふんわり抱きしめる。決して不安にさせないように。
花の無い草みたいだ・・・。鳳はのことをそう思っていた。
まだごく若くて、細くしなやかで。艶っぽい花で気を惹くことも知らない。
ただ、自分たちの周りにある草たちと違うのは、はいずれ色鮮やかな大輪の花を咲かせるだろうということ。えもいわれぬ香りをたたえて。
その花開く瞬間が、自分の腕の中だったらいいと・・・。なかば夢みるように、鳳は思うのだった。
「鳳さま!」
バイオリンを聴かせて欲しいというささやかな願いのため、教会に戻って楽器を取ってくると、は輝くような笑顔で迎えてくれた。
「ほら、見てください」
興奮した様子のは、指先に小さな葉っぱを挟み掲げていた。
「それは?」
向かい合うように座り、覗き込む。
何の変哲もない草のように思われたそれには、ハート型の葉が四枚並んでいた。
「四つ葉のクローバーか」
幸運のシンボルに、はしゃぐ気持ちもよく分かる。鳳も知らず微笑んでいた。
「花の無い草の中にも、いいものがありましたよ」
「本当だ」
何と愛らしいのだろう。のピンク色した頬も、いちずな瞳も。
得がたいからこそ、大切にしたい。最後の最後まで。
「はい、鳳さまにあげます」
そう言って、四つ葉のクローバーを差し出す姿に、遠い記憶が一瞬だが確かに重なる。既視感に、軽い目眩を覚えた。
大切なものを、失いたくない。
どんなことをしてでも、を守りたい。
「鳳さま?」
「・・・いや、が持っていればいい。きっと幸福が訪れるから」
ただの迷信と知りながら、心をこめられるのも、笑顔を絶やさせたくないから。
あの日言えなかったウソを、つき続けるのと同じように。
「じゃあ、鳳さまと私、二人のものにしましょう」
二人に幸せが宿りますように。
両手に大切に持った葉っぱに、優しい願いをかけて。は、恋している人を見上げる。
笑みで応えて、鳳はバイオリンを肩に置いた。
やがて流れる優雅なメロディーに、は目を伏せ聞きほれる。
花の無い草たちも、風に乗り流れる旋律に、静かに身をそよがせていた。
・あとがき・
アンケート第五位、鳳さまの登場です。
B’tXからのリクエストがあったのは嬉しかったですね。
この投票所を設ける前から、「花の無い草」は鳳ドリームにしようと思っていました。何もネタは浮かばなかったけど。ちゃんは、いちずで純真な女の子です。車田作品にはこういう女性キャラがよく登場する気がします。
昔の少女マンガの雰囲気で、ピュアでロマンチックな恋人同士を目指してみました。
ちゃんに花の無い草を重ねるのと、リリィちゃんをふと思い出す個所は、書きながら付け加えました。やはりリリィちゃんなくては鳳を語れなかった(笑)。
ウソをつき続けるために神父になった、という原作でのエピソードは心に響きました。ああそういうことって大切だなって。ウソと分かっていながら優しさから真実だと伝えれば、人を支える真実にもなる。
何でも本当のことを言えばいいとは私は思わない。それが傷つけることになるなら、ウソをついた方がいいんじゃないかと。
だから、正直すぎる人は私は苦手です。キスだけで全然何もなく、きれいに終えるのと、もう濡れ場に持ち込んでしまうのと、どっちにしようか悩みました。
結局、間を取って未遂にしてみた(笑)。鳳さまのバイオリンをひとり占めなんて、ちゃん羨ましい。私も聴かせて欲しいです。
H16.3.16
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||