ごめんね。
「馬鹿野郎ーッツッ!!」
再会しての第一声がこれで。しかもパンチまで繰り出してきたものだから、さすがのイオも面食らった。仕方のないことだ、とも思ってはいたが。
渾身の攻撃を軽くかわすと、は今度は胸に飛び込んでくるようにして、ドンドンと両手で叩いてきた。
「馬鹿バカばかっ! 今までどこで何してたのよ、生きてたならどうして便りのひとつもよこさないのよーー!!」
「・・・ごめんね」
そっ、と、抱き寄せる。確かな感触に、の手も止まった。
「ごめんね、」
は学校のクラスメイトだった。当時とても仲が良く、言葉での確認こそしていなかったが、公認で付き合っているようなものだった。
ところが、ある日突然、イオは海闘士としての自らの宿命というものに気付かされた。そのときから海の底で暮らすことになり、結果的に、突然姿をくらましたということになってしまったのだ。
イオにとっては、行方不明として警察に届けられていようが、死んだことにされていようが、もうどうでも良かった。
ポセイドンの力により、地上は全て水に覆われる。そんな偉大な神意の前では、自分ひとりがいないくらい、瑣末なことに過ぎないから。
だけれど、柱を守るためにアンドロメダに撃ち抜かれたあのとき、ふと脳裏に浮かんだのは、の顔だった。
本当は、ホッとしていた部分もあったのだ。
地上粛清のためとはいえ、大切な人をも亡くしてしまう。それなら、命をかけて守りたかった物と共に自らも滅びてしまった方がいいのかも知れない・・・と。
今だから言えることだけれど。
「どうして黙っていなくなったの。みんな心配してたんだから・・・何か事件に巻き込まれたのかも知れないとか、もしかして、・・・死んじゃったのかも・・・とか・・・」
語尾が震えている。泣きそうなの顔を、イオは見ることが出来ない。自分の握った拳に目を落とし、やっとの思いで呟いた。
「ごめんね・・・俺の今までのこと、言うわけにはいかないんだ」
言っても、到底信じてもらえないだろう。それに知られたくなかった。海の神ポセイドンのもとで、地上を水浸しにするために働いていたなんて。
「宇宙人にさらわれて、宇宙船の中にいたとか?」
「・・・近いかも」
「バカっ」
非難の響きはない。イオは少し安心して、話題をすり変えようと試みた。
「それより、君がこんな海沿いの街に引っ越していたなんて」
イオは目の前に広がる海に目を転じる。二人は、防波堤に並んで腰掛けていた。
「うん。お父さんの仕事の都合でね。私はあそこにいたかったんだけど」
消えてしまった人の手がかりひとつでも、何とか探したかったから。
しかし親に逆らうわけにもいかず、思い出のたくさん詰まった地を離れることになったのだった。
「この間の津波で、かなり危ない目に遭って・・・なんか生死の境をさ迷ったみたいなんだけど、何とか無事だったみたいで。そのときのこと、覚えてないんだけどね」
ズキッ、と、イオの胸に痛みが走った。
はきっと、そのとき、死んでしまっていたのだ。
自分たち海闘士が再び命を与えられたのと同様、ポセイドンの起こした水害で命を落とした人たちも生き返った。
もその中の一人だったのだ。
理想の世界を作り上げるためだと心から信じていていたとはいえ、目の前の少女を殺してしまっていたなんて・・・!
「・・・・・・」
「イオ?」
いきなり両腕の中に閉じ込められた。いつの間にか逞しくなっていた胸板に押し付けられるようにされて、身動きも取れない。
「ごめん・・・ごめんね・・・ごめんね」
頭の上で、イオは何度も『ごめんね』を繰り返していた。身を切るように、血を吐くように、それは痛そうに。
「ごめんね・・・俺のせいなんだ。俺が君をそんな目に遭わせたんだ・・・」
何でもしたい。償いのためなら、本当に何だってする。
「何を言っているの、イオ」
戸惑いを隠せないの声に、ようやく腕を緩めた。
彼女は何も知らない。
ふとイオは、全てを白状したい衝動に襲われた。何もかも話して、自分の抱えている罪を少しでも軽くしたかった。信じてもらえようと、もらえまいと。許してもらえようと、もらえまいと。
だがそれは独りよがりでしかないし、を混乱させるだけだと思い直す。
多分、心に抱えたまま、ただ彼女に謝り続けることが、罰なのだろう。
「・・・いつまで触ってるのよっ」
わざと怒るように、はパッと体を離した。
「もう私は昔の私じゃないのよ。彼氏だっているんだから!」
「・・・そう・・・」
心底がっかりしたけれど、それも当然だろう。数年見ないうちに、はすっかり大人びて美しくなった。こんな魅力的な女の子を、男が放っておくわけがない。
「ごめんね」
「イオったら、『ごめんね』ばっかり。・・・嘘よ」
「え?」
顔を上げると、はにっこりと、微笑んでいた。
「彼氏がいるなんて嘘」
声をかけてくれる男の人は少なくなかったけれど、全て断っていた。
「あなたのことが、忘れられなかった」
「・・・・・・」
涙の光る頬に、そっと口づけた。海と同じ味がして、自分も、泣いてしまいそうだった。
「君のそばにいても、いい?」
「・・・仕方ないわね」
海闘士として選ばれるのに、個人の思惑など関係なかった。神の意志に決して逆らえないのと同じように。
だから必要以上に罪の意識を持ち続けることはないと・・・そう、カノンは言っていた。
それなら、ここで共に生きてもいいだろうか。
命をかけてでも守りたい存在なら、今をおいて他にない。
「もう、『ごめんね』って言わないでね」
「うん」
今度はしっかりと抱き合って、初めてのキスをする。
二人を包み込むように、海は穏やかに凪いでいた。
・あとがき・
DVDで何年かぶりにイオを見て。発作的にイオドリームを書きたくなりました。
でも最初はどんなのにしようか、全然ネタが浮かばなかった。カノンとちゃんがエッチしてるとこをイオが偶然覗いちゃうというわけのわからない話やら(覗きネタはまた今度やりたいですね)、アイザックみたいに大好きなちゃんを死なせたくないイオが海底に連れてきちゃう話やら、ぽつぽつと考えたんだけど、結局、聖戦後の話にしました。
相手が特殊な存在(聖闘士とか海闘士とか)であることを知らないヒロインというのは珍しいですよね。
海闘士は聖闘士と違って小さい頃からの修行とかないから、これは海闘士ならではのドリーム。
実際、海闘士っていきなり海底に集められるらしいから、親戚とかは心配すると思うんですよ。絶対、捜索願とか出しているよね。
アイザックはあの状況だと諦められても仕方ないだろうけど。
他の人はどんなふうだったんだろう。イオって学生さんのイメージがあるので、普通に学生さんやっていて、ある日忽然といなくなったんじゃないかなぁって。
残された方としては困りますよね。まさに神隠しよね。
でもちゃんは一途に想っていたらしい。
水害で亡くなった人も生き返ったというのは、そうだったらいいなーと私が思って。だったらジュリアンとソレントの慰問も必要なくなるわね。
あまり細かいところは突っ込まないでね、いつもの通り(笑)。
H15.12.22
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