現実的思考と楽天家
連絡があったので行ってみれば、とあるホテルの一室で、彼はパフェをつついていた。
「来てくれたんですね」
無表情の中に喜色を読み取れるのも、腐れ縁ゆえか。
それにしても、この人は変わらない。いつ会っても同じような服を着て、おかしな座り方をして、甘い物を食べている。
ただその黒髪だけは、最後に会ったときとちょっと違っていた。イメチェンでもしたのか、ゆるくウェーブがかっている。
「久し振り。・・・えっと」
「竜崎です」
会うたび名前が違うのにも慣れた。実は本当の名前も知らない。
「パフェ食べますか?」
「ううん、パフェはいらない」
向かいにかけて、ルームサービスのメニューを何となく手にとって見る。
「実は、
に話があるんです」
「珍しいわね」
そんなお題目があるなんて。
平素は自分の都合のいいときに呼び出して、お菓子など食べながら他愛ないおしゃべりをし、最後に抱くくらいのものなのに。
竜崎は一度スプーンを置くと、膝に手を置いてこちらを見た。いつもこの瞳に、吸い込まれそうになる。
そして言った。
「
、私と結婚してください」
と。
「・・・・・」
「お返事は?」
首を傾けて催促され、困惑してしまう。
「いやお返事って」
久し振りに会ってパフェ食べながらするような話ではないだけに、まるで現実味がない。
沈黙の中、竜崎は再びスプーンを手にした。黙々と食べて器を空にしてしまうと、
の方は見ないまま立ち上がり、背後の窓に近寄った。
ちょうど視界に入る位置なので、
は見るともなしに眺めている。重く眠く広がる昼下がりの空をバックに、竜崎の丸まった背が、いつにもなく不安げに見えた。
「あのですね、私」
「うん」
竜崎は軽く振り向き、
を見た。
「Lなんです」
「はぁ」
L、エル。頭の中を色んなエルが駆け巡る。
「Lってアレ、あのキラと対決しているあのL?」
中でも今一番ポピュラーなLを挙げると、「そうです」とあっさり肯定された。
「・・・・」
この人が、分からない。
職業が探偵だということは前から知っている。相当頭が切れるということも。そして彼はいつも忙しく、間を縫うようにして会ってくれていた。
でも、Lだなんて。
には到底信じられない。
「これから捜査のためますます忙しくなるし、外にも出られない日々が続くかも知れません。あなたに、一緒にいて欲しいんです」
いいセリフだ。足の指でもう片方の足をかきながら言うのでなければ。
「いやあでも、私たち、付き合っているかっていえば微妙だしホラ・・・」
「
」
竜崎はいきなり体ごと振り向いた。何を言うんだといわんばかりの勢いに、
は押され気味になる。
「あなた、私のことを好きだと、愛していると言ってくれましたよね。あれは嘘だったんですか」
「え・・・嘘だなんて」
抱き合いながらそんな甘い言葉を交わすのは何より心地良い時間だ。その瞬間、その言葉が嘘であるはずはない。
だけど。
「困ったなあ」
男がひと時の感情で発した愛の言葉を、女が恒久のものとして信じ込んでしまう。そこに生じるすれ違い・・・なんて、小説などでよくあるパターンだ。今の場合、男女逆だけど。
「私をだましたんですか」
ずいと迫ってくる。
彼は猫背でも長身だ。加えて大きいのに光を宿さない目、その下の隈・・・なんだか怖い。
何かされそうな恐怖に、身をすくめる。
「どうなんです?」
ソファの背に手をかけ、顔を寄せてもっと迫ってくる。
「だっだって忙しいとか言って、滅多に会えないじゃない」
他の人の誘いに乗ってみたり、他にいいなと思う人が出来ても当然だろう。
「ですから、これからは一緒にいましょう。外には出られませんけど、いいですよね?」
「えっ私も出られないの?」
「「Lの妻」とはかなり危険なポジションですから」
「そんな危険な目に、私を遭わせようっていうの?」
「私が守ります」
「・・・・」
いきなり大変な展開だ。
とにかく竜崎は真剣だし、せっぱつまっているらしい。何をしでかすか分からないほどに。
天才は何とやらと紙一重というが・・・。
「あの、少し考えさせて」
「そんな余地ありませんよ。もうここから出られませんから。ホテルを転々とはしますけれど、とにかく私からは離れられません」
また、変なこと言っている。
「なんで・・・」
は半ばパニックになっていた。残念ながら彼のように頭も良くなければ、冷静にもなれない。
とにかく下手に刺激しない方が良さそうだ。だって目の前にいる竜崎、目は据わっているし薄笑いなんか浮かべていて、怖すぎる。
「もういいです。あなたがいやでも、ここにいてもらいます」
「何がいいのよ」
「あなたがLの正体を知ってしまったから・・・簡単に言えば口封じですね」
「いや言わない、竜崎がLだなんて誰にも言わないから」
自分が信じてもいないことを、誰に言いふらすというのだろう。
「だいたい、あんたが勝手に言ったんでしょうが」
なんて理不尽な。
「・・・
」
ゾクリとする。詰め寄られて。
竜崎は片膝をソファに乗せ、ぐっと顔を近づけてきた。
「縛りますよ?」
「へっ」
「手錠がいいですか、それとも鎖? 望むなら荒縄でも何でも・・・」
「そっそんな選択権、嬉しくも何ともないっ」
の手首が、Lに掴まった。細長い手指が、さながら手錠のように、しっかりと巻きつく。
「拘束します。・・・いえ、したいんです、あなたを。そうして私のそばに・・・」
「・・・・」
微弱な電流が全身を走るのを、感じていた。それでも
は認めたくなかった。こんなめちゃくちゃを言われているだけなのに、骨抜きにされそうだなんて。
「変だよ、おかしいって竜崎」
そう言う口調も迫力不足、振りほどくような力も出ない。
「ええそうです、おかしいんです」
その手を頬に持ってゆき、それからそっと、キスをする。
「あなたが狂わせた・・・私にはあなただけです」
天才ゆえの狂気なのか、この偏愛は。それが自分に向けられている。恐ろしい、けれどとてつもなく蠱惑的な執着であることも確かで、
には強く抗うことができなかった。
(でっでも・・・)
からめ取られそうになった瞬間、現実的思考が割り込んでくる。
ほとんど外にも出られない。そんな状況で、仕事漬けのこの人とホテル暮らしだなんて・・・。
「私に拒否権はないの?」
「・・・・」
Lは、深い、深い瞳で
を見た。
彼女の表情を読み取ると、手首を解放し、体を反転させるようにして
の隣に座り込む。もちろん両膝を立てて。
「そんなに、いやですか」
「普通イヤでしょ。そんな危険で不自由な生活」
「愛があっても?」
親指の爪をかじり出す。
「恋は一生一度のものじゃないだろうし、私もモテないわけじゃないからね」
「別の男を探すと?」
「あなたの秘密は誰にも言わないからさ」
思い切って立ち上がった。
Lが何をし出すか不安で−何しろこんなにクレイジーな彼は初めて見たから−、そーっと見下ろしてみると、爪かみポーズのまま、こちらを見上げていた。
くせ毛風パーマの下から、上目遣いで。
「行ってしまうんですか。そうですか・・・そうですよね」
(うっ・・・)
「何しろ世界一の探偵ですからね。こんな危険な仕事を持った男より、凡人の方がいいんですね」
(自分で世界一、とか言ってる)
態度は卑屈そうなのに、口ぶりは尊大だ。
「私にはあなたしかいないと言っているのに」
視線を
の目に固定して動かさず、指を口につけたまま。
「もう二度と、会えませんよ?」
(ううっ・・・)
決心が鈍る。
分かっているのだ。捨てられやしない。寂しそうな目で倣岸なことを言い放つこの男から、決して離れられやしないということを。
本名すら知らない。たまにしか会えず、いつも忙しそうで・・・でも。
心の中には、彼しかいない。
他の男性から誘われても、周りにどんなカッコいい人がいても。いつの間にか比べてしまっている。そして、彼のほうがいいと結論を下してしまっている。
グラつく心を見透かしているかのように、Lは口につけていない方の手を差し出した。
は観念してその手を握り、もう一度、隣に戻る。
とたん体を拘束された−竜崎の両腕によって。
「逃がしませんよ」
「くっ苦しいっ」
もがきながら顔を上げると、竜崎は珍しいことに笑みを浮かべていた。
甘い微笑みというよりは、企みが成功し、してやったりといった笑いだ。
の背中にぞぞぞと冷たいものが走る。
「竜崎」
「承諾、してくれるんですね」
「だ、だましたわね!」
全部演技だったのだ!
「心外ですね」
髪や頬に愛撫を加え、顔を上向かせる。
「だましたわけではなく、
が好みそうなプロポーズをしたつもりなのですが」
「あれが? 拘束するなんて脅しが?」
「ええ、そうですよ」
息が触れるほど近い。
「その気になったはずです」
「・・・うっ」
胸につくん、とくる。
「それに、嘘は一言も言っていませんよ」
ゆるウェイブの前髪は長めで、その下から独特の大きな双眸がじっとこちらをとらえている。吸い込まれそうで、やっぱり逃げられない。
(逃げられないなら、もういいや)
生来楽天家の
は、一生の覚悟をあっさりと決めてしまった。
この人と生きよう。
そばにいよう、と。
「仕方ないなあ」
もう参ってるよ。伝えるように、自分から軽いキスをする。
「髪、ストレートの方がいいよ」
その黒髪をくるんと指にからめて言うと、Lは頷いた。
「じゃあそうします」
どうでもいいことは、とことんどうでもいいのだ。
「
、早速式を挙げに行きましょう」
「はっ?」
甘い展開を少なからず期待していた
を置き去りに、Lは身軽に立ち上がる。両手を出して、妻になる人の小さな両手を、包み込むように握った。
「このホテルのチャペルに、予約を入れてあります」
「・・・抜け目ないのね」
呆れてしまうほどに。
軽く手を引かれ、立ち上がる。
「籍は今の事件が終わってから入れることになりますけど、いいですよね」
「うん・・・いやそれ以前に、あんた戸籍あるの?」
得体知れないこの人に、そんな人並みなものがあるとは思えず、つい目を丸くしてしまった。
「何を言ってるんですか」
憮然としている。
は逆にちょっとはしゃいでいた。
「じゃあいよいよ本名が分かるのね」
「キラを捕まえたら、ですけど」
「早く捕まればいいね〜」
「さ、行きましょう」
手を繋いだままLは身を屈め、
の耳元に囁いた。
「さっきの続きは今夜・・・何といっても新婚初夜ですから」
「今さら初夜もないんじゃないかな」
口では軽く流しながら、体の中心で疼く熱いものが、反応し期待している。
「
の好きなことをしてあげます」
背中を丸めたまま、キスをくれた。
「竜崎」
しがみつくと、もっと強く抱き返してくれる。
「ありがとう
。50%くらいは振られるの覚悟だったんです、本当は」
「また、嘘」
は笑う。
振られるなんて考えもつかないって顔していたクセに。
「私、あなたに何もしてあげられないですけど・・・愛しますから」
「うん」
「一生、愛しますから」
「うん・・・」
体温が匂いが・・・竜崎に包まれている実感全てが。
に幸せを運ぶ。
身も心も預けた。
愛していると告げながら。
・あとがき・
ちょっとクレイジーなLを書きたかった。なんかちょっと、倒錯した雰囲気も、彼に合っているんじゃないかと思っているんですけど。
プロポーズものも書きたかったのです。
Lは一体何歳なのかな? 謎だけど、後継者が育てられていたということは、あんなナリでも結構年かさなのかも知れない。
私と同年代だったりしたら面白いなあ・・・(笑)。
時期としては、LがLとして警察の捜査本部の面々に顔を晒す少し前くらいのつもりで書きました。
だからLはパーマ髪(笑)。座禅組む習慣があったかもしれません。
しかし、顔出す前はどんな美形かと思うよね、マンガのあの描き方だと。
あのLと竜崎は別人という見方(?)もあるようですが、今回は同じ人の設定で書きました。
別人設定で書くのも楽しそう。キャラの性格や背景設定を固定する必要はないといつも私は思っているので。100題の中で、これは難しいお題だとずーっと思っていました。皆さんからヒントをもらおうと、アンケートを催したこともあるくらい(笑)。
そのころはデスノートも知らなかったからなあ。
ちょっとこじつけっぽいけれど、正直なところ早く100題を制覇したいという気持ちがあるので、このタイトルにしました。続きもちょっと書いてみたんだけど、中途半端なので以下に載せてみます。
ホテルのチャペルで、普段着のまま(Lは猫背のまま)式を挙げると、幸せほやほや気分の二人は、ちょっと豪華なディナーをデリバリーしてもらい、部屋で乾杯をした。・・・とりあえずここまで(笑)。
やがて窓の外に降りてくる闇のとばりが、濃厚な愛の時間の始まりを告げる。
「ちょっと竜崎」
「なんですか」
「なんですかじゃないわよ、何よコレ」
不自由な身体で身じろぎすると、後ろに回された の手首で、じゃらっと金属的な音がした。
「言ったでしょう」
Lは長袖の服を脱いでベッドに上がり、新妻の顎に手をかける。
「 の好きなことをしてあげるって」
好きなこと? 手錠で拘束されベッドに座らされているこの状況が?
「こんなの好きだなんて言った覚えないけど」
今まで竜崎とは数え切れないほど体を重ねたが、こんなプレイはしたことがない。
「言わなくても分かります」
「・・・私じゃなくて竜崎のシュミなんじゃないの」
「いえ別に。私は が喜んでくれればそれでいいんですから」
また嘘ばっかり。すました顔して人のせいにしつつ、自分の望む方向へ誘導しているようにしか思えない。
さっきのプロポーズにしても、今のコレにしても。
「こっこんなの異常だよ。変態みたい」
「互いが納得した上での行為に、タブーはありません」
首筋をすっとなぞった指先で の服を掴み、襟ぐりからいきなりビリビリと引き裂く。
「・・・!」
突然のこと、とっさに声も出ない。ただ全身鳥肌が立つ心地で は震えた。
「なっ何すんの、服・・・」
「こんなのいくらでも買ってあげます」
無残な破れ目を開き、白い柔肌にその胸に顔を埋める。
H17.11.26
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