映画に行きました。
、アイザックと映画に行きました。
しょっちゅう仲間たちと遊んではいたけれど、こうして二人きりで出かけるのは初めてで、ちょっと緊張してしまう。アイザックはどうかな? と盗み見た顔は、まったく普段通りだった。
並んで歩いているアイザックの、こちらに向いているのは左側だから、余計に表情が読めないのだと思う。彼の左眼は、大きな傷によって封ぜられているから。
もちろん、も他の友達も、そんなこと今さら気にもしていない。
ただ気になるのは・・・。
「どうした、」
「う、ううん」
また、見られた。
すれ違う人が。信号待ちの人が。
みんな、こっちを見ている。
アイザックの顔の傷を見て、ひそひそ話している・・・。
腹立たしかった、そんなふうに好奇の対象にされることが。
−じろじろ見ないでよ!−
大声で、叫びたかった。
「周りの目が、気になるのか?」
はっきりと聞くと、は口ごもったけれど。自分が他人にどんなふうに映っているのか、分からないようなアイザックではない。の気持ちも、ごく自然なものとして伝わっていた。
その上で、に微笑みかけた。いたわるような気持ちで。
「俺は全然気にしてない。別に、見たい奴は勝手に見ればいいし。ただ・・・」
ポケットに手を入れたまま、中空を見上げる。
「おまえに心苦しい思いをさせるのだったら、少し辛い、な」
例えば氷河に罪悪感を感じさせたり、隣を歩いている女の子を居心地悪くさせるなら・・・そのときだけは、ちょっと、思うのだ。
こんな古傷、なければいいのに、と。
目に見えない傷の方がはるかに痛いのだから。
「アイザック・・・」
見上げる横顔に、苦みを見たのは一瞬で、アイザックはもう一度笑顔を向けてくれた。の気を引き立てようと、でも決して無理にではない明るさで。
「のは自意識過剰ってやつだ。周りの奴らなんて、単にお前のその前髪が短すぎるのを見てるのかも知れないだろ」
「言わないでよもぉー」
自分でやって切りすぎてしまった前髪をつまむ。確かにこれはちょっと失敗だった。
同時に、彼の言う通りかも知れない、と気付いた。自意識過剰、被害妄想。そう思ったら、楽になった。大げさかもしれないけれど、世界が開けたような気がした。
足取りも軽く、スキップのようになり、ニッと笑って見上げる。
「そっか、アイザックがカッコいいから見られてるのかも」
「いや、仲のいいカップルだと思って見てるんだ」
冗談なんだろうけど、ドキッとする。
そのとき、偶然か何なのか、ポケットから出したアイザックの手との手が触れた。
そのままきゅっと握られ、またドキッ。
「もうすぐ始まるぞ、映画」
「・・・うん」
手を繋いで、歩いていった。
映画は話題作だけあって最高の面白さだった。
二人は映画館を出ると、ファーストフード店に場所を移し、感想をいつまでも話し合った。
いつもはビデオやDVDばかりだけれど、劇場で見る映画もいいなと思う。
それに、何といってもアイザックと話すのは楽しかった。声も笑顔も独り占めなのが嬉しかった。
周りの目のことなんて、すっかり忘れていた。
今日という日が、いつまでも終らなければいいのに。
そう思っているのが、自分だけじゃなければ、いいのに。
「また一緒にどこか行こう」
家の近くまで送ってくれたアイザックは、別れ際、立ち止まってこう言ってくれた。
「彼女として誘ってくれるってこと?」
いつもクールな彼を動揺させたくて、ちょっと大胆になってみたのに、
「が俺の彼女になるならな」
結局、墓穴を掘っている。
冗談も何も返せなくて、は仕方なく、軽く手を振った。
「じゃ、また、明日ね」
「ああ、また明日」
背を向けようとしたとき、待てよ、と呼び止められ動きが止まる。
「忘れモノ」
えっ? という隙も与えられなかった。さっと腕を掴まれ、舗道で長い影が重なる。
不意打ちのキスはほんの一瞬間で、それでもの全身を撃ち抜くのには十分なほど鮮烈だった。
「じゃあな」
アイザックは身を翻して行ってしまって。
置き忘れられたようなの目に、夕日の色がさっきよりも濃く映る。
泣きたいような息苦しいような気持ちで、いつまでも眺めていた。
夜、お風呂から上がって机に向かったは、秘密の日記帳を開く。緩んだ頬が元に戻らないままペンを持った。
−、アイザックと映画に行きました。−
・あとがき・
100題でも最初のころに思いついたネタです。なぜか今までずーっと眠らせていた。ようやく書けて晴れ晴れした気持ち(笑)。
アイザックのあの傷は目立つだろうな、街を歩いていたら彼女の方が気になるんじゃないだろうか・・・と考えてできたおはなしです。アイザック自身はそのこと自体は気にしないと思う。「見たいなら勝手に見ればいい」ってなもので。ただ、一緒に歩いている人が気にするのを気にするんじゃないかと(紛らわしい表現・・・)。キスは当初予定になかったんだけど、ちょうどキスアンケートでもいくつかコメントをもらっていたので、不意打ちのキスということで書かせてもらいました。
アイザックはアイザックでいっぱいいっぱいだったのではないかと。じゃなくても、お好きな日付でお楽しみください。「日曜日」とか「建国記念の日」とかでもいいかも。
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