現実虚無
「ここ・・・どこなんだろ」
自らの声も、鬱蒼とした森の中に頼りなげに吸い込まれてゆく。
リュカオンはとっくにその機能を全停止させてしまった。軍服姿のはひとり、あてもなくさ迷い歩いている。
(まったく、一体どうしてこんなことに。こんなとこで迷っている場合じゃないのに。私は・・・)
愕然として足を止める。
(私は・・・?)
思考が続かない。頭の中が真っ白とは、このことだ。
自分は、何をしに行くところだったのだろう。目的地はどこだったろう。
思い出せない。
何にも、思い出せない・・・。
何も浮かばない頭を抱えてパニック寸前のは、人の気配を感じて顔を上げた。
いつからそこにいたのだろう、一人の男が、向こうの木にもたれて立っている。
襞をたくさん寄せた大き目の襟にボウタイ、顔には仮面・・・。
少し現実離れした男のいでたちを見て、はひとつの結論に考え至った。
「そっか、これは夢か」
「・・・さあ、どうだろう」
相手が即座に返答したので、は驚き、身体を硬くした。・・・ほんの小さな呟きが、届く距離ではあるまいに。
「覚めないと分からない夢というのもある。きみにとって、どっちが夢かな」
あっという間に、息がかかるくらい二人の距離は狭まっていて。
耳元で囁かれた謎めいた言葉に、反応する間もなかった。
「」
両手に抱かれながら、ああ、私の名前はだったっけ、とぼんやり思った。
自分の名前すら忘れかけている異常さに、気付くことが出来なかった。
何だか全てが混沌としていて・・・。
視点がぐるりと動く。生い茂る木の葉の間に、くすんだ空がかろうじて見えていた。
はようやく状況を把握する。抱かれたまま、柔らかい森のしとねに、横たえられたのだ。・・・乱暴さなんてまったくなく、あくまでそっと。
仮面の男が側に寄り添い、優しい手つきで髪をかきやってくれた。
甘ったるい匂いが鼻をくすぐる。いや、それよりももっと甘いのは、男の声・・・。
「ここがきみのベッドだよ。・・・一緒にいい夢を見よう」
笑みの形が刻まれた口もとに、ホクロがあるのが見えた。
そのまま口付けられたけれど、驚きも嫌悪感もなかった。
「・・・あなたは、誰・・・」
「わたしは、冥夢・・・そう呼んでくれていい」
仮面に手をかけ、冥夢はそれを外した。端正な素顔は、誰かに似ているような気もする。でも、誰だったか思い出せない。
「じゃあ、私は誰・・・? どうして私はここにいるの・・・。思い出せない。何も思い出せない」
ほとんど泣きそうな気持ちになって、は両手を差し出す。冥夢は必死にしがみついてくるを愛しく感じ、子供に対するような優しい声を出した。
「何も覚えていなくていい。何も思い出さなくても。ここは忘却の森だから」
「忘却の森・・・?」
「そう・・・。わたし自身も、何も覚えていないんだ。だからきみも全部忘れて。わたしのことだけ見ていればいい」
もう一度、キスを受ければ、全身の力が失われてゆく。夢の中の夢に、沈みこみそうになる。
「今からきみを愛するから。そのことだけ、覚えていて」
男にしては華奢な指で、もたつくことなく、の軍服のボタンを外してゆく。
はまだ少女だったけれど、冥夢が何をしようとしているのか、全く分からないわけではなかった。不思議と、それをとどめる気持ちはなかったけれど・・・。
ただ、薄暗い森の中とはいえ、まだ白昼、兵士としての自分の体を晒すことに、抵抗を感じないわけにはいかない。
「やだ・・・」
外気に触れ、白い肌が僅かに震える。
「傷だらけだから・・・」
胸元をかばおうとする両手を、そっと掴む。
「大丈夫。綺麗だよ」
細かな傷・・・古傷も生傷もある。そのひとつひとつに軽く唇で触れてゆく。
まだ丸みの足りないつぼみのような身体に、潤いを与えるように。
「冥夢・・・」
泣きそうな声で名を呼ぶ。忘れないように。
「いい子だ、」
呼ばれてまた自分の名前を思い出す。
強く強く抱き合えば、この世界の中、確かなものは冥夢だけのような気がしてくるのだった。
は、冥夢が最初に言った言葉を今はっきりと理解していた。
現実も夢も、何ら変わりはない。夢も夢と気付かなければ現実と同じなのだから。
そう考えれば、現実というものの、何と曖昧で儚げなこと。
「・・・冥夢・・・」
いつの間にか息があがっている。体中が熱くて、風邪でもひいたような変な気分だ。
誰にも触れられたことのない場所に、冥夢が入ってくるのを、気が付けば抵抗も痛みもなく受け入れていた。
「・・・あ・・・」
おぼつかない声に、冥夢は笑みをこぼす。
「遠慮しないで声をあげていいんだよ。わたしたちの夢の中には、誰も入ってこないから」
小さな胸の頂を、軽く吸い上げる。
「・・・はあっ!」
「そう・・・声を聞かせて。わたしだけに・・・」
耳朶を、首筋を、鎖骨を・・・。の全身を試すように刺激してゆく。最上の反応を引き出すように。
少しずつ大きくなってゆく嬌声を満足そうに聞いて、繋がった部分にも動きを加えた。
「・・ああ!」
「辛くはないよね?」
夢の中だ、と体の相性が良いのは分かっている。冥夢は加減をする気はなかった。
「冥夢・・・すごく・・・」
「うん・・・」
「すごく・・・いいの。気持ちいい・・・もっとして・・・」
半開きの唇から、夢中で放たれた言葉の熱っぽさに、愛情と肉欲とが同時に煽り立てられる。望み通り、何度も強く突き上げた。
「冥夢・・・っ、あ・・・お願い、名前を・・・呼んで」
「どうして?」
「だって・・・忘れそう、なんだもの・・・」
快感に流されて、途切れがちになる言葉の、その必死さに嫉妬めいた感情を覚えてしまう。冥夢は少し乱暴に答えた。
「名前なんて忘れてしまえ。きみはわたしのものなんだから・・・それでいいだろう?」
そしてますます激しく愛し、渦の中にのみこもうとする。
「・・・うん・・・」
は逆らわず目を閉じた。背中にしがみついて、せめて相手の名だけでもと心の中で呼び続けた。
「さあ、きみがデイドリームから目覚める時間だ」
全てが終わり、そう言う冥夢の口調はやけに淡々としていた。元のように仮面をつけてしまっているので、表情を読み取ることも出来ない。
は少し寂しい気持ちになった。
「・・・お別れなの?」
ホクロのある口もとが、少し緩む。思い切って抱きつくようにすると、優しく受け入れて抱き寄せてくれた。
そのまま、軽いキスをひとつ、唇にくれる。
「もしもきみがそうしたいなら、また夢を見ることは可能だよ。ただ、そのときは・・・」
「・・・なあに、よく聞こえない・・・」
急に音声が遮断されたかのように、口だけ動かしている冥夢の姿が、薄れながら遠くなってゆく。
浮かんだり沈んだりマーブルのように混じり合ったりする意識の中、ああ、夢から覚めるのだ、と自覚するのがやっとだった。
「・・・ちょっと」
囁き声と、脇腹への軽い刺激。
ハッと目覚めて、口元を押さえる。自分は地面に座っており、周りには同僚たちがいた。一番前では、上官が書類を見ながら説明を続けている。
そうだ、ミーティング中だった。声をかけてくれたのは、隣に座っている華梨だ。
は両手でぴしゃぴしゃ頬を打ち、前を見据えた。
「もう・・・ミーティング中に居眠りなんて、見つかったらと思うとヒヤヒヤしちゃったわよ」
「ごめん華梨」
上官は怖いのだ。ぺろっと舌を出すと、は華梨と共にそれぞれのリュカオンに向かった。
「でもいい夢みたんだ」
「まぁ、夢なんてのん気なものね!」
それ以上言うと本気で華梨を怒らせそうだったので、は口を閉ざす。
本当にいい夢だった。ちょっと素敵な人だったし。二人きり森の中で、あんなことを・・・。
内容を思い出すと、さすがに赤くなる。
(思春期だな私・・・)
しかし、いい男だったのは覚えているけれど、顔はぼやけてはっきりしないし、名前も何も思い出せない。
惜しいけれど仕方ない、所詮は夢なのだから。
「じゃあ、また後でね」
「うん」
空に浮かび上がり、華梨たちに手を振る。は伝令役を申し付かっており、部隊とは後から合流する予定になっていた。
「迷わないでよ!」
「子供じゃないんだから、大丈夫よ」
迷う、という単語にキーワードじみたものを感じながら、皆と道を分けた。
リュカオンは順調に目的地に向かっているはずだったが、眼下に広がる大きな森に、は首をかしげる。
(こんな場所通ったっけ・・・?)
方向を確かめようとしたところが、コンパスが役に立たない。
まずい、と思ったのと同時に、リュカオンの体が傾いだ。そのままバランスを失い、森の中にまっさかさまに・・・。
森の中を、あてもなくさ迷い歩く。足元はフワフワしており、相当歩いたはずだが疲れも感じない。
「また夢? それとも・・・」
さっきまでのが、夢?
どっちが夢で、どっちが現実か、もう判別がつかない。確かめるすべもない。
現実も夢も、所詮はそんなもの・・・。
やがて、木々の間に、人影を見つけた。
無意識のうち、捜し求めていた相手を。
「よく来たね、」
「・・・!」
自分から胸に飛び込んだ。優しく抱きとめてもらえることも、分かっていたから。
「冥夢・・・」
なぜだか懐かしい匂いに、安心する。触れ合ってキスをして、幸福感に身を浸した。
「また一緒に夢を見よう。今度は二度と目覚めぬ夢を」
森の中に、二人寝転がって。
「冥夢・・・?」
「そう・・・きみは夢の中で、永遠にわたしのもの。・・・ああ、悲しむことはないよ」
ぎゅっ、と、腕に力が込められた。
「だってこれは、きみが望んだ夢だから」
終わらない夢が始まる・・・。
・あとがき・
B'tXの、しかも冥夢ドリーム。読んでくれた方はいらっしゃるでしょうか?
でも、ダブルキャラリクでもB'tXキャラは挙がっているし、投票所でもメタルフェイスの「もしもの話。」に一票入っているのを見れば、B'tXドリームも読んでもらえているに違いない! と勇気を得るのでした。
冥夢というキャラだとどうか分からないけど・・・でもあの北斗さまの実兄ですよ彼! 服装のセンスちょっとあやしいですけど。なんかね、今朝急にこの話のネタが浮かんでしまって。それで今日のうち、ばーっと書いてしまった。
子持ちで仕事してるかづながいつ小説書いているかというと、職場の空き時間なんですよ。
朝とか昼休みとか、仕事終わった後とかに書いてる。
「書きたい」と思ったときが書きどきで。この話はハイスピードで書けました。満足です。こういう、おとぎ話っぽいおはなしも好きなんですよ。
パラレルでも何でもなく、原作通りの設定でこんな話を書けるのは、冥夢ならではですよね。
これもハッピーエンド。ちゃんのうっとりした表情が、目に浮かぶようです。そういえば簡単に仮面を外させてしまいましたが・・・。いや、仮面つけたまんまでエッチシーンってのは間抜けかと思って。
よく考えれば青姦(そういう言い方すな!)って珍しいですね。まぁ夢の中だから、見られる心配もないということで。
冥夢は、思い切り優しく描いてみました。こんなキャラだっけ? と突っ込まれると困るけど、本来の彼(昴)はそれは優しい男に違いない。ただ、全てを忘れているっていうだけで。・・・あ、問題はそこですか?「現実虚無」というお題が一回も本文の中に出てこないです。
珍しい・・・というか、初めてかも知れないですね。
いつも、お題は積極的に文中に散りばめているので。
でも、内容はぴったり来ていると思います。
H15.10.20
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