我慢できない
「カニ鍋が食べたくてもう我慢できないの」
突然訪問してきたは、夜逃げかと思わせるほどの大荷物を背負っていた。
唖然とするデスマスクを押しのけるようにして、中に入り込む。
「鍋は私が作るから、デスマスクは部屋を整えてよ。やり方はこれに書いてあるから」
一枚の紙と荷物を無造作に渡されて、反射的に受け取ってはみたものの呆れて壁にもたれかかる。
また突拍子もないことを・・・。
「さて、カニ、カニっと」
こちらの様子など委細構わず、勝手に人の冷蔵庫をあさっている。
「蟹座だからってそう都合よくカニなんてあると思ってんのか」
カニ目当てでここ巨蟹宮に来るとは、何と安直な。
「だって、ムウはジンギスカンご馳走してくれたことあるし、アルデバランも牛ステーキ食べさせてくれたよ。ミロなんてサソリのから揚げなんてもの出してくれたんだから!」
「ゲテモノ・・・」
デスマスクの顔が歪む。
「じゃあサガは何食わせてくれたんだ?」
意地悪く聞くと、は冷蔵庫を探る手を休め、にぱっと振り向いた。
「双子の卵で目玉焼き!」
「・・・どこまでホントなんだよ」
とめどなく力が抜け、もはや獅子や乙女や天秤その他を突っ込む気もない。
「ほーら、あった♪」
冷凍庫から凍ったカニを引っ張り出し、ほくほく顔で掲げてみせる。
「ちっ」
せっかく大事に食べようとしていたのに、見つけられてしまった。
デスマスクは諦めた。こうなったらもうを止められやしないし、カニ鍋というものも食べてみたい気がする。
何より、気になってしょうがない存在であると二人きりの時間を過ごせるなんて、むしろラッキーなハプニングといえるから。
「ふーん、これがカニ鍋という料理か」
「そう。日本では鍋は冬の定番なのよ」
二人はどてらを着込んで、コタツに向かい合って座っている。コタツの上には鍋のかかったコンロと取り皿、そして脇には一升瓶。無論、全てが持ち込んだものたちだ。
「煮えたよ、食べよう!」
気を付けながら土鍋のふたを取ると、白い湯気が盛大に立ち上る。その向こうに、ぐつぐつ煮えているカニや野菜などが見えた。
「おいしそー! 苦労して料理した甲斐があったわ!」
「ただ材料を切ってこれに放り込んでいただけのように見えたけどな」
全くその通りである。鍋は冬の簡単料理だ。
「食べよう食べよう! 取ってあげる。その代わり、日本酒開けて」
取り皿にカニ鍋が盛り付けられ、グラスには酒が並々と注がれて。
「かんぱーい♪」
二人だけの鍋パーティが始まった。
鍋物というのは、どのように作っても絶対においしく出来上がる、不思議で便利な食べ物である。
初めて食べるその味に、デスマスクは素直に感心していた。
「うまい! おまえの故郷にこんなうまい料理があるとは」
何回もおかわりして、がつがつ食べている。は自分もたくさん食べながら、その様子を見て嬉しくなっていた。
「日本酒もいけるでしょ?」
徳利から注いであげる。気分を出して熱燗にしてみた。
「まあちょっと変わった味だが、これはこれで」
くいと空け、返杯してやった。
鍋に熱燗では汗が出るほど暑くて、二人ともとっくにどてらを脱いでしまっている。
「はあ、暑い」
大量に作りすぎて、果たして食べ切れるかと心配していたカニ鍋も、二人でほとんど平らげてしまった。最後にご飯と卵を入れて雑炊を作りながら、はコタツから抜け出し、上に着ていたカーディガンを脱いでしまう。
「・・・」
薄いトップス一枚になったに、思わず目が吸いつけられる。胸元の開きが大きく、鎖骨が綺麗に見えるデザインで、体にぴったり沿っていた。軽く汗ばんだ姿にその服装は、あまりに色っぽく、無意識というには無理があるほど扇情的なのだった。
「雑炊が出来るまで、もう少し時間があるから」
ダメ押しのような視線を向けられて、確信した。
絶対、誘っている。
計画的に、誘っている。
それはデスマスクの自意識が過剰なわけでは決してなくて。こんなにはっきりしたサインを逃すような男なんて、男じゃないと思わせるほどだから。
少し酒は入っているけれど、酔っ払ってはいない。逆に意識がくっきりと浮き立っているような感覚だ。
デスマスクは口の端を上げて笑い、コタツから立ち上がった。
「雑炊より先に、デザートだな」
「じゃあハイ、みかん」
籠に盛ったみかんをどこからか取り出して、コタツの空いたスペースに置くが、その手を掴み上げられた。
みかんがころころ、床を転がる。
「ひゃっ!」
後ろから抱きつかれて、びくりとする。
「こっちがうまそう」
「やだぁ・・・雑炊〜」
「雑炊なんかどーでもいい。もう我慢できねぇ」
こんな姿態を見せられたら。
ぎゅっと抱きしめ、甘い匂いに酔う。
「をずっと、好きだったんだからよ」
誰に対しても同じように、明るく振舞うの、気持ちがどこにあるのか測れなくて。
それで二の足を踏んでいた。らしくないと思いながらも。
くるまれるように抱かれて、もっと暑くなって。でもは抵抗をやめ、身を委ねる。
「・・・その言葉、待ってたんだ」
嫉妬を煽りたくて、気持ちを引き出したくて。わざと他の人の話をしてみせたりしていた。
子供みたいに不器用なやり方だと、自嘲しながらも。
ようやく気持ちが通じ合った今、もう我慢できない。
は膝を立てるようにして体ごと振り返り、抱き付いた。
「カニ食べちゃお〜っと」
「女のセリフかそれ」
薄い服の上から、女らしい体の曲線をなぞる。
「食うのは俺だろ」
そのまま横たわって、からまり合うように。キスをした。次々、我慢できない。だからキスはどんどん濃くなる。
「雑炊は朝ご飯ね」
「朝飯なんて食う余力がおまえに残っていればな」
今までの分、我慢できないから。
・あとがき・
お風呂に入りながら、カニ鍋=デスマスク、というネタがふと浮かんだ。冬に鍋、最高だよね。
友達同士でも冬に集まって鍋やるけど、たいがいはキムチ鍋。でも鍋はどんなのでもおいしい。「欲求不満」と同じような雰囲気ではあるんだけど。デスマスクにはこういう女の子が合うって思ってるのかなー私。
蟹座だけに割とおくてで照れ屋さんな感じで。
今度、全く逆タイプのヒロインをぶつけてみたい気もします。
H16.1.6
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